7-2 昭和レトロな夜にして

〈にぎわい座にて 仲入なかいり(休憩)中〉


 まるで高度成長時代こうどせいちょうじだい記録映像きろくえいぞうのような歌唱院新香師匠かしょういんしんこししょう声帯模写せいたいもしゃ上方かみがたの師匠の上方落語かみがたらくご堪能たんのうした三元さんげんは、ロビーでスマホとにらめっこ中である



〔三〕「小柳屋御米師匠こやなぎやおこめししょうが出るってのに、三人とも来ない」

〔シ〕「気が付いてないんじゃ」

 ロビーでぼやく三元さんげんをなだめながらも、彼らを三元時間さんげんじかんに巻き込むのは絶対に避けようと、シャモは堅く心に誓っている。



〔シ〕「うちの母ちゃんが竜田川姉妹たつたがわしまいとねんごろになって来いって言いやがったんだけどどうよ」

〔三〕「二人とも未亡人だから問題はないんじゃねえの」

〔シ〕「いやねんごろってそういう意味じゃねえだろ」

 シャモは吹き出しそうになるのを何とかこらえた。


〔シ〕「どうも母ちゃん、『みのちゃんねる』と竜田川姉妹たつたがわしまいをコラボさせて一稼ひとかせぎを目論もくろんでるみたいなんだけど。どう言う扱いで出せばいいんだか」

〔三〕「どうもこうも、一曲唄ってもらってちょっと対談でもすれば。逆にそれ以外何をするの」

 そう簡単に言うけどさとシャモがぶつくさつぶやいていると、仲入なかいり(休憩)後の公演開始を告げるアナウンスが流れた。



※※※



 うち身師匠が相も変らぬ偉大なるマンネリ芸で、お客さんの脳みそをスローアルファ波に調律ちょうりつして舞台を去ると、舞台は暗転あんてん

 お待ちかねの竜田川姉妹たつたがわしまいの登場である。


〔シ〕「老人虐待ろうじんぎゃくたいだろこれ。見るに耐えん」


 どこかで聞いた事のあるテルミンのような音の前奏が四小節分流れると、スポットライトに浮かび上がる二人の老婆ろうばがマイクスタンドをつえ代わりにして踊り始めた。


〔三〕「芸の道に入って長生きするってのはこういう事なのよ」

〔シ〕「モノホンですらこの芸風から脱して半世紀ぐらいは経つぞ」

 真ん中辺りの特等席に座っていたシャモと三元さんげんは、元はボディコンシャスだったよれよれの衣装に身を包み前かがみで歌う二人の『中身』を見せつけられている。



〔三〕「半世紀どころか、モノホンはとうの昔に妖精ようせいに戻ったわ」

〔シ〕「妖精って何だよ」

〔三〕「常滑とこなめの妖精だよ。何で知らねえんだよ」

〔シ〕「分かるかっ! この化けタヌキが」



※※※



 『みのちゃんねる』の真のアカウント主である母親に、シャモが逆らえるはずは無い。

 老婆二人ろうばふたり生計せいけいを立てさせるために一曲歌わせたレベルの『歌謡ショー』を見終えると、シャモは楽屋に竜田川姉妹たつたがわしまいをたずねた。


〔う〕「美濃屋みのや若旦那わかだんながお嬢さん達に岡惚おかぼれして押しかけてきやがった」

 のんびりと茶をすすりながら、うち身師匠がシャモをからかう。


〔千〕「アタシかい、それとも神代かみよかい。初会はつかい顔見世かおみせだけってのは分かってんだろうね」

〔神〕「千早姐ちはやねえさんとアタシの両方を手玉に取ろうなんてせこい料簡りょうけんはお持ちでないよ」


 持つ訳無いだろと心の中で突っ込みを入れながら、シャモは二人の老婆に頭を下げる。


〔シ〕「お初にお目にかかります。私、神奈川新香町かながわしんこちょうの【和装とおしゃれ小物 新香町美濃屋しんこちょうみのや】の四代目、岐部漢太きべかんたと申します」

〔千〕「あら、美濃屋みのやさんと言えば新香師匠しんこししょうの馴染みじゃないかい」

 シャネルのNo.5を体中に振りかけながら、竜田川千早たつたがわちはやが応じた。


〔神〕「うちの師匠が元気だった頃は、美濃屋みのやさんでの着物を何枚か仕立てたものだよねえ、千早姐ちはやねえさん」

〔千〕「馬鹿をお言いでないよ。新香町しんこちょう美濃屋みのやさんではなくて鈴ヶ森すずがもり美濃屋みのやさんだよ。もう、年寄りはこれだから嫌になる」


〔神〕「アタシが年寄りなら、千早姐ちはやねえさんは八百比丘尼やおびくにだよ」

〔千〕「そりゃ良いや。絶世の美女って事だろ」

 マイクロミニのワンピースがやせ細った体から完全に浮いているのにも構わず、千早はくねくねよたよたと壁に手をつきながら踊る。


 牛の筋肉のような尻に申し訳程度にまとわれたショッキングピンクのTバックを目の当たりにしたシャモは、安易に母親の言いつけに従った己を呪った。




〔う〕「若旦那がお嬢さん方と晩飯としゃれこみたいらしいんだがどうだい。たまには若いのとしっぽり洋食も悪かないだろ」

〔千〕「そりゃ良いね。だけど食事だけだよ。その先を期待すんじゃ無いよ」

 誰が期待するかと心の中で思いつつ、日高昆布の袋をうち奮って高笑いする母親の顔が思い浮かんでシャモは母親にも悪態をついた。



※※※



〔千〕「お待たせ」

 通用口を出てきた竜田川姉妹たつたがわしまいの手押し車には、『唐田からたとは』『水沢みずさわくくる』と書かれていた。


〔う〕「知る人ぞ知る洋食屋があるんだよ。新香師匠しんこししょうが予約を三人分で入れといたから、後はしっぽりやんな」

 二人は着いてこないのかとぞっとしながら、シャモは完全アウェーに乗り込んだサッカー選手の気分で大通りを歩く。


〔シ〕「三元さんげんすら着いて来てくれない」

 今頃御米師匠に夢中になっているであろう三元さんげんも呪いながら、シャモは大通りから少し入った雑居ビルへと歩を進めた。




〔店〕「いらっしゃいませ。新香師匠しんこししょうから話はうかがいました。さ、こちらへ」

 

〔店〕「こちらは当店のサービスです。おからのテリーヌでございます」

 どのような予約内容なのかも知れないまま前菜ぜんさいが運ばれてきて、シャモは思わず財布の中身を確認してこっそりオーナーに声を掛けた。


〔店〕「お代は全部新香師匠しんこししょうが持ちますからご安心を。美濃屋みのや若旦那わかだんなはまだ高校生だから、若旦那わかだんなに酒は出すなと固く念を押されております」

〔シ〕「コース料理でしょうか」

〔店〕「いえいえ、どうぞお好きな品をお選びください」

 すっかり安心したシャモは、ビーフカツレツを注文した。


〔神〕「食前酒しょくぜんしゅの一つも頼まないなんて、若旦那わかだんなも気が利かないね」

〔シ〕「済みません、僕はまだ高校生なんです」

 事情をつまびらかに話すと、竜田川姉妹たつたがわしまいはフューシャピンクの唇を大きく開いて笑う。


〔千〕「こりゃとんだ坊やに岡惚おかぼれされたもんだ」

〔神〕「早く大人になってアタシらにどんどんみつぎな」

 バブル時代の記録映像で見たようなスカーフを巻いた千早と神代が、かつての戦利品らしいいかにも高価そうな時計を見せびらかしつつシャモにキスマークの雨を降らせた。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

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