82 僕の大切な人だから

〔松〕「あ、藤崎さんこっちこっち」

 三崎口みさきぐち行き快特に間に合わせるため会場ダッシュを決めようとする松尾をとっ捕まえて白いスポーツカーの後部座席に放り込んだ犯人が、涼しい顔でやってきた。


〔し〕「松田さん、本当にこの後試合に出るのですか」

〔松〕「それがせっかく連れてきていただいたのに」

 ルール上出場が叶わない事を告げて謝ると、藤崎しほりはクスリと笑った。



〔松〕「ところで千景ちかげさんは電車で」

〔千〕「いいえ。松尾ちゃん、あなたとんでもない借りを作ったものだわね」

 千景ちかげが松尾に後ろを振り向かせると――。




〔色〕「松田松尾君。僕は君を過小評価かしょうひょうかしていたようだよ」

 落研仮新入部員の長津田ながつだとその父親を引き連れた色川いろかわが、うむうむとうなずきながら松尾に声を掛けた。


〔松〕「何で色川先生と長津田君がここに」

〔千〕「何でもどうしても。松尾ちゃんが会場の外に飛び出した現場を目撃したのが長津田君のお父さんだったのよ」

 松尾は本当に済みませんと何度も一同にびた。




〔色〕「一般の男子校で何を学べるものかと思って、小言ばかりを言ってはいたが。あのファイナルで確信した。君は人間の物差しで測るべき存在ではない。君はこの学校に来るべき意味があり、必要があるから泥まみれのお友達と一緒に過ごしてきたわけだ」

〔松〕「はい。彼らは僕の大切な人だから。だから僕はどうしても」

 松尾はおそろいの赤いうどん粉病Tシャツに目をやる。


〔色〕「君がお友達と過ごした経験が血肉になって、今日のあの、日本の庶民文化しょみんぶんかすいを極めたような名演奏と相成あいなったのだ。僕の完敗だ」

 色川が松尾の肩をぽんぽんと叩く横で、長津田がしきりにうなずいていた。



※※※



〔仏像父〕「五郎君いいぞおおおおっ! まだまだ行けるお!(^^)! 五郎君はダディの宝だおおお!」

 『うさぎ軍団』との試合が再開すると同時に、仏像の父が叫ぶ。


〔松〕「まだあの調子なのか」

 松尾はあーあと頭を抱えた。

〔千〕「政木まさき君のお父さん、家でもずっとあんな感じなんでしょ。大変」

〔松〕「ローテンションが限界突破するとハイテンションになるそうですが、今回は特にひどいって」

 千景ちかげと松尾が難しい顔をしていると、仏像父に同行しているピーマン研究会の面々が振り向いた。


〔ピA 〕「昔からあんな感じだったんで、僕らはまた先輩が楽しくなってるなって感じなんですよ」

〔ピB〕「ジュゴンちゃんは、夏合宿の時は大体あんな感じだったもんね」

〔ピA〕「後期が始まる頃にはいつもの状態に戻ってるもの。大丈夫大丈夫」

〔ピB〕「大体28℃ぐらいからあんな感じで溶けて、秋になると戻るんで。チョコレートみたいだねって」

 ピーマン研究会の面々にはおなじみの光景らしい。


〔三〕「それにしたって『しこしこさん』のどこがジュゴンだ。全然似てないじゃん」

〔三元母〕「『しこしこさん』の本名が政木十五まさきじゅうごさんだから、ジュゴンなんじゃないのかね」

 三元母子が当然のように『しこしこさん』呼びをするのを聞いて、松尾はうわあと肩をそびやかす。


〔松〕「『しこしこさん』って呼び名が定着したんですか。悲惨」

〔三元母〕「だってほらこれ」

〔松〕「こ・れ・は・ひ・ど・い」

 三元の母が、文・ざるうどんしこしこ/画・みそうどんぐちゅぐちゅの手になる『無職輪廻むしょくりんね―外資系スーパーエリート(以下略)』の宣伝ビラを差し出した。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

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