落研ファイブっ

20-1 おこめパンの女

 【草サッカー同好会(旧落語研究会)ビーチサッカー練習場建設予定地】と大書された看板前で、仏像がバサッと手に持った大荷物を振り上げた。


〔仏〕「荷物置き場兼着替え場所。俺のお古だありがたく使え」

 ポップアップ式のテントをピッチ奥の空きスペースに設えると、仏像は早速荷物をテント内に入れる。



〔下〕「砂入ったー。着々と完成しつつある」

 Tシャツハーフパンツ姿になった下野は、ピッチ脇のネットをまたぎながらはしゃいでいる。


〔仏〕「矮星わいせいは緊急職員会議があるから自主練してろだって」

〔三〕「だったら帰ろうかな」

〔仏〕「せめて宿題やってろ」

 冷たいとぼやきながらカバンから教科書を取り出した三元さんげんに向けて、下野しもつけが自分のサブバックから何やら取り出した。


〔下〕「三元さんげんさん、遅れちゃいましたがお誕生日プレゼントっす」

〔三〕「おこめパンにぶどうジュース。ありがとな」

 三元はおこめパンとぶどうジュースを受け取ると、さすが体育会系はしつけが違うなあと下級生たちを恨めし気に見る。


〔松〕「ひもかわうどんが誕生日プレゼントだったって事で」

〔仏〕「特別に宿題させてやるんだ。ありがたく思え」

〔餌〕「野菜室の腐ったローズマリーを上げます。忘れないで」

〔三〕「そのローズマリーはとっとと捨てろ。でもどうしておこめパン」

 三元さんげんはおこめパン片手に下野しもつけにたずねた。




〔下〕「横浜マーリンズのファン感謝祭で、選手がボールにプレゼントを仕込んで投げたんっす。そこで某選手が仕込んだおこめパンの二割引券を巡る、女同士の凄惨せいさんな争いが起こってですね。それ思い出したんっす」

〔仏〕「横浜マーリンズともあろうビッククラブが、おこめパンの二割引券?! 何でおこめパンの二割引券を奪い合う事態が発生すんだよ。超レアものなのか」

〔三〕「俺が女の子に奪い合いされるぐらいモテモテキャラになる予兆だなこりゃ」

〔シ〕「それはない。俺の髪の毛全部賭けてもいい」

 三元さんげんはシャモのソフトモヒカン調の髪をむんずとつかみ、片手でおこめパンにかじりつく。



〔下〕「デンマーク的な店のおこめパンっす。しまいにゃ女サポ同士、ボールの所有権争いの果てにジャンボやきとりの串でフェンシング始めちゃって。おこめパンぱねえっす」

〔仏〕「マーリンズサポどうなってんだよ」

〔シ〕「それおこめパンじゃなくて、二割引券のボールを投げた選手が人気だっただけじゃないの」

 シャモの冷静な指摘に、下野しもつけははっと顔を上げた。


〔下〕「それでか。俺中三の時に告られて、彼女の誕生日にデートする事になったんすよ。それでおこめパンが女子受け良いのを思い出して誕生日プレゼントにしたら、『地獄に落ちろ。煉獄れんごくでも可』って切れられたっす。以来ずっと彼女いないっす」


〔三〕「そんな痛い思い出のおこめパンを俺の誕生日に」

 テント前に腰を下した三元さんげんは、もちゃもちゃと口を動かしつつ下野しもつけを見上げた。


〔下〕「そのおこめパンおいしいっすよね。おこめパンごときでぶち切れる女がおかしいっすよ」

 一人合点する下野しもつけに、話を聞いていた一同が首を横に振る。


〔仏〕「誕生日プレゼントだろ。彼女だろ。扱いが安すぎだわ」

〔餌〕「彼女の誕生日プレゼントでおこめパンは無いわ。それに、彼女いた自慢だよね。しかも告られた。三元さんげんさんが望んでも望んでも得られない『告られて彼女持ち』からもらったパンのお味はいかが」

 餌だって、生まれてこの方彼女いねえじゃんと三元は毒づいた。


〔下〕「餌さんは他校の女子と付き合ってるって噂じゃないっすか」

〔餌〕「それ誤解。奴は小学校の吹奏楽クラブの知り合いだし、子供すぎて論外。やっぱり付き合うなら森崎いちご様レベルじゃないとね」


〔三〕「森崎ってデカい子供が三人はいそうな臭い香水の女だろ。ありえん」

〔餌〕「お子様には分からないでしょうね。良いですか。大人しく熟女界の女王にあらせられる森崎いちご様に全てをゆだねるのです」

 餌の熱弁に、三元さんげんはゲップで答えた。



※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

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