3-2 自称二十五歳・メキシコ湾のスーパーノヴァ

〔多〕「So late!遅えよ!」

 グラウンド脇では、アメリカ代表のレプリカユニフォームをまとった多良橋たらはしが仁王立ちで待っていた。


〔三〕「本当にやるなら集合場所ぐらい指定してくださいよ」

〔多〕「視聴覚室しちょうかくしつでマラドーナやペレのDVDを見てお茶をにごせるとでも思ったか」

〔シ〕「そこでマラドーナやペレが出て来る辺り、二十五歳って設定にゃ無理があると気づきませんかね」

〔多〕「たましいは年取らない」

 シャモの突っ込みに、多良橋たらはしは胸を張って応じる。


〔シ〕「やべえ、宗像むなかた先生と同じ匂いがしてきた」

〔多〕「この『メキシコ湾のスーパーノヴァ 多良橋たらはし

〔桂〕「多良橋たらはし先生! グラウンド内には入らないでください頼みますよ。うちの子達サッカー部も監督も気合が入っていましてね」

 多良橋たらはしが大見えを切りかけた所で、サッカー部の顧問こもんであるかつらが後ろから声を掛けてきた。


〔多〕「野球グラウンドも使えないし、トラックは陸上部が使っているし体育館はバレーとバスケ。参ったな」


〔桂〕「とりあえずは空きスペースを使ってシャトルランをさせてみては」

〔餌〕「でもシャトルラン用のポールと音源がないじゃないですか」

 至極冷静しごくれいせいえさの突っ込みである。


〔多〕「むむ。ならば今日は柔軟じゅうなんの後に反復横跳はんぷくよことびと階段ダッシュだ。で、松田松尾まつだまつお君。担任の坂崎先生から事情は聞いた。だがそんな姿で運動して熱中症で倒れられても困る。これを使いなさい」

 多良橋たらはしはヘッドギアと黒いフェイスガードにネックガードを松尾に渡すと、グラウンド脇の階段をサッカーボール片手に軽快に駆けあがった。



※※※



〔多〕「近頃の若い奴はだらしねえな」

 多良橋たらはしあきれたように口で手を押さえた三元さんげんを見送ると、階段に座り込む落語研究会の面々を見渡す。

  

〔多〕「休憩を五分取る。この後は俊敏性しゅんびんせいの強化メニューだ」

〔餌〕「先生。草サッカーって、もっと気楽なものじゃないですか」

 えさの質問に、シャモと仏像はそうだそうだと同意した。


〔多〕「僕を誰だと思ってるんだね」

〔餌〕「多良橋たらはし先生です」

 えさの答えに、多良橋たらはしはちっちと舌打ちをしながら指を横に振る。


〔多〕「僕は大学時代に日吉大学ひよしだいがく蹴球同好会しゅうきゅうどうこうかいの部長だった男だよ」

〔シ〕「背番号は」

〔多〕「六二、あっ」

〔シ〕「部長であってもレギュラーではなかった訳ね」

 シャモのするどい突っ込みに思わず本当の背番号を告げてしまった多良橋たらはしは、してやられたと顔をゆがめた。



※※※



〔多〕「あと三十秒」

 反復横跳はんぷくよことびをする面々を見やりながら、多良橋たらはしは残り時間をカウントした。


〔多〕「止め」

 シャモとえさがふうふう言いながらしゃがみ込むそばで、仏像はまだまだ余裕と言った顔でペットボトルの水をぐびぐびと飲む。


〔仏〕「松尾、水飲む」

〔シ〕「いつの間にしれっと名前呼びしてんの」

 シャモが仏像の足を軽く蹴った。


〔多〕「三元さんげんは次回から別メニューな。そろそろ時間だ。整理運動をして今日は終わり」

〔松〕「先生、一時間も階段トレーニングはひざ衝撃しょうげきが強すぎてこのままだとちょっと」

 多良橋たらはし出席簿しゅっせきぼを手に取ると、松尾がおずおずと声を上げた。


〔多〕「松田君は戦術分析官せんじゅつぶんせきかんにしてあげるから大丈夫だよ」

 松尾の顔を至近距離しきんきょりのぞき込む多良橋たらはしから、松尾は思わず後ずさる。



〔餌〕「ねえねえ先生、練習の時に口慣らしで前座噺ぜんざばなし(※)をしましょうよ。それなら落語研究会の面目めんもくも立つでしょ、ねえ三元さんげんさん」

〔三〕「そんな器用な事出来るか」

 三元が即座に餌の提案を却下きゃっかするも。


〔餌〕「だったら『寿限無じゅげむ』でパス回しにリフティングの練習は。パスが切れたら初めから唱え直しとか」


〔仏〕「絶対無間地獄むげんじごくになる奴だろそれ」

 意気揚々と語るえさに、仏像と三元さんげんが思わず天を仰いだ。



※※※



〔青〕「『草サッカー同好会』さんおつかれ様です」

 勝手知ったる視聴覚室しちょうかくしつがアウェイになった今、新たな主となった放送部部長・青柳真中あおやぎまなかと、松尾に声を掛けた小柄な一年生・飛島純とびしまじゅんが五人を出迎えた。


〔青〕「我々もいつもいつも視聴覚室しちょうかくしつで活動する訳ではないので、今後こちらで皆様の荷物をお預かりする訳には」

〔シ〕「だったら視聴覚室しちょうかくしつ開放してよ。配信動画でイメトレするから」


〔青〕「それが、山崎先生から『草サッカー同好会』には絶対に視聴覚室しちょうかくしつを使わせるなと言われてしまえば」

 放送部の顧問こもんである山崎は堅物かたぶつ中の堅物かたぶつである。

 多良橋たらはし宗像むなかたのような『シャレ』が通じる相手ではない。


〔仏〕「矮星わいせいの気まぐれと俺らとどっちが大事だよ」

〔青〕「単位と内申ないしんが一番大事ですからね。山崎先生の言う事には従わざるを得ませんので、お気を悪くされませんよう」

 相手が山崎とあって、仏像はしぶしぶうなずいた。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。


※読みやすさ優先のため3「草サッカー同好会(旧落語研究会)、始動?」を分割しました(2023/12/6)


前座噺ぜんざばなし 正式な修行を始めた段階の落語家(前座ぜんざ)が教わるはなし。『寿限無じゅげむ』など。いた師匠によって教わる演目は違う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る