3-3 訳アリの男たち

〈月曜日昼休み 給水タンク前〉



〔餌〕「あれ、お邪魔虫だった。すぐどけるよ」

 松尾と飛島が落研第二のたまり場である給水きゅうすいタンクのとびらを開けると、えさが一人バゲットサンドをかじっていた。


〔松〕「はんさん、僕らもここで食べても構いませんか」

〔餌〕「はんさんって僕の事」

〔松〕「伴太郎はんたろうさんですよね」

〔餌〕「そうだけど何か気持ち悪いな。えさって呼んでよ」

 えさはペットボトルのカフェオレをぐびぐび飲みつつ答える。


〔松〕「罪悪感ざいあくかんを感じる呼び名ですよね。ちょっといじめっ子になった気分です」

〔餌〕「えええっ。えさって呼び名は全然そんな理由じゃないよ。最初は『鳥のえさ』だったんだけど、呼びにくいからいつの間にか『えさ』になっただけ」


〔松〕「そもそも『鳥のえさ』って呼び名も随分ずいぶんだと思いますが」

〔餌〕「そうかな。すっごく面白い話なんだけど」

 嬉々ききとしてえさが語りだした自らの呼び名の由来は、松尾と飛島の想像を絶するものだった。



※※※



〔餌〕「小三までジャカルタにいたんだけど、会社を経営していた父さんが鳥のえさをめぐって取引先とトラブルになったの」

〔飛〕「何ですかそのノワール小説みたいな展開は」


〔餌〕「相手側は刀片手に会社に殴り込んでくるわ、くさった卵を投げてくるわで、父さんは警察に行ったんだ。でも警察は全く動かないし、雨季が来て鳥のえさは腐るしで」

 飛島はこの手の話が大好きなようで、弁当を広げるのも忘れてえさの話に聞き入っている。


〔餌〕「怒った父さんは、発注した覚えのない四ロット分のえさを送り返したの。うん、腐った状態でね。そうしたらマフィアが僕らの寝込みをおそってきたんだ。いやあ面白かった」

〔飛〕「えええっ。大丈夫だったんですか」

 面白いってどういう事だと、無言で弁当を食べていた松尾は思わず餌を二度見する。


〔餌〕「僕と母さんを地下室から外に逃がした父さんはマフィアをその場で買収して、父さんの用心棒ようじんぼうにしたんだよ。そうしたら警察がパパっと動いて一件落着」

 あまりの展開に、黙って聞いていた松尾のはしから肉団子が転がり落ちた。


〔餌〕「母さんは僕を連れて日本に戻るなり、離婚届に判を押して役所に出した。それ以降僕は父さんに会っていないんだ」

〔飛〕「そんな。お父さんは無事なのですか」


〔餌〕「父さんの座右ざゆうめいは、『いつもにっこり笑っていれば、最後には勝つ』だから、上手くやってると思う」

 えさはそう言うと、半分になったペットボトルのカフェオレに練乳れんにゅうを絞り入れた。


〔餌〕「父さんは学生時代に家に入ったコソ泥から光熱費こうねつひ家賃やちんを巻き上げたぐらい悪運の強い人だからね。すごいでしょ」

〔飛〕「えささんのお父さんって本当にすごいですね」

 ヤバい人の間違えだろと心中で突っ込みを入れながら、一つおかずの少なくなった弁当を松尾はつついた。




〔松〕「そう言えば、今日は三元さんげんさんたちは」

〔餌〕「三年生は三者面談さんしゃめんだんがあるから、進路表を書いていると思う。仏像は友達が多いから。今日はサッカー部の山下君の所かな」

 『スノボの王子様』時代の仏像を思い、松尾はさもありなんとうなずいた。



〈三年一組〉



【進路表 三年一組 岐部漢太きべかんた


第一希望 横浜港大学 経営学部/ 第二希望 東神奈川大学 経営学部

将来の希望職種しょくしゅ 家業かぎょうを継ぐ

進路等で特に相談したい事(自由記入)なし


※※※


 さっさと進路表を書いて弁当に手を付け始めたシャモを横目に、三元は空欄くうらんの進路表を《なが》眺めていた。


〔三〕「シャモは迷いが無くて良いな」

〔シ〕「家を継がないの」

〔三〕「ばあちゃんがいなくなったら店じまい。父さんが店を継がないで置き薬の営業をしてるんだから、俺だって継ぐ義理はない」

 三元さんげんは、シューマイに辛子からしをつけつつため息をついている。



〔シ〕「いた(板前)さんにお母さん達はどうするんだよ」

〔三〕「みんな死んだじいちゃんに義理ぎり立てして残ったジジババ連中だ。みつるばあちゃんは新しい男にお熱だし、あの店も長くはないだろうな」

 三元さんげんは安全第一の男だ。

 傾くのが目に見えている家業と従業員を背負いこむ一世一代いっせいいちだい大博打おおばくちは打てない。


〔シ〕「えっ、ばあちゃんの新しい男?! いくつだっけ」

〔三〕「今年で喜寿きじゅ(七十七歳)だよ」

〔シ〕「そんなのあり」

 シャモはウーロン茶を吹き出しそうになるのを何とかこらえた。


〔シ〕「大ありも大あり。新しい男に出会うまでは『あそこが痛いここが痛い足揉め肩さすれ』だったのが、男の孫の世話を俺に押し付けて、きゃっきゃうふふで寄席よせや芝居を見に行ってら。ちなみに男の名前は綱五郎つなごろう、孫の名前は四郎」

〔シ〕「その新しい男っての、大丈夫なのか」

 時事ネタに三面記事を常に脳内に仕入れているシャモの脳裏のうりを、嫌な予感がよぎる。


〔シ〕「その男は地上げ屋や地面師じめんし一味いちみなんじゃ」

〔三〕「ないない」

〔シ〕「何で。あり得ない事じゃねえぞ」

〔三〕「無いわ。だって『逆張りのシャモ』が怪しいって騒ぐんだからよ」

 『逆張りのシャモ』『逆張りのみの』との二つ名が付くぐらい、明日の天気から選挙戦の行方に至るまでシャモ/みのの逆を選べば勝てるともっぱらの評判だ。

 三元さんげんは苦笑いしながらタケノコの煮物をぽりぽりとんだ。



※※※



〔山〕「政木まさき、ついに落研無くなったんだって」

 軽くコロッケパンで済ませるつもりが、出遅れてしぶしぶ学食の列に並んだ仏像に後ろから声を掛ける男がいた。

 本物のサッカー部の四番、一並ひとなみの壁こと山下である。


〔仏〕「宗像むなかたが壊れたの知ってる」

〔山〕「あれだろ。『吾輩わがはい昌華まさかである。名前はまだない』。PK戦になった時に使えそうじゃね。俺らだけ耳栓みみせんしといてゴール裏に宗像むなかた呼んで」

〔仏〕「せこい。さすが一並ひとなみの壁せこすぎる」

〔山〕「そりゃ反則以外は何でもやるだろ。勝負なんだしよ」

 並んでラーメン大盛を受け取ると、ちょうど二席だけ席が空いた。


〔井〕「あれ、政木まさき珍しっ。落研がサッカー部にくら替えするってどういう事だよ」

 バスケ部の四番である井上が、チャーハン弁当をブルドーザーの如くかき込みながら声を掛けてきた。


〔仏〕「『草サッカー同好会』な。矮星わいせいが落研を乗っ取りやがってこのざまだ」

 仏像がコショウをラーメンに振りかけながら、恨めしそうにぼやく。



〔山〕「文化系の奴にいきなり階段ダッシュ何本もやらせて正気かと思ったわ。そういやフェイスガードとネックガード付けてた子って、一年のダサカバンで有名な子」


〔井〕「【ページヤ】のバッグだろ。気になりすぎて検索したわ。まさかスーパーのエコバッグだとはね」

 井上が苦笑した。


〔仏〕「えっ、検索したのか」

〔井〕「いや、【ページヤ バッグ】で検索しただけ」

〔仏〕「そうか。なら良い」

 申し訳なさそうに小さくなっているチャーシューをスープの底から拾い上げながら、仏像はため息をついた。



※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。


※読みやすさ優先のため3「草サッカー同好会(旧落語研究会)、始動?」を分割したうえで末尾を加筆しました(2023/12/6)



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