18 麗しのパトロン

〔仏〕「すげーっ! たった一日であの荒れ地がここまで整備されたのかよ」


 日曜日の朝。

 如意輪観音にょいわかんのんの長袖Tシャツにワークパンツ姿の仏像が、だだっぴろい空き地を見て思わず声を上げた。


〔多〕「後は業者さんが砂枠を作って砂入れをしてくれれば晴れて使用開始だ」

〔三〕「芋名人いもめいじんの八五郎さんのトラクターで全てが解決した。せっかく仕出しを用意したのに、午後二時前には解散になったぐらいだもん」

〔餌〕「後はご想像の通り、青柳あおやぎ部長による熊五郎さんの撮影会」


〔仏〕「アレっ、えさ来たの。日曜駄目だって言ってただろ」

〔餌〕「昨日の帰り際にとある耳より情報を聞きましてね。ほらっ。噂をすれば」

 えさの目線の先には、全てをさとったような目をしたシャモと松尾がいた。



〔松〕「皆さん、済みません。僕は止めたのですが」

〔シ〕「VIOは施術せじゅつ済みだと答えろ。健闘けんとうを祈る」

 松尾とシャモの暗い口調に、プロレス同好会の三名も思わず息を飲んだ。



※※※



〔多〕「草サッカー同好会の施設整備費用を寄付して下さる春日千景かすがちかげ先生が視察にお見えだ。今日の飲食費も出してくださるそうだ。皆、春日先生にごあいさつなさい」

〔仏〕「マジか。どれだけおいバカなんだあの人」

〔三〕「何だ、金の算段はあったのかよ。心配して損した」

 一同は戸惑いながら、薄手のスプリングコートにグレーのストレートパンツ姿の千景に礼をした。


〔千〕「皆さんごきげんよう。おい松田松尾まつだまつおがいつもお世話になります」

 いつになく丁寧ていねいな身のこなしで、多良橋たらはしはキャンプチェアの置かれた一角へと千景を案内した。




〔松〕「叔母さんからチラシを受け取っても気にしないで下さい。まかり間違ってもVIOに興味があるとか言わないで」

〔餌〕「えっ、そのためだけに来たんだけど。春日先生ーっ」

 キャンプチェアに向かって駆けだすえさを止める間もなく、えさ千景ちかげの元にたどり着いた。



〔三〕「あいつ【みのちゃんねる】のVIO回をかぶりつきで見てたもんな」

〔松〕「餌さんに、通常は男性が施術せじゅつをするって伝えましたか」

〔シ〕「テロップには入れたけど。そうか。松田君、えさには真実を伝えないでくれ」

 三元さんげんが、きらっきらとした笑顔でチラシをのぞき込む餌を見てぐふふと笑う。



※※※



 仏像がビーチサッカーピッチのサイズ通りに張ったロープを、プロレス同好会の天河てんがが誤って踏んだ。

〔長〕「さあ天河、ロープに足をタッチしたっ」

 天河てんがに向かってすかさず長門ながとが実況風に叫ぶ。

〔服〕「ここで形勢逆転けいせいぎゃくてん! 得意のジャーマン・スープレックスに持ち込むかっ」


〔仏〕「部室でやれ部室で」

 整地した土の上を踏み荒らすプロレス同好会三名に下がってろと言うと、仏像はぶつくさ言いながら土をき直す。


〔三〕「あれ、プロレス組は」

 仏像に怒られて静かに石ころ拾いに戻っていたはずのプロレス同好会の姿が、いつの間にか消えている。

〔松〕「ああああっ! 人柱ひとばしらが増えた」

 千景ちかげの前でひざまづく三人に、松尾は頭を抱えた。


〔仏〕「千景ちかげ先生の営業力、怖ろしすぎだろ」

〔シ〕「学生価格とは言え口車くちぐるまに乗せられると結構な額だぞ。あいつらに払えるのか」

〔餌〕「顔出しで新機種しんきしゅかつ臨床実習りんしょうじっしゅうのモルモットと言うか練習台と言うか。そのコースだと無料」

〔三〕「無料だったら受けようかな。ちょっくら話聞いてくる」

〔松〕「人柱ひとばしらがまたしても」

 松尾は遠い目をしてつぶやいた。



※※※



〔千〕「では皆さまごきげんよう。良い一日を」

 千景ちかげはほくほく顔で練習場予定地を後にした。

〔松〕「営業に来ただけじゃないかあの人。多良橋たらはし先生はご無事でしたかって契約してたー!!」

 多良橋たらはしは無言で【フォトフェイシャル&スカルプケアDXコース】の契約者控えを差し出した。


〔仏〕「皆まだ未成年だから、親の同意が得られなかったって言って逃げろ」

〔シ〕「多良橋たらはし先生はクーリングオフがありますから」

〔餌〕「僕はちゃんと正規の学生料金を払うから、春日先生が担当してくれるし」

〔松〕「誰が担当するのかちゃんと聞きましたか」

〔餌〕「心配しないで。春日先生は逸材いつざいだけど僕のストライクゾーンに入るにはまだ若すぎる」

 あざと可愛さを強調するようにパンダのフード付きパーカーを被ったえさは、根っからの熟女好きである。


〔三〕「堂々と水着になれるボディが彼女づくりには大切だって言われてさ」

〔シ〕「シェイプアップ三か月強化コースモニターか。食事制限があるんだが。それって三元さんげんにとっては死亡宣告に等しいぞ」

〔三〕「最初に人間ドッグを受けられるって聞いたし」

〔餌〕「人間ドッグ目当てってそんな。十七歳の言う事じゃないですよ」

〔三〕「十七歳じゃねえよ。皆して俺の誕生日忘れてんじゃん」

 えさの言葉に信楽焼しがらきやきのタヌキの実写版のような顔を膨らませると、三元さんげんは地面にのの字を書き始めた。


〔仏〕「あーっ! 今日三元さんげんの誕生日」

 プロレス同好会も加わってハッピーバースデーと歌い上げると、三元は小さくありがとよ、とつぶやいた。




〔仏〕「結局八五郎はちごろうさんが紹介してくれた業者に頼むの」

 野太い歌声が収まると、仏像が背後に立つ多良橋たらはしに目線を向けた。

〔多〕「砂枠すなわく込みで友達価格でやってくれる。ビーチサッカー用のボールとゴールも春日かすが先生が寄付してくれるって」

〔松〕「千景ちかげおばさんが僕の喜ぶお金の使い方をしてくれた」

 松尾が頭の周りに花を飛ばさんばかりに喜んだ。


〔仏〕「ピッチ代にボールにゴール。全部足しても松尾の卒業祝いロレックスコスモグラフデイトナ代には遠く及ばないな」

〔シ〕「まさか本当にロレックスのコスモグラフデイトナをプレゼントされたの」

〔松〕「もらっても困る高価な物を押し付けて来るんです。VIO長者だけに」

〔仏〕「あんまりそんな事言ってると、あだ名がVIO長者になるぞ」

〔松〕「それは勘弁。まだ花粉眼鏡かふんめがねの方がマシです」


〔三〕「そう言えば花粉眼鏡かふんめがね着けなくなったね」

〔松〕「季節が過ぎましたので」

 松尾は仏像おさがりの眼鏡をくいっと上げて答えた。



※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。


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