19-2 駆けろ、跳ねろ、足指反らせっ!

〔仏〕「おいその『熊五郎さん伝説』。ほぼ青柳あおやぎの創作だろ。いやもっと正確に言うとだな、ネットの『○○伝説』系の定番を流用りゅうようしただけだわ」

 またダマされたと大きな体を小さくすぼめる天河てんがの隣で、服部が砂を払って立ち上がった。


〔服〕「よっしゃ。準備体操行きますか」

 仮想ゴールに目印を立て終わった服部は、足を肩幅に開いて大きく息を吸った。

〔服〕「天突てんつき体操第一っ。よいしょー!」

〔長/天〕「よいしょー!」

 よいしょー! と叫ぶと同時に曲げた膝をピンと伸ばして全身を伸ばすだけの動きなのだが、これが地味にきつい。


〔餌〕「追証おいしょう!」

 餌が天突き体操に加わったが、掛け声が微妙に違う。

〔服〕「よいしょー!」

〔餌〕「追証おいしょう!」

 天突き体操をこなしているうちに、一旦駐車場に戻った多良橋たらはしがやって来た。


〔多〕「まずは海岸ラン。終わったら柔軟と基礎トレーニング。その後ボールを使った練習な」

 多良橋たらはしは手でひさしを作りながら砂浜を見渡した。

〔多〕「三元さんげん綾小路あやのこうじ君のお相手兼荷物係。落語も練習して良いから。『居酒屋』だっけ」

〔三〕「『寄合酒よりあいざけです』

 三元さんげんはよっこらしょういちと言いながら、キャンピングテーブル脇に陣取った。


※※※

 

〔多〕「ビーチサッカーだよ裸足でやんなさいよ」

〔仏〕「無理だよこの砂質見ろってば」

〔長〕「ビーチサッカー用に整地された場所じゃないから、裸足はだめですよ」

 五月の日差しが、男子高校生たちの足元をまぶしく照らしている。


〔多〕「シュートは打たずに三対三でミニゲームだ。プロレス同好会の諸君、松田君にくれぐれもケガの無いよう」

〔服〕「そう言うブックとアングルですか」

〔長〕「松田君をクリーンに潰せと」

〔天〕「心理戦は既に始まっている」

 天河はオレンジ色のボックス型水着からむき出しになった大腿四頭筋だいたいしとうきんを膨らませた。


 スローインの素振りを見せながらキックインでボールをピッチ内に蹴り入れたシャモに、プロレス同好会はおかんむりである。

〔多〕「今のはファール。フェイクNGだから」

〔シ〕「嘘だろ?! え、松田君本当なの」

〔多〕「何で俺の言う事は信じないで、松田君の言う事は信じるの」

 フリーキックを指示されたプロレス研究会は、ゴールも無いのにどうするよとぼやいた。


〔シ〕「とりあえずこの5.5m幅(※)の線が仮想ゴールだからな。俺ゴレイロ(GK)役やる」

〔天〕「壁は作らないの」

〔松〕「ビーチサッカーは全部直接フリーキックです。壁は作れません」

〔長〕「そうだった。砂山を作ってからボールを置くのは何でだろう」 

 首をかしげながら砂山の上にボールを置いた長門ながとは、思い切りフリーキックを蹴った。


〔シ〕「軽く蹴ってって言ったろ。通行人に当たったらどうするんだよ」

 思い切り太ももにボールがヒットして、シャモはしゃがみ込んだ。

〔仏〕「むちみたいな音がしたな」

〔多〕「はい、交代」

 多良橋たらはしの交代の指示に、一同は『もう?!』と口々に声を上げる。


〔餌〕「とりあえずゲーム以前にリフティングの練習から始めてみては」

 松尾に代わってピッチに入った餌は、リフティングの練習を始めた。

〔餌〕「やっぱり難しい」

〔下〕「お玉でたまごをすくう感じっす。羽根つきみたいなイメージで」」

 リフティングに苦戦するえさを見かねた下野しもつけが、ひょいひょいとボールを足の甲に乗せてふわっと空中に投げる。


〔下〕「あーちゃんが知らん人にあれだけなつくのは珍しいんよ。ほらまっつん、もっと足の指を反らす」

〔松〕「いったああああいっ!」

 下野しもつけ三元さんげんの隣で砂遊びをする弟を目で指しつつ松尾の足の指をつかむ。

〔仏〕「これ足の指の長い奴が有利だろ」

 足がつると叫んでしゃがんだ松尾を横目に、仏像は早くもコツをつかんだ様子である。


〔長〕「サッカーとかなり勝手が違う」

〔服〕「やっぱりミニゲームより先に、リフティングと浮き球パスの練習からやらないと」

〔餌〕「ああああっ、何か腹立ってきた!」

 小柄ゆえに足も小さな餌は、足の指を思い切り反らす時点で圧倒的に不利である。


〔下〕「足指の強化には足指じゃんけんとタオルギャザーが良いっすね。俺もそれでかなり逆足を鍛えたっす」

 下野はTシャツを脱ぐと、タオルに見立てて足指でつまんで引き寄せた。

〔三〕「それ老健ろうけんのリハビリでやるやつだ」

〔仏〕「何で老健ろうけんのリハビリがぱっと思いつくんだよ。それが十七歳の発言か」

 上半身裸になった面々が自分のTシャツを足指でつかもうと悪戦苦闘していると、下野の弟が真似をしてTシャツを脱ぎ始めた。


〔下〕「あーちゃん、お兄ちゃんのTシャツ使って」

〔綾〕「いやあああっ。あやもやるーっ」

 ぐずりながらTシャツを脱ごうとする弟を制すると、下野は砂まみれのTシャツを着て弟をだっこした。


〔シ〕「俺の小三の時ってもっとふてぶてしかったような」

〔下〕「三月終わりの生まれなんで」

〔仏〕「友達は」

〔下〕「それが、同級生からは浮いちゃってるみたいで」

 『友達』の単語に反応した弟は、不安そうに下野にしがみつく。


〔松〕「ゲームはするの」

〔下〕「普通のゲームはせんけど、坊主めくりが得意なんよ」

〔仏〕「だったら今度上毛じょうもうかるた持って来てやれよ」

〔松〕「上毛じょうもうかるた?! どこで知ったんですか」

 松尾は信じられないものを見るように仏像を見た。


〔綾〕「それ蝉丸せみまるおるん」

 下野しもつけにしがみついた弟がおずおずと松尾にたずねた。

〔松〕「蝉丸せみまるはいないけど、田山花袋たやまかたいはいるよ」

〔仏〕「田山花袋たやまかたいは存在がR指定だろ」

〔綾〕「蝉丸せみまるおらんの? じゃあいらん」

 綾小路君は興味を失ったように、再び下野しもつけにしがみついた。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

※JFAビーチサッカー競技規則2021/22に基づく

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