65 ダディ

 仏像が松田家の敷居しきいをまたいで三日目の夜――。

 新香町しんこちょう商店街名物の夏祭りが数年ぶりに復活するとあって、歩行者天国になった商店街には子供から老人まで人の波が出来ていた。


 新香町美濃屋しんこちょうみのやの四代目として店先に立つシャモは、うどん粉病Tシャツの余りを財布のひもがゆるくなった客に売りつけている。


〔シ〕「よっしゃあと一枚で完売」

〔仏父〕「あああっ、それ探してたの。五郎君のTシャツの色違いだあっ」

 シャモが最後まで売れ残った深緑色のうどん粉病Tシャツを手にしていると、やたらとテンションの高い声が背後から響いた。



〔?〕「五郎君。ああ、息子さんの。大きくなったでしょ」

〔仏父〕「そうなんだけど反抗期でね。朝ごはんのフレンチトーストは食べないし、僕と大山おおやまに行くのも嫌がっちゃって、群馬に家出しちゃったお」


〔?〕「政木まさき先輩は息子さんを構いすぎなんですよ。だってもう息子さんは高校生でしょ」

〔仏父〕「だってダディらしいことを全然してやれなかったから、埋め合わせをしたくって。お兄さん、それ欲しいんですけどおいくら万円なりか」


 油切れのロボットのごとくぎぎぎと声の主に振り向くと、大山おおやまで出会ったナイスミドルがすっかり出来上がった笑顔で一万円札を差し出していた。




〔シ〕『なあ仏像。お前の父ちゃんって外資系投資会社がいしけいとうしがいしゃのお偉いさんだよな』

 庭先で松尾と二人、線香花火を見つめていた所にシャモから電話が入った。


〔仏〕「それがどうした」

 ちょっと前まではそうだったんだけどと思いながら、仏像は話をうながした。


〔シ〕『五郎君のTシャツだって言いながら、うどん粉病Tシャツの最後の一枚をお買い上げ。それから、五郎君とおそろいってルンルンしながら甚平じんべえを二つ買っていったぞ』


〔仏〕「げっ。何でそこに行った。矮星わいせいからシャモの事を聞いたのか」

〔シ〕『多分違う。だってあのテンションの高さなら、俺と仏像が知り合いって分かってたら絡みまくってきたはずだもん。それに、お宅の父親と俺は二人で大山おおやままいりをしたのよ。五郎君五郎君ってうるせえオッサンだなと思ったら、まさか仏像の父ちゃんだったとはね』


〔仏〕「済まねえ。大山おおやまでそんな事があったのか。うちの父親、久しぶりのロングバケーションにすっかり浮かれちまって」

〔シ〕「後輩らしき人が一緒だったから大丈夫だと思うけど、かなりなテンションだぞ。近所のガキと変わらないクラスのはしゃぎぶりだ」


〔仏〕「済まん。麻酔銃ますいじゅうを打って保護してくれと言いたいところだが。あの人ローテンションが限界突破するとハイテンションモードに突入するんだよ」

 仏像が電話を切ると、果たしてハイテンションな父親からのハイテンションなメッセージが届いていた。


〔仏父〕「【五郎君。今日はピーマン研究会の後輩と久しぶりにお祭りに行ったお。五郎君とおそろいTシャツに甚平じんべえゲットだぜ(^_-)-☆ これから藤崎さん一家と合流して、もっとお祭りエンジョイするお。来年は五郎君と一緒に来るんだお】」


〔仏〕「誰だよ藤崎さんって。絶対一緒に行かねえぞ」

 ぼそりとつぶやいてスマホをしまった仏像の一言を、耳の良い松尾は聞き逃さなかった。


〔松〕「藤崎さんって――」

〔仏〕「そう言えば、新百合ヶ丘しんゆりがおかのそば女、あれ藤崎さんって名前じゃなかった」

 正確に言えば、【松尾が新百合ヶ丘の『談話室だんわしつマスター』でHDLの富士川Pからそばをもらった時に同席していた藤崎しほり】である。 


〔松〕「そば女って妖怪みたいな言いぐさを。僕の仕事仲間の藤崎しほりさん。所属するバレエ団の練習場が新百合ヶ丘にあるだけで、彼女は新百合ヶ丘の女と言う訳では」


〔仏〕「俺の父親が今から会う藤崎さんご一家とは無関係なんだな」

 仏像はこれ以上俺の人間関係に父親がずかずか入り込んでくるのはごめんだと言いながら、線香花火の残骸ざんがいをバケツに入れた。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

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