64 ただ僕が好きなだけ
グラビアモデルに釣られた男子達が、エゾウコギなめ茸監督の
〔松〕「連れまわしちゃって済みません。墓参りはすぐに終わるので」
〔仏〕「車で寝てるから、ゆっくり行って来いよ」
松尾の父が、
慣れない土地で済みませんと、松尾が再び小さく謝る。
〔仏〕「いや、この辺りは良く知っている」
【
〔松〕「えっ、初耳ですよ。もしかして、
小さくうなずきつつかすかに震える仏像を、松尾はそっと見つめた。
※※※
〔松〕「明日は
帰宅して自室に戻った松尾が、着替えながら仏像に声を掛けた。
〔仏〕「高崎の観音様か。俺一人で行くよ。松尾は練習もあるし、地元の友達にも会いたいだろう」
〔松〕「
松尾はTシャツを前後ろ逆に着ているのにも気づかず、ぺたんと女の子座りをすると仏像にずいと顔を近づける。
〔仏〕「だからお前は本番前だろ。それに地元の友達とは遊ばないのか」
〔松〕「そんな事言ったって、僕はお忍びで帰って来たし」
仏像がTシャツを直させると、松尾はぶうと顔を
(ごーにーた、にーた)
(ついてくるなあ。おれはあ、よおちえんにいくんだよお)
(にーた、にーた)
〔仏〕「ヤバい、まただ――」
仏像の頭の中に、小さな松尾のぷっくりした手と舌ったらずな声が聞こえてくる。
〔松〕「ゴーさん、どうしました(ごーにーた、どた)」
〔仏〕「いや、何でもない」
仏像は松尾から目を
〔松〕「そうだ、せっかくだから僕の練習風景を見ましょうよ」
はいもいいえも言わぬうちに、松尾は仏像を防音室へと連れて行った。
〔仏〕「すげえな。こんな大きなピアノが家にあるんだ。家が一軒は建つんじゃねえのか」
〔松〕「これはマイアミの副賞です。横浜はともかく、この辺りの家が一軒は建つでしょうね」
松尾にはやはり黒が良く似合う。
ピアノチェアに腰掛ける松尾を見ながら、仏像はシャモの言葉を思い起こしていた。
〔仏〕「ゴーさんってヴァイオリンは弾けますか」
弾ける訳ないだろと即突っ込みをする仏像を横目に、松尾は鍵盤に向かうとおだやかな曲を弾き出した。
〔松〕「これ、僕が
ゴーさんがヴァイオリンが弾けないので、ヴァイオリンパートも僕が弾いてみましたと松尾はくすくす笑った。
〔松〕「雨の匂いがしてきませんか」
〔仏〕「そうか。分からん。そもそも誰の曲かすら分からねえし、名前を聞いたところできっと分からねえ」
〔松〕「別に分からなくても生きていけますよ。ただ僕が好きなだけなので」
松尾はそう言うと、またも静かな曲を弾き始めた。
まるで子守唄のようなその
夕食を終えてもう一度練習に向かった松尾が自室に戻った時には、仏像はスマホを手に布団にくるまっていた。
〔仏〕「俺がいないならいないなりに、楽しくやってるみたいだわ」
ほらよと差し出されたスマホを見て、松尾は思わず噴き出した。
〔松〕「【五郎君へ。明日はダディはおうちにいません。
〔仏〕「ピアノとマンドリンの略だとさ」
〔松〕「そっち?! お父さんは楽器が出来るんですね」
〔仏〕「いいや。この真ん中の『お嬢様』がマンドリン部で、彼女とお近づきになりたくてピアノが出来る奴に声を掛けて、ピアノとマンドリンのマリアージュがああだこうだと。詳しくはこの電波ゆんゆんな書き込みを見てくれる。俺には一切訳が分からない」
〔松〕「ロシアのダーチャ(菜園付き別荘)で
松尾は苦笑しながら【ざるうどんしこしこ(以下略)】のアカウントに移動した。
※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。
(2024/7/25 一部改稿)
※松尾の弾いた曲
一曲目/ブラームス作曲 ヴァイオリンソナタ第一番『雨の歌』第一楽章
二曲目/ブラームス作曲 六つの小品より間奏曲 Op.118-2
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