17 迷監督現る

〈金曜日 部活時〉


〔多〕「練習試合にむけてビーチサッカー練習場予定地を急ぎ整備する。今週の土日に熊五郎さん達が来てくれるから、それまでに出来ることは全部するぞ」

 今日の部活はビーチサッカー練習場の整備だと張り切る多良橋たらはしに付いて移動した一行は、目の前の光景に言葉をしばし失った。


〔飛〕「荒地あれち開墾かいこんする所から始めろと」

 松尾と青柳の密約の結果、草サッカー同好会助っ人として顔を出すことになった飛島が絞り出すようにつぶやく。


〔山〕「飛島君、耕作放棄地再生こうさくほうちきさいせいドキュメントで一本撮れるぞ。放送部長の青柳あおやぎ君が喜ぶ最高の映像素材だ」

 部員ゼロ人となった園芸部が残した農園を前に、サッカー部の山下が皮肉気に笑う。

〔多〕「確かに山下君のいう通りだ。放送部に映像撮らせよっと」

 白いタオルを帽子代わりにした多良橋たらはしは、ひょいっとロープをまたぐと校内へと戻っていった。


〔シ〕「また放送部が出張でばって来るのかよ。いっそあいつらにビーチサッカーやらせようぜ」

〔仏〕「全く自由なオッサンだな。山下、あいつの口車に乗せられて本当に良かったのか」

〔山〕「『練習場整備の手伝いに出た奴は、ビーチサッカーピッチでボール遊びをしても良い』って言われれば、やるしかない」

 全サッカー部員対象の全活動自粛が解ける気配が見えぬ中、山下にさした一条の光。

 それが例え納豆の糸のごとく頼りないものだとしても、今の山下達サッカー部員には飛びつく以外の選択肢などない。


〔シ〕「草刈り機がありゃ早いんだけどな」

〔天〕「粗大ごみの片づけはプロレス同好会中心でやります」

 何とはなしに役割分担を進めているうちに、放送部の顧問こもんである山崎と放送部を伴って多良橋たらはしが戻って来た。


〔山崎〕「『荒れ果てた土地の再生に、生徒と地域住民が力を合わせる感動の物語』。荒れ果てた地に一面の麦畑が広がる。そして女神フレイヤが猫車に乗って金色こんじきの野に降臨こうりんし――。うううっ(涙)」


〔多〕「山崎先生。お言葉ですが、ねずみ色の砂場にショッキングピンクのビブスをまとった野郎どもが降り立つ予定です。猫車は猫車でも、うちで使うのはホームセンターで売っているタイプの猫車です」


〔山崎〕「『ドキュメント調の映像作品』だよ青柳あおやぎ君。分かっているね」

 多良橋たらはしの突っ込みが気に入らなかったらしい山崎は、やらせを青柳に指示した。


※※※


〔山崎〕「西日が後三十度ぐらい左によってくれりゃ良いんだけど。あのプレハブが影作って邪魔だな。壊すか」

〔多〕「先生止めて、落ち着いて!」

 チェーンソー片手にプレハブ小屋に進む山崎を多良橋たらはしはあわてて止める。


〔シ〕「山崎先生ってあんなキャラだったっけ」

〔青〕「彼の中に何かが降りて来ると監督モードになるんです」

〔仏〕「なめ茸とどっちがすごい」

〔青〕「エゾウコギなめ茸『監督』。呼び捨てにして良いお方じゃないから」

 仏像の問いに、メインカメラを操作していた青柳あおやぎの手が止まった。



〔仏〕「ビーチサッカーピッチは縦横最大で三七メートル×二八メートル(※)。四隅にスペースを十分にとってざっくり四十メートル×三十メートル。この廃農園はいのうえんを全部うちが使えるとなると部室兼倉庫用のプレハブを建てても二面はピッチが取れるよな、それからシャワー室にトイレだろ、後は」

 再びカメラを操り始めた青柳あおやぎから離れた仏像が、練習場予定地をざっと見渡した。


〔シ〕「誰がその工事費用を出すとでも」

〔一同〕「【みのちゃんねる】」

 全員の目がシャモを指す。

〔シ〕「おかしいでしょ。俺は行きがかり上玉蹴たまけり民になっただけなの。何で大枚たいまい払ってまでビーチサッカー場を整備する必要があるのよ」

 びた一文も出さねえぞと念押しすると、シャモは雑草をなぎ払う。

 根無し草となった雑草を飛島と二人で松尾が袋詰めしていると、後ろからプロレス同好会の叫び声が聞こえてきた。


〔長〕「セントーン!」

 廃タイヤの山に飛び乗って叫んだ長門ながと

〔天〕「そこからセントーンは止めろ! 怪我するぞっ」

 天河てんがが背中から落下しようとする長門を背負い投げで受けると、服部はっとりが両手を横に振る。

〔山〕「手伝うのか遊ぶのかハッキリして」

 一並の壁ことサッカー部の山下の怒気に、プロレス同好会のスター選手役二人とレフェリー役は大きな体を小さくしながらタイヤの山を片付け始めた。


〔シ〕「そう言えば三元さんげんどうした」

〔餌〕「弁当屋でおやつのシューマイとチキンライスを入手次第戻ってくると思います」

〔山〕「三元さんげんさんってシャトルランが二十九回って本当」

 そんな物をおやつにしてと呆れる仏像につられるように、山下が三元さんげんのメタボ疑惑(ほぼ確)を立証するデータを持ち出した。

〔下〕「二十九回って逆に難しくないっすか。だいたいそんなに少なかったら、体育の先生に怒られますよ」

 

〔シ〕「それが怒られずに公式記録として残った事で察して。あいつ運動大嫌いなのにどんどん外堀埋められて精神的に来てるだろうな」

〔餌〕「だから僕も三元さんげんさんを急かさずに、一人で戻って来たんです」

 三元さんげんと共に買い出しに出かけた餌は、両手いっぱいに下げたペットボトルとお菓子の袋をブルーシートの上にどさりと置いた。


〔仏〕「また愚痴ぐちってた」

〔餌〕「いや、『みのちゃんねる』のVIO回で宗像先生四変化を見て涙目になった後から、先生の話をしなくなったんで。多分何かがぷつんと切れたんでしょうね」

 今度は何をやらかしたんだと、山下がシャモを冷たい目で見る。


〔仏〕「『みのちゃんねる』『VIO』で検索だ。家出騒ぎを引き起こした問題の動画だ、な、松尾」

〔シ〕「春日先生が松田君の叔母おばさんだって知ってたら、絶対あのコラボ話を受けなかったって。本当に悪気はなかったんだってば」

〔松〕「僕の命が何によってつながれているかを知った時の衝撃が分かります」

 松尾がぶうぶうと抵抗するも。

〔下〕「だったら下野しもつけ家はドラキュラ一家なんよ。父ちゃんは臨床検査りんしょうけんさ会社の血液課だし母ちゃんは集団検診の血液係」

 ドラキュラかっこいいと満面の笑みで語る下野に、松尾はすっかり毒気を抜かれた。


※※※


〔多〕「皆ありがとうな。おつかれさん。明日と明後日は自由参加。明日は朝から熊五郎さん達が来るんだけどどうする。熊五郎さんが軽トラで来て、八五郎さんはトラクターを持ちこむから、今日より作業は楽だと思うよ」

〔餌〕「土曜だけなら。え、仏像明日来ないの」

〔多〕「土曜に来られないのは政木まさきと松田君。飛島君もダメなの」

〔飛〕「土日はどうしても外せない用事がありまして」

〔多〕「松田君が来るとしても」

 僕をえさに飛島君を釣るのは辞めてくださいと松尾が突っこんだ。


〔多〕「下野しもつけ君は弟と留守番で来られないんだっけか」

〔下〕「そうっすけど。あ、日曜午後うちに来ませんか」

〔多〕「どうした出し抜けに」

〔下〕「家が逗子ずし海岸の近くなんっすよ。逗子ずし海岸で走り込みとか練習とかしたらどうかなと思って」

 余計な事を言うなよとシャモが顔を仰ぐのにも気づかず、下野は黒目勝ちの目をらんらんと輝かせながら多良橋たらはしを見る。


〔多〕「それはマーベラスなアイデアだ。日曜日の午後から逗子海岸ずしかいがんで練習だ。そうと決まったら、午前中には必ず作業を終わらせるぞ」

 多良橋たらはしの中では完全な決定事項となった逗子ずし行きに、何人の部員助っ人が付き合ううかは未知数である。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

※JFAビーチサッカー競技規則2021/22に基づく(ゴールライン26~28m/タッチライン35~37m)

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