56-2 悪魔の周波数

〔長〕「本当に厳しい。これならまだピヴォの方がずっとマシだ」

〔天〕「まだ第一ピリオドの八分を過ぎたばかりだぞ。そんな弱音を吐くなんてらしくもない」

 天河てんがからタオルと水を受け取ると、長門ながとはぐったりとベンチに座り込んだ。


〔長〕「粟島あわしま監督の声掛けのタイミングがえげつない。調子が狂う」

 天河てんがは俺の苦労が分かったかとつぶやきながら、再びピッチに目を向けた。


〔粟〕「良いよーっ。馬並みに走れえええっ」

〔飛〕「多良橋たらはし先生並みの事しか言っていないような」

 服部をベンチ脇でケアしつつ叫ぶ粟島あわしまに、飛島は首をひねった。


〔長〕「内容よりも、タイミング。次に粟島あわしま監督が大声を出す瞬間のピッチ状況をよく観察してみな」


 平和Dからえさへのフィードと同時にセンターに向けて走り出す下野しもつけ

 空いたスペースをケアする仏像がちらりとえさを見た瞬間――。


〔粟〕「犬江いぬええええっ! いいぞおおおっ。中に出せーっ! 来いよーっ! いぐっぐうぐぐううけえ(行けえ)!」

 えさのボールは弾道だんどうが狂って相手ボールになる。



〔多〕「もおーっ。ゴーちゃん何やってんの! 今のはクリアできたでしょおおっ。目の下にマジックで線書きなさいよ」

〔仏〕「メジャーリーガーじゃねえんだ。マジックで目の下に太線なんて入れられるかよ」

 えさがパスミスしたボールは、ちょうど西日の方向に重なって仏像の死角となった。





 結局二点を奪われた落研ファイブっは、三分間のインターバルに突入した。

〔仏〕「あのヌートリアから発される声、調子狂うわ」

〔餌〕「悪魔の周波数とでも言いますか」

〔シ〕「666Hzか」

〔仏〕「宗像むなかたじゃあるまいし。とは言え、脳がミスチューニングされるような何かは確実に出ている」


〔下〕「元宗像むなかた先生、現『吾輩わがはい昌華まさか(以下略)』さんの声を聞かせると、赤ちゃんがすやすや寝るらしいっす」

〔シ〕「そんな事あるわきゃない。だってあれは、なあ」

 シャモは『被害者』である仏像と餌に同意を求めた。



〈第二ピリオド〉



 勝手知ったるゴール前に天河てんが雲竜型うんりゅうがたで両手を広げると、『落研ファイブっ』全体がどっしりと落ち着いた。


〔長〕「悔しいけど、ゴレイロはやっぱり天河てんががお似合いだな」

〔服〕「長門ながとはやっぱり花形のピヴォFWが向いてんだよ」

 テーピングをほどこされた服部が、長門ながとの隣でうなずいている。


〔多〕「下野しもつけ君、第二ピリオドは外から良く試合を見てね。粟島あわしま監督のディレクションにも注目して」

 下野しもつけは無言でうなずくと、じっと戦況に目を向けた。




〔多〕「岐部きべっ! ポストポスト」

〔シ〕「無理無理イタイイタイ。これファール。ファール取れよ」

 公式戦ならばファールを取られかねない勢いの削りようだが、本日も審判団は平和十三ぴんふじゅうそう学園ビーチサッカー部員が務める。

 当然、アウェーの洗礼がシャモの全身に降りかかる。


〔シ〕「今の思い切りビブス引っ張ったじゃんっ」

〔下〕「シャモさんスルーっ。集中」

〔シ〕「出来るかっ」

 シャモが弱点だと見切った平和十三ピンフジュウソウ学園ビーチサッカー部の面々は、シャモをケアせず全体的に高めの位置取りに切り替えた。



〔餌〕「ハイ正解。シャモさんはスルーで」

 えさは『ハンドスプリングスロー』と並んでお気に入りの技である『スコップ』を駆使くしする。

〔餌〕「シャモさんどいて」

 ずこっと砂に頭から突っ込んだシャモを横目に、ひときわ大きくスコップを仕掛けたえさの背後から風が舞った。


〔餌〕「スコップ! ってあれボールは」

〔多〕「よっしゃドローっ」

 逗子海岸ずしかいがんのトンビのごとく、味方のはずの平和十三ぴんふじゅうそう学園部員Cが、えさのボールをかっさらってゴールを決めた。

 餌をおとりに使った形だが、餌にしてみれば面白くない。


〔餌〕「Boo! 俺のボールを奪うんじゃねえYo!」

〔仏〕「いい加減ラップモードから離れろ。あのままお前がボールいじくってたら相手ボールにされたんだよ。礼を言え礼を」


〔餌〕「お前何様。俺えさ様。三時のおやつはバインミー様」

〔仏〕「ジャカルタキャラどこやった! バインミーはベトナム料理だろ。何でバインミーにまで様をつけんだ」

〔下〕「インプレーっ。集中」

 餌ラップの犠牲者である仏像と下野しもつけえささとすも、餌はどこ吹く風である。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

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