第二話(全五話)

 頭がガクッと下がる感触を覚えて、私は目を覚ました。どうやら授業が退屈すぎて、居眠りをしてしまったようだ。


 私が慌てて周りを見ると、みんな教科書と睨めっこしている……ように見えて、こっそりとゲームをしたり、スマートフォンを弄ったりしている人もいた。

 なんだ。不真面目なのは、私だけじゃなかったんだ。

 同類を見つけて安堵した私は、そっと二度目の眠りにつこうとした。


「それじゃあ、――さん。答えてください」


 少しの沈黙の後、複数の視線が私に突き刺さった。

 ……あ、今の私が指名されたのか。

「……すみません。わかりません」


 授業が終わると、オレンジが私のところにやってきた。

「寝てんの。馬鹿じゃん」

 歯を見せて笑いながらからかってくるオレンジの頭を、私は優しく引っ叩いた。


「で、どうなの?」

「どうって?」

「転校生ちゃん。どんな感じ?」

 まだ話したことないけど、と言いかけて、オレンジがなにを言いたいのかを理解した。

「あー……、そういうのは、本人がいるところで言わないって約束じゃん?」

 私はそう言って、彼女の席を見た。

 あれ?

「ああ、転校生ちゃんさ。最近、休み時間に消えるんだよね。有名人失格ね。マジね」

 彼女が私の学校に転校してから、一週間が経過していた。

 さすがに一週間も経てばひとは慣れるし、ここは小学校ではないから、彼女が目的の人だかりは見る影もなくなっていた。

 ただ、やっぱり彼女はモテるみたいで、頻繁に男子に呼び出されたり、絡まれたりしていたらしい。

 たまに現場を見ていた教師が注意をすることもあったようだけど、ついに堪忍袋の緒が切れたのか、ある日を境に、彼女は教室から逃げるようになってしまった、そうだ。


「――ちゃん。ずっとバカンスしてたもんね。そりゃ知らないでしょ」

 ひとがインフルで寝込んで苦しんでいたときをバカンス扱いするとは……。私は、オレンジの腹に拳をプレゼントした。

 悲鳴をあげて蹲るオレンジの隣にそばにしゃがむと、私はこの子の耳元に口を寄せて、小声で言った。

「香水。高級ブランド。種類はわかんないけど、金かかってるにおい」

「だよね? わかるわ~。お金のにおいするもん」

 首振り人形のように首を縦にぶんぶんと振りまくる友人の姿を見て、私はこの子の頭が取れてしまわないかと不安になった。

 オレンジが私にたずねたことは、においのプロフィールだ。

 友人は私の嗅覚が鋭いことを知ると、他人がどうにおっているのかを知りたがった。

 そんなことを知ってどうするのか? とツッコんで、一度は断ったものの、オレンジは強情で、まったく退かないこの子に根負けした私は、結局教えるようになってしまった。

 初めは殺人事件の共犯者になってしまったような罪悪感があったけど、次第にどうでもよくなってしまい、クラスメイト全員のにおいを教えてしまったことは誰にも打ち明けていない。私たち、二人だけの秘密だ。

 それでも、本人がいるところでは口にしないというマイルールを守ることで、最低限のモラルは維持できている……と私は思い込もうとしている。


「でさ。言っといたよ」

「なにを?」

「今日、学校に来るって」

「誰に?」

「転校生ちゃん」

「本当に言ったの!?」

「言うって言ったじゃん」


 闘病生活に気を取られてすっかり忘れていた。本当に、オレンジは転校生に余計なことを言ってしまった。

 頭が痛くなる。


「大丈夫だって。――ちゃんが、会ってお喋りをしたいな~、仲良くなりたいな~って言ってたよ? って言っただけだし」

「最悪じゃん。そりゃ、べつに友達になれたら嬉しいけど、そこまでする必要ないでしょ」

「まあ、いいじゃん。ちょうど昼休みだし、探しにいってこい!」


 屈託のない笑みで、悪びれもせずに言ってのけるオレンジに負けた私は、観念して席を立った。

 彼女を、転校生を探しにいかなければ。

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