6-1 痴情のもつれか金の恨みか

〈三元帰宅 『味の芝浜』にて〉


〔み〕「時坊、何で連絡返さないのさ」

 何が起こったのか分からぬまま走りに走って電車に飛び乗った三元さんげんは、スプリンクラーの赤茶けた水で汚れた制服もそのままに『味の芝浜しばはま』ののれんをくぐった。


〔う〕「あんな一大事があったんだ。電話なんてできる場合じゃなかっただろうよ。なあ若様」

〔綱〕「何はともあれ無事で良かった」

〔み〕「あんたの学校、とんでもない事になってるじゃないか」

 テレビの画面を見て、三元は驚愕きょうがくした。


※※※


「警察と消防によりますと、一並ひとなみ高校校長室を火元とした火災は鎮火ちんかしつつあるものの、火災および暴動による重軽傷者複数がいる模様です」

 関係者提供映像とテロップが出た映像は、およそ毎日通うのどかな学校のそれとはかけ離れていた。



〔保護者A〕『われなめとんのか! 部費返せやぼけええっ! 何使い込んどんねんこのだぼが』

 ベルトをむちのように振り回しながら校長室を歩き回る関西弁の男。


〔保B〕『三十万円をすぐに耳そろえて持って行かないと小柴こしばのシャコの餌にされちまうって嫁に吹いたんだって。今すぐに俺に三十万円返さにゃ、俺があんたを本当に小柴こしばのシャコの餌にすんぞ!』

 潮焼しおやけしたガタイの良い小男。


〔保C〕『うちの嫁からも目の手術で物入りだなんて大嘘ついて金借りただろ。息子の学資保険がくしほけんをあんたにみつぐために勝手に解約した金なんだ。頼む。後生ごしょうだから返してくれ』

 白アスパラのようなひょろりとした男。


〔保D〕『犬吠埼いぬぼうざきさん、俺は現役時代のあんたの大ファンだった。だからこそ母ちゃんが難病になったなんて見え透いた嘘にも、素知らぬ振りで金を貸したんだ。だがな、生徒の母親を何人も同時に股かけて金をみつがせるなんて情けない。落ちぶれたもんだね』

 特徴が無いのが特徴の男。


 顔にモザイクが掛けられた四人の男が、それぞれの表現で『金返せ』と訴えている。


〔桂〕『落ち着いて話し合いましょう。暴力はいけませんよ』

〔保A〕『顧問こもんさんも他人事ひとごとじゃねえんだぞ。遠征費用えんせいひようも無いってのはいくらなんでもおかしいだろうよ』


〔犬〕『金金金金うっせえな。今手元にないだけなの。こちとら手前らの年収ぐらいすぐ作れるんだよ。黙って待ってろやこの〇〇〇共が』


〔保B〕『てめえ、ぶっつぶしてやるーっ』

 カメラのアングルは窓側からだった。

 鈴なりに窓にへばりついた部員の誰かが、小遣い稼ぎにテレビ局に提供したらしい。


〔部A〕『ふざけんな部費返せ』

〔部B〕『犬吠埼いぬぼうざき出てこいや』

 校長室側のドアごと生徒たちがなだれ込んでくる。


〔部C〕『てめえ俺の母ちゃんに何しやがったっ』

〔犬〕『君の母ちゃん、ご無沙汰歴十年だってさ。父ちゃんが白アスパラで、よほど物足りなかったんだろうね(笑)』

 オイル缶をジャンパーから取り出した犬吠埼いぬぼうざきは、惜しげもなくオイルをソファーに振りまいた。


〔保〕『ふざっけんな!』

 映像はそこでぶっつりと切れていた。


※※※


『続報が入り次第改めてお伝えいたします。では次のニュースです』

 チャンネルを変えて同じ内容のニュースを見ようとした三元さんげんからリモコンを取り上げたみつるは、有無を言わせずテレビショッピングチャンネルに切り替える。


〔み〕「若い時になまじっかモテて大金が入ったもんだからこのザマさね。一度見りゃ十分さ。何度も見るもんじゃないよ」


〔う〕「今は皆の無事を願うしか、若様に出来るこたあ無いんだよ」

〔綱〕「きっと、みんな大丈夫だよ」

 無言でうなずいた三元さんげんが二階に上がってスマホを開くと、シャモから【みのちゃんねる】を見るようにとメッセージが届いていた。


※※※


〔シ〕『痴情ちじょうのもつれか金の恨みかはたまたその両方か。目撃者のみのだからこそ話せるホットホットな三十分。本日は【ハマの大暴動をみのが語りつくします】スペシャル―』

 シャモからの連絡を受けて嫌な予感がした仏像は、普段は見ないみのちゃんねるをチェックした。


〔仏〕「シャモ、これはダメだろ」

 視聴者数はいつもの十倍以上にふくれ上がっている。

 当然投げ銭の額もスピードもいつもの比ではない。

 開始二分で既に五万円を超えた投げ銭に呆れ果てながら、仏像はスマホを閉じた。



〈午後九時五十分〉


 プライムタイムのニュースが始まる頃に帰宅したえさの母は、餌を見るなり良かったとつぶやいて床にへたりこんだ。


「日本でまさかあんな光景が見られるとは思わなかったよ。見てほら」

 土煙つちけむりを上げながら逃げる男子高校生の手からクリームパンを食いちぎる別の生徒の写真をスマホで見せながら、えさはげらげらと笑う。

「あんたのそういう所、お父さんに似たわね」

 呆れたような、どこか寂し気な笑みを見せると、えさの母はリビングのテレビを付ける。

「母さん、豚の角煮が冷蔵庫に入ってる」

「いつも悪いね」

「別にいいよ。どうせレトルトに冷凍野菜入れただけのだし」

「それでもありがとね。本当に、無事で良かった――」

 『元』監督の犬吠埼が放火の現行犯で逮捕され、業務上横領等でも捜査をする見込みだと伝えるトップニュースを見ながら、えさの母はえさを抱きしめた。


『かつてはプロサッカー選手として人気を誇った犬吠埼いぬぼうざき容疑者。CM後はその栄光と破滅はめつ軌跡きせきをたどります』


※※※


 一方こちらは松尾の下宿(千景ちかげ宅)。

 餌宅で流れているのと同じ番組がCMに変わると同時に、長風呂兼エステタイムを終えてリビングに戻ってきた千景ちかげが松尾に声を掛けてきた。

「松尾ちゃんがテレビを見るなんて珍しいわね」

「明日、臨時休校になりましたので」

「どうしたの急に」

 松尾は部員や近所の野次馬が撮った写真の数々が載せられたSNSに、ネットニュースのヘッドラインを見せる。


「だめよ、こんな学校。すぐにもっと安全な学校に転校しなさい。お姉ちゃんに伝えなくっちゃ」

「いつもは過ごしやすい学校なんです。のんびりしておだやかな人ばかりだし、友達も出来たし」

 あわてて松尾の母に連絡を入れようとする千景ちかげを、松尾は制した。


「でも何でこんな事に」

「サッカー部の監督が部費を使い込んで、保護者複数からも金を借りて返さなかったそうです」

 松尾は『生徒の母親複数に同時進行で関係を持って金をみつがせた』部分にはあえて触れずに説明した。


「やっぱり学校を変わった方が良いんじゃないかしら。高卒認定試験こうそつにんていしけんを受けたっていいんだし」

「大丈夫です。父さん母さんもこのニュースは知っているから心配しないで」

 でもでもと言いつのる千景を置いて自室に戻ろうとした松尾のスマホが、小さく音を立てた。


「明日は部活の先輩と一緒に図書館に行きます。お昼は外で食べます」

 スマホを手にした松尾は、千景に手短に告げた。

「あらそう。怖いお友達じゃ無いでしょうね。逃げながら他人が持っているパンを食いちぎる子がいる学校だもの。不安で仕方がないわよ」

「大丈夫ですよ。その人は国公立特進クラスの先輩で、とっても真面目な人だから」

「そう。その先輩は落語以外に何か趣味はあるの」

「仏像が好きだとは聞いています」

「あら随分古風な子ね」

 その言葉に千景ちかげは安心したようで、あまり遅くならないでねと念を押した。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

(2024/7/12 加筆修正)

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