10‐1 腐れ縁

〔青〕「熊五郎さん、編集が出来たら映像は必ずお見せします。YMCAも最高でした」

 日帰り合宿が終わる頃にはすっかり熊五郎くまごろう親衛隊と化した放送部長の青柳あおやぎ

 『瀬谷せや五闘将筆頭ごとうしょうひっとう』こと『奥座敷おくざしきオールドベアーズ』キャプテンの熊五郎くまごろうにYMCAを踊らせたあげくにSNS交換まで行っていた。


〔多〕「今日はどうも有難うございました。本当に助かりました」

〔熊〕「良いって事よ。若いチームと汗をながすのは張り合いになる。またな。気をつけて帰れよ」


 【熊ちゃんの店 樫村工務店かしむらこうむてん】と大書された黄色いバンが走り出すと、一同は多良橋たらはしのキャンピングカーへと乗り込んだ。



〔多〕「政木まさき三元さんげんが家まで車で帰るのか。ギューギューだが他の奴らは三崎口みさきぐちまで我慢しろ。政木まさき、助手席」

 助手席に仏像を乗せた多良橋たらはしのキャンピングカーは、三崎口駅に向かって走り始めた。




〔仏〕「ピクリとも動きゃしねえ」

〔多〕「後一時間早く出るべきだったか」

 相模湾さがみわんを照らす夕日は、ぎゅうぎゅう詰めのキャンピングカーも赤く染め上げている。


〔餌〕「お楽しみの所失礼します多良橋たらはし先生。ここから歩いて三崎口みさきぐちに行った方が早いって」

 運転席の後ろからえさが顔を出した。


〔多〕「参ったな。とりあえずこの先のガソリンスタンドで降ろすからちょっと待ってて。まさか全員降りるの、三元さんげんも。待ってキャンピング用具の片付け要員が」

〔仏〕「俺一人で片付け?! 冗談じゃねえ三元さんげん残れよ」

〔三〕「最近頻尿ひんにょうぎみだし。ちょっとこの混み具合じゃ不安」

 三元さんげん年齢詐称ねんれいさしょうを疑わせる一言をまたもつぶやいた。



※※※ 



 三崎口みさきぐち方面に歩いていく部員および放送部に手を振った仏像と多良橋たらはしは、がちがちの氷のように動かない車列を見ながら長期戦を覚悟する。

〔多〕「車に缶詰にされる位なら、ここらで時間潰して高速が空いてから帰った方がマシ。とりあえず何か腹に入れるか」

〔仏〕「任せるわ」

 近くのコンビニで菓子パンと飲み物を一つづつ買うと、二人は海に面した公園へと歩いた。



〔仏〕「彼女と一緒に来るべき場所じゃねえか全く」

 カップルだらけのベンチで明らかに場違いな自分たちに、仏像はため息をつく。

〔多〕「せっかくだから夕日に照らされる相模湾さがみわんを見たいもん。ね、ゴー君」

〔仏〕「あんたにゴー君って言われると調子狂うんだよ」

〔多〕「ゴー君を初めて見た時は、こんなに小っちゃかったのに。すっかり大きくなっちゃって」

〔仏〕「もっと育っとったわ」

 仏像の腰あたりに手をかざして目を細める多良橋たらはしに鼻をふんと鳴らしながら、仏像はジャムパンにかじりついている。


〔多〕「それにしてもゴー君のフォロワーになった時には、まさかゴー君が一並中ひとなみちゅうに入るなんて夢にも思わなかった」

〔仏〕「そりゃこっちのセリフだっての。『たーちゃん二十五歳丸の内OL』さんが一並ひとなみ高の変態教師へんたいきょうしだとか分かる訳が無い。フリー画像から拾ってきた裏垢女子うらあかじょし的な写真をいつまで使うの。何年ネカマやるつもり。いい加減飽きようや」


〔多〕「俺の変身願望はそっとしておいて。職場がっこうはストレスだらけだし家はリンちゃんの天下だし。ストレス発散場所はあのネカマあかぐらいしかないの」

 ベトナム系米国人の妻・リンに、多良橋たらはしは四半世紀近く完全服従状態である。


〔仏〕「何がストレスだよ落研を乗っ取っておいて良く言うわ」

〔多〕「ゴー君怒ってる」

〔仏〕「呆れてる。本当にあんたって自由なオッサンだな。あの頃の借りさえなけりゃ、俺はあんたに付き合う義理は無いんだがね」


〔多〕「ゴー君に一つも貸しなんて作った覚えはないよ。俺は大人として、ゴー君の大ファンとしてやるべき事をやっただけなの。だからゴー君、貸し借りで人を見るのはやめよう。そんな物差しで見られたら、俺さみしいよ」

 あかねに染まる相模湾さがみわんを見ながら、多良橋たらはしはブラックコーヒー缶のタブを開けた。



〈歩き組〉



〔餌〕「絶対歩いて正解でしたよ。何だこの車の列」

〔青〕「三崎口みさきぐち方面行きですらこの混みっぷりだから、先生たちが家に着くまで何時間掛かるんだろう」

 国道沿いをだらだらと歩いていると、三元さんげんが『三崎のまぐろ』ののぼりが立つ一軒の食堂に目をつけた。


〔三〕「三崎と言えばまぐろだよ。食べて帰らなけりゃ」

〔シ〕「あの店でなくても良いんじゃ」

〔三〕「歩きたくねえんだよ」

〔シ〕「ジジイかよ」

〔餌〕「あーっ、あれか松田君ご愛用のスーパー」

 えさが『ページヤ三崎口駅前店第二駐車場』と書かれた看板を指した。


〔飛〕「伝説の『ページヤ』ですね。チョコカスターいちご味はあるかな」

〔餌〕「気になるよね。行こうよ」

〔シ〕「お前らまぐろ食わねえの」

〔餌〕「飛島君と後で合流します。チョコカスターいちご味食べたい人」

〔三〕「食うっ」

〔青〕「食べたいですね。シャモさんも食べるって」

〔餌〕「オッケー。じゃ、行って来ます」

 餌と飛島はページヤに向かって駆けだした。


〔三〕「若いって良いなー」

〔シ〕「お前一つしか変わらねえんだよ」

 シャモが呆れたようにため息をつくも、三元さんげんの目はあるメニューの張り紙に釘付けになっていた。



【新商品 江戸前の味覚『たらもどき』】



〔三〕「俺のカンは正しかった。ここにする」

〔シ〕「珍しく三元さんげんと同じ意見だ。俺もここが良いと思った」

 『逆張りのシャモ』が良いと言った事に放送部の青柳あおやぎ一抹いちまつの不安を覚えつつも、上級生二人に続いてのれんをくぐった。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

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