3-1 草サッカー同好会(旧落語研究会)、始動?

 ここは横浜・神奈川新香町商店街かながわしんこちょうしょうてんがいにひっそりたたずむ和装店わそうてん新香町美濃屋しんこちょうみのや』の二階。

 古びた六畳間ろくじょうまのせんべい布団の上から新香町美濃屋しんこちょうみのやの宣伝用チャンネル【みのちゃんねる】が全世界にむけて生配信を開始する。


「今夜もじゃんじゃん投げ銭、チャンネル登録、ブクマお願いねー。メンバーシップ会員には特典とくてんもあるよっ」

 アコーディオンで基本コードを鳴らしながら叫ぶシャモは、母親が開設したチャンネルを乗っ取り今に至る。




〔シ〕「部活仲間と一緒に【みのちゃんねる】メンバーシップ限定でネット寄席よせやるって言ってたじゃん。あれ、無くなった。つか、落研おちけんが無くなった。マジだって超受ける。で、落研が乗っ取られて草サッカー同好会になったんだけどスパイク代投げて。おっ【二階にかいぞめき】さんから一万円。超ありがと愛してる」



※※※



「ちくしょーシャモの野郎。こんな配信一つで高校生のバイト代を軽く超えやがって。世の中ってのはまっこと不平等に出来てら」

 落語研究会がいきなり解散になるってのにと悪態あくたいをつく三元さんげんは、信楽焼しがらきやきのタヌキにそっくりな顔で投げ銭リストを追いかける。


〔シ〕『昌華まさかさんから〈我のチャンネルも登録よろしく 三千円〉。 宗像むなかた先生、あなたが急に退職したせいで落研が多良橋たらはしに乗っ取られたんだよ。頼む戻ってくれ』


〔シ〕『昌華まさかさんから〈個人情報をみだりに語るでない。吾輩わがはい昌華まさかである。名前はまだない。我のチャンネルも登録よろしく。SNS友達も募集中だ〉』


〔シ〕『あなたの名前は昌華まさかですよ宗像むなかた先生。他人のチャンネルのコメント欄で自分の宣伝してないでとっとと学校に戻ってきて』


 元顧問こもん宗像むなかたに物言いをつけながら白ブリーフ一枚になったシャモに、おひねりと称して投げ銭が降り積もる。

 ちなみにあかバン対策として、乳首のファンシーシールも忘れない。

 要するに、シャモは初めから脱ぐ気満々なのである。




〔三〕「宗像むなかた先生、何であんなことになったんだろ」

 思えば新年度はしょっぱなから歯車がかみ合わなかったと三元さんげんは思う。


 春休み中に顧問こもん宗像むなかたがぎっくり腰を発症したまま休職した事。

 宗像不在むなかたふざいのままいどんだ新入生向け部活説明会が大惨事だいさんじに終わった事。

 あまりの大惨事だいさんじぶりに、たった一人しか新入生が入らなかった事。

 その一年生が覆面ふくめん姿の群馬民だった事――。


〔三〕「本当に、もう落語は出来ないのかな」

 一並ひとなみ高校落語研究会の運命を狂わせた出来事を思い起こした三元さんげんは、深いため息をついた。



〈【野木坂動物園下のぎざかどうぶつえんした 割烹かっぽう・仕出し 味の芝浜しばはま】(三元さんげん宅)にて〉



〔う〕「若様、今年の新入りはどうだい」

 時給換算じきゅうかんさんで四万円もの投げ銭をスパイク代としてもらう半裸のシャモ。

 その生配信に付き合うのがバカバカしくなった三元さんげんが一階に降りると、ウクレレ漫談まんだん一筋五十年の松脂庵まつやにあんうち身師匠ししょう肉豆腐定食にくどうふていしょくをつつきながら話しかけてきた。


〔三〕「今年の新入りは群馬から来た男一人だけだよ。そいつがまたちょいと訳アリでね」

〔う〕「何だい訳アリって。若様浮かない顔してやがる」

〔三〕「一応プロフを見てオリエンテーションに呼んだんだが、花粉眼鏡かふんめがねにマスクで顔を隠してやがる。この暑いのにアームカバーまでして覆面ふくめん状態だよ」

〔み〕「大丈夫なのかその子は」

 空きテーブルを片付けていた三元さんげんの祖母・みつるが心配顔で三元さんげんを見る。


〔三〕「仏像や神社仏閣じんじゃぶっかくやらが好きらしくて。仏像の仏像うんちくに付き合える奴がやって来たってんで部員にしたんだけど、そいつの部活初日に落研が無くなっちまって」

〔う〕「そりゃどういう事だよ。それじゃ新入りはどうするんだい」



※※※



〔う〕「今どきの学校は部活動指導員ぶかつどうしどういんってのを外部から呼ぶんだろ。美濃屋みのやの若旦那(シャモ)に若いしゅうだって落語を覚えたんだ。そんな無粋ぶすいな奴が顧問こもんになるぐらいなら、知り合いのはなし家さんの伝手つてで指導員を探そうか」


〔三〕「それが、シャモは【みのちゃんねる】でスパイク代を投げ銭でもらったし、えさはサッカーをネタに新作落語を作るって張り切ってるし」


〔み〕「五郎ちゃんはどうするんだよ。スノボを辞めた後は仏像と落語にってるんだろ。今さらサッカーって訳には」

 喜寿きじゅ(数え年で七十七歳)を前にして最近彼氏が出来たみつるは、仏像こと政木五郎まさきごろうの大ファンである。

 まるで往年おうねんのアイドルファンのごとく、しわだらけの手を胸の前で組んで仏像の身を案じた。


〔三〕「仏像は新顧問こもんに借りがあって付き合わざるを得ないらしい。俺は運動なんて大っ嫌いだけど、今さらよその部活の新入りってのも嫌だし。出席を取られるから休むわけにもいかねえし」

 全く嫌なこったと三元さんげんはこぼす。


〔う〕「新入りはよそに行かねえのかい。落研部員のほとんどは、よその部活に転部したんだろ」

〔三〕「そいつが前顧問こもんの映像を見た瞬間に吐き気でトイレに逃げたまま固まって、転部届を出さないまま部活時間が終わっちまったんだ。だから」

 仏像がそいつを介抱かいほうして送っていったんだけど、転部したいとは言わなかったらしいんだよと三元さんげんは付け加えた。



〈金曜日放課後〉



〔餌〕「多良橋たらはし先生って『特技 手のひら返し』ってぐらいに気分がコロコロ変わるから、多分草サッカー同好会の話もすっかり忘れているのでは」

 餌の発言に仏像が無言でうなずく。


〔シ〕「えっ、俺スパイク買ってきたんだけど」

〔三〕「まさか配信はいしんの投げ銭がもうスパイクに変わったのか。スパイク代とか言って一万円の投げ銭まで飛んだよな。半裸でくっちゃべってるだけで時給四万円。世の中狂ってる」

 念のため体操服持参で視聴覚室しちょうかくしつに向かいながら、三人はだらだらと話をしている。


〔シ〕「そう言うなよ。俺が体張ってプライバシーも投げうってかせいだ時給四万円から運営に三割引かれて、その残りから母親が四割かっさらってくんだぜ。【みのちゃんねる】は『新香町美濃屋しんこちょうみのや』名義だって言われてよ」


〔三〕「それでも半裸の生配信一回で一万円以上手元に残るじゃねえか。それにメンバーシップの登録者×月額六百円。ああもう世の中不平等だ」

 ぶーぶーと抗議こうぎの声を上げる三元さんげんを、黙って歩いていた仏像があきれたように見る。



〔山〕「君たち、部活の時間ですよ。早くグラウンドに向かいなさい」

 落研部員が視聴覚室しちょうかくしつにたどり着くと、放送部顧問こもんの山崎から鋭い声が飛んできた。



※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

※読みやすさ優先のため3「草サッカー同好会(旧落語研究会)、始動?」を分割しました(2023/12/6)


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