第4話 悪魔の確率

 わたしは捨てられた。

 

 ずっと暮らしてきたお家から放り出された。

 

 ユルサナイ…ユルサナイ……



『もしもし、わたし。

 今ゴミ捨て場にいるの』


「は?誰なの…?」


『もしもし、わたし。

 今近くの駅にいるの』


「何言ってるの?こっち来ないでよっ…」


『もしもし、わたし。

 今角のコンビニにいるの』


「やめて!来ないで!」


『もしもし、わたし。

 今あなたのお家の前にいるの』


「入ってくるなっ、入ってきたら承知しないよ!警察呼ぶよっ!

 

 ……ハッ、何よやっぱりイタズラ︙脅かしてっ…!」


『もしもし、わたし。


 今、あなたの後ろにいるの』




被害者ガイシャの名前はふきむらたま・七十二歳。ご主人と息子さんを亡くし、その遺産と遺族年金で麗青の丘の上に独り暮らしをしている。君達に協力してもらった似顔絵のお陰で彼女の身元と住居が判明したんだが…一昨日─木曜日の夜、その家の玄関で亡くなっているのを訪ねていった捜査員が発見したんだ。

 死因は─刺殺だ」

 思わずゾクリと背筋に嫌な震えが走る。僕─間嶋久作は、刑事から殺人事件のあらましを聞かされるという生まれて初めての状況に、心拍数が上がり続けていた。

 

 ここは僕が通っている麗青学苑大学の近く、世田谷北警察署の応接室である。台風一号の影響で数日来続いていた悪天候も回復し、晴れ間が戻ってきた土曜日─爽やかな陽気に合わせて黄緑の半袖のポロシャツと薄手の白いズボンという軽装で来たのだが、それでも緊張と昂奮で膝の上の掌は汗でベタベタだった。

「その…蕗村さんというお婆さんが、詐欺の犯人なのは間違いないんですよね?」

 僕は今話してくれていた刑事課の沼警部補に尋ねた。向かいのソファーに座る痩身に黒スーツの彼は三白眼をギョロリと巡らせ、左隣の槌田巡査部長を見る。狐の様な細い目に丸眼鏡を掛けたグレーのスーツの生活安全課の刑事も、険しい顔で頷いた。

「昨夜連絡した通り、蕗村珠子のPCから麗青の女子大生の写真データが何十人分も見付かったからね。勿論、君の写真も……」

 槌田巡査部長はそう言って僕の右隣に座る楠本真名を見る。ビクッと背筋を伸ばす真名もポニーテールに七分袖の白いカットソー、デニムのサロペットパンツという涼しげな格好だが、やはり嫌な汗をかいているのではなかろうか。

 その真名の写真を悪用して女子大生になりすまし、マッチングアプリ上で〈恋愛詐欺〉を働いていた犯人と見られる珠子が、他殺と思われる状態で発見されたのだ。僕達は多発していた〈麗青の御令嬢〉を狙った同様の詐欺事案を捜査していた生活安全課、殺人担当の刑事課の両方から事情聴取される事になってしまった。強面の刑事二人を前にしてヘタレでビビりな僕は勿論、舞台の上以外では僕に負けず劣らずオドオドした人見知りの真名も完全に呑まれていた。

 

 槌田巡査部長から連絡を貰って今日─土曜日の午前中に慌ててやって来た僕達だが、大学の講義は無く真名の演劇部も休み、に来る用事は本来は無い。大学近くに下宿している真名はともかく、実家暮らしの僕なんて来るのに二時間以上掛かるのだ。しかしこの状況では来ない訳にはいかない。僕達は偶々出遭った珠子に真名の写真を撮られただけであり巡査部長にも説明して一応納得してもらっていたが、自ら進んで写真を提供した詐欺の共犯だと疑われたらそれを否定する明白な証拠は無いのだ。心証はなるべく良くしておかなければ─警察の呼び出しに応じなかったりしたら、それこそ仲間割れで主犯を殺したと疑われかねない。

 実際世田谷北署に着いてすぐ、僕達は現場不在証明アリバイを訊かれていた。死亡推定時刻の木曜日の午後八時から十時の間、どこで何をしていたのか─?幸いにも僕達はセレブが通う名門に紛れ込んだ苦学生、学費を稼ぐ為のアルバイトに精を出していたのでアリバイは証明出来た。

「じゃあとにかく君達には蕗村珠子とは深い繋がりは無く、アリバイもある。今回の事件とは無関係なんだね?」

「ハ、ハイ…」

 沼警部補の質問に僕が応え、真名もコクコクと頷く。

「そうか…何せ不可解な殺人コロシでね、何でもいいから手掛かりが欲しかったんだが…」

 警部補はそう言ってソファーの背もたれに寄り掛かって腕組みをした。

「不可解な?」

 気になった僕がそう尋ねると沼警部補は三白眼で睨む。垂れた前髪が右目を隠しているので、左目しか見えていないのが余計に怖い。しばらく黙ってこちらを見ていたが、やがて少し声を落として言った。

「本来捜査情報は外部には漏らせないのだがね、まあいいか…」

「えっ、沼さん?」

 槌田巡査部長が意外そうに声を上げる。まさか沼警部補が訊かれるままに答えるとは思っていなかったのだろう。警部補は軽く左手を挙げて巡査部長を制し、その手をそのまま僕達の方にサッと振った。

はなかなか鋭いんでね、もしかしたら面白い意見が聞けるかもしれない。まあ概要を話すくらいならいいだろ?」

 沼警部補はそのをジッと見つめている。僕は顔をしかめ、真名も横目でこちらをチラチラと見てくる。確かに僕達が初めて沼警部補と出遭った時、の当てずっぽう推理がまぐれ当たりしたが…。

 槌田巡査部長も狐目を向けてくる。珠子が詐欺犯だと最初に示唆したのもだった。

「という訳だから槌田君、遺体を発見した時の様子を話してあげてくれないか?」

「えっ、自分がですか?」

「だって第一発見者は君だろう?」

 僕は思わず槌田巡査部長の顔を見る。それは初耳だ。巡査部長は一度息を吐き僕達の顔をグルリと見回すと、ゆっくりと話し出した。


「…蕗村珠子の家は敷地もさほど広くはなく、こじんまりとした二階建ての洋風の邸宅だ。場所柄土地も建物も安くはないだろうが、築年数はだいぶ経っていて手入れも行き届いているとは言えないな。まあ高齢者の独り暮らしだから仕方無いのだろうが…家の周りの鉄柵もだいぶ錆び付いていて何本か抜けてたよ。防犯上は褒められたもんじゃないね。正直、用心深いセレブが多い麗青ここらへんでは珍しい。そんな状態だから防犯カメラも設置されてなくて、だから手掛かりも少ないのだが…。

 家の正面は坂になってる道路に面していて、歩道から三段程の石段を上がると玄関ポーチになっている。私が二人の捜査員とその家を訪ねたのは午後十一時過ぎ─降り続いてた雨がようやく上がった頃だったんだが、そのポーチのひさしには玄関灯が煌々と点いていた。玄関横のリビングなんかはカーテンが掛かっていたが、二階の部屋の窓からも光が漏れていてね、明らかに人がいてまだ起きていると思われた。

 しかしインターフォンを何度鳴らしても応答が無い。ノックしても返事が無い。玄関の鍵は掛かっているし、そもそもその時点では詐欺事案に関する参考人として任意同行を求めに来ただけで、無理やり踏み込む事も出来ない。それで我々が出直そうかと相談していた時だ……」

 

 不意に一人の捜査員が口をつぐんで耳を澄ましたそうだ。槌田巡査部長は最初は何だか分からなかったそうだが、やがて彼の耳にも聴こえてきた。玄関の中から微かに響く『ニャアニャア』という鳴き声─猫がいる…?一度認識すると、その鳴き声は途切れずに続いて聴こえてくる。

『ニャアニャアニャアニャア……』

 まるで必死に何かを訴える様な──


「どうにも嫌な予感がしてね、更に我々はしつこくドアをノックしたがやはり中からは猫の鳴き声しか聴こえない。事件関係者と言うより、高齢の女性の独り暮らしで防犯上も心許ないんだ。我々は緊急の安否確認が必要と判断して鍵の業者に連絡し、解錠してもらった。玄関の鍵はドアノブの上下に二つ付いていて、両方を開けてもなおドアチェーンまで掛かっていた為それも切断、ようやく扉を引き開けたところ……  

 

 血塗れの女性が転がり出てきたんだ。

 

 仰向けで玄関灯に照らされた顔は確かに似顔絵と同じ蕗村珠子なんだが、苦痛に歪み口と鼻から血を流している。ピンクのネグリジェも白髪も乱れて真っ赤に染まっていたよ。玄関の中は扉の内側に血が飛び散り、三和土たたきにも血溜まりが出来ていた。被害者ガイシャはその扉にもたれ掛かっていたんだな。だから扉が開いた時に転がり出た。元々どんな体勢で凭れ掛かっていたかは分からないがね。


 そして彼女が足を向けている玄関の上がりかまちの上には赤いスマホが落ちていて、その傍では小さな黒猫が『ニャアニャア』と鳴いていた……」


 槌田巡査部長が語った血なまぐさい内容に僕達は言葉を失う。沼警部補の補足説明では珠子の死因は右脇腹を深く刺され、消化器官から大量出血した事による失血性ショックだったそうだ。そのまま警部補が続ける。

「状況から見て被害者ガイシャは屋内で犯人に襲われ、逃げようとして玄関まで来たのだと思う。何せネグリジェ姿だし化粧もしていなかったからね、外出から帰ってきたところだとは思えない。足も裸足だった。まさに追い詰められて着の身着のままで逃げようとしたのだろう。

 スマホが近くに落ちていたのは殺される直前まで誰かと通話中だったようでね。解析したが電話番号が非通知で相手は特定出来なかった。通話中を不意に襲われ、逃げようとして玄関まで来たが厳重に戸締まりしていたのが仇となって、玄関扉を開けるより早く犯人に刺されてしまった。そして扉に凭れ掛かったまま亡くなった─そう考えれば辻褄が合う」

「それが木曜日の午後八時から十時の間…まだ外は雨が降っていたんですよね?」

 僕が確認すると沼警部補は小さく頷いた。

「じゃあ犯人はその蕗村さんを殺した後、裏口とかから逃げた訳ですか。雨の中……」

 玄関にはチェーンまで掛かっていたのだから当然そうなるだろう。しかし僕のその言葉に、沼警部補も槌田巡査部長も揃って眉をひそめた。何かマズい事を言ってしまったかと背筋が凍る冷凍チキンな僕。槌田巡査部長が低い声で言う。

「当然我々もそう考えた。だから応援を頼んだ沼さん達刑事課を待つ間に、もう一度しっかり調べたさ。ところが裏の勝手口は鍵も掛かっていたが、それ以前に食料品やゴミの入った段ボール箱が山積みで出入りできる状態じゃなかった。一階と二階の全ての部屋の窓も閉まっていてね、つまり、この家からは誰も出た形跡が無かったんだよ」

「え、じゃあ犯人はまだ家の中に?」

 珠子は独り暮らしだった。同居している家族が犯人という事もないのだ。外から侵入した犯人が珠子を殺した後、なお邸内に隠れて逃亡の機会を窺っていたのか?驚く僕に巡査部長は首を振る。

「その可能性も勿論考えた。だから手分けして家の中も見たんだが、全く人の気配は無かった」

 唖然とする僕に沼警部補も口を開く。

「それどころか被害者ガイシャを刺した凶器も見付かっていない。傷口の形状から普通のナイフ等より長い、槍の様なモノだと思われるんだが……」

 

 僕は思わず真名と顔を見合わせる。つまりの家から、犯人と凶器が消えた─?『不可解な殺人』と言ったのはこういう事だったのか……


 沼警部補と槌田巡査部長はジッとこちらを見つめている。真名も横目で見ている。皆僕を見ているのではない事は分かっていた。嵐の夜、犯人も凶器も失せた閉ざされた現場に血塗れで倒れる老婦人。そして傍らの黒猫は『死体があるぞ』と鳴き続けて─頭に浮かぶのはまるでポーの『黒猫』の様な悪夢じみたイメージだ。こんな非常識極まりない状況では、確かに非常識な発想の方が突破口になるかもしれない。幻視する死者の体の下に、赤い染みがゆっくりと広がっていく──


「よぉし、分かった!」

 

 シンと静まり返っていた室内の空気を遠慮なくぶち破り、非常識な─希津水破一郎先輩は手にしていた赤い扇子をパンと閉じる。僕の座るソファーの左斜め後ろにある椅子に独りふんぞり返っている先輩は、相変わらずの黒シャツ黒ズボンが今日は暑いのか、ずっと赤い扇子でパタパタと顔を扇ぎながら話を聞いていたのだ。

「何だね?何か気が付いた事が…?」

 沼警部補は少し身を乗り出して僕越しに先輩に尋ねる。いやあまりこの人に期待しない方が…僕は内心ヒヤヒヤしていたが、破一郎先輩は黒板前の教師が正解を発表するかの様に、チョークの代わりに閉じた扇子の先でぐるりと全員を指し回した。

「お話を聞く限り殺人現場は密室だった。しかし住居内に入る事は不可能ではない。死亡推定時刻は午後八時から十時の間でまだまだ宵の口、別にドアを破らなくとも宅配業者とかなら開けてもらえるし、被害者の知り合いなら普通に室内に招き入れてもらえたでしょうからね。

 しかし出ていくとなると話は別。玄関なんて鍵とチェーンが掛かった挙げ句、死体が凭れ掛かって扉を塞いでいたんですから。いや〜謎だな、ワクワクするな〜!」

「ワクワクって君……」

 不謹慎な物言いに槌田巡査部長が苦虫を噛み潰した様な顔をするが、先輩は止まらない。

「この状況で詐欺マダムを槍的なモノでエイヤッと刺し殺し、その凶器を持って屋外に逃走するなんて、普通の人間に出来る所業ではない。こんな犯行が可能なのは──


 〈〉かな!」


「うえっ?」

 いつものチェシャ猫の様な笑顔で言い放った先輩の台詞に、素っ頓狂な声が上がる。すかさず沼警部補と槌田巡査部長がサッと視線を走らせたのは真名の膝の上─彼女はそこに僕の黒いリュックを載せていた。慌てて真名は背中を丸め、両手でリュックを抱え込む。

「えっ、どっ、どういう事ですかっ?」

 高めのトーンから入って、さり気なくさっきの『うえっ?』も自分が言った様に取り繕う真名。彼女が必死になっているのは勿論、リュックの中にいる人形─どーるが喋ってしまったのを誤魔化す為だ。しかし演技力抜群の真名のお陰で刑事二人はまた視線を先輩に戻した。これが僕だったら不自然に高い声を出さなければ辻褄が合わないので、こんな事もあろうかとどーる・イン・リュックを真名に預けておいて良かった。

「また君は何を言い出すんだね?人形が犯人とでも…?」

 どーるが驚くのも槌田巡査部長が呆れるのも当然だ。僕にも先輩が何を言う気か分からない。ただ珠子が詐欺をする為に真名になりすましたのを、先輩は錬金術師が人造人間を造る行為に例えていた。そして無責任に人造人間を生み出したら殺されても文句は言えないとも…その人造人間の事を人形と呼んでいるのなら、詐欺に利用された真名の様な立場の人間が珠子に報復をしたと言いたいのか?

 しかし先輩の話は明後日あさっての方向に飛んだ。


「とある所に住んでいた女の子が一体の人形を大切にしていた。それは西洋の少女人形で、女の子は〈メリーさん〉という名前を付けて可愛がっていたのです。女の子にとっては勿論、メリーさんにとっても互いが掛け替えのないだった…。

 ところがある時女の子の一家は引っ越しする事になり、勿論女の子は大事なメリーさんも連れていくつもりだったのだが、引っ越しのどさくさで誤ってメリーさんは捨てられてしまった。泣きじゃくる女の子に両親は新しいぬいぐるみを買い与え、こちらは何とか収まったのだが…方はそうはいかなかった──」


「待ちたまえ!一体何の話っ…?」

 我慢出来ずに声を上げた槌田巡査部長を、沼警部補が『まあまあ』とばかりに手を挙げて制する。沼警部補の方が破一郎先輩を認めている…と言うか若干面白がっているようだ。

 確かにこれまでも見せられた先輩の推理法と言うか発想法は、いったん目的地とかけ離れたとんでもない方向に舵を切って、予想外の角度から思いがけない航路を見付け出す。そんな危なっかしい泥舟に一緒に乗せられる方は堪ったモノではないが、警部補は少し破滅願望があるのかもしれない。


「引っ越しを済ませ新しい生活が始まると、最初こそメリーさんがいなくなった事を悲しんでいた女の子も、新しいぬいぐるみを可愛がるようになり笑顔を取り戻した。そしていつしかメリーさんの事も忘れてしまう…。

 そんなある日の黄昏時、両親がまだ帰宅していない為女の子が独りで留守番をしていると、玄関前の廊下にある電話のベルが鳴った。

『もしもし…?』

『……』

女の子は受話器を取るが、相手は無言─そのまま電話は切れる。

『誰だったんだろう…?』


 翌日、やはりまだ両親がいない時にまた電話が鳴る。

『もしもし?どなたですか?』

『……』

 しかしやはり応答はない。また無言電話かと思った女の子は気味が悪くなって、受話器を置こうとしたが、その時──


『わたし、メリーさん。

 今ゴミ捨て場にいるの』


『えっ?』

 ガチャン。ツー…ツー……

 まさか…あのメリーさん…?

 呆然とする女の子は忘れていた人形の姿を思い出す。金髪の巻き毛に碧い瞳、ピンクのドレス…あれほど可愛いと思っていた私のメリーさん…それが無表情でゴミ捨て場に横たわる様が目に浮かび、女の子は一瞬背筋が寒くなった。

 

 トゥルルル……

『ひっ…』再び電話が鳴り、女の子は躊躇しながらも母親かもしれないと思って出る。

『もしもし…お母さん…?』


『わたし、メリーさん。

 今◯◯駅にいるの』ガチャ。

 

 それは女の子の家の最寄り駅だった。ガクガクと膝が震え出す女の子。

 トゥルルル……

 女の子は今度こそ母親であってくれと祈りつつ叫ぶ。

『お母さん!早く帰ってきてっ……』


『わたし、メリーさん。

 今近くのコンビニにいるの』ガチャ。


 確かに女の子の家から通りを一本挟んだ所に小さなコンビニがある。

 どんどんお家に近付いている!

 パニックになった女の子は、母親の仕事先に電話をして助けを求めようと受話器を取った。耳に当てた瞬間──


『わたし、メリーさん。

 今あなたのお家の前にいるの』


 何で?どうして─?

 女の子は泣きながら電話線を引っこ抜き、三和土に裸足で飛び降りると玄関の鍵が掛かっているのを確認、扉の覗き穴から外を窺った。玄関灯に照らされた玄関ポーチにもすっかり日が暮れた通りにも、誰もいない。

 そうよ、誰もいるわけない…悪戯に決まっている!

 女の子は両親が帰ってくるまでもう自室に籠もる事に決めた。踵を返して玄関を離れようとして──


 トゥルルル……


 電話線は抜いたのに!

 恐怖と怒りで我を忘れた女の子は、反射的に受話器を取って怒鳴った。

『誰なのあんた?いい加減にしてっ!』


『わたし、メリーさん。


 今、あなたの後ろにいるの』


 

 …その後女の子がどうなったかを描くパターンも色々あるんだけど、やっぱりここでスパッと終わった方がゾッとするな。いやあ、ホントこれ好きな都市伝説で──」


「都市伝説だあっ?」

 全員がポカンとして最後オチまで聞いてしまったが、槌田巡査部長が遂に怒鳴った。当然だろう。一体僕達は何を聞かされていたのか…。

「ええ『メリーさんの電話』ですよ、知りません?もう二十年以上前からある話なんですが…すたれないんだな、この〈背後の恐怖〉というのは。人間はどんなに近距離でも、自分の背後のモノは決して見る事が出来ない。だから〈背後の恐怖〉は想像と妄想でどんどん膨れ上がって厄介なのだが、これは人類の背中に目が生えてこない限りいくら科学が発達しても変わらない…ああ、いや、視界360度のウェアラブルデバイスなんかが広く普及すれば別か。でもまだそこまではいってないからなあ。

 という訳でその恐怖の賞味期限がなかなか切れないこのシチュエーションは大昔から小説や映画でも繰り返し描かれてきていて、フレドリック・ブラウンなんかも『後ろを見るな』なんて名作を書いている。それでこの『メリーさんの電話』もまだ固定電話しか無かった頃にインターネットの掲示板から流行った話なのに、その頃のいえでんがスマホに変わった今でも語り継がれてるんです。古典的でありながら普遍的な…ああ、でも最近では『もしもしわたしメリーさん、今沖縄にいるの。海が綺麗♪』なんてトボけたネタにもされてるが──」

「だからそれが事件と何の関係がっ…そのメリーという人形が殺したとでも言いたいのか!」

「そうですねえ……」

 声を荒らげる巡査部長に呑気に応じる先輩。


「被害者の蕗村珠子は殺される直前までスマホで通話していた。それで『今家の前にいるの』と言われたから、玄関に来て外を見て戸締まりを確認した。ホッとしたのも束の間、『あなたの後ろにいるの』と言われて慌てて振り向く。

 そしたらそこに〈メリーさん〉がいたんで怖れおののいて、思わず尻餅をついて扉に凭れ掛かって死亡─現場の状況にはピッタリでしょう?」


 誰もが唖然としてしばらく声が出なかった。確かに状況だけなら合ってはいるが…面白がっていた沼警部補も黙り込んでいる。さすがに許容範囲を超えたか─そう思っていると不機嫌そうな声がした。

「じゃあその人形がお婆さんを刺し殺した後、どこかから逃げたって言うの…?人形だから人間じゃ通れない隙間から逃げられたと……」

 真名がリュックを抱えて喋っているフリをしているが、どーるである。そう、刑事達には先輩の世迷い言に聞こえただろうが、動く少女人形の実在を前提にすればこの奇想天外な推理も成り立ってしまう。彼女が犯人扱いするなと怒るのも仕方無い。

 しかしそんなどーるの怒りのオーラなどどこ吹く風で先輩が返す。

「どうかな、人形のメリーさんじゃ蕗村珠子マダムに電話する事は出来るけど、刺し殺すのは無理だろう」

「は?何で?」

「だって右脇腹を槍的なモノで深く突き刺されてたんだろう?人形がそんな大きな凶器を使いこなせる訳がない」

「何でそこだけリアリティ追求すんの。あんたが人形なら犯行が可能って言ったんじゃん!」

「それは例えとしての〈人形〉ね。今回の〈メリーさん〉はマダムを玄関に誘導しへたり込ませて、刺し殺せる存在だ」

「ん?刺されたから倒れたんじゃないの?」

「いや、その逆の順番でこそ現場に凶器が無かった説明も付く。

 

 マダムが先にへたり込んでいたからこそ、刺せたんだからねえ」


「玄関の外から?あんた何言ってっ…?」

「ああ、そうか!」

 破一郎先輩とどーる(口パク担当・真名)のやり取りに不意に割って入ったのは沼警部補である。興奮気味にソファーから腰を浮かせている。

「出入りしたのは犯人ではなく、凶器だったのか!」

 僕は真名と顔を見合わせる。ドアが閉まっていたら出入り出来ないのは、犯人も凶器も同じなのでは…?それともドアごと珠子を刺したとでも言うのか?先程の説明ではそんな穴が開いていたとは聞いていないが…。

 しかし破一郎先輩は沼警部補に向かってニヤリと嗤った。

「やっぱりね。


 玄関扉にが付いてたんですね。

 『黒猫』のプルートーは死体があるのを教えてくれたが、こちらのにゃんこは雨が止んでもご主人様が扉の前からどいてくれないから、遊びに行けなくて『ニャアニャア』怒ってたんだろうなあ」


「あっ…」真名が目を丸くして口に手を当てる。確かに…話に出てきた黒猫を僕は勝手に怖くイメージしていたが、屋内にいるのだから普通に考えたらペットだ。槌田巡査部長が呆然と呟く。

「そ、そんな…確かに玄関ドアの右下に、ぶら下がった板をくぐるタイプのペットドアが付いていたが…被害者ガイシャがちょうどそこを塞ぐ様に凭れ掛かっていたと…?」

「実行犯はそのペットドアを外から引き開けて、目の前にあった右脇腹を刺した訳ですよ。凶器を引き抜いた時に玄関の外にも血は飛んだはずだが、血痕が雨で流れて見逃したのでしょう。現場検証でルミノール反応が出ても、血塗れマダムが転がり出た時のモノと混ざったろうし…。

 あ、やっぱり人形が犯人でペットドアから逃げたんじゃってのは無しだよ。何せマダム自身の体で塞がれていたんだから♪」

 先輩はリュックのどーるに向かってウィンクするが、せっかく真名が口パクで誤魔化しているのだからそっちに向かってして欲しい。

 

 沼警部補がパンと手を叩く。

「そうか、君が言う〈メリーさん〉とは、被害者ガイシャを電話で誘導したの事だな!でなければ自分が電話をしている最中の相手に異変があれば、様子を見に来るか警察に通報していたはずだろう。なるほど、都市伝説の中でも電話の相手は捨てられた人形の様に振る舞ってはいるが、そう言っているだけで姿は見せていない。」

「ええ、それに都市伝説のメリーさんは『今どこどこにいるの』って言ってますが、ホントは何て言ったって良いんです。とにかく蕗村珠子ターゲットを玄関までおびき出せればいい訳で、そこで外から刺せる様に彼女を低い姿勢にする事さえ出来れば──」

 警部補の振りに得意げに応える先輩だったが、槌田巡査部長が割って入る。

「いや待ってくれ、そんなに都合良くいくのか?確かにペットドアの位置から考えて被害者ガイシャが立ったままだったら、外から刺してもせいぜい足元を傷付けられるくらいだ。致命傷を与えるには低い姿勢を取らせるしかない。だが電話で玄関に誘導するだけならともかく、そこで上手いこと被害者ガイシャがへたり込むかどうか…それとも犯人が電話で『その場に座り込め』と言ったとでも?」

「いやあ、そんな怪しい指示されても聞く人はいないかと…」

「だったらどうしてそんなに上手く事が運んだのかね!」

 先輩のあしらう様な返答に巡査部長はかなりムッとしている。しかし先輩は意に介さず軽く続けた。

「それは──

 上手くいったんでしょう」

「た、偶々っ?そんないい加減なっ…!」

 巡査部長の狐目が更に吊り上がる。沼警部補も真名も目をしばたたくが、チェシャ猫は三日月の笑みを浮かべた。


「〈プロバビリティの犯罪〉の一種なんですよ、これは」


「は?プロバビリティ…?」

「〈蓋然性〉とも訳されますが、単純に言えば『そうなるだろうという確率』ですかね。この〈プロバビリティの犯罪〉をかの江戸川乱歩は『確率を計算するというほどではなくても「こうすれば相手を殺し得るかもしれない。あるいは殺し得ないかもしれない。それはその時の運命にまかせる」という手段によって人を殺す』事と定義している。

 これ、現実でもフィクションでも昔からあって、例えば階段の上に瓶を転がしておいてそれを踏んだ相手が階段から転落死するよう仕向ける。心臓が悪い人を風呂を沸かし忘れた体で冷水に浸からせてショック死を狙う─いずれも確実に殺せるとは限らない『消極的な殺人』だけど、成功した時は事故に見せかけられるという利点があるのです。

 この題材は西洋の探偵小説でも古くから扱われ、乱歩自身も『赤い部屋』を書いてるし、谷崎潤一郎の『途上』は日本で〈プロバビリティの殺人〉を描いた嚆矢こうしと言っていい。更にはあの偉大な漫画家─藤子っ…」


「待て待てっ!」

 暴走オーバーランする先輩を巡査部長が野球の三塁サードコーチャーの様に両手を広げて止める。

「何がプロバビリティだっ…今回は転落事故とかじゃない、明らかな刺殺だろうがっ?」

「ええ、はね。でもそれはマダム珠子が玄関でへたり込んだからこそ起きたモノでしょう?その為に犯人はメリーさんの電話だけじゃない、様々な〈確率の罠〉を仕掛けていたのではと思うのです。

 急に振り向いたりした時に目眩めまいに襲われる症状で〈良性発作性頭位目眩症〉というのがあるけど、更に犯行時刻はまだ台風の影響で雨が降っていた。低気圧のせいで三半規管をやられ、自律神経が乱されて頭痛や目眩等を引き起こす〈天気痛〉を発症する人は近年増えていて、特に高齢者には多いんです。マダムにもその影響があれば、玄関で目眩を起こす確率が上がる─だからこの日を選んだ。  

 そして振り向いた先にちょうど黒猫がいれば、ホントに何かが後ろにいると驚いて腰を抜かすかもしれない。ペットの猫も荒天時なら家にいる確率は高い。黒猫の傍にスマホが落ちてたんですよね?それはパニックになったマダムが投げ付けたから─そう思いません?

 台風の日を選んで、黒猫にも期待して…でもそれらもあくまで『そうなるかもしれない』というだけ、そのくらいこの殺人計画は偶然に頼らなければ成立しない部分が多いんですよ」

「なるほど…そういう意味では〈プロバビリティの犯罪〉かもしれんが……」

 沼警部補が怪訝そうに言う。

「しかし槌田君が言った通り、最後に刺したんじゃ事故ではなく明らかな殺人だとバレてしまう。これではプロバビリティを使う一番の利点が無い…何故犯人は今回こんなやり方を?犯人は被害者ガイシャを確実に殺したいんじゃなかったのか?」

 先輩はしばらく考え込みつつ扇子を広げてパタパタと扇いでいたが、やがて首を捻りながら口を開いた。

「いやあ、そこら辺の犯人の思惑は私もちょっと分からないんですが……」

 それは息をする様に虚言・造言を言い散らかす先輩にしては、珍しく歯切れが悪い台詞だった。しかしすぐに別の妄言を吐く。


「とにかく犯人は以前からそんな〈プロバビリティの犯罪〉を仕掛けるタイミングを狙っていて、それが上手くいってにっくきマダムを殺せる時が来たらすぐ使えるように、凶器をずっとその場に準備しておいたんじゃないかな?」


「えっ、ちょっと待て君、凶器が何だか分かってるのか?」

 驚いて声を上げた沼警部補に先輩はのんびりと応えた。

「いやまあ、現場を見てないので憶測ですが……


 家の周りの鉄柵、古くなって何本か抜けてるって言ってましたよね。そういうのって先が槍みたいに尖ってるでしょ。それがいつでも外して使える様になってたら…?」


 応接室はまたしても静まり返った。確かに槌田巡査部長は鉄柵について話していたし、沼警部補も『凶器は槍の様なモノ』と言っていたが……

「し、失礼っ…」

 警部補はそう断ってスーツの内ポケットから自分のスマートフォンを取り出した。立ち上がって部屋の隅で通話を始めるが、『鉄柵を調べてみろ』という指示をしている声が耳に入る。

 更に通話先の相手から別の報告もあったらしくしばらく話していたが、やがて席に戻ってくると破一郎先輩に向かって真剣な顔で言った。

「蕗村珠子の亡くなった息子には奥さんと中学生の娘がいて元々は同居していたそうなんだが、息子が亡くなった二年前、珠子から絶縁されて追い出されたらしい。そもそも同居中からこの姑と嫁は折り合いが悪く、いわゆるをかなりしつこく悪質にやられていた様だ。

 それから母娘おやこは都内の別の区に引っ越して二人で安アパートで暮らしているが相当生活に困っていて、精神的にも追い詰められた母親は自分の旦那の遺産も家も強引に持っていった姑を殺したい程恨んでいると、パート先でも喚き散らしていたそうだよ。

 捜査員がその母親に確認したところ、木曜日の犯行時刻のアリバイが無かったそうだ。元々同居していた人間なら、ペットドアの事も鉄柵の事も把握していて不思議は無い─違うかな?」

「なるほど…遠くの街に捨てられた〈メリーさん〉がホントにいた訳ですね。」

 先輩は沼警部補の顔を見返してニヤリと嗤った。



 

 翌日の日曜日。自宅にいた僕の許に沼警部補から連絡があり、蕗村珠子の息子の未亡人─かなが殺人容疑で逮捕されたと教えてくれた。

 勿論、警察が破一郎先輩の推理だけを根拠にして久美を逮捕する訳はない。動機がありアリバイが無かった事と併せて、事件当夜の犯行時刻前、遠くの街に引っ越したはずの久美の姿が麗青学苑前駅の防犯カメラに映っていたのである。その件を質され、密室と思われた現場でも犯行が可能だったと破一郎先輩の推論を突き付けた結果、観念したのか自分の犯行だと認めたそうだ。


『それで、ホントに〈メリーさんの電話〉を掛けてたんですか…?』

 ベッドの上に置いたスマホから、真名の声が聴こえてくる。間もなく午後七時になるところだが、沼警部補から知らされた内容を伝える為彼女に連絡を取ったのだ。彼女は大学近くの下宿にいるのだが、僕は大学から遠く離れた千葉県北西部にある自宅の自分の部屋で、Tシャツとジャージ姿で寛いでいた。六畳間の床の絨毯の上に胡座あぐらをかいて、ベッドの上のスピーカーフォンにしたスマホに話しかける。

「僕もビックリしたんですけど、その久美さんって人、先輩が言ってたのと近い事をやったみたいですよ。そもそも普通に訪ねていっても蕗村珠子は久美さんを門前払いして、家の中にも入れてくれなかったそうです。それで玄関までおびき寄せて外から殺す方法を考えて、今回の計画になったんだとか…さすがに『人形のメリーさん』とは名乗らなかったらしいけど、電話を掛けて声色を使って『自分はお前の詐欺に利用された者だ』って…」

『えっ、あのお婆さんが詐欺をやってるって知ってたんですか?』

 真名が驚くのも無理はない。二年前に家を追い出された久美が、何故最近の珠子の詐欺行為を知っていたのか─沼警部補もそれはまだ捜査中だと言っていた。

「それで利用された恨みを晴らしに行く─みたいな事を言ったらしいんです。蕗村珠子もそんな重大な秘密を握られていては悪戯と笑う事も出来ず、本気で怯えてたそうですよ。そして『今玄関の前に来た』って珠子をおびき出して…最後は『家の中に侵入した。今お前の後ろにいるぞ』って……」

『それで慌てて振り向いたお婆さんが目眩か何かで玄関にへたり込んだとこを、ペットドアから…?』


「えいっと刺しちゃったんだって〜」

 そう言って棒の付いた紅くて丸いキャンディを両手で槍の様に突き出したのは、ベッドの上のスマホの側にペタンと座っていたどーるである。彼女はそこで苺味のキャンディを舐めながら、僕と真名の通話を聞いていたのだ。


「そんでやっぱり凶器も鉄柵のうちの一本だったんだって。使った鉄柵とスマホはその場から持ち去って近くの川に捨てたらしいけど、破一郎、大当たりだよ〜!」

『そうね…不思議な人だけど……』

「本人の前では褒めないでくださいよ、調子に乗るとうるさいから…」

「キャハハハ、確かに一度変なスイッチ入ると止まらなくなるもんね、破一郎!」

 どーるはキャンディを振り回して爆笑し、僕は苦笑いする。確かに先輩のお陰でここのところ立て続けに事件が解決したっぽくなっているが、恐らく偶々連続ヒットが打てているだけだ。きっともうすぐ三振するかバットが折れる。あの人はそんなに立派な人間ではないのだ。だって──

 川に捨てたという凶器の鉄柵と久美のスマホは、捜索中でまだ見付かっていない。沼警部補から聞いた事件の顛末も話し終えたので、僕は別れの挨拶をして真名との通話を終えた。嘆息して言う。

「先輩には今度会った時伝えときゃいいか…」

 ふと気付くと、またキャンディを舐め始めていたどーるが僕の顔をジッと見ていた。

「ん?どうした?」

「…ううん」

 少し舌を覗かせたままニコッと笑うどーる。何事かと僕が首を傾げていると……


 コンコン。


「お兄ちゃん、入っていい?」


 サッとどーるに目配せすると、彼女は素早く僕にキャンディを手渡して、枕代わりのクッションの裏に飛び込んで身を隠した。僕は右手にキャンディ、左手にスマホを握って、クルッと反転してベッドに背中を寄り掛からせる。

「どうぞ〜」そんな力の抜けた返答をした直後、ガチャリとドアが開いた。


 ドアの外の廊下に、妹のめぐが立っていた。焦げ茶色の髪をショートカットのボブにして、白地にピンクのラインが入った長袖のボーダーシャツ、青いデニムのミニスカート姿の巡未は、現在十七歳の高校三年生。小柄だが地元の女子高でソフトボール部に所属していて、健康的に日焼けした肌に運動部らしいハキハキした声、顔付きも美人と言うよりクリクリとした目が愛嬌があって可愛らしい。それで昔から人懐っこく、いつも友達に囲まれて楽しそうに笑っていた彼女はまさにザ・陽キャ─ド陰キャの兄とは真逆の存在だった。

 

 ──去年までは。


「もうすぐ夕ご飯だから降りておいでって、ママが…」

「あ、うん、分かった…」

 我が家は築四十年の年季の入った二階建ての一軒家で、僕の部屋は二階にある。巡未の部屋も廊下を挟んだ向かいだが、今は一階にいたのだろう。巡未はスポーツ少女だが料理や家事も好きで、よく母の手伝いをしている。花も好きで庭には巡未と母が造った花壇があり、五月の今は黄色や白、オレンジのポピーの花が色とりどりに咲いていた。日曜日の今日も部活から帰ってきた後、花壇の世話と母の手伝いをしていたはずだ。以前から父や母のみならず親戚皆から『良いお嫁さんになる』と言われてきた巡未だが、我が妹ながら僕もそう思う。

 しかし──

「…あの…お兄ちゃん……」

「何…?」

 訊き返しながらも僕は気付いていた。巡未の声は別人の様に沈んでいる。去年のあの日から太陽の様だった彼女をむしばんでしまった黒い瑕疵きず──時が経って少しずつ癒やされてきたかと思っていたが、やはりそうではなかったのだ。

「今…誰かと電話してたよね…?」

「あ、うん、大学の友達と……」


「……破一郎さんの事、話してた…?」

 

 その昏い目と声に僕は思わず息を呑む。やはりその名前が聞こえていたのか。ちょうど真名とどーるとの通話の終わりかけに、この部屋の前に来ていたのだろう。

「うん、まあ…」

 チラリとどーるが隠れているクッションに目をやりつつ、僕は曖昧に頷いた。

「そう……」巡未は俯いて数秒黙っていたが、やがて顔を上げて僅かに微笑んだ。

「夕ご飯シチューだからね、冷めちゃうから早く来てよ。そんなキャンディ食べてないでさ」

 巡未はそう言ってドアを閉めた。トントンと階段を降りていく足音を聞きながら僕が黙り込んでいると、背にしていたベッドの方から声がした。

「何…?妹ちゃん、どしたの?」

 振り返ればクッションの陰からどーるがそっと顔を出している。そのままベッドの上を僕の目の前まで膝立ちで寄ってきたどーるは、明らかに戸惑っていた。いい歳をした兄が怪しげな人形遊びをしていると誤解されない為に巡未にはまだどーるを遭わせていなかったが、今回の様に二人が家の中でニアミスした事は何度かあった。その時に見聞きした巡未の表情と声、そして僕が説明した人となりを聞いて、どーるも巡未は『明るく可愛い妹』だと認識していたのだろう。

「破一郎と妹ちゃん、何かあったの?」

「……」僕は手にしていたキャンディを黙ってどーるに返した。どーるは物問いたげに見つめてくる。その碧い瞳には何だか逆らえなくて、僕はひとつ溜息をついた。


「…巡未と破一郎先輩は付き合ってたんだ」

「えっ?」

「今から三年前─巡未が中学三年の秋に僕の高校の文化祭に遊びに来て、その時破一郎先輩が監督した映画部の映画の脚本を僕が書かされてたからさ、その上映会にも来たんだよ。そこで先輩を紹介したら、どう間違ったのか巡未のヤツひと目惚れしちゃって…」

 僕が高校一年生、破一郎先輩が三年生の時の事である。確かに先輩は黙っていれば高身長のイケメン─それでもちょっと話してみればすぐ残念な人だと分かるはずだし、そもそも文化祭で上映した先輩原案の映画はゾンビの高校教師がイジメ問題に取り組んだものの途中で面倒くさくなって片っ端からイジメっ子を殺戮していく『生けるしかばねの師』だったのだから、これは関わっては駄目だと気付きそうなモノなのだが…我が妹は何を血迷ったのか…。

 だが更に予想外だったのは、あの浮世離れが甚だしく三次元の普通の異性には興味など無さそうな先輩が、巡未の告白を受け容れた事だった。

「それで付き合う事になって、まあそこそこ仲良くやってたみたいなんだけど……」

「けど?」

 僕はそこで思い切り顔をしかめる。


「去年の夏、破一郎先輩は一方的に巡未をフッたんだ。急に連絡が取れなくなってさ…。

 僕も受験勉強が一番忙しい時期だったけど、先輩に事情を訊きたくて電話やメールを繰り返ししたんだ。何があったのか、巡未の何が気に入らなかったのか─まずは話してくれるべきだろ?でも全部無視されて、家にも何度も行ったけどいっつも留守で…正直ショックだった。そりゃ変な人だとはずっと…出遭った当初から思ってたけど、そんな不義理をする無責任な人間だとは思ってなかったから……結局、巡未に『もういいから、大丈夫』って言われて、僕は釈然としないまま仕方無く勉強に専念したよ。それで希望通り麗青学苑に合格出来たけど…。

 でもその間もずっと巡未はおかしかった。他の人は、アイツの学校の友達とかは気付かないかもしれないけど、僕や父さんや母さんは分かってた。どんなに明るく振る舞ってても、全然違う。全然大丈夫じゃなかった。アイツは、破一郎先輩が突然いなくなったショックからずっと、ずっと立ち直れないままなんだ!それだけ本気だったんだ…本気で先輩を好きだったんだよ!

 そして今年の春─大学で再会した破一郎先輩は、まるで何事も無かったかの様に僕に接してきた。『入学おめでとう間嶋久作!ここの文芸学部なら君の厨二病をもっとこじらせられるぞ〜』ってね。それで巡未の事は何も触れずに、相変わらずのマイペースで人を振り回してさ……


 酷いと思わない?あんまりだよな!」


 どーるは、何だか泣きそうな顔をしていた。

 僕が荒くなった息を整えている間黙っていたどーるだったが、ふと、手にしたキャンディを小さな舌でペロリと舐める。そしてそのキャンディを僕の顔の前に差し出した。怪訝な顔で見返す僕に向かって、人形の少女はニッコリと笑う。

「甘いの舐めて落ち着きなよ、ね?」

「……」

 とりあえず、僕もその苺のキャンディを舐めてみた。まあ、甘い…。

「あ」

「え?」

 見ればどーるは、からかう様な目でニンマリしている。何だ…?


「…間接キッス」

「なっ…!」


 人形相手にドギマギしてしまったのは一生の不覚だが、ケラケラ笑う彼女を見てスッと気持ちが楽になったのは間違いなかった。


「…ねえ久作?破一郎と色々あるかもしんないけど…それでも協力して謎を解いてくれるんでしょ?」

「謎って…殺人事件の?」

「違うよ、あたしの!」

 どーるはぷくっと頬を膨らませる。そうだ、僕と先輩は彼女と約束した。彼女の謎を解き、助けてあげたい─今はそれが一番大切な事なのだ。そしてもしかしたら、その約束が果たされた時にはもう一度、素直に先輩と肚を割って話せるかもしれない……

 僕の表情が少し柔らかくなったのだろう、こちらを見ていたどーるは安心した様に頷き、言った。


「とりあえず明日、協力してくれる?」





「あ、間嶋君…だったよね。またお見舞いに来てくれたの?」

 車椅子に座ってスマホを見ていた結月沙苗は、病室に入ってきた僕の顔を見て目を丸くした。

 

 週が明けた月曜日の午後四時過ぎ─その日の大学の講義を終えた僕は、沙苗が入院している世田谷さくら総合病院の四〇五号室を訪れていた。大部屋の一番奥の窓際が沙苗のベッドだが、その横に置いてある車椅子に彼女は座っていた。沙苗は相変わらず水色の入院着を着ているが、スッキリ晴れた今日は窓から明るい日差しが射し込んでいて、夜だった前回のお見舞いの時よりだいぶ顔色が良く見える。

「え、えっと、今日の三限、〈現代メディア論〉ってキミも講義取ってたろ?そ、そのノートいるかなと思って……」

「わあ、ありがとう」

 先週の金曜日には真名も一緒だったが、今日は僕一人である。ドギマギと口ごもり情けない限りだが、沙苗は優しく微笑んでいた。前回の彼女は受け答えがボンヤリしていたのに随分印象が違う。怪我の程度は奇跡的に軽かったがやはり精神的には参っていて、そちらの方も回復して心身共に整ってきたのか?それとも…僕に気を許してくれている?自分の持っている中ではマシなミントグリーンの七分袖のシャツと白いズボンで爽やかに整えて、こびり付いたオタクの色を少しでも漂白してきた甲斐があったのだろうか?

 しかし沙苗は不意に首を捻る。

「でもあの講義って、前期は教授が自分の好きなユーチューブの動画を観せてくれたり、ツイッターの炎上騒動を面白可笑しく解説するうちに終わるよ。真面目にノート取るのは後期だけでいいでしょ?」

 彼女の言う通りこの講義は全学部が受講可能な一般教養課程で、気軽に〈現代メディア〉の実例を楽しめるイベント授業と言っていい。これが夏休み後の後期になると、それらのメディアの抱える問題点と将来性について詳しく解説する内容にシフトしていくらしい。先輩から聞いたという事情通の学生が話していたが、沙苗も誰かから聞いたのだろうか?

 実際まだ五月の今日の講義も、仲間の自宅玄関にこっそりETCのバーを設置するユーチューバーのドッキリ動画でゲラゲラ笑っていただけだった。当然肩に提げたリュックの中のノートPCのメモにはほぼ何も書いておらず、沙苗に渡せるモノは無い。しまった、口実にしては不自然過ぎた…僕がすっかり動揺して口をパクパクさせていると……


「お待たせ…あら、お客さん?」

 ハッと振り返れば、中年の女性看護師が病室に入ってきたところだった。僕と車椅子の沙苗を交互に見て首を傾げる看護師に、沙苗が言った。

「私、彼に連れていってもらいます。ね、クン?」

「え?は?ど、どこに…?」

 不意に下の名で呼ばれて馬鹿みたいに狼狽うろたえる僕を見て、沙苗はクスクスと笑う。

 その意地悪な笑顔に僕は手も足も出なかった。



「風が気持ちいいね…」

「う、うん…」

「久作クン、緊張してんの?」

「い、いや…」

「ウフフ……」

「ア、アハハ……」


 沙苗は右足を亀裂骨折したせいでまだ上手く歩けない。僕は車椅子を押す大役を仰せ付かり、病院の中庭でのお散歩デートと相成ったのだ。生涯で女の子と交際した経験など無い僕は終始ぎこちなく、当然気の利いた台詞も言えなかったが、彼女はニコニコと楽しそうだった。

 そして僕達はスマホで記念写真ツーショットを撮り、連絡先も交換できたのである──





 …ピンポーン……


 静まり返った病棟のどこかから、ナースコールが微かに聴こえてくる。続いて小さな足音がパタパタと鳴ったが、すぐに遠ざかっていった。どうやらには関係ないらしい。強張っていた肩の力が抜ける。

(ふう……)


 あたし─どーるは今、沙苗のベッドの下に潜んでいた。

 中庭の散歩を終えて病室に帰ってきた久作は、あたしの入ったリュックをジッパーを開けたままさり気なく床に置いた。そして二人が雑談をしている隙に、あたしはこっそり抜け出してここに隠れたのだ。

 

 これが昨日、あたしから久作に提案した計画だ。先週真名ちゃんも一緒にお見舞いに来た時、久作はあたしを沙苗に見せた。あたしの首の後ろの『To Sana』の文字─『Sana』は沙苗の『サナ』では?しかし沙苗は素っ気なく『知らない』と答えたのだ。

(…嘘つき)

 あたしだけじゃない、演技の天才・真名ちゃんもそう感じたのだから間違いない。沙苗はホントはあたしの事を知っている。何故嘘をついた?もし沙苗が何か隠しているのなら、あたしが誰か知っているのなら、教えて欲しい。教える気が無いのなら──

(探り出すまでよ)

 人形として目覚めたばかりのあたしなら独りで怯えて、こんな大胆な事は出来なかっただろう。だけど今は仲間がいる。勇気が出せる。だから久作にはなるべく沙苗と仲良くなって油断させて、隙を突いてあたしを置いていくよう指示した。指示はしたのだけれど……


(何よあの馬鹿…鼻の下伸ばしちゃってさ)


 あたしはリュックの中にいたが、ピッケルホルダーのブタ鼻から二人のお散歩デートを見ていた。ツーショットを撮っている時の久作が、真っ赤な顔でデレデレニヤニヤしていたのも全部お見通しだ。

 確かに沙苗は一見地味だけどそれは化粧っ気や服装の洒落っ気が無いせいで、よく見ればパッツン前髪の下の目は切れ長でキリッとしていて、それでいて少し丸い小振りな鼻と柔らかそうな唇は可愛らしい、ギャップを同居させた不思議な魅力を秘めた顔立ちだ。だからと言って気になる女の子にちょっといい顔されたくらいで…彼女いない歴と年齢が同じヤツはこれだから…ホント、久作の馬鹿。

(…それにしても沙苗もこの間とは随分態度違ったな…意外とオトコ好き…?)

 あたしはベッドのキャスター付きの脚の一つに体育座りで寄り掛かって上を見上げる。入院患者が夜中にトイレに行ったりする時の為か、病室には薄暗い常夜灯が点けてある。その僅かな光が床に反射して入り込むのでベッドの底もボンヤリ見えるのだが、さっきから何の物音もしない。消灯時間の午後九時を過ぎてだいぶ経つので、もう寝たのだろうか?

 バイトがある久作が帰ってからもう五時間以上、今のところ収穫は無い。久作以外に面会客も来ず、同室の患者や夕食を運んできた看護師とも沙苗はほとんど会話をしなかった。とりあえず寝ている間に、荷物とかベッドサイドの引き出しを確認してみるつもりだが…。

 この四〇五号室の入院患者は沙苗を入れて三人で、入口近くのベッドにいる二人の年配女性おばさんは既に寝息を立てている。大学一年生でまだ十代の沙苗は普段はきっとこんなに早く寝ないだろうが、入院中は規則正しく生活しているのだろう。あたしはそろそろとベッドの下から這い出そうとして──


 ギシッ……


 不意にベッドが軋み、あたしは動きを止める。沙苗が寝返りを打ったのか…?しばらく様子を伺っていると……

「もしもし、私。どうだった…?

 …そう、それは良かった。フフ……」

(電話してる…?)

 沙苗はボソボソとくぐもった声で囁く。恐らく窓側に体を寄せて、スマホを手で隠しながら話しているのだ。離れたベッドで寝ている二人には全く聴こえないだろう。しかしあたしの位置からは聞き取れる。まさかベッドの下で聞き耳を立てている人形がいるとは思っていないだろう沙苗は、何だか愉しそうに続けた。

「貴女達は大きな賭けをした。貴女達か向こうか、どっちの運が…が強いかの賭け─でも神様が味方してくれたのね。貴女とママが賭けに勝って、だからチャンスが来たんだわ。


 珠子お婆ちゃんを殺すチャンスが……」


(珠子?)

 それはまさか…殺された蕗村珠子の事…?あの詐欺お婆ちゃんの事を何故沙苗が知っている?

「それにしても…もっと確実に殺す計画を立ててあげても良かったのに。私だってあの人は邪魔だったんだから。

 そりゃマッチングアプリの詐欺のやり方、教えてあげたのは私だけどね。私が喫茶店にいたら近くの席で珠子お婆ちゃんが知り合いと愚痴っててさ、近所で女子大生が我が物顔にしてるのがホントにウザいって言ってたから、そいつらになりすましてやれば憂さ晴らしになるって教えてあげたのよ。私も自分で創ったデートサークルのコ達の写真使ってやってるからって……

 え?何でって…私も〈麗青の御令嬢〉が大嫌いだもん。デートサークル─〈ゼータ会〉って言うんだけど、それを創ったのだってそこに集まってくる馬鹿なお嬢様達に、なるべく厄介なオトコを紹介したくってさあ…ウフフ…。でも貴女のお婆ちゃん、一度詐欺をやらせてやったら味を占めて、どんどん女の子の写真寄越せってしつこくて…もう面倒くさいからやめるって言ったら、じゃあ大学と警察に密告チクるって──

 あったまきてさ、それでお婆ちゃんの弱味を調べてたら貴女達の事知って、だから『お婆ちゃんに消えて欲しい?』って提案してみたんだ。

 でも貴女は私なんかよりずっと優しいのね。あんなに貴女とママを苛めてた鬼婆なのに、最後に生き残るチャンスをあげたい─なんて。だから電話で追い詰めて、玄関で上手くへたり込んだらペットドアから刺すっての計画にしたのよ。それであの人が殺せる体勢にならなかったらそのまま見逃してあげようって、ママも納得させてさ…。

 でも約束したでしょ?これは貴女達とお婆ちゃんの勝負だから、手は抜いちゃダメって。だからちゃんと目眩を起こしやすいように台風の日も選んだし、私も睡眠薬を混ぜた飴を送ってあげたんだ。うんそう、眠くてクラクラしてると倒れやすいじゃない?高級なマヌカ蜂蜜ハニーの飴だから、あの欲張りでセレブ気取りのお婆ちゃんなら喜んで舐めると思ってね。

 それでも確実に目眩を起こしたり倒れたりする保証は無かった。飴の睡眠薬だって幾つかにテキトーに混ぜただけだから…だけど珠子お婆ちゃんはその命の賭けに負けたの。決め手が天気痛だったか飴だったか猫ちゃんだったかは分からないけど、とにかく彼女は玄関でへたり込んだ─貴女達に『刺してください』って言ったのよ。うん、こっちの勝ち!


 …それで誰も貴女を疑ってないのね?全部ママ一人でやった事だと…ううん、気にする事ないの。それがママの望みでしょ?そりゃ二人共捕まらないのが一番良かったし、私もそのつもりで計画立てたけどさ…こんなに早く手口がバレるなんてね。バレちゃったからにはとっととママが自供しなかったら、あんなゴツい鉄柵を女性一人の力で突き刺して抜くのは無理があるって、誰かが気付いちゃうかもしれないもの。

 って事は絶対に隠し通さなきゃね…何たって大事なのは孫の貴女に入る遺産なんだから!

 …そう、貴女はママが帰ってくる時まで頑張って生きなさい。今回の事は貴女の人生の大きなプラスになったはずよ、経済的にも精神的にも─そう、誰よりも強いオンナになれるわ…楽しみね…ウフフフ…アハハ……」


 沙苗は電話を切った後もクスクスと小さな嗤い声を上げ続け、あたしは体の震えが止まらなかった。全て…全てコイツのせいだったなんて…真名ちゃんが巻き込まれた詐欺も蕗村珠子の殺人も、この女が企んだ事だったのだ。だから珠子に電話を掛けてきた〈メリーさん〉が詐欺の事を知っていたのだ。しかも今の通話の相手はその内容から、蕗村珠子殺害の犯人として捕まった叶井久美の中学生の娘だろう。あの事件は久美と娘の共犯だったのだ。沙苗は中学生の女の子をそそのかして人殺しをさせたのだ!

(なんて…なんてヤツなの…っ……)

 今回大枠は〈プロバビリティの犯罪〉でありながら最後は分かりやすい殺人になっていた事にあの破一郎も首を捻っていたが、その事情も分かった。まさに命を賭けた勝負─いや、沙苗にとってはだったのだろう。久美と娘には切実な動機もあるかもしれないが、沙苗は明らかに面白がっている。コイツは─悪魔だ。

(これはダメだ…関わっちゃいけないヤツだよっ…!)

 さすがにこのまま一人で悪魔の秘密を探るほどの勇気は出せそうになかった。とりあえず今はこの場から逃げ出したい。もう一度久作達と相談して仕切り直し─そう思ってベッドの下で後ずさりした時。


 ガシャッ。

「ひっ…」

 

 沙苗の嗤い声が止まる。四つん這いで後ろに伸ばした足の踵でベッドの脚を蹴ってしまい、悲鳴まで上げてしまった。夜中に靴音がしては目立つとショートブーツを脱いで靴下にしていたのだが、さすがにこれは誤魔化せない。


 ペタリ。

 

 息を呑んで固まっているあたしの目の前の床に、裸足の足が下ろされた。沙苗の右足は亀裂骨折が治っていない為まだ包帯で固定されているから、これは左足…そんな事を呆然と思っていたら、そのままベッドサイドに水色の入院着の体がしゃがみ込んだ。


 カササッ……

 

 黒髪が生き物の様に床を掃いて、沙苗は顔を横向きにこちらを覗き込んできた。あたしは口に両手を当てたまま、その場に座り込む。沙苗の顔に掛かる髪の隙間から覗く両眼は見開かれて、ぽっかりと空いた洞窟の奥にチロチロと昏い火が上がっている様な禍々しさに満ちている。やがて悪魔は口の両端をニタリと上げた。


「…貴女動けるのね…面白いお人形さん…。

 もしかして今の電話、聴いちゃった…?」


 あたしはブルブルと首を振る。こうやって生きている人形を見ても、沙苗はニタニタと笑うだけだ。普通の人間の反応ではない。あたしは恐怖で体が全く動かない。そして沙苗は一瞬目を細め─素早く右手を突き出してきた。

(捕まるっ…!)

 ハッと我に返ったあたしは掴み掛かってきた手を俯せになって避け、そのまま転がる様に沙苗の足元をすり抜けてベッドの下から飛び出した。そして一目散に入口のドアに向かって駆ける。寝ている他の患者に助けを求める訳にはいかない。沙苗は悪魔かもしれないが、あたしも生き人形─おばさん達がパニックになるだけだ。

「ウフフ…」

 沙苗は嗤いながら追い掛けてくる。裸足の左足を前に包帯を巻いた右足を引きずっている。

 

 ペタ、ズルッ…ペタ、ズルッ……

 

 怖い。怖過ぎる。あたしは過呼吸気味になりながら病室を縦断し、スライド式のドアを必死にこじ開けてその隙間から廊下に滑り出て─絶望した。

 廊下も常夜灯で薄暗い。夜の病院にただならぬ雰囲気があるのは当然だが、絶望したのはその殺風景さだ。真っすぐで見通しが良く、置いてある物と言えば幾つかの長椅子だけ─隠れる場所が無い。ダメだ、いくら沙苗がまだ足を傷めてるとは言っても人形と人間の歩幅じゃ違い過ぎる。すぐに追い付かれる、捕まる…!

 その時、あたしが少しだけこじ開けていたドアを白い手が掴んだ。(来たっ…)咄嗟に近くの長椅子の下にヘッドスライディングで飛び込む。探されればすぐに見付かってしまうだろうが、今のあたしに他に出来る事は無い。

 

 ペタリ。


 俯せのまま身をよじって振り向けば、引き開けられたドアから沙苗の白い左足がニュウッと出てきて廊下の床を踏んだ。


「おにんぎょさぁん…どこぉ…?」

(ひいっ…!)


「あら結月さん、こんな時間にどうしたの?」

 不意に誰かが沙苗を呼び止めた。足しか見えないが、沙苗の向こうから白いソックスと上履きが近付いてくる。どうやら女性看護師だ。

「消灯時間はとっくに過ぎてるけど…お手洗い?」

「あ、ハイ…」

「それじゃ歩行器使って気を付けて…ヤダ、裸足じゃない?」

「あ…ちょっと寝惚けて……」

「足冷えちゃうわ、待って──」

 看護師は一瞬ドアの中に消えたが、すぐに座面の無いパイプ椅子に車輪が付いた様な形の歩行器を押して戻ってきた。

「これ履いて」

 沙苗の足元にスリッパも一足置く。どちらも病室の入口付近にあったのだろう。

「それじゃ行ってらっしゃい」

「ありがとうございます…」

 低い声で礼を言いスリッパを履いた沙苗は、歩行器をガラガラと向こう向きに押していく。しめた、トイレはあっち側なんだ!看護師の足も後ろ向きで沙苗を見送っているらしい。チャンス─あたしは二人から遠い方に長椅子の下を抜けて、そのまま廊下の端に沿って走る。沙苗もだが看護師に見付かっても騒がれるだろう。幸い靴を脱いでいるので、体重の軽いあたしの足音は靴下だと『パフパフ』ってカンジで目立たない。何とか看護師がこちらに気付く前に姿を隠せれば…そう思っていたら。

(あっ、階段!)

 右手に階下に続く回り階段があった。あたしは迷わず階段を駆け下りる。今日はこのまま病院を出て──


「お疲れ様、そっちはどう?」

 不意にあたしの駆け下りる先─三階の廊下から男性の声がした。慌てて階段途中の踊り場に身を伏せる。そのままふく前進で端まで行って階下を覗き込むと、廊下の左から白いズボンタイプのナース服を着た四十代位の男性看護師が歩いてきた。階段を上がってきたらどうしようかと緊張していたが、彼は二階に下りる方の階段前に立ち止まる。すると反対の廊下の右側から、白いワンピースタイプのナース服の女性看護師が歩いてきて彼の前に立ち止まった。こちらは男性看護師より少し若い、三十代ほどに見える。

「特に異状無しです。いつものお爺ちゃんも早く寝たみたいで…」

「ああ、毎晩『酒飲みたい』ってうるさい人ね〜」

 男女の看護師はクスクス笑い合う。さっき沙苗を呼び止めた看護師といい、ちょうど消灯後の病棟を見回る時間なのかもしれない。二人の立ち位置からこちらに上ってくる事は無さそうであたしは少しホッとしたが、彼らはそのまま立ち話を始めた。

「三〇二号室の患者さんはまだあのまま?」

「ハイ、脳の軸索損傷による昏睡状態が続いてます」

「バイク事故だって?頭打ったの?」

「ええ…転倒してアスファルトに。スピードは出てなかったみたいですけど、ヘルメットが半キャップ?ってあまり頑丈じゃないモノだったみたいで…それ以外には全身、ホントに大した怪我も無いんですけどね」

「そっか…大きな外傷が無いなら、意識さえ戻ればその後の快復も早いのかもしれないが…」

 専門用語が分からないけれど、要はバイクで転んで頭を打って意識不明の患者がいるという事だろう。あたしはそんな所で油売ってないで早く移動してくれとジリジリしていたが、次に聴こえてきた会話に固まった。


「麗青学苑の女子大生だったろ。救急で運び込まれて何日になるっけ?」

「先々週の火曜日の夜でしたから、明日で二週間ですね。早く目を覚ますといいんですけど……」

 

 看護師達はそう言いながら階段を下りていった。あたしの頭の中で二人の会話がグルグル回る。

(麗青の女子…二週間前に事故…?)

 二週間前の火曜日の夜─それはまさにあたしが公園の叢で目覚めた時ではないか。そうだ、あの時確かに近くを走る救急車の音を聴いた…あれがその事故を起こした女子大生を搬送していたのだとしたら、〈意識不明の女の子〉と〈意識が芽生えた人形〉が同じタイミングですぐ近くにいた事になる──

(まさか……?)

 あたしは考えるより早く階段を駆け下りて、三階の廊下に飛び出した。並んでいる病室を見回せば、三〇二号室は女性看護師が来た廊下右側の奥にあるようだ。一目散にパフパフ走る。病室の前まで来てドアを見上げると、そこは個室の様でネームプレートが一枚だけ掛けられていた。


『新宮妃鞠』─しんぐうひまり、だろうか。

  

 あたしはドアに手を掛けて横に引いてみる。幸い鍵は掛かっていない。ゴクリと固唾を呑んで、僅かに開いたドアの隙間から体を滑り込ませた。

 室内はやはり常夜灯が点いていて仄暗い。奥の窓際にあるベッドに人がいると思われるが、地上三十センチのあたしの目にはこんもりとした掛け布団の山が見えるだけだ。あたしは周囲を見回して、ベッドサイドにパイプ椅子が置いてあるのを見付けた。何とかその椅子をよじ登って座面に立つ。そして目の前を見下ろして息を呑む。

 

 そこに妃鞠と思われる女性が仰向けに横たわっていた。胸元まで布団を掛けているが水色の入院着から覗く首筋は白く細く、顎もシュッとして整った小顔だ。その顔を包み込む様にウェーブの掛かった茶色の髪は起きれば胸元まであるだろうロングヘア、前髪を下ろせばフェミニンなイメージにもなるだろうけれど、フワッと上げて額を出していて色っぽいオトナのお姉さん感がハンパない。目は閉じられているが切れ長で睫毛も長く、スッと通った鼻筋から口元へのラインも見惚れるほどに美しい。そして少し笑っているかの様に結ばれた柔らかそうな唇──まさに美女が静かに眠っていた。


 あたしは呆然とその〈眠れる森の美女スリーピング・ビューティー〉に見れていた。脇には点滴のスタンドが立っていて、その輸液バッグから伸びた管が掛け布団の下に繋がっているので、寝たきりなのは間違いない。けれどその美しく安らかな寝顔は、見ているだけで幸せになれる気がする。

 しかしそのうちあたしは頭の奥がチリチリと痛んできた。気のせいかもしれないが…見覚えがある…?あたしはこの顔を知っている。記憶が戻ってきたのだろうか。

(このコが……あたしなの…?)

 妃鞠…妃鞠…繰り返してみても名前では何も思い出せない。今ここで出来る事はこれ以上無さそうだ。麗青学苑の学生なら久作や真名ちゃんに調べてもらえばきっと詳しい事が分かる。とにかく病院から出よう──


「みぃ〜つけた」


 突然背後から響いた声に背筋が凍る。破一郎が言っていた通りだ。古典的で普遍的な〈背後の恐怖〉─さっき電話で話していた悪魔の声で幻聴が聴こえてくる。


『わたし、メリーさん。


 今、あなたの後ろにいるの』


 慄えながら振り返ると、病室のドアを背にした沙苗が立っていた。

「ウフフ…やっぱり貴女、あのお人形さんなのね。この女の事覚えてたんだ…他に何を知ってるの…?」

 沙苗は嗤いながらネットリと訊いてくる。この言い草…やはり沙苗はあたしの事も、更には妃鞠の事も知っているのだ。一体あたし達の間に何があったのか…?恐怖と興味が綯い交ぜになって、あたしは椅子の上で身構えながら応えた。

「こ、この妃鞠ってコの顔に見覚えがある気がするけど…他には何も覚えてないよ。あたしは先週の火曜日の夜、麗青みどり公園の草の上で突然目覚めた時からの記憶しかないから……」

「へえ……」

 あたしの説明をニヤニヤと聞いていた沙苗は、不意にこちらを指差して言った。

「あの晩私は貴女を抱えてその公園を歩いてた。まあ夜の散歩ね。そして公園を出ようとした時、ちょうどその妃鞠ってコがバイクに乗って曲がり角を飛び出してきたの。私も驚いたけどコイツも慌ててハンドル切ってね、接触して私は倒れて、その時手にしてた人形あなたを放り出しちゃったんだと思う。それで公園まで飛んじゃったのよ。

 バイクは転倒してそのまま十メートル位先に横滑りしてた。その途中でこの女も転がってたけど、ヘルメットも外れて落っこちてて気失ってたわよ。それからずっとこうやって意識が無いんだとしたら、その意識は今かしら…?」

 沙苗はそう言って意味ありげにあたしを見る。その時妃鞠の意識─が沙苗の持っていた人形に入り込んだと言うのか?

 ホントにあたしは、妃鞠なのか……?

(思い出せないっ…思い出せないよっ…!)

 

 沙苗が話を続ける。

「そん時はコイツ、死んだと思ったけどね。貴女も見当たんないし、もういいやってとっととその場離れて…え?救急車呼ばなかったのかって?だって事故に巻き込まれたなんて言ったら、警察とか来て面倒じゃない。別にこんな女死んだって関係ないし。

 でもさすがに動揺してたな、離れて落ち着いてからようやく足が痛いのに気が付いたの。そう、この右足の亀裂骨折ってそん時のよ……」

 そうだ、沙苗が大学の文連ハウスの屋上から転落した時、この足だけ先に怪我していたのがヒントになって事故ではなく事件だと分かったのだ。沙苗がストーカーしていた相手から突き落とされた事件だと──

「あ、あんた、ホントにあの茶道部の男にストーカーしてたの…?」

「ああアイツ、デートサークルのコ達に次々手出してね。確かに私も〈ゼータ会〉の馬鹿なオンナ達にクズなオトコ共紹介してたけど、それは私の楽しみ。勝手にやられたら腹立つじゃない?人の遊び場を荒らして目障りだから嫌がらせしてたら、学苑理事の娘をホテルに連れ込むとこが盗撮できてさ、そのネタで退学にしてやるって脅したの。それで相当ビビってたからちょっとスッキリして、これからは私の言いなりに女の子騙す役目やってもらおうって呼び出したらあの馬鹿、殴ってきて突き落としやがって…ってそっか、あの事件の事にも詳しいの?

 私と貴女、繋がってるのねえ…」

 確かに繋がっている。元々の持ち主であり、あたしが次の日には沙苗が死にかけて……


(繋がって…?)

 

 その瞬間、が繋がっていたのだと気付く。沙苗が創ったと言うデートサークル〈ゼータ会〉には、真名ちゃんを痴漢被害に遭わせたりで苦しめようとした演劇部の部員も所属していた。沙苗が蕗村珠子に送ったというマヌカ蜂蜜ハニーの飴も、あたしと真名ちゃんは貰って舐めている。思い出してゾッとした。あの時あたしは妙に眠くなって、欠伸を連発していたではないか。妃鞠の事故から始まる一連の出来事の背後には、全て沙苗の影が見え隠れしている──

(何これ…偶然…?それとも……)

 あたしが沙苗を見る目はホンモノの悪魔を見るかの様に怯えていたのだろう。沙苗はニタァと嗤って言った。


「知り過ぎてるね貴女…放っといたら余計なお喋り人形になりそう…っ!」

 

 沙苗が飛び掛かってくるのと、あたしが椅子からベッドに飛び移るのはほぼ同時だった。すんでのところで沙苗の魔手から逃れたあたしは、眠っている妃鞠の顔を飛び越えてベッドを横断し、窓にしがみつく様にして窓枠に飛び乗った。

「逃さないよっ!」

 目を見開いて凶悪に嗤う沙苗だが、ベッドをグルリと回り込まなければ窓際には来られない。そのほんの僅かなタイムラグの間にあたしはクレセント錠を引き下ろし、素早く窓を開けた。外は真っ暗で何も見えない。ここは三階─下はアスファルトの駐車場だったはずだが……

 

 ペタズルッ!


 すぐ傍で沙苗の足音がした刹那、あたしは反射的に飛び降りた。どうなるかなんて考えなかった。沙苗が次に誰に悪意を向けるか想像したら、とにかくこの場を逃げ延びなくてはと思ったのだ。

 甘い顔と言葉にデレデレしてた馬鹿─あんたなんかこの悪魔の手に掛かったらイチコロじゃないっ…あたしが教えてあげなきゃっ……


─久作っ…!


 

 次の瞬間、あたしの全身を衝撃が貫いた。





 いつもは通り過ぎる大学最寄り駅の一つ手前で電車を降り、僕は駅前通りを北に歩き出した。

 朝から曇りがちで少し肌寒く、白いTシャツと黒いジーンズの上にライトブルーの長袖シャツを羽織ってきた僕は、商店街を足早に抜ける。時刻は午前十時前─のんびりと買い物をする奥様方の雰囲気は、同じ世田谷区ながら一駅違うだけで、セレブな丘の街・麗青より若干親しみ易い…気がする。

 そのまま十分程歩くと世田谷さくら総合病院が見えてきた。勿論、また沙苗のお見舞いに行くのである。火曜日の今日、僕が受講している大学の講義は二限が休講、後は午後の三限だけだ。入院患者との面会も十時からなのでこの時間に来る事に問題は無いのだが、昨日の今日でこんなに頻繁に来れば下心があると思われても仕方無いだろう。

(下心は無い…事も無いけど、どーるを回収する為だ…。)

 そう、昨夜沙苗の病室に潜入したどーるを、この時間に迎えに行くと約束していた。昼休みには真名と合流して結果を伝える事にもなっている。

 と言っても大した収穫は無いだろう。人形が直接沙苗と話したり、周りに訊き込みが出来る訳がない。そもそも『To Sana』が沙苗に関係あるという確証も無いのだ。どーると真名は彼女が嘘をついていると言っていたが…。

 病院の正門を入り、診察を受けに来たと思われる人達に混じって玄関へと歩き始めた僕は、ふと右手の駐車場を眺める。その先の中庭で昨日沙苗の車椅子を押していたのだ。立ち止まって思い出す。

『風が気持ちいいね…』

 あの笑顔…僕は沙苗に何か悪気があるようには思えない。

(どーるのヤツ、散々僕には女心が分からないとか言ってたけど……)

 まあいい。とにかくどーるを無事に連れて帰ってあげて──

 

「…ねえ……」


 微かな声が聴こえた気がした。キョロキョロと辺りを見回すが、駐車場の車から降りて病院玄関に向かう人々は誰もこちらを見ておらず、僕に声をかけた様子はない。空耳…いや、これは前にも……


「…ねえってば……」

 

 僕は慌てて振り返る。今入ってきた正門の横の鉄柵に沿って何本もの木が植えられているが、その根元の叢から白く細いモノが突き出してユラユラと動いているのが見える。僕は物凄く嫌な予感がしてその叢に駆け寄った。


 白いモノはどーるの右手だった。彼女は無惨に千切れた自分の右手を左手で持ち上げて、僕に向かって振っていたのだ。顔を横にして倒れているどーるは髪も乱れドレスも破れて、左脚もおかしな角度に曲がっていた。


「どうしたっ…どうしたんだっ?」

 パニックになる僕に、どーるは小さく笑う。


「良かった…またあんたが…あたしを見付けて…くれた……」


「どーるっ!」

 目を閉じて応えない彼女を抱き締めて、僕は全力で駆け出した──

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