第2話 死者の粉

─そんなに邪魔だったの…?


 彼女は身じろぎもせずに立ち竦んでいる。大きく目を見開いて、驚愕とも恐怖ともつかない表情で固まるその姿は、まるで討ち取られた怪物メドゥーサの首を見てしまった乙女の様だ。

 いや、彼女が見つめる先─煌々と照らされた光の輪の中に倒れていたのは、確かにだった。


─そんなに殺したかったの…?

 

 こんな手を使ってまで…私を……

 


 


 ガタン。


 走り出した電車が揺れて、よろけた誰かに後ろから押された。

「むぎゅう、苦しっ…」

「わっ、う、ううっ…」

 右肩に背負った黒いリュックから小さな声がして、僕は慌てて呻き声を被せる。

 周りの乗客の何人かが反応して、特に右隣で吊り革に掴まっていた中年女性が怪訝そうな目を向けてきた。当然だろう、『苦しい』と言ったのは高い少女の声─ボサボサ頭の眼鏡男子が出したとは普通思わない。それでも更に「ゲホゴホ」とせて喉の調子がおかしいアピールをしながら、僕はリュックを胸の前に引き寄せた。中年女性は体格が良く、茶色いソバージュヘアもオレンジ色のワンピースも何だか迫力がある。その明らかに僕より体重も力もありそうな、近所のママ友のボスといった感じの彼女の視線を避けて、左の窓側に体を捻る。

 

 車窓の外に広がっているのは緑も多く落ち着いた街並で、沿線でも住み易い住宅地として人気の代々木上原である。

 五月さつき晴れの空の下、キラキラと風が光って流れていく──

 

 僕─間嶋久作は小田急線の通勤準急下り線に乗って、大学のある〈麗青学苑れいじょうがくえん前〉駅に向かっていた。

 金曜日の午前十時─朝のラッシュアワーは過ぎていたが、新宿始発の電車に発車時刻ギリギリで飛び乗った為座席は埋まっていて、僕は入口ドアの脇に立っている。当初は吊り革に掴まる乗客がチラホラいる程度だったのだが、準急で最初の停車駅となる〈代々木上原〉で一気に乗客が増えて車内の人口密度が上がり、リュックが潰される羽目になったのだ。この駅は東京メトロ千代田線と相互乗り入れしているので、乗り換え客が多く乗ってくるのである。

 

 と言っても勿論、リュックが苦しがった訳ではない。

 声を上げたのはリュックの中にいる─どーるだ。

 常識外れにも程があるが、彼女はまるで人間の様に見て聞いて喋って苦しがる。栗色の巻き毛に碧い瞳、そして真っ白なドレス─見た目は可愛らしい西洋風のプリンセスドールだが、実は元々人間だったらしい。


「頼むから静かに…」

 リュックに顔を寄せて囁く。何せヒョロヒョロとした体型でファッションに疎く、着ているグレーのリネンの長袖シャツと青いデニムもヨレヨレという、陰キャオタクのオーラ全開の僕である。万が一にもどーるを隠し持っているのがバレたら、気持ち悪がられるのは動く少女人形ではなく持ち主の方だ。

「ねえ、聞いてる…?」

 僕はリュック背面の縦長の二つ穴に顔を近付けた。どーるはその貫通させたピッケルホルダーから外を見ているはずだ。〈ブタ鼻〉の奥がキラリと光った気がした、次の瞬間──


 上部のジッパーが僅かに開いて、白く細い指が二本飛び出した。


「わあっ!」

 つい声が大きくなった自分の口を慌てて左手で塞ぐ。

 肩越しに恐る恐る振り返れば、ボスママ(推定)がさっきより険しい顔でこっちを見ていた。ヒソヒソとリュックに話しかけていたのも聞かれていたのならヤバい。非常停止ボタンを押される。僕は曖昧な笑いと共に頭を下げて、リュックを両手で抱え込んだ。中からこじ開けたであろうジッパーの隙間から飛び出ていた小さなVサインは、もう引っ込んでいる。

(どーるのヤツ、僕をからかって喜んでるな……)

 冷や汗をかきながらジッパーを閉め、リュックをボスママ(仮)とは反対側の左肩に掛け直した。そちらにはスーツ姿の男性が背中を向けて立っているが、僕の方には何の関心も示していない。僕は溜息をついて再び車窓を眺めた。

 

(人形になった人間、か…)

 

 どーると出遭ったのは一昨日おとといだが、その前の日の晩、彼女は気が付いたら大学近くの公園で満月を見上げていたと言う。帰る家も不明な彼女をひとまず実家に連れ帰り、昨日改めて休講だったにも関わらず二時間掛けて一緒に登校して、公園とその近辺を手掛かりを求めて調べ回った。それでも何も収穫は無かったのだが、どーるは今日もう一度調べてみたいと言う。結果こうして、連日で通学するという、言葉だけならリア充大学生になっている。

 しかしどーる本人が何か思い出さない限り、彼女の秘密に迫る取っ掛かりは何も無い。捜すべきは人形を失くした持ち主?それとも行方不明になった誰か?肝心のどーるに方針を尋ねたら、彼女はあっけらかんと言い放った。

『とにかく人形に関係するモンは何でも調べよ〜!』──当てずっぽうである。だから昨日も何も見付からなかったのだ。

 かと言って通行人に『この人形、貴方の知り合いじゃないですか?』などと訊いて回る訳にもいかない。信じてもらえないどころか、しつこくすれば通報されて逮捕か入院だ。

 それにどーるがどこの誰か分かったところで、それを元に戻す事が出来るのか?どうして人間が人形になったのかも分からないのに…基本的に一介の大学生の手に負える問題ではないのだ。実際、現状僕がどーるの正体に関して考察できたのは『日本語を喋っているから日本人っぽい?』くらいで、貢献度ゼロである。

 

 それでも僕はどーるを助ける約束をした。先日の結月沙苗の転落事件─あの事件が解決したのは、どーるの人形ならではの視点による発見のお陰だ。その発見を元にが推理し─まあきっとまぐれ当たりなのだが─真相に辿り着く事が出来た。もしもそれが分からないままだったら、沙苗の無念が晴らせないのは勿論、彼女の存在が気になっていた僕の精神的ダメージも大きかっただろう。しかしそんな僕の窮地をどーるともう一人が協力して救ってくれた。僕はどーるに助けられたのだ。

 だからその沙苗の事件に向き合った様に、僕達は三人で生ける人形の謎に取り組む事を決めたのである。

 そうやって味方が出来たからだろう、出遭った時には人形になってしまった不安と変貌した世界への恐怖に怯えていたどーるだが、今はVサインをする余裕がある。僕も約束したからには彼女に出来る限りの事をしてあげるつもりだ。してあげるから──

 僕は車窓から目を落としてリュックを見つめた。

(大人しくしててよ……)


「いい加減にしろ、この痴漢!」


 今度はハッキリと大きな声が車内に響き渡った。さっきより多くの乗客が一斉に僕を見る。言い訳をするより早く、またリュックが喋った。


「お前だよお前!グレーのスーツのヤツ!

 女の子のお尻触ってんじゃねえよ!」


 どーるは頑張って声を低くして、男口調で叫ぶ。それでも学芸会で小学生の女子が男子役を演じている様にしか聴こえないが、僕はその意図を組んで口パクを合わせた。リュックに喋る少女人形が潜んでいると知られない為にはそうするしかない。しかし口パクをしながら当然思っていた──

(勘弁してくれ〜!)

 

 『痴漢』と名指しされたのは、僕に背中を向けて立っている男だ。確かに彼の前でやはりこちらに背中を向けている小柄な女の子に、そのグレーのスーツの男は体を密着させている。と言っても混んでいる車内なので不自然とまでは言えない。僕に向けられていた乗客の視線も今やそのスーツの男に移ったが、彼は慌てる事なくゆっくりと振り向いた。歳は三十代位、少し茶色い髪を緩く分けた、神経質そうな細身の男である。

「何だお前…俺に言ってるのか…?」

 スーツの男は右の眉を吊り上げて僕を睨み付ける。その顔は怒りに満ちているが、焦りの色は無い。僕は嫌な予感がして心臓がバクバクしてくるが、案の定、スーツの男は自信満々に言い放った。


「お前、今こっち見てないよな?外見てたろ!それで何で俺が痴漢してたなんて言える?俺がこのコの尻を触った?ハッ……

 ねえ君、俺に触られたの?どうなの?

 証拠はあるのか!」


 スーツの男はまず僕を、それから目の前の女の子を恫喝した。僕には何も言い返せない。確かに僕は痴漢の現場は見ていないのだ。男はそれを確認してから行為に及んだのだろう。目撃者はリュックの中にいるのである。

 向こう向きの女の子も俯いて黙り込んでいる。細かく肩が震えていて、泣いているのかもしれない。この状況で反論できるのは、よほど気の強い女性でなければ無理だろう。

 スーツの男は勝ち誇った様に言った。

「つまらねえ濡れ衣を着せるなら、出るとこ出てやるぞ、ガキが!」


「じゃあ出てもらおうじゃないの。

 次の駅で降りな」


 凛として言い放ったのは女の子でもどーるでも、勿論青褪めて固まっていた僕でもない。

 気が付けば僕の隣のボスママ(仮)が、スーツの男を厳しい顔で真っすぐ見つめていた。

「な、何だあんたっ……」

 スーツ男は思わぬ方向からの一撃に反論しかけるが、ボスママ(仮)の目力に語尾がしぼんでいく。その隙を逃さず、ボスママ(仮)が更に攻め込んだ。


「私も見てたからね、あんたがその子にいやらしい事してるとこ。

 さあ下北沢シモキタ着いたよ!」

 

 彼女の言う通り、準急はちょうど〈下北沢〉駅に滑り込んでいた。

「もう大丈夫だからね、目撃者が二人もいるんだ。駅員さんにホントの事言って、お巡りさん呼んでもらおう?」

 ボスママ(仮)はそう言って女の子に優しく話しかけ、女の子は俯いたまま何度も頷く。その頃には他の乗客もスーツ男を冷たい視線で包囲していた。スーツ男は慌てて周囲をキョロキョロ見回す。まるでどこかに自分の味方がいないか捜している様な仕草だったが、勿論いるはずもない。

 やがて電車が停まってドアが開くと、預言者の前の海のごとくサアッと人波が割れた。ボスママ(仮)に背中を押されたスーツ男は、真っ青な顔をしてその地獄への花道を進んでいく。

 そしてもう一人の目撃者の僕も、ボスママ(仮)に腕を引っ張られて全然目的地じゃない駅で降りる羽目になったのである…。



「やるね〜きゅうちゃん、大したもんよ〜」

 下北沢駅の中央改札口にある駅事務室から出てきた僕の背中を、ボスママ…いや、豪川ごうかわさんがドンと叩いた。僕は衝撃に背中を丸めながら、愛想笑いで応える。

 僕と豪川さん、そして痴漢被害に遭っていた女の子は、駅事務室で別々に駅員から話を聞かれた。僕が呼ばれたのは豪川さんの後だったので、その順番待ちの間にどーるが〈ブタ鼻〉越しに見たモノを確認しておいた。その結果それぞれの証言が一致して、犯人はやって来た警察官に連行されていったのだ。連れていかれる姿をチラッと見たが、痴漢野郎はうなだれて頭からスーツの背広を被り、両脇を警官に抱えられていった。

「いや〜実は、変な声出してるあんたの方が何かするんじゃないかと思ってずっと見てたんだけど、そしたらアイツが痴漢してるのに気が付いてさ〜。

 犯罪者相手にあそこまでハッキリと物が言えるなんて大した度胸してるよ。

 それに見てないフリしてしっかりと痴漢の現場目撃してるなんて、頼りなさそうに見えてしたたかじゃない!」

「あ、ありがとうございます…」

 豪川さんはニコニコと褒めてくれたが、度胸があるのも強かなのも僕ではない。リュックの中でどーるがさぞ得意げな顔をしているだろう。僕は不審行動を疑われていたのを辛うじて挽回して、その代わり途中の駅で降ろされてニ限目の講義に間に合わなくなった、ただのとばっちり男に過ぎない。


「あ、あの……」

 か細い声に振り向くと、被害者の女の子が立っていた。背後に女性警官と駅員もいる。僕とは別の部屋で今まで事情を聞かれていたのだ。

「ああ、あんた、大丈夫かい?」

 豪川さんはすぐさま駆け寄って、彼女の背中に励ます様に手を添える。善い人だ。駅員と話す前に互いに自己紹介して、蕎麦屋の女将さんだと教わった。しかも『ウチは子供がいないけど、久ちゃんみたいな息子がいたら自慢できるよ〜』とも言ってくれた。ボスママとか勝手に思ってゴメンなさい…にしても自己紹介の直後から『久ちゃん』呼ばわりされているのはちょっとくすぐったいが…。

「ハイ…もう大丈夫です……」

 女の子はそう言いながら、まだ表情が固い。

 身長は僕の肩くらいまでしかなく、150センチちょっとだろうか。セミロングの黒髪をポニーテールにして、少しタレ目気味で可愛らしい顔立ちをしているのだが、オドオドしてどうにも自信無さげ、俯いて僕と目を合わせようともしない。人と目を合わせるのが苦手なのだろうか。痴漢被害に遭った直後だからまだ動揺しているのかもしれないが…。しかも僕も大概人見知りなので、向き合っている二人が互いに目を彷徨さまよわせ合うという気まず過ぎる対面となっている。

 細身で、黒い七分丈のスパッツの上にゆったりとした白い長袖のTシャツを被せて着ている。清潔感はあるがお洒落とまでは言えず、まあ平凡な格好だ。どーるの話ではあの痴漢野郎は、このシャツの裾の下から手を入れて触っていたと言う。いかにも気弱で大人しそうな彼女なら抵抗しないと思ったのだろうか。卑怯な犯人に今更ながら腹が立つ。

 女の子は僕と豪川さんに順に頭を下げながら、おずおずと言った。


「私、くすもとと言います。

 今日は本当にありがとうございました。

 あ、改めてお礼をしたいので、お二人の連絡先を教えてください…」

 

「そんなの気にしなくていいよ〜!

 それより真名ちゃん、あんたこの後どこ行くの?一人で大丈夫?何ならウチの店で二人でお蕎麦食べていく〜?」

 僕が何も言わないうちに豪川さんがツルツルと話を進める。

「お蕎麦…ですか…?」

 真名は一瞬、チラッと僕の顔を見た─少し怯えた様な表情で。やはり痴漢被害の直後では男性不信になるのは当然である。そうでなくともコミュ障でヘタレの僕には勿論、誘い文句も何も言える訳ないのだが…ちょっと落ち込む。

 真名が俯いて応えた。

「私…これから大学に行くので……」

「えっ、キミ大学生?どこの?」

 僕がついそう訊いたのは個人情報を聞き出そうとしたのではなく、彼女はてっきり高校一年生くらいだと思っていたからだ。よく考えれば高校生なら平日のこの時間はとっくに登校している頃だが、それほど真名は幼く見えた。

「え、あの、麗青学苑ですけど…」

「あら、何だい、じゃあ久ちゃんと同じじゃないの。送ってってあげなさい、先輩!」

 いや僕は一年生である。では真名は同級生?僕と、沙苗と同じ……

「文芸学部一年の間嶋久作です。…じゃあ一緒に学校行こうか…?」

「ありがとうございます…私、文芸学部二年です…」

「えっ、あっ、先輩っ?」

「あらまあ〜っ!」

 動揺する僕に大笑いする豪川さん。女性警官と駅員もクスクスと笑っている。その様子にようやく心がほぐれたのか、真名も初めて小さく微笑んだ。そして左肩から斜めに掛けていたショルダーバッグの中を探る。

「あの…お礼と言うか、もし良かったらこれ…」

 そう言って真名は、僕と豪川さんに何かを手渡した。それは短冊状の紙で、映画のチケットの様な…豪川さんがそこに書かれた文字を読み上げる。

「何だい?…『人形の家』…?」


「人形の家!」


─げっ。

 誤魔化しきれないタイミングで、リュックの中のどーるが叫んだ。僕は思わずリュックを隠す様に抱えてしまい、真名も豪川さんも勿論、駅員と女性警官がこちらを凝視する。

「…今の声、何?」

「い、いや、僕の声っ…ゲホガハッ…」

「久ちゃん、あんた何持ってんの…?」

「あ、その……」

 敵に回すと怖い豪川さんが僕をジロリと睨む。女性警官が一歩前に出た。駄目だ。こうなったら──

「に、人形をね、僕も持ってるからビックリしただけですよっ…ホラっ…!」

 そう言って僕は努めてにこやかに、リュックからどーるを取り出した。どーるも『トイ・ストーリー』のオモチャが人間に見付かった時の様な、愛らしくもわざとらしい笑顔で固まっている。

 豪川さんが呆れた様な顔で言った。

「ちょっとあんた、大学生にもなってこんなの持ち歩いてんの〜?」

 僕は曖昧に笑って頷く。度胸がある強かな好青年が怪しい人形オタクに成り下がったが、仕方が無い…。


「こ、だわっ!」

 

 今度はその声の主に全員が注目した。真名である。

 しかしさっきまでとは打って変わって、張りのある声だった。見ればその表情は真剣で、一心にどーるを見つめている。

 僕は驚きながらも、もしやと期待を膨らませた。

─ひょっとしてどーるの事を知ってる?


「えっと…間嶋さん、貸してください!

 一緒に舞台に出て欲しいんです!」

「は?舞台?」




「…そっか、真名ちゃんは演劇部なのね。貰ったのはその公演のチケットだったんだ…あむ……」

「そう、明日あした明後日あさっての土日でやるそうだけど…真名って言うなよ、僕より歳上なんだから…モグ……」

 耳かきの様な小さなスプーンを舐めながら喋るどーるに、タレの掛かったご飯を頬張りながら僕は応えた。   

 約一時間後、僕達は木陰のくさむらに座り込んでいた。と言っても胡座をかいている僕の左の太ももの上に、どーるが腰掛ける形だ。目の前に向こうを向いた木のベンチがあって、僕とどーるはその背もたれの背後に隠れる様にして弁当を食べていた。通り掛かった人に見られない為である。

 

 ここは大学近くにある〈麗青みどり公園〉─昨日も来たどーるのだ。


 僕が真名と共に大学に着いた時には、既にニ限目の講義は終わりかけていた。この後昼休みも入るので、三限目が始まるまでは一時間以上空く事になる。そこで僕は空き時間でこの公園を再調査しつつ、昼食を済ませようと思ったのだ。

 大学の正門まで真名を送って自分はそのままキャンパスを通り過ぎた。そこから坂道を十分位上って、案の定体力不足で息切れし始めた頃、この公園に到着した。

 

 僕は自分の弁当箱を持っているが、どーるの膝の上にも小さなプラスチック製のタッパーが載っていた。僕の弁当の中身は昨日の夕飯の残りの牛丼だが、どーるの消しゴムほどの大きさのタッパーの中身はブルーベリージャムである。彼女は食べ物は飲み込めないが味覚を感じる舌はあるので、甘い物を舐めて満腹感を得ていた。どうしてそんな事が可能なのかは分からないが、そうなんだから仕方が無い──

 どーるはニコニコとブルーベリージャムを舐める。

「それであたしに舞台に出ろってどういう事?」

「何だよ、真名さんの説明聞いてなかったの?」

「だってあのコの声小っちゃいんだもん、よく聴こえないよ〜」

 確かにどーるを貸してくれと言った時の真名は少し興奮していたが、その後すぐ自分の言動に恥じ入ったかの様にモジモジと俯いてしまった。それでそこからの電車の中と大学までの道すがらで申し訳なさそうに小声で事情を説明してくれたのだが、リュック越しでは聞き取れなかったのだろう。

「真名さんは衣裳や小道具の担当で、今回の舞台のセットに雰囲気のある可愛い人形を置きたいんだって。だから彼女が住んでるのは大学近くの下宿なんだけど、今日も新宿まで探しに行ってたそうで…でもアンティークな骨董品とかは値段も高いだろ?学生演劇の予算じゃとても買えないし、借りる宛もなくて困ってて、そしたら…」

「あたしに出遭ったって訳か。可愛いの探しててあたし?エヘヘ〜、やっぱりね〜!」

 どーるはスプーンを咥えて、両手で紅い頬を包んでクネクネと喜んでいる。生意気で今日も散々僕を振り回した厄介な人形だが、こうして見るとまあ確かに可愛い。それに古いモノではない様だが、アンティークドールにも通じる独特な気品がある。真名もそこが気に入ったのだろう。


「で、その『人形の家』ってどんなお芝居なの?さっきは『人形』って聞いてついビックリしちゃったけど…その舞台に何か手掛かりあるかな?」

 どーるが真面目な顔で訊いてくる。真名に『貸して』と言われた後どーるに確認したらOKを貰ったが、なるほど、そういう意図もあったらしい。

「そうだな…」

 僕は記憶を探りながら何となく辺りを見回した。

 

 それほど広い公園ではない。野球のグラウンドの広さくらい─だろうか。その三分の二は僕達がいる場所を含む林で、木々の間を細い遊歩道が通っている。そしてあとの三分の一が、滑り台やブランコ等の遊具が設置された広場になっていた。遠方からわざわざ人が集まる様な所ではないが、近所の住民の憩いの場ではあるだろう。しかしちょうど昼食時の今は、僕達以外に人影は無かった。

 この公園の叢でどーるは目覚めた。彼女は近所の誰かの忘れ物だったのかもしれない。しかし小さな子供が外で遊ぶ着せ替え人形にしては精巧で、むしろ鑑賞用の人形と言われた方がしっくりくる。それともセレブのオモチャはこのレベルなのか?周辺を捜せばそのが見つかるのか…?

 目の前のベンチの向こう、遊歩道を挟んだ向かいは公園と住宅街を区切る生け垣になっていた。こんもりとした緑の葉の固まりが続く中に赤い葉が混じっている。秋でもないのに紅葉しているのかと一瞬考えて、以前妹が言っていた事を思い出す。


─これはレッドロビンって言ってね、赤い葉っぱが一年中枯れないから生け垣とかに使うの。丈夫だし、綺麗だから……


「『人形の家』には人形は出ないっ!」


「キャッ…」

 突然響いた声に、どーるが僕の太ももの上で飛び上がる。

 振り向けば僕の背後の樹の下に、長身で筋肉質な男が腰に両手を据えて立っていた。シャツもズボンも革靴も全て黒という黒尽くめの格好だが、胸ポケットから覗くハンカチだけが真っ赤だ。短髪で日焼けした男前だが、目も口も三日月の様にしてニカ〜ッと嗤ったその顔はまるでチェシャ猫─文芸学部の先輩で三年生の希津水破一郎である。

「先輩…ホントいつも登場が唐突なんですって…。何でここにいるって分かったんです?」

「毎日この公園を調査しているとボヤいていたのは貴様だろう、間嶋久作。そもそも学食や近隣の店に行く財力も無く、ランチに付き合ってくれるのが人形しかいないボッチが昼時に行けるのは、キャンパスの最果ての林かここかの二択だ。

 昨日は私がいなかったからな、何も見付からなかったのだろう?無為無策無能な貴様の為にわざわざ来てやったのだ、感謝したまえ!」

 ゲンナリとする僕を笑いながらディスり、破一郎先輩は僕の右横に来て叢に胡座をかく。どーるは最初は微妙な表情で僕越しに彼を見上げていたが、すぐにニッコリと手を振った。

「やっほー破一郎!」

「やあやあどーる嬢!」

 呑気に挨拶を交わす二人。沙苗の事件を『目を瞑ってバットを振ったら当たりました』的な推理で一応謎解きし、どーるに信任を得たもう一人がこの風変わりな先輩なのだ。ただ言った通り、僕はこの毒舌と詭弁の使い手をどーるほどには信用出来ない…。


「それで『人形の家』がどうしたのかね?演劇の話なんだろ?それとも弘田三枝子先生の歌の事か?『顔も見たくない程〜あなたに嫌われるなんて〜♪』うむ、良いねえ…何、あの名曲を知らない?ぬうっ、ミコちゃんに謝れっ!」  

 脱線していく破一郎先輩に仕方が無いので真名と出遭った顛末を話し、どーるが小首を傾げて先輩に尋ねる。

「ホントに人形は出ないの?どういうお話?」

「うむ、ヘンリック=イプセンというノルウェーの劇作家が1879年に発表した戯曲なのだがね、リアリズム演劇の代表作と言われている。また女性の自立を描いた内容が当時起こったフェミニズム運動とも重なって、現代でも通用するテーマの作品として世界中で上演され続けているのだ。

 日本でも明治の終わりに、新劇運動の先駆けである島村抱月の訳で上演したバージョンが人気を博してね。特に主人公のノーラを演じた松井須磨子はこれが出世作となった。以降今でもプロアマ問わず人気の作品だから、今回ウチの演劇部が演目に選んだのもむべなるかな──

 ストーリーを簡単に言えば、自宅で温々ぬくぬくと何不自由なく暮らしていた弁護士の奥さん・ノーラが、実は旦那にただ可愛いだけの飾り─としか思われていなかった事に気が付き、自分は一個の自立した人格であるとして家を出て暮らす道を選ぶ─というモノだ」

「なるほど〜それで人形の家かあ〜」

 破一郎先輩の話をどーるは頷きながら聞いている。僕もちょっとだけ先輩を見直していた。流石、文芸分野で様々な講義を受けられるこの大学の学生である。先輩は映像学科で映画監督志望だが、演劇に関しても勉強している様だ。

 高校の先輩でもある彼は当時も映画部で、運悪く物書き志望だと知られた僕は部員でもないのに、先輩原案の脚本を粗製濫造させられていた。その頃は怪しげなB級ホラーばかりで書かされるのも不本意だったが、今はリアリズムやフェミニズムも意識したもう少し高尚な作品を考えているのだろうか。

「だからどーる嬢を小道具として置きたいと言うのは、その〈人形の家〉を観客の目に見える形でアイコン化したいって事じゃないかな?アマチュアの学生が限られたセットで工夫できる、まあまあ洒落た演出かもしれん」

「そっかあ…」

 どーるは感心しつつ、ちょっと俯いて、またブルーベリージャムを舐めた。


「でもそういう事なら、あたしの謎とは関係ないね……」

 

 僕はその寂しげな声に思わず彼女の顔を覗き込む。大きな目を伏せた様子は明らかに落胆していた。やはり一刻も早く自分の事を知りたいのだ。昨日も行なった公園の調査を今日またやりたがったのも、『人形の家』と聞いて反射的に声を上げたのも、その焦燥感ゆえか。そう、この人形は自分の住んでいた家さえ覚えていない…。

 どーるは僕の左の脇腹越しに、さっき破一郎先輩が側に立っていた樹の根元を見る。そこで彼女は目覚めたのだ。碧い瞳がゆらゆらと揺れる。不安と混乱、孤独と恐怖─その時の色んな感情がい交ぜになって押し寄せているのだろうか。

 僕はどーるを慰めてあげようと思ったのだが……


「いや、〈生きている人形〉なら家があっても不思議はない!」


 破一郎先輩が素っ頓狂な事を言い、慰めるタイミングを失った。どーるも目を真ん丸にしてこっちを振り返っている。

「どういう事…?」


「生き人形と言えば怪談にも出てくるだろう?古い人形の髪や爪が伸びたり、夜中に動き出したりとかね。こういう場合は大抵亡くなった持ち主の念が込もってる。あとは憎い相手の髪の毛を編み込んだ藁人形に五寸釘を滅多刺す〈丑の刻参り〉みたいに、呪物としての人形にも怨嗟の念がたっぷり詰まっているんだろうな。

 しかしどーる嬢は泣いて笑って喧嘩するど根性人形─誰かの念で動かされてるとか生易しいモノではなく、ホントの意味で自律的存在だ。完全に意識と人格─がある。

 そこで考えられるのは、古来より日本に伝わる『長い年月を経た道具には精霊─魂が宿る』という〈つくがみ信仰〉だ。見た事ないかね?百鬼夜行を描いた絵巻物に数多く登場する、九十九つくもの年数使い込んだ古道具が妖怪化したもの達を──

 提灯が大口を開けて笑う〈〉、魔物の正体を照らし出すという〈雲外鏡〉、水木しげる大先生のお陰で超メジャーになった〈一反木綿〉、かの『源氏物語』にもぎっしゃに巨大な顔が生えた〈おぼろぐるま〉というのが出てくるぞ。

 他にも様々な妖怪が──」


「待てコラ、あたしは妖怪じゃないぞっ!」

 どこに向かっているのか分からない長広舌の隙間に、どーるが何とか斬り込む。家の話はどこへやら、しかも提灯お化け等と一緒にされておかんむりのどーるだが、破一郎先輩は平然と返した。

「だろうな、君は付喪神になるほど古い人形ではなさそうだし、そもそも物に魂が宿るという発想は西洋にはあまり無い。日本の寺や神社で人形供養が催されると外国人観光客は随分驚いて、物珍しそうに動画を撮りまくるらしい。だから西洋人形のどーる嬢も付喪神の可能性は低い……

 おっと、例外もあるか。『ピノッキオの冒険』の原作はイタリアだ。あれは操り人形に魂が宿る話だったな」

「あっ、ディズニーの?木で出来た無邪気なピノキオが妖精ブルー・フェアリーに人間にしてもらうのよね。コオロギのジミニー・クリケットが歌う『星に願いを』は名曲よ!

『ホゥエン・ユー・ウィッシュ・アポナ・スタ〜♪』…」

 どーるが嬉しそうに歌い出す。かつて観たお気に入りの映画なのだろう。自分がどこの誰かは分からないのにこういう知識がスラスラと出てくるのが、記憶の不思議である。

 しかし先輩がバッサリと斬る。

「最初の原作ではそのコオロギは、ピノッキオに潰されて死ぬよ。

 ピノッキオは彫られる前の木の段階から意識があって、その時から騒いで人形師のゼペット爺さんを散々困らせるんだ。それで人形になっても悪戯し放題、叱られると警官に『虐待された』と嘘をついて爺さんを逮捕させる。ピノッキオはそんな『人の心が無い』悪党だから、人間だった記憶のあるどーる嬢とは違うな」

「……じゃあ、何よ?」

 どーるは気分良く歌っていたのを台無しにされて、ちょっと不機嫌になっている。先輩はお構い無しに嬉しそうに言った。


「人形と同じく動けないと言えば

 それが動くとなると〈生きている死体〉─つまりだね!」


「はあっ?妖怪の次はゾンビっ?」

 遂にどーるは僕の太ももから飛び降りて仁王立ちになった。目は真ん丸から三角になって破一郎先輩を睨んでいるが、勿論、そんな事で先輩は止まらない。

「ゾンビと言ったら唸り声を上げながらノロノロと動くだけと思っている人が多いが、それは違うぞ?あれはゾンビ映画の巨匠ジョージ・A・ロメロ監督が最初に自主製作で『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』を撮った時、予算削減で知り合いや家族にゾンビ役をってもらったから、素人でも出来る動きにしただけの事──

 のゾンビは普通の人間と全く遜色なく動けるのだ」

「本物のゾンビって何よ、ゾンビなんか映画とかゲームの中の怪物でしょ?」

「何と、これだから世間の常識に囚われたお嬢ちゃんは困るなあ〜!」

 先輩の言い草に更にむくれるどーる。いや、腕組みして怒っている人形など非常識もいいところなのだが…。

 先輩は嬉々として続ける。

「ゾンビとは元々、アフリカのコンゴで信じられているブードゥー教の〈ンザンビ〉という神の名が由来だ。〈ンザンビ〉には『不思議な力を持つ者』という意味があるらしい。そのコンゴ出身の奴隷達が西インド諸島のハイチ共和国に連れていかれて、そこで彼らがブードゥーの秘術を使って蘇らせた死体に〈ゾンビ〉という名前を付けたそうだ。

 そのブードゥー教の聖職者・ボコが墓から死体が腐り始める前に掘り出し、その名前を何度も呼び続ける。そして呼び掛けに応じて起き上がった死体の両手を縛り、使用人として農園に売り出す。一方死体の魂は壺の中に封じ込めておくから、考える事も出来なくなったゾンビは命じられるまま、大人しく働き続ける。こうしてハイチの人々は奴隷であった自分達にもこき使える、を手に入れていた訳だ」

「奴隷の奴隷…ゾンビって可哀想なのね……」

 怒っていたどーるがいつの間にか乗せられて、ゾンビに同情している。

 僕は呆れていた。さっき見直したのは即時撤回、このまま先輩の牽強付会な論理展開に巻き込まれるとろくでもない事になると思い、ツッコんだ。

「何言ってんですか、名前呼んだだけで死体が蘇る訳がっ……」

「その通り!ちゃんと死体を蘇らせる為の秘密兵器があるのだ!」

「何?何よそれ〜?」

 しまった、火に油を注いだ。どーるも完全に話に引き込まれている。破一郎先輩はニマ〜ッと嗤った。


「〈ゾンビパウダー〉だよ!

 振り掛けると死体が蘇るという魔法の粉─ボコはこれを使って次々にゾンビを生み出していったんだ。


 さて、どーる嬢のだが──」


「あ、え?」

 身を乗り出して聞いていたどーるがハタと気付いた。そうだ、その話だった。しかし随分唐突に話題が変わったなと思っていると、先輩は先程どーるが見ていた樹の根元に目をやった。

「さっき言った通り、墓から蘇った死体の魂は壺の中に閉じ込められる。もしゾンビパウダーを掛けられて蘇った者の近くに人形があって、そこに魂が閉じ込められてしまったとしたらどうだろう?

 墓と言えばだ。どーる嬢が倒れていたその下こそ、君の─なのではないか?つまり……


 君の本体はその下に埋まっている──」


「ええっ、あたし死んでるの〜っ?」

 情けない声でどーるが叫んだ。それは彼女が希望的観測の下に避けてきた想像なのだ。確かに最初に遭った時彼女は『人形として目覚める直前まで普通に人間として生きていた実感がある』と言っていた。だから僕達も憑依霊とか生まれ変わりとか、彼女が亡くなった後に年月を経て人形として転生した可能性については検討してこなかったのだが…… 

 もし『直前まで人間として生きていた』に違う解釈をするのなら──

 と言っても人間が突然、その全身がメタモルフォーゼだかトランスフォームだかして人形になったというのは、さすがに突飛過ぎる。江戸川乱歩の少年探偵団シリーズにそんな話があった気がするが、あれはちゃんとトリックがあったはずだ。だが同じ荒唐無稽な話でも、としての人形にその魂─意識が入り込んだというのはまだあり得るかもしれない…ゾンビ云々はともかく。

 さっき破一郎先輩も言っていたではないか、持ち主の念が人形に宿る例もあると。そのくらいでどーるの様に自在に動き回るのはおかしいと否定していたが、本当にそうなのだろうか?確かに普通に大事にしていた程度の念ならそうかもしれないが、しかし──


 人形にそのまま人格が転移する─そんなレアケースならもしかして……


「ホント…?ホントに死んだの…?」

 どーるは傷付いた表情になりながら訊いてくる。怪しげな推論の末に悲劇的な結論に辿り着かれては、まあ可哀想だ。僕の考えていた事も仮説に過ぎない。だから苦笑しながら言ってやった。

「先輩の言う事は無視していいよ。科学的な根拠とか何も無いじゃん」

「でも一応筋が通ってる気がして…」

「いや、ただの与太話だよ」

「むっ、生意気に私に盾突くか間嶋久作」

『与太話』と断じた僕をギロリと睨む破一郎先輩。そっちは無視してキョトンとしているどーるに笑いかける。

「下にキミが埋まってるなんて、どうせこの樹を見て思い付いただけだからさ」

「どういう事?」

 僕はその樹を見上げた。

 風で葉がカサカサと鳴る。

 木漏れ陽がどーるの倒れていた叢にチラチラと降り注ぐ。


「桜の樹だからなあ。

『桜の樹の下には屍体が埋まっている』って書いたのは、梶井基次郎でしたよね。

 坂口安吾の『桜の森の満開の下』もそうだけど、桜と言ったら〈花見〉とならずに〈死体〉ってなるのは、悪い癖ですよ先輩…」

「ワハハハ、それは貴様もだろう怪奇厨・間嶋久作!」

 

 高笑いする先輩を、からかわれていたと察したどーるがジトッと睨む。

「まあまあ、私が公園内を調べておいてあげるから、二人は仲良くランチを続けてくれたまえ」

 先輩はそう言って立ち上がった。

 どーるは頬を膨らませていたが、やがてひとつ溜息をつくと、再び僕の太ももに座る。そして草の上に置いていた自分の弁当箱を指差した。

「怒ったらまたお腹空いちゃったじゃない。

 久作、責任取って食べさせて」

「ええっ、何で僕が?」

 しかしどーるは聞く耳を持たず、目を閉じて顎を上げて、『あ〜ん』と口を開けている。これが人間の彼女なら僕だってやぶさかではないが──

「早くぅ!そうやって気が利かないから、真名ちゃんだって久作と〈蕎麦屋デート〉したがらなかったんじゃない?」

「う…」

「うむ、流石は童貞!」

 どーるのひと言が胸に刺さる。豪川さんが『二人でお蕎麦を…』と言った時の真名の怯えた様な顔を、コイツはしっかり見ていたのだ。先輩の言葉は聞こえなかった事にする。

 

 僕は渋々ブルーベリージャムをすくってどーるの口に運ぶ。モグモグと幸せそうな顔をする人形。結局その日の公園の再調査は、どーるとの甘いランチタイムになって終わった…。




「ララ…ラララ…♪」

 黒いメイド服の女中がドアを開けると、その貴婦人は鼻唄を口ずさみながら部屋に入ってきた。

 ドレスの上に毛皮のコートを着て帽子を被った外出支度のままで、幾つかの紙袋を手に提げている。貴婦人がその紙袋をテーブルに置いている間に、彼女の後から付いてきた男が室内には入らず入口で女中に荷物を渡す。人の背丈程のクリスマス・ツリーである。貴婦人が振り向いて言った。

「そのクリスマス・ツリーをよく隠しておいてね、エレン。晩にすっかり火を点けるまでは、子供達に見せちゃいけないわ。

 お幾ら?」

「25エールでさあ」

「ハイ、50エール。

 いいの、お釣りは取っておいて」

 そう言って優雅に財布を手にした貴婦人─ノーラは、使いの男に向かって優しく微笑んだ。  

 世界がいつも自分にそうしてくれるように──


 ここは学苑の初代理事長の名にちなんで建てられた記念講堂〈平井記念ホール〉。

 半円形のアトリウム─アクリルパネルで覆われた光を通す屋根に箱型の三階建ての建物がくっついた凝った造りになっていて、中には照明や音響設備の整った大ホールと三つの小ホールがある。それらを使って著名人を招いた講演が行なわれたり、吹奏楽部や軽音楽部がコンサートを開いたりできるのだ。破一郎先輩の所属する映画研究会の作品もここで上映する事があるが、秋の学苑祭では様々な団体が使用許可を争って大変らしい。一年生の僕はまだ学苑祭は体験していないが、大ホールで行なわれた入学式に参加している。

 その平井記念ホールの地下にある小ホールで今、演劇部の五月公演『人形の家』の〈ゲネプロ〉が行なわれていた。ゲネプロとは『総合的な稽古』の意味を持つドイツ語〈ゲネラールプローベ〉の略で、メイクや衣裳、音響、照明等を本番と同じ条件でやる通し稽古の事だ。

 

 三時間程前、昼休み後に三限目の〈社会学総論〉─何故かスポーツ新聞の見出しを比較したり、昔の時代劇の主題歌の歌詞を考察したりする不思議な講義─を受講した後、僕はキャンパスの南端にあるこの平井記念ホールにやって来た。   

 真名に連れられて僕が小ホールに入った時はまだ準備中で、舞台上では数人の男女の部員が舞台装置セットを組む作業をしていた。と言っても小ホールは客席数約二百、舞台の幅は15メートル程で奥行きも7、8メートルしかないので、大掛かりなセットは組めない。

 舞台の中央に扉が一枚立ててある。〈どこでもドア〉状態と言えば通じるだろうか。その扉で区切られた右側には一人掛けの臙脂えんじ色のソファが二つ、丸い木のテーブルと陶器や書物を納めた黒壇の置棚がある。洋館の居間を表現しているのだろう。

 真名はその居間の置棚の目立つ位置に、どーるを腰掛けさせた。口元に上品な笑みを湛え、膝の上に両手を乗せてチョコンと座るどーる。この上なく愛らしいのに、表情が動かないが故に見続けていると不安になってくる絶妙な存在感があった。

『やっぱりイメージピッタリ…お願いして良かったあ…』

 真名は相変わらず控えめに笑いながら喜んだが、僕は内心で苦笑していた。

 確かにどーるの佇まいは、として苦労知らずに生活しているノーラの暗喩メタファーになっている。恐らく破一郎先輩から説明を受けた『人形の家』の内容を踏まえて、彼女なりにしているのだろう。真名へのサービスのつもりなのだろうが──

 やがて舞台装置が整うと、真名は僕に深々と頭を下げて言った。

『ホントにありがとうございます。それじゃ放課後部員が揃ったら始まりますので、それまで待ってて貰えます…?』

 ゲネプロはあくまで通し稽古なので、入れるのは本来スタッフかOB等の関係者だけである。しかし僕も小道具の人形の提供者として特別に観せて貰える事になったのだ。何せどーるは普通の人形ではなくお腹も空くので、今日から公演が終わるまでの三日間ここに置き去りには出来ない。それでゲネプロが終わったら一旦連れて帰りたいので待っていると伝えたら、是非観ていって欲しいと請われたのだ。

 演出や音響の打ち合わせの邪魔になるので時間まで外にいる事にした僕は、ホールの入口を出る時そっと舞台を振り返った。棚に座ったどーるは今のところ人形らしくしているが──

(芝居の途中で調子に乗って表情変えたりしないでくれよ…)

 それこそ生き人形だ、心霊現象だと騒ぎになってしまう。そのわざとらしい笑顔を見ていると不安が募る……


 だが放課後部員が揃っていざゲネプロが始まると、僕はどーるを見ている余裕は無くなった。完全に舞台に─いや、主人公のノーラに釘付けになったのだ。

 

 使いの男も女中も舞台袖に去った後、ノーラは変わらずニコニコとしたまま外出支度を解いていく。羽根飾りの付いた帽子を脱ぐと、アップにした金色の髪が照明を浴びてキラキラと輝く。毛皮のコートの下は、ウエストからフワリと裾が広がったブルーのクラシックなバッスルドレス。その帽子を取ったりコートを脱いだりするだけの動作が、どうしてこんなにリズミカルで美しいのか……

 帽子とコートをソファに置くと優雅に置棚の前に移動して、どーるの頭を撫でる。その横の引き戸を開けると小さな紙袋が入っていた。ノーラはその袋を左手に持ち、右手を中に入れる。彼女が袋の中から取り出したのは、ひと口サイズの丸いクッキーだった。まぶしてある白い粉がフワリと舞う。そのクッキーを一つ二つ摘んで口に入れると、白い粉が口元に付いた。ノーラはその粉を拭った指先を一度不思議そうに見た後、ペロリと舐める。そしてニンマリ笑った。その行儀の悪さを楽しむ様な表情……

 そして舞台中央の〈どこでもドア〉に近寄ると、扉に右耳を押し当てた。その前屈みで小首を傾げる仕草のチャーミングさ……

 扉の向こう─舞台の左側は別の部屋のセットになっていて、書斎机でチョッキ姿の品の良い男─ノーラの夫で弁護士のヘルメルが何か書き物をしていた。彼は裕福で社会的な地位も高い成功者である。ノーラはその夫の気配に満面の笑みを浮かべ、「そうよ、ウチにいるわ、ラララ…♪」とまた鼻唄を歌う。その耳触りの好い声……

「そこでさえずっているのはウチの雲雀ひばりかい?」

 面白がる様なヘルメルの問いにノーラもクスクスと笑いながら応える。

「そうですよ」

「跳ね回ってるのは栗鼠りすさんかい?」

「ええ」

「栗鼠さん、いつ帰ってきたんだい?」

「今帰ったばかり」

 ノーラはそう言うと、クルクルと舞う様に扉から離れてクッキーの袋を棚に戻し口元を拭った。そしてクスリと笑う。まるでつまみ食いを誤魔化す子供の様な無邪気さが、僕の心を鷲掴みにする。

 

 それからノーラはクリスマスのプレゼントは好きな物が買いたいから現金がいいと夫にねだり、無駄遣いはいけないとたしなめられては拗ねて、でもそんなワガママなところが可愛いと言われて機嫌を直す。能天気な金持ちのお嬢様が〈結婚ごっこ〉のままごとをしている─いかにもこの後破綻していきそうな人物造型でありながら、どうしてこんなにも魅力的なのか…いや、考えるまでもない─演じている女優の力だ。きっと舞台上のどーるもさぞ驚いているだろう。


 ノーラに生命いのちを与えて舞台で輝かせている主演女優は、あの真名だった。

 

 僕は真名が衣裳や小道具を担当していると聞いて、完全に裏方なのだと誤解していた。しかしプロではない学生の演劇部では、一人で幾つもの役割を掛け持ちするのは当たり前である。だが小田急線で痴漢に遭って震えていた彼女、オドオドと目を逸らしてお礼を言っていた彼女が、まさか役者もやるとは思わなかった。まして主役を張れるとは──

 しかし演劇に詳しくない僕でも分かる。真名の表情も動きも台詞回しも、息遣いさえ見ている者の想像を超える。小柄で痩せた女の子のはずなのに、どうしてこんなに大きくえるのか…もう彼女からいっときたりとも目が離せない。真名はだ。いや、痴漢被害に遭ったばかりなのに微塵も動揺を感じさせないこの精神力メンタルかもしれない。

 

 ゲネプロが始まる直前の事を思い出す。

 僕は小ホールの客席の前から三列目の右端に座ったのだが、他に十五人程の観客がいた。その時貰った顔写真付きの配役表を見て、初めて真名が主役だと知った。

(まさか…大丈夫なのか、あのコで…?)

 その時点の僕は不安しか無かったが、近くに座ったOBと思しき男女のヒソヒソ話が耳に入ってきた。

『ちょっと、このコがノーラ?何か全然華が無い気がする…と言うか、舞台に上がったの見た事ないけど?』

『去年入部してからずっと裏方だったからな。それが今回偶々本読みの時に人が足らなくてノーラやらせたら、その演技に部長が惚れ込んで主役に抜擢したんだって』

『ああ梶君が?』

 演劇部部長の梶先輩は文芸学部芸術学科の四年生で、ノーラの夫のヘルメル役である。

『でもそうなるとおとちゃん面白くないよね…』

『だな…いつもヒロインってたからなあ…』

(音羽…?ああ、この人……)

 僕は配役表で確認する。やはり芸術学科の三年生の音羽恭子という女子学生の顔写真が載っていた。ノーラの友人のリンデ夫人役である。

『音羽ちゃんは一年の時からずっと主役か準主役だったもんな。あれだろ、お母さんが宝塚の…』

『今回相当梶君と揉めたらしいわよ、「あんな地方の公立高から来たコにお嬢様育ちのノーラは出来ない」って…』

(またか…)と僕は嘆息した。小学校からエスカレーターで昇ってくるセレブが多いこの学苑にありがちな話である。かく言う僕も男子高から大学受験枠で入ってきて肩身の狭い思いをしているが、真名もそうだった様だ。道理で地味な服装だった訳だ。もしかしてずっと裏方だったのはそれも原因だったのか?

 一方の恭子は写真でも華やかさが見て取れる美女で、少し吊り目気味だが切れ長の目が印象的な色白の瓜実顔を、赤茶色のウルフカットのミディアムヘアが包んでいる。婉然と微笑む様子も自信に満ち溢れ、写真映りではぎこちなく口角を上げただけの真名に完全に勝っていた。

『でも音羽ちゃんの言う事にも一理あるなあ。抜擢した梶はともかく、他の部員は反対しなかったのか?』

『そうねえ…』

 

 OBの男女は首を捻っていたが、今は腑に落ちているだろう。あの地味な真名が舞台上では完全に。二人共僕同様、ノーラの一挙手一投足に目を奪われていた。他の部員も稽古の際にその演技に魅了され、梶部長の抜擢を受け入れざるを得なかったに違いない。それほど真名の存在感は圧倒的だった。


 そんなノーラの無邪気さと無神経さが混じり合った振る舞いは、恭子演じるリンデ夫人が登場してますます顕著となる。

 女学生の頃からノーラと付き合いがあったリンデ夫人は、既に夫を亡くして生活に困窮している。それで弁護士であり銀行の支配人でもある資産家のヘルメルに、ノーラを通して援助して貰おうと訪ねてきたのだ。

 ノーラの華美なドレスに比べて、リンデ夫人の衣裳は質素な黒い外出着である。纏めた黒髪もほつれて、疲れ切った表情をしている。夫を亡くし遺産も無く、子供もいないというその落ちぶれたかつての学友に、ノーラは憐れむ様に返した。

「まるで独りぼっち!どんなにか心細いでしょうねえ。

 私は子供を三人持っていますが、可愛いんですよ…」

 自身の幸福に酔い慈愛に満ちた微笑を浮かべながら、悪気なく持たざる者を差別できる─それがノーラだ。

 そんなノーラにリンデ夫人は昏い目を向けた。


 それは歪んだヒロインを魅力的に演じられる天才・真名に、恭子が向けた眼差しだったのかもしれない──


「今…っ……」


 真名が言いかけた台詞を飲み込み、不意に動きを止めた。笑みが口元からスッと消える。居間のソファで向き合って座っていたリンデ夫人─恭子も、僅かに眉をひそめて真名を見つめる。


「うっ、ぐっ…ゲホッ…カハッ…!」

 

 真名は突然両手で口元を覆ったかと思うと、体をくの字に折って苦しみ出した。

「えっ?」「何だ?」「おいっ…!」

 客席にいたスタッフ達は一斉に立ち上がり、書斎のヘルメル─梶部長が慌てて真名に駆け寄る。

「楠本君っ、どうしたっ?」

 ソファから床に倒れ込んだ真名は返事もせず、口元を押さえたまま苦悶の表情を浮かべている。ちょうどスポットライトの当たる中心で、陰影を濃くしながらビクビクと体を痙攣させているのがいかにも危険な状態に見える。

「救急車を早くっ…」

 そう叫んだ部長の袖を引っ張る手がある。真名だ。

「大丈夫…です…少し休めば……」

「しかし君っ…」

「ホントに…大丈夫……」

 真名はそう言って舞台の床に仰向けに横たわった。目を閉じて呼吸を整えている様子は確かに先ほどより落ち着いているが…。

 恭子もソファから呆然と立ち上がり、他のスタッフや舞台袖にいた共演者も全員集まって、舞台上と舞台下から真名を心配そうに取り囲んでいた。

 僕も思わず立ち上がっていたが、その時ふと置棚に目をやって愕然とする。


 どーるが右手を上げて、僕をブンブンと手招きしていた。


(わあっ、馬鹿っ、何やってっ…!)

 慌てて僕は座席の間から走り出て、舞台に飛び乗る。幸い皆が真名に注目していて、誰もどーるのアクションには気付いていない様だが──僕はどーるを自分の体で隠す様に置棚の前に立ち、小声で抗議した。

「動いちゃダメだってっ……」


「真名ちゃんを殺す気ですかっ!」


(ひいっ?)どーるが大声を上げて、僕は背筋が凍る。恐る恐る振り向くと、真名以外の全員が唖然とした顔で僕を見ていた。どーるが続ける。 

「僕は見たんですっ…」

 内心泣きそうになりながら、また一応男っぽく喋るどーるの言葉に口パクを合わせる。しかし次の言葉には僕も目を丸くした。


「さっきノーラが食べたクッキーに、毒を仕込んだ人がいる!」

 

「な、何だって君っ…?」

「ハッキリ見ました、ゲネプロが始まる前の休憩でホール内が一旦無人になった時、こっそり舞台に上がってきて、クッキーの袋にを入れている人の姿を…!」

 梶部長の問い掛けに応じたどーるの答は驚くべき内容だった。皆言葉を失っていたが、部長がハッと気付いた様に言う。

「そんな開演前に君、ホール内にいたの?」

 勿論目撃者は僕ではなく棚の上にいたどーるだが、言えるはずもない。演劇部員達の不審げな視線に耐えかねて、僕は必死に言い訳を捻り出す。

「え、ええ…ぼ、僕の人形が心配でこっそり覗いたんです…」

(ああっ、これじゃ完全に変態じゃないかっ……)

 泣きたい。女子部員は皆ドン引きである。

 しかし一人の男子部員が叫んで状況が変わった。

「た、確かにっ…あのクッキー、僕が箱から出して袋に入れたんだけど、その時はあんなに粉塗れじゃなかったんだ。変だなと思ったんだ!」

「なっ、じゃあホントにっ…誰がそんな事をっ?」

 前のめりに僕に尋ねる梶部長にどーるが答える。

「それは──」

「それはっ?」


「フードの付いたジャンパー着てて顔は見えなかった……」


 全員が険しい顔で、口パクをする僕を見る。違う、いい加減な証言をしているのは僕じゃない…。

「でも女の子だと思う。下は黒いスカートっぽかったから…」

 黒いスカートと聞いた僕は思わず梶部長の背後に目をやる。


 そこにはの背中があった。


(まさか…?)

『音羽ちゃん面白くないよね…』『揉めたらしいわよ…』─OBの会話を思い出す。主役を取られた恨みで真名を…?

 その僕の視線に気付いた皆が恭子を見る。恭子は僕に背中を向けたまま、その目は足元に横たわる真名を見つめたままだ。

 シンとした舞台に佇む黒衣の女ウーマン・イン・ザ・ブラックに、スポットライトが降り注ぐ……

「音羽君…まさか、君が…?」

 梶部長が顔面蒼白で言いかけた、その時──


「お、音羽さんがそんな事する訳ないでしょっ、私よ!」


 そう叫んだのはその恭子の真向かいにいたメイド服の女中─エレンだった。確かにこちらのスカートも黒だ。

 配役表では確か、真名と同じ芸術学科二年生の青木何とか…肉感的な体型でカールの掛かったショートボブのヘアスタイルが特徴の色っぽい女学生である。

「私がクッキーに粉をまぶしたのよ!音羽さんじゃないっ…でも毒なんかじゃないから!私も小道具担当だから、舞台で粉が散った方が派手で良いかなって思い付いたのよ。

 確かめてみなさいよあんたっ、舐めたって死ぬ訳ないわよっ!」

 そう言って青木某は僕を指差す。恭子も振り返り、梶部長を始めとする面々も僕を見る。

「大体、大学生がどうやって毒なんか手に入れられるのっ?」

 青木某の言葉に説得力を感じたのか、皆の僕を見る目が冷たくなってきた。

 見ればどーるは知らんぷりをしている。どういう事だよ…。

 こうなったらもう毒味をするしかない。半ばヤケクソになった僕は、どーるの横の引き戸を開けて紙袋を取り出した。袋の中にはクッキーがまだ残っていて、やはり白い粉に塗れている。これを舐めろと…?

 恐る恐る振り返ると、やはり皆からの視線が痛い。目線を落とすと、置棚の前のテーブルの上にノーラが置いた紙袋の中身が見えた。赤いリボンの掛かった小箱…家族へのクリスマスプレゼントである。ノーラ─真名はこのプレゼントを置いてコートを脱いだ後、クッキーを食べて、そして──


 躊躇する僕の脇から手が伸びて、白い粉がたっぷり付いたクッキーを一つヒョイッと摘み上げた。

 そしてそのままパクリと頬張る。


「うむ、これはだな!」


「はあっ?」

 突然現れた破一郎先輩の意味不明過ぎる宣言に、全員が呆気に取られた。僕とどーるがゲネプロに行く事は昼間伝えていたが、いつの間にホールに侵入していたのか…先輩は僕のすぐ横で腕組みをしながら、モグモグとクッキーを咀嚼している。

「な、何言ってんのあんたっ…何よゾンビパウダーって!それはただの蕎麦粉なのよっ?」

 青木某が目を吊り上げて不審者に食ってかかる。しかし勿論、そのくらいで怯む先輩ではない。

「死体に振り掛けるとゾンビになる─ハイチ共和国にそんな不思議な粉があると聞いたカナダの文化人類学者ウェイド・デイヴィスは、現地調査を行なった。そしてそこから導き出した説は、ゾンビ現象の謎を解くモノとして世界的に注目を集めたのだ。

 曰く、ゾンビパウダーの成分を調べた結果、フグ毒等に含まれるテトロドトキシンが入っていると言う。それを『ゾンビにしたい相手』に振り掛けると仮死状態になり、一度死んだ者として埋葬される。しかし完全には死なないように上手く調合してあるので、やがて蘇生して、その時には毒素による副作用で自発的意思を失って言いなりになる奴隷─ゾンビになる訳だ。

 

 つまりゾンビパウダーとは本当に死体を蘇らせるモノではなく、茶番劇殺人の為の毒薬に過ぎない──」

「だから毒じゃないって言ったでしょ!あんたもピンピンしてるじゃないっ…それはただの蕎麦粉っ…!」


「蕎麦粉が毒になる人もいる!」

 

 破一郎先輩の一喝に青木某の動きがピタリと止まる。同時に梶部長が「あっ」と声を上げた。

「そうだ、入部時の聞き取りで聞いたよっ…

 楠本君はだ!」

 僕も思い至る。小田急線での痴漢騒ぎの後、豪川さんから『二人でお蕎麦を』と言われた時の真名の怯えた様な目──あれは男性不信ではなく蕎麦に反応したのか。体質的に蕎麦の成分を受け付けない蕎麦アレルギーの人は、出来上がった蕎麦は勿論、空気中に散った蕎麦粉を吸い込むだけでも喘息やじんしん、嘔吐等の症状に見舞われ、酷い時にはアナフィラキシーショックを引き起こして命にも関わると言う。

「青木君、君、それを知っててっ…?」

「なっ、し、知りませんよ私っ…」

 部長の詰問に否定する青木某だが、明らかに動揺している。

 その隙を逃さず追撃する破一郎先輩。

「何も知らずに蕎麦粉を選んだとすればおかしな話だね。舞台で演出として粉を散らしたいなら、蕎麦粉である必要はない。小麦粉でも片栗粉でも良かったはずだ」

「た、偶々よ、そんなっ…!」

「偶々、小麦粉や片栗粉より数倍高い蕎麦粉を?小道具にもうお金を掛けられないから、この変態の間嶋久作から人形を借りたのでは?」

「それはっ……」


「それともう一つ」

 先輩はチラッと床の上の真名を見る。

「彼女は今日思いがけない事件に巻き込まれたんだがね、その犯人は捕まった時、助けを求めるように周囲を見回していたそうだ。まるで近くに協力者がいるかの様に……

 君がいたんじゃないのかい?ゲネプロの当日に肉体的にも精神的にもダメージを与えて、舞台が務まらないようにする計画でね。

 全ては真名嬢を主役の座から引きずり下ろす為──」

「濡れ衣よ!私は痴漢になんか関わってないっ……」

 そこまで言ったところで青木某はハッとして口を噤む。先輩がチェシャ猫の様に嗤ったのを見て悟ったのだろう。


「ほほお…私は事件としか言っていないが、何故痴漢だとご存知で…?」


 青木某は唇を噛んで黙り込んだ。脂汗を流しながら、僕と先輩を睨む。本当に彼女があの準急の車両内にいたのだろうか…真名への痴漢行為をあの男に指示してやらせたのか…?


「…私のせいね……」

 そう呟いたのは、恭子だった。

「青木さん、いつも言ってくれてたものね。私の演技が大好きだって…今回もノーラ役楽しみにしてるって…私も勝手にノーラは自分がやると思ってた。だから楠本さんがノーラ役に決まった時、つい反対しちゃった。

 

 甘やかされた馬鹿なお人形なら、私の方が上手くれると思ったから──

 

 そうよ、私なんて大した役者じゃない。ロクに苦労もしてないから、薄っぺらい演技しか出来ないの。でもこの役くらいは私にやらせて欲しかった─だって普通の公立高校出身の楠本さんがしてない経験をしてるもの。過保護の役立たずのお嬢様…ずっと抱えてきたコンプレックスがノーラ役なら生かせる、そう思って……」

「何言ってるんですか音羽さんっ、貴女に敵う人なんてこの演劇部にはいません!だから私はっ……」

 思いがけない恭子のカミングアウトに、青木某が大声を上げる。僕が自分の才能に悩むのと同様に、セレブならではの苦悩もあるのだと初めて気付かされた。

 青木某は更に叫ぶ。

「私はっ…どうしても音羽さんにノーラ役をっ…!」

 青木某が真名を潰そうとしたのは、やはり全て恭子の為だったのだ。

「ありがとう…でも駄目よ青木さん。それは駄目…」

 恭子が首を振って続ける。

「去年楠本さんはずっと裏方で、彼女の演技なんて見た事なかった。それもあって反対したけれど…実際の稽古で打ちのめされたわ。

 本当の天才は、経験なんか無くてもこんなにイマジネーションを膨らませられるのかって…。楠本さんがいれば、演劇部は安泰よ。

 梶さん、今日までありがとうございました」

「音羽さんっ…私っ、私が辞めますからっ…!」

 恭子の挨拶に青木某の悲鳴が重なった、その直後──


「ゴメンなさいっ!」


 不意の謝罪と共に真名が勢い良く体を起こした。立ち上がって、更に頭を深々と下げる。

「誰がやったのか分からなかったから、こんな手を使っちゃって…私、何ともないですから!

 音羽さんも青木さんも、もういいですっ…ゴメンなさいっ……」

「楠本君、君、具合はっ…?」

 梶部長が真名を指差す。他の部員達も目を丸くして、急に元気になった真名を見ている。一人睨み付けているのは青木某だ。


「ワハハハ、まさにゾンビパウダーだったのさ!」


 破一郎先輩の哄笑が響く。

「ゾンビの謎を解いたウェイド・デイヴィスの論文は世界中で話題になったが、後にその矛盾点も明らかになってね。そもそもゾンビパウダーにテトロドトキシンが入っていると断じたのは、その原料にフグの仲間のハリセンボンが使われていたからなんだが…ハリセンボンはテトロドトキシンを持っていないんだね、これが!

 そう、ゾンビパウダーには毒は入っていない──

 大体テトロドトキシンで仮死状態になってその後都合良く生き返るというのは、まあ、ありえないさ。結局現在ではハイチのゾンビは、ごく稀には死んだと思われて埋葬されたが蘇生した所謂『早過ぎた埋葬』のケースもあったのだろうが、そのほとんどは偶々たまたま死者に似た人が他所よそからその土地に流れ着いたのを、死体が蘇ったと偽って農園で雇ったのではという話になっている。そうやって事情がある流れ者を無給で働かせる、生活の為の悪知恵だ。なるほど──」

 先輩はまた袋から粉塗れのクッキーを取り出して、口に入れた。


「これは蕎麦粉ではなく、だね。

 開演前にすり替えたのだな?

 そしてその無毒なゾンビパウダーのお陰で、まさに今〈真名ゾンビ〉として元気に蘇ったのだ!」


「ハ、ハイ…料理研究会の知り合いに部室にあったのを分けてもらって…」

〈真名ゾンビ〉呼びに明らかに戸惑いつつ真名が応えると、先輩は満面の笑みで拍手をする。

「犯人を特定する為に芝居の最中に更にひと芝居打ったのだな。劇中劇とはなかなかメタでいいねえ♪」

 そういう事だったのか。真名は彼女にとっては無害な小麦粉を口にして、蕎麦アレルギーを発症した演技をしていた。破一郎先輩は毒味をした段階でその事に気付いて、話を合わせていたのだ。全てはそれで反応を見て、犯人を突き止める為に──

(…え?ちょっと待てよ……)

 いや、おかしい。何者かが白い粉を混入するのを目撃したのはどーるなのだ。その事をどうして真名も知っていたのか?彼女もどこかで見ていた…?


 だが悩む僕を置き去りに話は進んでいく。

 真名が俯いてポツリポツリと話し始めた。

「私…お芝居が好きで、大好きで…でも高校には演劇部無かったから、地元の子供劇団に混ぜてもらって…。

 だから大学では絶対演劇部に入るって決めてたんですけど、ずっと自信が無かったんです。だってこの麗青学苑の文芸学部はクリエイティブな人達ばかり集まってるから、私なんかじゃ敵わないって…」

「嘘よ、貴女みたいな天才が…」

 恭子が呆然と返すが、真名はかぶりを振った。

「合格して上京して、入学前の春休みにこのホールで公演を観たんです。

 音羽さんの朗読劇…芥川龍之介の『おぎん』…」

「私の…?」

 それは江戸時代の切支丹キリシタンの少女を主人公に殉教と家族愛を描いた、芥川の掌編である。

「素晴らしかった…感動して、でもそれでいよいよ私には無理だと思って…。だから役者をやりたいって手が挙げられなくて、裏方に徹してたんです。」

「そんな…私の演技なんか……」

「そんな事ないです!ホントに私、ボロボロ泣いて…だから青木さんも、音羽さんの大ファンだったんでしょ?」

 訴えかける様な真名の言葉に険しかった青木某の表情がみるみる崩れて、今にも泣き出しそうになっている。

「そうよ…私、私は…音羽さんに憧れ…てっ……」

「私だってそうなの…」

 真名が優しく言うと、青木某は遂に泣き崩れた。

「ゴ、ゴメンなさいっ…ゴメンなさい楠本さんっ…!」

 膝を付いて謝り続ける青木某の横で、恭子も両手で顔を覆っていた。静まり返ったホールに青木某の嗚咽だけが響く……

 

 真名はその前に静かに立って微笑んでいたが、やがて周りを見回した。演劇部員達はその視線を受けて戸惑うが、最後に目が合った梶部長に真名は遠慮がちに尋ねた。


「あの…お芝居の続きやってもいいですか…?」


 ポカンとする部長。他の部員達も口を開けて、青木某でさえも涙に濡れた顔を上げて呆然としている。こんなゴタゴタがあったのに…?やがて顔を覆っていた恭子の肩が小さく揺れた。手を離して呆れた様な笑顔を見せる。

「どんなメンタルよ。真名、怖ろしいコ…」

 梶部長がひとつ頷いて、パンと手を叩いた。

「オーケー、公演は明日だ。ゲネプロ続けるよ!」


 

 再開したゲネプロは素晴らしかった。

 破一郎先輩は役目は済んだとばかりに帰ってしまったが、最後まで観た僕は拍手のし過ぎでてのひらが赤くなってしまった──


 


「あの…ありがとうございました……」

 終演後、どーるを連れて帰ろうとしていた僕は、平井記念ホールを出た所で真名に呼び止められた。

 もうすっかり陽は沈んでいる。キャンパスの街灯の暖色系の光にボンヤリと照らされた彼女には、舞台でスポットライトの真ん中にいた時の存在感は無い。儚げで、折れそうな……

「あれ、真名さん、出てきていいんですか?」 

 演劇部員達はまだ片付けと明日の公演の準備があり、それが終わったら軽く決起集会─まあ呑み会だが─に行くのだとホールに残っている。真名は振り返った僕の後ろで、モジモジと俯いたまま応えた。

「ハイ、戻りますけど…どうしてもお礼が言っておきたくて…」

 その頬を染めた上目遣いの表情に、僕の心拍数が爆上がる。も、もしかして…?

 真名は一歩近付いて、僕の背中にそっと囁いた。


「ありがとう…どーるちゃん」

「どういたしまして〜!」


「なっ…」背中に提げたリュックの中から元気な声がして、僕は飛び上がる。しかし真名は全く驚く事無く、リュックに向かって話し続けた。

「ゲネプロの前にどーるちゃんが蕎麦粉の事教えてくれなかったら、私、ホントにアレルギー起こしちゃうとこだった…」

「うん、顔隠してクッキーにコソコソ粉まぶしてたのがいかにも怪しかったんだよね。その前に棚の準備してたスタッフがこのクッキーはノーラの真名ちゃんが食べるって話してたから、これは放っとけないって思って…勇気出して話しかけて良かった〜」

「貴女の声聴いて分かったわ。昼間の痴漢を目撃して告発してくれたのも間嶋さんは口パクだけで、どーるちゃんだったんでしょ?ホントにありがとう……」

「こっちこそ真名ちゃんのスッゴい演技、特等席で観れてありがとう〜♪

 あ、コイツ『久作』でいいから」

 真名がはにかんで礼を言っている間にリュックのジッパーがジリジリと開き、中にいたどーるがピョコンと頭を出した。こちらは豪快なまでの満面の笑みである。 

 あまりの事に僕は絶句していたが、確かに真名がクッキーに蕎麦粉がまぶしてあるのを事前に知るにはどーるから教わるしかない。だからそれはいいとして──

「ちょっ、真名さん、人形が喋ってるんですよ?驚かなかったんですか?」

「え…それは驚いたけど…」

 真名はちょっと小首を傾げまた僕から目を逸らしたが、すぐに小さく笑った。


「お芝居してるとね、体の中に自分じゃない誰かが入ってくるんです。今日ならノーラが。

 だから、お人形の中にも誰かが入っちゃう事があるんだなって思って…」

「わあ、真名ちゃんやっぱフツーじゃないね!」

「くふふ、ありがとう…」


 真名とどーるは呑気に笑い合い、僕は脱力する。今日どーるの存在を隠そうとして様々酷い目に遭っていたのは何だったのか…浮世離れした天才には、生きている人形もすんなり受け入れられるという事か。どーるに請われて僕はリュックを体の前に抱え、真名に向き直った。これで三人正面で向き合う形になる。

「公演の間よろしくね、どーるちゃん。

 公演が終わって落ち着いたら、貴女の事も色々お話してくれる?」

「うん!」

 二人の会話を聞きながら、真名がどーるの謎解きに加わってくれたら破一郎先輩よりずっと頼りになるかもしれない─僕はそう思っていた。


 ふと真名が真顔になる。

「…どーるちゃんが『やられたフリして犯人突き止めよう』って言い出した時ね、私、一瞬迷ったの…」

「え?」どーるは目を丸くしているが、僕も驚いた。あの真名が倒れた芝居はどーるの発案だったのか。

「だって蕎麦粉と小麦粉をすり替えちゃえば、犯人が分からなくてもゲネプロは出来る。明日からの公演もどーるちゃんが見張ってくれてるから、大丈夫でしょ?だから……」

「でも放っておいたら、嫌がらせがエスカレートしたかもっ…!」

 どーるの反論は全くその通りだ。後で分かった事だが、色っぽい青木某は演劇部の他にデートサークルにも所属していたらしい。男女の出逢いを目的に様々なイベントを開く集まりだが、青木某はその〈ゼータ会〉というサークルが主催した合コンで知り合い言い寄ってきた会社員に、真名に痴漢行為をしたら付き合ってやると言っていたのだ。そしてやはりあの時彼女も同じ車両に乗っていて、いざとなったら『痴漢はしていない』と弁護する約束をしていたらしい。道理であのスーツ男は痴漢現場を目撃されてもやけに強気だった訳だ。

 それが豪川さんの迫力に負けて、青木某は痴漢野郎を見捨てて逃げた─まあ見捨てたのは許す。ゼータ会のスローガンは『百のメールより一のデート』という積極果敢なモノらしいが、間違った方向に積極性を発揮した男には高い授業料になった訳だ。けれどもし今回の計画が上手くいっていたら、真名はその後何度も被害に遭ってストレスで芝居どころではなくなったかもしれない。

 蕎麦アレルギーを利用したのだって、当事者にとっては死活問題だ。嫌がらせを通り越し犯罪である。放っておいていいはずがない──

「そうかもしれないけど…でも私、犯人を知るのが怖かったの…」

「怖かった?」

 俯く真名の呟きを思わず僕も繰り返す。

 真名は背後のホールをそっと振り返った。

「もし犯人が音羽さんだったら…私、もう部にはいられないもの。あんな素敵な役者さんが私のせいでおかしくなるなんて…そんなの、私…。

 だから倒れたフリをしながらずっと音羽さんを見てた。音羽さんじゃない事を祈りながら、心の中で問いかけてた……

『私が邪魔だったんですか…?』

『私を殺したかったんですか…?』

 そう、ずっと──」

 真名は再び僕達に向き直る。


「でも確かめて良かった…。

 ホントにありがとう、どーるちゃん…久作さん!」

 そう言って、彼女は今日一番の笑顔を見せた。

 

 ノーラではない真名自身の心からの笑顔を初めて見て、僕は明日からの公演が俄然楽しみになってきた。どうせ明日も明後日も小道具であるどーるを連れてこなくてはならないのだから、僕も全公演観てしまおうか─そう伝えたら真名は目を輝かせた。

「是非観てください!舞台は生き物だから、一つとして同じ公演はないの…私も頑張りますし、音羽さんの演技もキレが増すと思います」

「ん?音羽さんの…?」

 ちょっと話の流れが見えなくて首を捻っていると、真名はまた自信無さげな表情に戻ってオドオドと俯いた。

「私はもう平気ですけど…ゲネプロの間、音羽さんと青木さんはまだちょっとわだかまりがありそうでしたから…。

 音羽さんのリンデ夫人はノーラに思うところがある役でしょ?


 根に持ってる陰険さが演技に出たら、ちょうどいいんですよ……」


 ヒュウッと涼しい夜風が僕の頬を撫でていった。

 真名が恭子は勿論、青木某のやった事まで不問に付したのは、要はになると思ったから…?或いは痴漢に遭った事さえ、そう捉えているのかもしれない。僕も自分の作品で誰かの感情を動かしたい〈表現者〉を目指しているが、これが天才、いや怪物の発想なのか…彼女が自分に害を為した相手を心から許したかどうか分からなくなった。

 僕の胸でどーるも固まっている。恭子が漏らした台詞を思い出した。


─真名、怖ろしいコ……

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