kaori
加藤大樹
第一話(全五話)
「よろしくお願いします」
黒板の前に立つ彼女は、自己紹介を終えるとお辞儀をした。腰まで届きそうな艶のある髪の毛が、彼女の動きにあわせて肩から滑り落ちる。
パチパチ、パチパチ。
私は、みんなにあわせて拍手をした。
六月二十三日。
私のクラスに転校生がやってきた。ずいぶんと中途半端な時期にあらわれたものだ。……というか、高校って転校できるんだ。
転校の理由は、よくあるパターン。親の都合とか仕事で転勤とか、そんな感じのやつ。
私はバイトしかしたことがないから、いまいちピンこないのだけど、もうちょっと四月とか一月とか、転校しやすそうな区切りのよさそうな月に引っ越しできないのだろうか?
……なんて考えていると、彼女が自分の席に座った。
彼女の席は、最前列のど真ん中。正気の沙汰とは思えない。私が彼女だったら、なぜ、この席に決めたのか? と一日中、担任に抗議をしていただろう。
彼女がそうしないのは、気にしていないからなのか、諦めているからなのか。それとも別の理由なのか。
彼女の顔は、ここからだとまったく見えない。どんな表情をしているのかな?
ホームルームが終わって、空き時間が始まった。
あっという間に、彼女の周りに人だかりができる。まるで、小学生みたいだ。まあ、わからなくもない。彼女はわりと……めちゃ美人で、女子だから。嫌でも注目を集めてしまうのだろう。
人だかりは三重の結界になっていた。彼女に一番近い輪はカースト上位の女子が、次に近い輪は男子が、そして外の輪は直接話しかけるまではいかないけど興味津々の男女が。
人気者だなあ。
頬杖をついて、ぼーっと人の輪を眺めていると、私の友達が声をかけてきた。
「――ちゃん。話しかけてくれば?」
「いやあ、無理っしょ。これじゃ」
人の波をかきわけて彼女に話しかけるほどのふてぶてしさもなければ、そんな勇気も、私にはない。
「でも、話しかけたいな~って顔をしてるよ? あたしが言ってきてやろうか?」
「いいよ。私がみんなに恨まれるやつじゃん。えっと……オレンジ、あんたが興味津々なんでしょ」
「え~? 違うよ~。じゃあ、後でこっそり伝えておくね!」
「は? ちょっとやめてよ!」
私の抗議を無視して、私の友達であるオレンジは、別の友人のもとに向かってしまった。
人には長所と短所が必ず両立している……と私は思っている。
長所ばかりの完璧人間なんて絶対に存在しないし、逆に短所ばかりの駄目人間も絶対に存在しない。私はそう信じている。
たとえば、さっきの友達、オレンジは人の心を読み取る観察眼がものすごく優れている。なのに、ひとの気持ちを無視して、自分のやりたいことを優先する節がある。
だから、きっとあの子の言う通りで、私は自分が思っているよりも転校生に興味があるのだろうし、この後、やめてくれと言ったにもかかわらず、あの子は転校生に余計なことを吹き込むのだろう。
他人のことばかりだと不公平だから、私の長所と短所も言ってしまおうと思う。
……。
と思ったけど、やっぱり恥ずかしいからやめた。
代わりと言っては変だけど、私の特徴を教えてあげる。
私は、ひとの名前を憶えることができない。
物心ついたときからこうだった。自分の名前すらもおぼろげだ。
病気かなにかじゃないかと両親は思ったらしく、色々な検査をしてみた。だけど、全て異常なしに終わった。
一時期、私が他人に興味なさすぎるだけなんじゃないか、矯正できるんじゃないかって悩みもした。
オレンジが支えてくれなかったら、きっと、私は潰れていただろう。でも、それを乗り越えて今がある。
それが代償なのかわからないけど、私には人並外れた特技がある。
それは、鼻が利きまくること。
どうしてこのような特徴があらわれたのかはわからない。けど、私の嗅覚は犬と同じくらいあるのだ。
おかげで、私は超能力者と勘違いされるような活躍をすることが時々あった。
ひとの名前は憶えられなくても、その人の顔とにおいさえわかれば、しっかりと人物像を記憶することができる。
だから、今まで必要以上に友達作りに苦労したことはない。
なんなら、においで居場所がわかるから、人探しに苦労しないくらいだ。
さっきの友達のことをオレンジと呼んだ理由は、あの子がいつも柑橘系の制汗剤をつけているから。それで、オレンジってあだ名で呼んでいる。
「どうして、あだ名だと憶えられるのに、名前は駄目なんだろうね?」
昔、オレンジに言われた言葉だ。本当に、どうしてだろう。
何はともあれ、この学校の中で、私の鼻から隠れることは不可能だと思ってもらいたい。
名犬「私」からは、絶対に逃れられないのだ! ……なんてね。
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