9‐4 ビーチサッカー模範演武の儀

 ビーチサッカーのデモンストレーションは、およそブラジル発祥のスポーツとは思えない厳粛げんしゅくさで幕を開けた。


〔樫〕「押忍おす! これより一並ひとなみ高校応援部によるビーチサッカー模範演武もはんえんぶを執り行う。一同、樫村熊五郎師範かしむらくまごろうしはんに礼」


〔仏〕「熊五郎さんを含めても四人しかいねえよな。対戦相手もいねえ。最低でも一チームにつき五人はいないと。どうする気だあいつら」

 まるで武道の試合のごとき雰囲気に一同が気おされていると、二人の応援部員がバールのようなものでピッチに何体かの男女をささっと描く。



〔樫〕「師範しはん、お願いいたします」

〔熊〕「うぬ」

 熊五郎くまごろうはバールのようなものを天高く振り上げると、絵の男女に向かって【Roar!】と雄たけびを上げた。



※※※



〔飛〕「うう、うわあっわああ!」

 熊五郎が振り上げたバールのようなものが砂浜に突き刺さると同時に、ピッチに描かれた男女が立体化して動き出す。


〔仏〕「矮星わいせい、これ知ってて呼んだの」

〔多〕「さすがにこれは聞いてない」

 茫然ぼうぜんとピッチを見る面々をよそに、粛々しゅくしゅくと『ビーチサッカー模範演武もはんえんぶの儀』は進む。




〔熊〕「これより、一ピリオド(十二分)のミニゲームを挙行きょこうする。始め」

 ピッと短い笛が吹かれると、ピッチに描かれた絵が不足人数分の穴埋めとして動き始めた。




〔餌〕「ゴレイロ(GK)さん。もうちょっとこう、おわん的な方が」

 ワキワキと両手を空にかざすえさの隣で、飛島が目をぎゅっとつむる。


〔仏〕「太巻きの具みたいな奴がいる。あれ、あいつサンタクロースか」

〔シ〕「一人カバディやってる男がいるんだけど何で。競技違いじゃん」

〔多〕「お前ら試合見ろ試合」

〔シ〕「見れるかっての」

 と言いつつも根が真面目で研究熱心なシャモは、じっと試合を見始める。



〔シ〕「フリーキックの時は、砂山を作ってからボールを置くのね」

〔仏〕「オーバーヘッドを多用するのか」

〔餌〕「ゴレイロ(GK)もかなり攻撃的で運動量が必要ですね。三元さんげんさんにはとても務まりません」


〔飛〕「ゴレイロ(GK)さんの、その、お胸が、大丈夫でしょうか」

〔シ〕「ジャンプするたびに縄跳びしてるぞ。絵のくせが強すぎ」

 と言った瞬間に強烈シュートがシャモの顔面をかすめた。



※※※



〔熊〕「残り二分! 完封で行こう!」

 試合はいつの間にやら応援部が一点リードしていた。


〔シ〕「応援部の背の高い方、反則で退場か」

〔餌〕「反則の時は二分間選手の補充ほじゅうが出来ないそうですよ」

 手元のスマホで競技規則を読んでいたえさがシャモに告げる。


〔仏〕「残り時間は二分を切ったから、バックパスでお茶を濁すしかない感じか」

〔餌〕「ゴレイロ(GK)は自陣ハーフで四秒以上ボールを持てないらしい。ほらこの項目」


〔仏〕「思った以上にキツイ競技だな。本番は十二分×三ピリオドで休憩が三分ずつ。砂浜だからフィールドサッカー以上に下半身に来る。おまけに裸足と来たもんだ。夏場どうすんのよヤケドすんぞ」

 えさのスマホをのぞきこんだ仏像が、うへえとだらしない声を上げた。




〔シ〕「うわっ、砂かぶった。相撲すもうじゃないんだぞ」

 応援部長の樫村かしむらが砂からボールを掘り出すように蹴り上げてクリアすると、長い笛で両チームの動きが止まった。



〈ビーチサッカー模範演武もはんえんぶ終了〉



〔仏〕「結局一対〇のまま終わったのね」

 熊五郎が操るバールのようなものの動きに合わせて、絵から抜け出した人物が絵に戻った。


〔多〕「まさにSeeing is believing百聞は一見にしかずですね。おかげで感覚がつかめてきましたよ」

〔熊〕「そいつは何よりだ。どうだ若い衆、さっそくピッチに入ってみるか。裸足になってな」

 熊五郎に勧められるがままに、一同は裸足でピッチに入った。


〔シ〕「スパイク買う必要なかったじゃん」

〔餌〕「この絵は踏んでも良いのですか」

 絵に戻ったゴレイロ(GK)を前に、餌がそっと足を差し出す。


〔シ〕「お前の足の動きはいかがわしいんだよ普通に踏めよ。飛島君が困ってるじゃないか」

〔仏〕「この絵の消し方で新手の心理テストを作れそうだ」

 胸の部分だけを消して新たに二つの曲線を足で描いた餌は、満足そうに絵を眺めた。


〔シ〕「画伯爆誕がはくばくたんっ」

〔仏〕「左甚五郎ひだりじんごろう(※)レベルの完成度。無駄に写実的」

〔飛〕「エッチですっ! ダメ絶対」

 うわわわわーと顔を真っ赤にして叫んだ飛島が、乱雑にゴレイロ(GK)の絵を足で消し去った。


〔餌〕「あーっ! 倫理観りんりかんは芸術の敵だよ、分からないかな飛島君」

〔仏〕「芸術とお前の欲望の煮こごりを、一緒くたに論じるんじゃねえよ」

 双子のような二人のやり合いを見ながら、仏像は髪をかきあげてため息をつく。



〔シ〕「所で剣山は何の目印ですか、熊五郎師範くまごろうしはん

 四か所に置かれた剣山をシャモが指さした。

〔熊〕「その剣山からゴールラインまでがペナルティエリアだ。九メートルある」

〔仏〕「普通の試合ではまさか、バールのようなものと剣山が置かれているわけではありませんよね」



〔熊〕「無論。これは我々『奥座敷おくざしきオールドベアーズ』の練習で用いているものだ。通常は専用のポールとフラッグを使うので安心してくれ。では昼飯まで一対一でパス交換を行ってみよう。フィールドサッカーとはかなり勝手が違うが出来るかな」


〔シ〕「ボールが確かに違和感あるわ」

〔餌〕「『スコップ』やりたい『スコップ』」

〔熊〕「『スコップ』は基本技だからな。なかなか良い筋してるじゃないか」

 つま先をスコップのごとく砂に突っ込みながらえさがはしゃぐ。


〔仏〕「砂深いって。応援部も良くあれだけ動けたな。俺たち落研じゃなくて応援部に『草サッカー同好会』になってもらったら」

〔多〕「ダメだって、彼らは『奥座敷おくざしきオールドベアーズ』の控えだもん。地区予選でいずれ『奥座敷オールドベアーズ』と当たるし」


〔仏〕「俺らみたいなにわかチームが勝ち上がる訳ないだろ。むしろ矮星わいせいが『奥座敷オールドベアーズ』の新メンバーとして大会に出たら」

〔多〕「冗談じゃないよ僕は二十五歳。『オールド』じゃないの『ヤング』なの」

〔仏〕「いけしゃあしゃあと見え透いた嘘を。見た目年齢五十五歳、戸籍こせき年齢四十七歳のくせに」

 仏像は多良橋たらはしの言い分を鼻であしらった。


左甚五郎ひだりじんごろう 江戸時代初期に活躍したとされる伝説的大工・彫物師ほりものし。落語でもたびたび題材となる人物である(『ねずみ』『竹水仙たけすいせん』など)。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

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