74 悪目立ち

【第一試合前 午前八時三十分】


〔仏父〕『五郎君ファイトだおーっ』

 日吉ひよし大を拠点に活動するインカレサークル『かしわ台コケッコー』との対戦を前に、仏像の父は早くもトップギアに入っている。


〔ピーマン研〕『頑張るおーっ。えいえいおーっ。でもかしわ台コケッコーも日吉ひよし大のサークルだお。ちょっとだけ応援するお』

『日吉大学ピーマン研究会』のOBだけに、日吉大学と聞くとどうしても肩入れしたくなるらしい。

〔仏父〕『それはダメだお。今日は五郎君を応援するんだお』

 ハイテンションで飛ばしまくる父とピーマン研究会の姿は完全に悪目立ちだ。




〔井〕「政木まさきの父ちゃんってあんなだったっけ。俺が昔に会った時はいかにも超エリートリーマン的な、びりっとしたナイスミドルだった気が」

 遠くからでも目立つ色物軍団に、仏像とは中学からの付き合いである井上が顔をわずかにしかめた。

〔仏〕「酷暑こくしょで脳回路がちょっとショートしたみたいでな。実害は多分ない。あまり視界に入れないでくれ」

〔仏父〕『五郎くーん! かっこいいおおおおおお』

〔仏〕「頼む、もう黙れ……」

 仏像は穴があったらこじ開けてでも入りたいと思いながら小さくなっていた。




 一方、ピーマン研究会を至近距離で見る三元さんげん母子おやこ

〔三元母〕「政木まさき君のお父さんとそのお友達ってかなり変わった人達だね。外資系の偉い人とは聞いていたが……」

〔三〕「どでかい金を動かす人たちだから、あれぐらい頭がねじ切れてなきゃ務まらねえよ。マスクメロンだか何だかって名前のアメリカ人も、あんな感じじゃん」

 三元さんげんが勝手に納得していると、えさの母が手土産てみやげ片手にやって来た。


〔餌母〕「うちの息子がいつもごちそうになってばかりで。本当にありがとうございます」

〔三元母〕「まあこんなに気を使わなくても良いのに。うちの母は、たろちゃんたろちゃん孫が増えたって大喜びですよ。時次ときじが卒業しても顔を出してくださいな。ええ、母は後で主人と一緒に参りますから」


〔餌母〕「まあこの暑い中を。くもったままならば少しは安心ですが」

 えさの母は薄いサングラスを掛けなおすと、メンバー内でもひときわ小さい息子に目を向けた。



【音楽コンクール――通称生き地獄――ファイナル/午前八時四十分】



〔色〕「松田松尾君。長津田ながつだ君は一体何者だい。話が弾んで結局直接お父さん同伴どうはんで会っちゃったよ」

 当日リハーサルを終えた松尾の元に、元日吉ひよし大学文学部美学科の名物教授で音楽評論家おんがくひょうろんか色川いろかわがやってきた。


〔松〕「実は僕もほぼ面識めんしきが無いのです。落語家の小柳屋御米師匠こやなぎやおこめししょうから、色川いろかわ先生に彼を紹介するように言われまして」

 松尾は詳しいいきさつはえて話さず、手短に告げる。


〔色〕「そうそう。君はサッカー部に入っているそうだね。ダメだよ、君の天性の楽器からだに傷がつく。そも芸術家たるもの、世俗せぞくに目をくれずあくまで芸道げいどうに一生を捧げ」


〔運〕「出場者番号三番松田松尾まつだまつおさん。写真撮影のお時間です」

 放っておくとこの調子で何時間も話し続ける色川いろかわを放置したまま、松尾は案内係の指示に従った。



※※※



 写真撮影を終えた松尾はスマホをさっと開いた。

〔松〕「第一回戦の相手は『かしわ台コケッコー』。勝てる。だが、あそこと当たるのは違う意味でマズイな。『かしわ台コケッコー』を下した場合、二回戦は『うさぎ軍団』と『でかでかちゃん』の勝者」


 飛島にメッセージを入れるも返信はない。

 松尾は大人しくスマホをしまうと、立ち上がって指を開いたり閉じたりした。




〔二〕「松田君、リハ室空いたみたい。使わないの」

 声を掛けてきたのは海外のコンクールで二位入賞した霧友きりとも芸術大学のエース、出場者番号二番である。

〔松〕「どうぞ。僕は本番で弾くピアノのくせを忘れたくないので」


〔二〕「そっか。じゃ遠慮なく。それにしても、松田君はどうして一番不利なトップバッターになったのに、どうしてあんなに喜んだの。それともトップバッターだからこそ出来る秘策でもあるのかな」


 前日のくじ引きでトップバッターを引き当てガッツポーズで思わず踊った松尾。

 他出場者から冷たい視線を浴びる中、大人の微笑みで松尾を見守っていたのが出場者番号二番である。


〔松〕「えっと、あんまり気にしないでください」

 どうしてもトップバッターを引き当てたかった理由を言えない松尾は、あいまいに笑うと再度スマホを取り出す。

 時刻は午前九時を回った所だった。



〔飛〕〈こちらは現在三対一でリード。スタメンは天河てんがさん・仏像ぶつぞうさん・下野しもつけ君・服部はっとりさん・長門ながとさんの鉄板メンバーです。この後は松田君の本番が終わるまで一切返信しません。他の人に連絡しても誰も返信しません。集中!〉


〔松〕「そうだね、集中」

 鬼のイラストの添えられた飛島からのメッセージを見ると、松尾はタキシード下に着こんだ赤いうどん粉病Tシャツに手を当てた。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。


※ビーチサッカー会場パートに一部地の文を加筆(2024/6/29)

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