25‐5 お百度参りは氷属性

〔仏〕「リアルお百度参りはやっぱヤバい女だっただろ」

 一目惚れされたはずの藤巻しほりとの会話が全く成立せずに、がたがたと奥歯を鳴らしながら仏像の元に駆け付けたシャモに、仏像は半笑いでたずねる。


〔シ〕「それ以前だって。会話の糸口がつかめねえ。何聞いても無言でうなずいてばかりなんだって。どうしよう。マジで寒い」

 初夏だと言うのに小刻みに震えるシャモは、すがるような目で仏像を見た。



〔仏〕「あの猛禽類もうきんるいみたいな女共に手助けしてもらえ」

〔シ〕「奴ら全然頼りにならねえの。とりあえずお茶買って来るって言って逃げて来たんだけど。どうすりゃ良い」

〔仏〕「そんなの自分で考えろ」


〔シ〕「一並ひとなみ高校史上最強のカッコ可愛いイケメンこと、政木五郎まさきごろう様のお力とお知恵をお借りいたしたく」


〔仏〕「知らねえって。お百度参りはシャモに一目惚れしたんだろ。俺に出来る事なんざ一つたりともねえ。シャモだって、まんざらでもなさそうだったじゃねえか」

 仏像はセミロングのゆるいウェーブヘアをけだるげにかきあげた。


〔シ〕「見た目はドストライクなんだけど、まさかここまで会話が成り立たない相手だとは思わなくて。でも断るにはしいんだよ」

〔仏〕「とりあえず茶を買って戻れ。そのうち何とかなるだろ」

 つれない仏像に肩を落としつつ、シャモは二本分のペットボトルを手にして足取りも重くしほりの元に戻った。




〔シ〕「好きな方選んでよ」

 しほりは無言でうなずくと、ジャスミン茶のペットボトルを手にする

 人魚のように細いしほりの指先と、シャモの指がかすかに触れた。

〔シ〕「アッー!」

 白魚の氷漬けのような細く冷たい指に思わず叫んだシャモは、次の瞬間三崎のマグロと化していた。



※※※



〔山〕「お前らマジで試合やってんのかよ。政木まさき出ねえの」

 仏像が駐輪場前で山下を待っていると、自転車にまたがった山下の姿が見えた。

〔仏〕「一試合目は出たんだけど、矮星わいせいが余計な気を利かせやがって。猛禽類もうきんるいの群れに俺をぶち込もうとしやがった」

〔山〕「猛禽類もうきんるいって何だよ」

〔仏〕「えさの女王様が連れて来たうるさい女軍団。あのトンビみたいな奴らだよ。ほらな」

 フェンス越しからでも聞こえてくる甲高かんだか耳障みみざわりの悪い声に、仏像は顔をしかめた。




〔加〕「たぬたぬーっ、もう一回もう一回」

〔女A〕「うきゃーきゃーきゃーっ」

〔女B〕「やべえ超受けるーっ」

 ミニスカートに大股開きでぎゃはぎゃはと笑う女子に、変顔対決で盛り上がる女子、ひたすらポテトをぼりぼりとむさぼり食う女子。

 良家の奥方そのものの飛島の母とは対極的な彼女たちを無視するように、仏像はピッチ脇へと向かった。


〔加〕「ゴー様ーっ。お菓子食べませんかーっ。お友達も一緒にどうぞーっ」

〔山〕「行ってやれって。あいつらパンダの友達なんだろ」

〔仏〕「俺が一番苦手なタイプの女どもなんだって。知ってるだろ」

〔山〕「人生変えに行けよ。食わず嫌いは良くないぞ」

〔仏〕「断る! 何のために山下呼んだと」

〔山〕「俺は政木まさき護衛ごえいかよ。いい加減そのわがまま王子キャラは卒業してくれ。そう言えば松田君は。あの野獣眼鏡なら猛禽類もうきんるいを完璧に追い払ってくれそうじゃん」

〔仏〕「それが、松尾は今日いないんだよ」

 仏像はエロカナ軍団をスルーしてピッチ脇へと向かった。



※※※



〔多〕「So close!おしいっ

 仏像が山下を迎えに行っている間に始まった試合はすでに佳境を迎えている。


 『でかでかちゃん』との試合にエキサイトした多良橋たらはしは、ピッチ脇で一人忙しく叫んでいた。

〔多〕「前!後ろっ! 右右右左」

〔仏〕「そんなにコロコロ言う事変えんなよ混乱させたいのか」

〔山〕「ダンスゲームのコマンドか」

 二人が突っ込んでいると、服部の腰に当たったボールが角度を変えてゴールに吸い込まれた。


〔下〕「ドンマイっ。まだ取り返せまっす」

〔山〕「下野しもつけがキャプテンの貫禄かんろくすらただよわせている」


〔多〕「山下君おはよう。三試合目のフィクソ(DF)やって」

 感慨深そうにピッチを見ている山下に、多良橋たらはしが声を掛けた。


〔山〕「はい?!」

〔多〕「一並ひとなみ高校サッカー部の壁でしょ」

〔山〕「そうだけど、準備も何もしてないし」

 まるで教室の電気をつけてくれと言わんばかりの気軽さで、『本物の』サッカー部四番に出場を頼んだ多良橋たらはしに仏像はあきれかえった。


〔仏〕「下野しもつけ君一人に飽き足らず、サッカー部次期キャプテンに助けを求める気。だったらサッカー部の活動自粛かつどうじしゅくを解くように理事会に働きかけるぐらいの事はしろってば」

〔多〕「そこは大人の事情ってものがあるの。詳しくはあちらのかつら先生に聞いて」

 多良橋があごで示した先では、いつの間にかやって来ていた飛島の父親がサッカー部顧問のかつらと話し込んでいる。


〔仏〕「お取込み中みたいだから良いや」

 仏像がピッチに視線を戻すと、山下が、『来たっ』と小さく声を上げた。




〔青〕「ゴールっ! 『落研ファイブっ』背番号八 ピヴォ(FW)長門ながと。泥臭い、実に泥臭く体ごとゴールになだれ込んでの値千金肉弾あたいせんきんにくだん! これで三対三のドロー」


 メインカメラを飛島に任せて実況練習じっきょうれんしゅうに徹する事にしたらしい青柳あおやぎが、良く通る声と滑舌かつぜつでプロのスポーツ実況ばりに叫んでいた。


〔山〕「相手チームってデカくて動ける奴を良くあれだけそろえたな。声を聞くまで男女混成チームだとか絶対分からねえよ。すげえなあのオバサン」

 相変わらず阿波踊あわおどりのように軽やかに砂上を舞うピヴォ(FW)の中松に、山下は感心しきりだ。


〔仏〕「『仙台はとこ船』って名前の大衆演劇たいしゅうえんげき的な何かのファン同士から始まったチームで、県の中堅レベルだって」


〔山〕「へえ。高校サッカーと違って、色んな世代の色んな人とプレイするってのも面白いかもな」

〔仏〕「三試合目、マジで出る」

〔山〕「かつら先生のOKが出たら。政木まさきは出なくていいの」

〔仏〕「一試合目に出たからもう良い」

〔山〕「試合に出ないとあのうるさい女子に囲まれるぞ」

〔仏〕「それはそれで嫌」

 仏像がうわあと顔をしかめていると、長いホイッスルが鳴った。



〔仏〕「三試合目ってシャモどうする気だろ」

 エロカナ軍団と少し離れた所に座っているはずのシャモを目で探すと、仏像は思わずぶっと吹き出した。

〔仏〕「あいつ三崎みさきのマグロみたいになってんな」

 下野曰しもつけいわく体感温度が五度下がるしほりの隣で、シャモは三崎港の冷凍マグロのごとく固まっていた。



※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

※JFAのビーチサッカー競技規則2021/2022を参考にいたしました。

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