運命の輪

60 パパ活疑惑の真相

 一度家に帰ってにぎわい座に直行する多良橋たらはしと、えさは肩を並べて歩いた。

〔多〕「ここまで暑いと、かえってかぶり物をした方がしのぎやすい」

 余りの暑さに、多良橋たらはしは頭から白いタオルをほっかむりにしてサングラスを掛けた。


〔餌〕「ちょっと何考えてるんですかこんな街中で。一緒に歩きたくない」

 餌はなけなしの日陰を選んで歩くも、正午すぎの炎天がそれを許さない。


〔多〕「日傘よりお勧め。これでほら、あそこのお嬢さんみたいな長い薄手の羽織物があれば大分楽になる」

〔餌〕「お嬢さんじゃなくて、おばあさん」

〔多〕「女はいくつになってもお嬢さんなんだよ、覚えとけ」

〔餌〕「どこぞの漫談師まんだんしみたいな事を」

 餌はペットボトルを首の裏にあてながら、多良橋たらはしとやや離れて歩いた。



〔多〕「何か飲もう、おごるぞ」

〔餌〕「三十分ぐらいしかご一緒出来ませんが」

 ほうほうのてい桜木町さくらぎちょう駅にたどり着いた多良橋たらはしが指さした先には、チェーンのコーヒーショップがあった。



※※※



〔店〕「クリームソーダお待たせいたしました」

 迷わず餌の前に置かれたクリームソーダを、餌は多良橋の前に押し出した。

〔多〕「そうなるよな」

 多良橋は苦笑しながら、ルイボスティーを餌の前に押し出す。


〔多〕「おやじさんに会うんだろ」

 多良橋は餌の左手首を目で指した。


〔多〕「実はな。一学期末の父兄面談ふけいめんだんで君の母さんから相談を受けてな」

 餌はごくりと唾を飲んだ。




〔多〕「お母さんの元に、『息子さんが男相手にパパ活をしているようだから気を付けた方が良い』とご注進ちゅうしんがあったそうなんだ。良く良く気を付けて息子を観察していると、財布も新調していて、机の上に高そうな腕時計が置いてある」

 多良橋たらはしはそこまで言うと、クリームソーダに口を付けた。


〔多〕「息子の帰宅時間や交友関係には変わった感じは無いし、確証もないのにそんな事を疑いたくもないし言いたくもない。だけども、今まで買ってきたこともないケーキを手土産に持ってきたり、誕生日プレゼントにコスメセットを買ってきたりして、いままでの息子には無い行動だから不安になって。そうおっしゃっていたよ」


〔餌〕「それで、どうして僕が父と会っていると言う結論に達したんですか。僕がパパ活している可能性だって無いわけじゃないですよね」

〔多〕「無いね」

 多良橋たらはしはにやりと笑って餌の腕時計を指さした。


〔多〕「ロレックスコスモグラフデイトナを少年相手にくれてやる男なんざ、そうそう居てたまるか。それに、パパ活出来るぐらい君が男に耐性があるならば、尻に手を伸ばした粟島監督あわしまかんとくを反射的に投げ飛ばしたりしない」


〔多〕「それから、手土産にケーキの上に、誕生日プレゼントにコスメセットなんて渡そうって気の利いたことができる奴なら、合コン撃沈げきちんなんてしないだろ」

 多良橋たらはしの推測に、餌は恨めしそうに多良橋を見上げた。


〔餌〕「母には何と」

〔多〕「部活の休日練習にも積極的に参加して学業も相変わらず優秀ですので、人違いじゃないかとは答えておいた。ただその後な、落語の勉強をしようと思って三元さんげんから借りたDVDで『子別れ』を見てな。もしかしてこれかと」

 ビンゴ、と餌は両手を上げた。




〔餌〕「父は仕事でしばらくこちらに滞在するらしくて、ちょくちょく会っては母の様子を聞いて小遣いをくれるんです」

〔多〕「お母さんとは会わないまま、またジャカルタに戻る気なのかね」

〔餌〕「母と会うべきでは無いとかたくなで。母さんは堅気かたぎの女だから巻き込みたくないだの何だの言って」


〔多〕「実業家なんだろ。『や』の付く稼業じゃあるまいし」

〔餌〕「僕らがジャカルタにいた頃は普通の実業家でした。その後色々恨みを買うような事をやらかしたらしく、かなりハードボイルドな暮らしを送っているようです。詳しくは僕も教えてもらえません」


〔多〕「そうか。他人の事情に口を挟むのも野暮やぼな話だが、もし君さえ良ければ」

〔餌〕「えっ。そんなベタな展開あるわけないでしょ」

 多良橋たらはしの提案を餌は一笑に付した。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

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