第119話 裏切りと真実

 レイリィは自分が人ではない事を告げ、黙っていた事を謝った。



「騙していたつもりはなかったの。ただ一緒にいたくて……」



 何故彼女は人間でなかったのだろう。そして自分もまたそうではないことに、強い悔恨の思いを抱いていた。


 彼女の言う父とは創世の神の事だった。

 自分と彼とは相入れない存在だ。対の存在でありながら、一方は創造、もう一方は破壊を司る。


 これまでも自分は彼の創り出した世界を終わらせて来た。それが必要とされた時に。

 それでもその度にアルカ・エルラは自分をなじった。

 始まりがあるように終わりもまた必要なものだと、いくら説明しても理解してはもらえなかった。彼と自分は永遠にわかりあうことの出来ない相手だ。


 今回彼が創り上げたこの世界は、彼の作品の中でも特に力を入れて創られた。混沌から光と闇を丁寧に選分け、天空と大地、そしてそれを取り巻く神々と生きるもの達を創り出した。

 そして何よりこれまでと違っていたのは、光から創り出された全ての者の主として、自らから太陽と月を生み出したのだ。


 彼女にとって、まさしく父と言える存在だ。


 アルカ・エルラがこの事を知れば、彼女は永久に天空から出られないかも知れない。




「レイリィ……私も君に言わなければならないことがある」



 青い瞳を赤く戻して、ロキは愛しい恋人を抱きしめた。



「私の本当の名は、ガルザ・ローゲだ」


「ガルザ・ローゲ……!」



 驚く彼女を一層強く抱き、彼はその耳元に囁いた。



「愛している。私と逃げよう、レイリィ」



 恋人の正体に身をふるわせていた彼女は、しばらく考え込んだ後にぎゅっと自分の服を掴んでしがみついた。


 離れたくない、そう小さく呟く。

 しかし、彼女は自分の提案に首を横に振った。



「ロキ、貴方が終焉の神なら、アルカ・エルラは貴方がこの地上の何処にいようと居場所を突き止めてしまう。貴方は父の片割れだもの」



 その言葉に詰まる。

 確かに対の存在である自分達は、その気になれば相手の居所などすぐにわかるほど結びつきが強い。常には関心がないので意識しないが、探そうと思えばすぐに見つかるだろう。

 レイリィは胸に顔をうずめて言った。



「きっと彼を説得して戻るから、待っていてロキ」


「大丈夫なのか?」


「どうしても戻って来れなかったら、攫いに来て」



 彼女は心配する彼に精一杯の笑顔を見せた。



「……必ず助けに行く」


 そう約束をして唇を合わせた。

 その日が二人の最後の逢瀬となった。




 そして彼女は姿を消した。


 女神が天空へ戻った後、再び地上に降りて人間の男の元にいると知ったのは、それからしばらくしてからのことだった。




     *********




「女神の心を失った時、私は全てを終わらせようと決心した。彼女が自分ではない別の男の隣で守られ微笑む世界など、消してしまおうと思ったのだ」



 ロイゼルドの言葉に頷いた終焉の神は、過去を振り返るようにそう告げた。


 女神と、彼女の愛した人間の男。

 憎くて仕方がなかった。

 彼女を惑わせた顔も知らぬ男が。

 自分を裏切り、人間などと心を通わせた彼女が。



「女神が裏切ったと思っているのか?」



 問いかけられた言葉に彼は暗い光をたたえた目を向け、それからエルディアの方をジロリと見る。



「私から隠れ、人間の男と子まで為して裏切っていないと言えるのか?」



 憎しみをもって向けられた視線に、エルディアは背筋が冷たく凍る思いがして、知らず知らずロイゼルドの身体にすり寄った。

 彼は庇うようにエルディアの身体を抱き寄せる。それを見てガルザ・ローゲは更に顔を歪めた。

 女神に似た姿の者が人間を頼り守られている。その様子を見ると女神を奪われた過去の傷を抉られる気がした。


 女神は聖地のとある人の子の家で息子を産んだ。その息子はエディーサ王家の始祖であるルーウィンだ。

 女神が全てを捨てて結界を張り、この世界を守ろうとする理由は他でもない息子とその子孫を守る為と思うと、耐えきれぬほど腹立たしい。



「女神の目の前でその血族が絶えるまでいたぶり殺すも良いかもしれんな」



 淡々とした声色で、だがその実激しい怒りを内包して、彼は冷たく美しい笑みを見せた。



「ロキ、貴方は間違っている」



 ロイゼルドは目の前に立つ神の怒りを恐れる様子を見せず、真っ直ぐに否定した。



「何が?人間が私に正義を説くか?」



 感情のままに世界を滅ぼす、それを悪とするのは人間の理屈だ。



「違う、貴方は女神を貶めているのだ」


「貶める?」


「女神が貴方から距離をおき隠れたのは、アルカ・エルラから子供を隠す為だ」



 ガルザ・ローゲは一瞬、発しかけた言葉を飲み込んだように見えた。そして寝台の方へ視線を移した。


 変わらず眠り続ける女神は、記憶の中の彼女の姿と寸分の狂いもなくその美しさを保っている。ただ、少女のようだったその表情は、今は慈愛をたたえる母の色をわずかに感じさせた。


 ロイゼルドは自分の言わんとすることに気付いたであろう彼に、もう一度はっきりと告げた。



「エルディアには女神ともう一人、貴方の血も流れている」

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