67-2 笑いのメカニズムを追求する男

〔シ〕「俺の恋人?! こっちが知りてえ」

〔仏〕「しほりちゃんにキスマークだらけにされたんだろ」

 シャモの恋人疑惑に、野球部の今井と陸上部の里見さとみが色めき立つ。


〔シ〕「待て待て、あの死にかけ牛筋ぎゅうすじバアサンの事か」

 竜田川千早たつたがわちはや改め藤巻しほり(新芸名)の事だと気づいたシャモは、彼女疑惑を全身全霊で否定した。


〔餌〕「残念ながらシャモさんの彼女である竜田川千早改め藤巻しほりは今回は出演しないですね」

 だからあれだけは絶対勘弁してくれとシャモがネギ坊主頭をかきむしる。


〔餌〕「真面目に答えると。主任(トリ)が山高亭海彦さんこうていうみひこ師匠」


〔仏〕「主任(トリ)が山高亭海彦さんこうていうみひこ師匠って事は、ギャグマンガも真っ青な創作落語だろ。青二才が耐えられるのかあれに」

 ダメだこりゃとため息をつきつつ、心のどこかでほっとしている落研だった。



※※※



 一方こちらはにぎわい座。

〔津〕『なぜ俺は笑った。なぜだ。そも、笑いとは何なのだ。人はなぜ、笑うのだ。人はなぜ笑うためだけに炎天下えんてんかをさまよい、金を払うのか』


 山高亭海彦さんこうていうみひこ師匠の『かっ飛ばせ野毛坂のげざかホームライナー』を腹筋がひきつるほど大爆笑しながら鑑賞かんしょうした津島修二つしましゅうじは、明かりが灯った客席でつと我に返った。


 せっかくの山高亭海彦さんこうていうみひこ師匠の名刺代わりの大ネタ後だと言うのに、開演前よりも更に難しい顔になってしまった津島つしま三元さんげんは困り顔である。


〔三〕「ちょっと好みに合わなかったかな。今日の演目えんもくは笑い寄りだったから、その、もっとまじめなのも」


〔津〕「『笑い』とは何か。これを解明し、体系化する事を、私の生涯のテーマにしようと思います」

〔三〕「そんな大げさな」

 三元が予想もしない返しをした津島は、真剣そのものである。



〈にぎわい座 楽屋〉



 恐る恐る楽屋に顔を出した三元さんげんを、うち身師匠と山高亭海彦さんこうていうみひこ師匠が笑って手招きすると、あいさつもそこそこに津島が食い気味に質問を連射する。

 

〔山〕「笑いのメカニズム。そりゃあるに決まってるよ。集中と放散ほうさん、緊張と緩和だよ。あらゆる人間活動はそれで成り立っている。息をするのだって『呼(吐く)』と『吸(吸う)』でしょ」


 食い気味の質問にも嫌な顔一つせず、山高亭海彦さんこうていうみひこ師匠はほがらかに答えた。


〔山〕「ただしこれ以上は企業秘密だね。弟子にだって体系立てては教えてやらないあたしの飯のタネだ。お兄さんはお兄さんのやりようで解明してごらんなさいな。一生モノの大事業になるよ」

 津島は雷に打たれたように、びしりと礼をした。



〈三日後 早朝練習時〉


〔三〕「やってられねえよ」

〔多〕「三元さんげんが朝っぱらからこっち側に来るなんて、大会当日は雪でも降るんじゃないのか」

〔下〕「いっそ試合前だけ雪が降ってほしいっす。まだ朝七時だって言うのにもうこの暑さですよ」

〔シ〕「例のプールで浮かびたい」

 他のプールじゃダメなのかよと仏像が突っ込む。



〔餌〕「もうお腹いっぱい。新入部員募集のポスターはがそうかな」

〔飛〕「そうしたら、あの二人はえささんが全部面倒を見ることに。もう少し犠牲者ぎせいしゃと言うかお世話役と言うか、そんな部員を増やした方が」

 飛島は見た目に反して時折ブラックである。


〔餌〕「飛島君がいるじゃん。松田君が抜けた代理は飛島君が」

〔飛〕「嫌ですっ。長津田君は禅画ぜんがも好きらしいから仏像さんが」

〔仏〕「Neverねえよ! うんちく垂れると脳汁があふれるタイプだろ。俺と正反対」

〔餌〕「いいや、仏像トークしてる時の仏像だって同じじゃん」


〔今〕「だから、落語千本ノック」

 げっそりとため息をついた一同に、野球部アルプス席在籍の今井はひょうひょうとしたものである。


〔三〕「変に行動力のある男で勝手にそれをやり始めたんだけど。まだ正式な入部届も出してないくせに、うちの部員だって名乗って大騒動を引き起こしやがった」

〔多〕「どういう事」

 多良橋たらはしはアメリカ代表のレプリカユニをぱたぱたさせる手を止めた。



※※※



〔多〕「関係の方々にはこちらからびを入れるから同じような事がまたあったらすぐに報告してくれ。その時には落語研究会への入部希望を却下きゃっかする」

 三元達が助かったと胸を撫でおろしていると、多良橋は職員室へと走っていった。


〔下〕「三元さん、何があったんすか」

 多良橋たらはしの後ろ姿を見送ると、下野しもつけは食い気味に三元にたずねた。

〔三〕「中林屋菊毬師匠なかばやしやきくまりししょうに弟子入り志願して断られて、出待ちのあげく熱中症で救急搬送きゅうきゅうはんそうされやがった」


〔餌〕「一並ひとなみ高校落語研究会って名乗った事と、その日は小柳屋御米師匠こやなぎやおこめししょう菊毬師匠きくまりししょうの二人会だった事で味の芝浜に連絡が入ったって」


〔仏〕「何でよりにもよって松尾の後継ぎがそんな奴なんだよ」

 仏像は恨めしそうに餌を見た。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。


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