84 父ちゃんのお仕事

〔餌〕「父ちゃん?! 父ちゃんだあああ!」

 決勝点を挙げたえさを祝福しに来るメンバーをものともせず、えさは一目散に日陰にたたずむサングラスの男に駆け寄った。


〔餌父〕「こらっ。ほら戻れ整列だ。試合が終わったぞ」

〔餌母〕「ちょいと待ちな。伴林太郎はんりんたろう

 足早にその場を立ち去ろうとしたえさの父に、懐かしい声が届いた。




〔餌父〕「おい母ちゃんが来てるなんて反則だろ。俺をだましたのか」

 父と母の間を流れるひりひりとした空気に気づくこともなく、試合を終えたえさは逃げ出そうとする父に抱き着く。


〔餌〕「違うよ。会場の場所と日時を教えただけだもん」

〔餌父〕「俺は堅気かたぎの女は巻き込まねえと決めてんだ。頼む、放せ」


〔餌母〕「全く情けねえ男だな。てめえの子供に嘘つかせて金握らせて、ケーキや花を押し付けて。よくもあたしの可愛い息子にパパ活の濡れ衣を着せやがって」

 まさか太郎がパパ活なんてする訳無いって分かってたよと、餌の母は客席からえさの父を見下ろす。



〔餌母〕「伴林太郎はんりんたろうさんよ。あんた本当にマフィアの手先になっちまったのか」

〔餌父〕「俺は、もうお前達と一緒にいた頃の俺じゃねえ。今の俺は、ハゲタカの死骸しがいをむさぼる薄汚いハイエナに落ちぶれちまった」


〔餌母〕「そうかい」

 餌の母は、マフィアのドンも真っ青な足取りでひたひたと餌の父に近づく。 


〔餌母〕「そんなしょぼくれた男がのこのこ出てきて父親面すんじゃねえ。結局マフィアに良いようにされたんか。猪口才ちょこざいが調子に乗りやがってこのざまだ」


〔餌父〕「何とでも言え。太郎、母ちゃんの言う事を良く聞いて達者で暮らせよ」


〔餌〕「嫌だよ父ちゃん。もう一回三人で暮らそうよ。新子安しんこやすの家だって母ちゃんと二人じゃ広すぎるんだよ」

 餌はまるでジャカルタにいた子供の頃のように、自身を振りほどいた父に再度しがみつく。


〔餌母〕「止めな。あいつはあんたに嘘をつかせて母ちゃんをだました最低の男だ」

 餌の手がだらりと空を切る中、餌の父は会場出口へと歩き出した。




〔仏像父〕「伴林太郎はんりんたろうさん、お久しぶりです。こちらハゲタカの死骸しがいです」

〔餌父〕「政木まさき十五じゅうご。伝説のハゲタカが、どうしてここに――」

 サングラス越しに、えさの父が呆然とつぶやいた。



※※※



〔仏父〕「ご存じの通り、ハゲタカとしての私はあなたの手でほうむられました。現在は自宅警備員としてこのような活動を」

 仏像の父は伝説のハゲタカモードで『無職輪廻むしょくりんね-外資系スーパーエリート(以下略)』のビラを渡す。


〔餌〕「父ちゃんは『しこしこさん』の知り合いなの。仏像のお父さんとうちの父ちゃんは知り合いなの、ねえ仏像」

 ガキは黙ってなとえさを制すと、餌の父はビラをびりっと破いた。


〔餌父〕「あんたをスカウトしたい企業は五万とある。あんたをハメた俺だって、あんたを三顧さんこの礼で迎えたいぐらいさ。それをスカウトの山をことごとく無視して自宅警備員とは、何の冗談だ」


無職輪廻むしょくりんね――外資系スーパーエリートリーマンだった俺は強制無職リセットされ、スキルゼロからダンジョン配信で成り上がり悪役令嬢あくやくれいじょうと婚約してざまあしようと思ったら―― 作 ざるうどんしこしこ@日吉大経済卒 画 みそうどんぐちゅぐちゅ】 

 スキル販売サイトで依頼したイラスト付きのビラの残骸ざんがいを拾い上げて、餌の父は仏像の父に押し付けた。




〔餌父〕「じゃの道は蛇。ハゲタカの道はハゲタカだ。戻って来いよ鉄火場てっかばに。他人ひとさまの札束片手に脳汁垂らして殴り合おうや」

 二人は荒野に対峙するガンマンのごとく、しばし沈黙した。




〔餌母〕「『しこしこさん』、いえ政木まさきさん。私の知る伴林太郎はんりんたろうは、馬鹿で無鉄砲でどうしようもない大風呂敷でしたが、決して人を苦しめるような男ではありませんでした。ですが、あの人の今の仕事がもし人様に顔向けできないような」


〔餌父〕「止めねえか」

〔餌母〕「私らはとっくの昔に別れたんだ。黙ってろ」

 ビーチサッカーですっかり脚力の強くなった餌にしがみつかれたまま身動きのとれない餌の父は、仕方ねえなと肩を落とした。


〔仏父〕「彼は人に顔向けできないような仕事は決してしていません。その、彼の仕事はですね」

 仏像の父が返す言葉を選んでいると、大会運営本部から緊急アナウンスが入った。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

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