第95話 ~ドッキリを仕組んだから~


「洗脳だと?」


 森島は何の事だと、訝し気に茜を睨みつける。


「恐らく、上島警視に言われたんでしょ?」

「え?」


 上島清志、元長島達機動隊の同期であり森島の元上司。現在は出世して警視となっている。

 

「四年前の悲劇を繰り返さない為に、森島さんが桜之上市の警察を監視しろって」

「そ、その通りだが……何故それを?」


 それには上島の同期である長島と大島、中島も思わず目を見開いて茜を見つめてしまう。


「まあこういった構造は多いですからね。大体予想はつきますよ」


 と、茜は言う。

 それは茜が裏組織のトップエージェントとして働いていた時の経験からだろう。

 だが茜の見た目は現在、一般の女子高生なのだ。森島達は何をもって多いか分からず、苦笑いが顔に出るか出ないかのところで、更に茜が言葉を紡ぐ。


「獄道組への突入失敗、木島文香の殉職という風評被害を利用して上島警視はまんまと機動隊を解散させた。更に木島さんの死を使って森島さんを骨抜きにし傀儡化する。その傀儡を使って抵抗は無駄だと流布させ楔を打ち込み、警察を無力化する。元機動隊幹部はバラバラに各地に飛ばされ……現在、獄道組はやりたい放題というわけです」


 森島は茜の説明に目を丸くする。

 恩師なのだろう信じられないと長島の胸倉から手を放す。


「おかしいと思いませんでした?」


 森島だけでなく、桜之上市の警官も現在の構造は異常だと分かっていただろう。


「まさかあの上島さんが……獄道組と繋がっている?」


 悲劇を繰り返さない為と言えば聞こえはいいが、裏を返せば上島警視の思惑にまんまと操られていただけ。だとすれば上島が獄道組と繋がっていると考えるのが普通だろう。


「恐らく、何らかの繋がりはあるでしょうね」


 実のところ上島の身辺調査は時間がなくできていない。

 やるとすれば警察上層部に潜り込ませる人材を作らなければいけないのだ。もしくは内部に協力者を作るか。どちらにせよ後一ヵ月という唯のいるアルドマン孤児院や春子と夏子の存在がある為時間切れとなる。


「その上で、森島さんに進言しますが、獄道組を一緒に潰しませんか?」


 そこに追い打ちをかけるように茜が笑みをこぼしながら森島に提案する。


「お、俺は……」


 森島はうなだれるように俯いて何か考え込んでいる。

 自分が正しいと思って、皆の為だと実行していた事が実はただ操られていただけだった。今までの徒労と獄道組に実質的に手を貸してしまっていた。森島は激しい自己嫌悪に苛まれているに違いない。

 だが洗脳が解けたばかりの傀儡は得てして突飛な行動に出てしまうものだ。


「駄目だ」


 森島はそう一言。続けて警官の標準装備である拳銃を手に取った。

 それにはここにいる全員が総立ちになる。茜を覗いて。


「やっぱり……駄目だ。繰り返したら駄目なんだ……」


 そしてその銃口を機動隊総隊長の長島に向ける。


「駄目なんですよ長島さん……」

「森島……?」


 森島は震える手で銃を構え長島を睨みつける。

 その震えは大きく、誤射しそうな勢い。


「森島! 悪いのは長島じゃねぇ! 獄道組だろうが!」

「獄道組をぶっ潰せば終わる。単純な話だろ?」

「考えを改めるっすよっ、森島さん!」


 元機動隊員達が言うようにそれで全て終わるのだ。獄道組を倒せば全て。

 だから失敗した長島を恨むのはお門違いである。長島を恨めば上島警視や獄道組の思う壺となのだから。


「相手は獄道組だけじゃない……その子の言う通りなら上島警視だけじゃない! 警察の上層部もどこまで入り込んでいるか……下手したら国が動いて消されるかもしれないんですよ!?」


 上島警視が森島を傀儡にして獄道組に好き放題させているのなら何らかの見返りがある筈だ。だとすればもっと大きな力が上島警視の背後で蠢いている事だろう。

 

「俺はもう! 誰も死なせたくない! 誰にも消えて欲しくない!」


 国まで動けば長島達は内々に消されてしまうかもしれない。だから森島は長島達にそんな事させたくないのだ。

 茜は頑なな森島に少し疑問を抱く。四年前に殉職したのは木島文香一人だけ。何か深い関係があったのだろうかと。

 そこへ長島が口を開いた。


「木島か……」


 と、短く一言。

 その言葉に森島は大きくびくついて長島を見る。


「き、木島はあの作戦で殺された! 木島はあんたに殺されたようなもんだ!」


 長島の言葉に他の隊員達はそう言えばと目を合わす。


「お前、木島の事好きだったなぁ」

「そういえば告白してたんじゃなかったっけ?」

「作戦前に告白されたって言ってたっすよ?」


 茜は成程と心の中で頷いた。好きだった人物の死でさえも上島警視に利用されたのだろうと。

 だから森島は必死だった。茜に木島の二の前になって欲しくない。これ以上、誰も犠牲を出したくないと。


「……このことは上島警視に報告します」

「森島……」


 長島は何も言い返せない。

 だが他の隊員は違うようだ。


「森島ぁ! てめぇそんな事で!」

「落ち着け大島!」

「大島さん! 危ないですって! 銃持ってるんっすよ!?」

「そんな事ってどういうことですか! あんた達にとって木島の存在はそんな事だったんですか!?」


 大島を中島と小島が止める。

 そして想い人だった木島の死を「そんな事」と言い捨てる大島に激昂する森島。現職の桜之上市の警官がなだめようと森島に声をかける。


「森島っ、落ち着けって!」

「銃は不味いですって! 森島さん!」


 そこへ少女の声が響く。


「あ、もしもし~」


 それは混沌としてきたこの会議室に最もふさわしくない美少女。


「そうです。第一会議室です」


 そしてこの場を沈めるに相応しい、可愛らしい声だった。

 その手にはスマコンが握られている。だが手錠をされている為、スマコンを耳に当てる手にもう片方の手が引っ張られてしまっていた。


「はい、ではお待ちしています」

「何を? 誰と話ししていた?」


 やがて茜は通信を終えた。

 森島は銃口は向けないものの、茜に視線を送り通信の相手を問う。

 その時だった。第一会議室のドアノブが回転し、ドアが開く音。

 入って来たのは気まずそうな顔をした人物。


「ど、どうも~」


 目深にかぶった帽子を取るとストレートの茶髪が顔を覗かせる。


「木島文香のお化けで~す」


 そして済まなさそうにそう言って一礼をした。

 開かれた扉から入ってきたのは四年前に殉職した、と思われた木島文香であった。

 足は地についている事からお化けではない。

 だがこれには森島だけでなく、当時の隊員達も驚いた。


「ど、どうして……」

「木島!?」

「死んだんじゃなかったっすか!?」


 森島の銃を握った手が力なく、だらんと垂れる。


「上島警視に言われて死んだことにされてました」

「え?」

「実は」


 木島はなぜ自分が生きているかを語った。

 木島は獄道組に銃撃され致命傷を負った。どうにか一命をとりとめたのだが、そこへ上島警視が現れ、死んだことにしろと言われたようだった。理由は森島や長島の命が保証出来ないと言われて。


「木島は脅されていたって事か?」

「うーん、そんな感じではなかったんだけど。でも上島警視は機動隊を解体させたかったんだと思う」

「そんな……そんな事をして上島警視に何の得が」


 上島警視が味方だとすれば単に森島達を守る為と聞こえるし、敵であれば獄道組と手を組んでやりたい放題させ代わりに金品をもらっていたと想像できる。


「では何故、木島文香さんが危険を顧みずここに現れたのか知りたい人いますか?」

「そういえば……」

「はーい、知りたいっす!」


 木島の殉職という失態を犯した事が機動隊解散の一端を担い、獄道組を勢いづかせた事にもなっている。

 その木島が生きているとなれば機動隊を復活させる足掛かりになってしまう可能性がある。それが知られれば上島警視、またはその後ろにいる誰か、そして獄道組は始末しておきたい所だろう。


「それは皆さんを驚かせる、ドッキリを仕組んだからです」


 と茜は言う。

 それに皆一様にガクリと力が抜けて肩を落とした。

 だが茜の性格だ。飛空艇アシェットで生死のかかった場面でも悪ふざけをしていた。だからこんなシリアスな場面でも仕掛けてくる可能性はある。


「ち、違います!」


 だがそれを木島がすぐさま否定する。


「私は当時の皆が集まって獄道組を潰すって聞いて居てもたっても居られず! 私もあの時のリベンジをしたいですから!」


 と、木島はリベンジに燃えているようだった。


「え~、でも木島さんも皆の驚いた顔が見たいって言ってたじゃないですか~」

「しー! 茜ちゃん! それは言ったら駄目でしょ!」


 どうやら木島は当初、茜の提案に乗ってドッキリを仕掛けようとしていたようだ。

 だが森島が木島の事で思い詰め、更に銃を取り出す事態に発展してしまった事でドッキリの状況じゃなくなった。だからこの場を収める策として使用せざるを得なくなってしまったのだ。木島が済まなさそうに、気まずそうに登場したのはその為だった。

 先日セレナから報告があった時、「それはいい材料になります」と茜が言っていたのはまさにこのドッキリの材料であったのだ。


「あ……なので森島君! 一緒に獄道組を潰そうよ! それに囮役は長島さんに言われたからじゃなく私が申し出たんだし!」

「そ、そうなのか!? でも長島さんはそんな事一言も……」


 森島が長島を見る。

 すると長島は肩をすくめて口を開いた。


「そんな事、俺が言ったところでいい訳にしかならないからな」


 当初森島は木島が死んだことを長島のせいにしていた。それを木島が言い出した事だ、なんて言えば火に油だろう。そして言った言わないの水掛け論が始まるだけなのだ。


「分かりましたか森島さん? 自分がいかに卑小な存在で身勝手で周りを傷つけたか」

「そ、そこまで言うか……」


 失礼な茜の物言いに森島はたじたじだ。

 そのやり取りに笑いながら、大きなため息を笑顔でついた長島が口を開く。


「お嬢ちゃん。君は一体何者なんだい」


 元機動隊員のメンバーを一か所に引き寄せたメッセージといい、木島文香の生存を知っていた事といい、ここにいる皆の疑問だろう。


「うーん。一般的にいって私は……」

「私は?」


 一瞬言い淀んで茜は口を開く。


「正義の味方です」


 そんな茜に皆の表情は一様に苦々しい笑み。


「つまり、明かせないってことか」

「はい。今後詮索も無しでお願いします。そして私はいわゆる一般人ではありません。なのであなた達が私を囮に使うことを負担に思わないで頂きたい」

「しかし……君がどれだけ大きな組織に所属しているか分からない。しかもまだ子供だ。やはり危険すぎる」


 それはもっともな意見だ。

 だが茜には裏の組織の大きさを信じ込ませるだけの材料はもうそろっている。


「さっきのひったくりバイク」

「え?」

「何かおかしいと思いませんでした?」


 とは茜がヒップアタックで撃退した獄道組のひったくり犯の事だろう。

 長島達はその事は知らないので何のことだと、森島を見る。


「え? ああ、あれか。確かに変だった……」


 ヤクザは普通その土地を縄張りにする。

 獄道組の縄張りを自分達で踏み荒らすような事はしないのだ。

 それをあんな公衆の面前で客となりうる女性のバッグをひったくり、あまつさえ獄道組だと自称し、叫ぶことなんて絶対にしない。

 一般人はともかく、警察である森島から見れば違和感しかなかっただろう。

 

「まさか」

「あれは私が手配しました。ひったくりには獄道組を名乗らせ、女性には獄道組を糾弾するように指示しました」

「あれは偶然じゃない……?」

「ええ、私達の力を信じてもらう為、更にあの時間、森島さんがあそこを巡回するのも調査済みです」


 この説明で、茜が一般人ではなく、更に何か大きな組織と関係がある証拠になる。

 そしてこの事から少なくともひったくりの二人と女性、三人のメンバーは茜の後ろにいる事になる。一匹見れば五十匹はいると思えとよく言われる害虫のように、少数の人員をちらりと見せればその人数は妄想のように膨らんでいくのだ。


「君があの時間、あそこにいたのも偶然じゃないと?」

「はい。ひったくり犯に向かう森島さんに接触するつもりでした。ですが何故か森島さんは私のミニスカが気になりパンツを覗きに来ました」


 どうやらあのひったくりは森島に対処させるつもりだったらしい。

 だが森島は男達の注目の的にされている茜に声を掛けてしまった。その為、ひったくりに茜が対処する羽目になったのだ。

 だが茜の言い方では森島が変態になってしまう。


「き、君! なんでそんな嘘を――」

「どういうことだ森島」

「おいおい、森島よぉ……」

「男とは……まあ、そんなもんさ」

「茜ちゃんのパンツは何色だったっすか?」

「森島君……最低」

「ち、ちがう! そんな事より君の正体をだな!」


 話を逸らして茜に問う森島。

 だが先程茜は詮索は無しだといったばかりだ。だから茜はその問いには答えない。

 一呼吸置き、ここにいる全員に問う。


「今あなた達に必要なのは質問ではなく選択です。獄道組を野放しにするか、積年の恨みを晴らし桜之上市を守るか」


 その茜の質問に誰一人として表情を動かさない。

 それはもう茜に質問される前に決まっているからに他ならないからだ。


「さっき言った通りだ。獄道組を潰す」

「当然だ! この時を夢見て鍛えてたからな!」

「ああ、この事だけが人生で唯一の汚点だった」

「今度は負けないっすよ!」


 元機動隊員達はやる気満々だ。


「お、俺も参加させて下さい!」


 と桜之上市の警官の一人が声を上げる。

 それに森島が驚くように振り返った。


「俺も獄道組を潰したいです!」

「俺も!」


 そしてそこに居る警官全てが参加してくれるようだ。


「それで、いつやる? お嬢ちゃん……いや茜さんだったかな?」


 長島は茜の呼称を変えて敬意を込めるように名前を呼んだ。


「では明日、午後」

「は、早いな。俺はそれでいいが、お前らは?」

「無断欠勤上等出来てるからな。余裕だ」

「ああ、俺は休暇はそんなに取ってないから助かる」

「異議なしっす」


 桜之上市の警官も全員了承してくれた。

 残るは森島だけ。


「よし、森島」

「は、はい」


 長島が森島の目を鋭く見つめて呼ぶ。


「何人集められる?」


 長島はも森島を獄道組を潰すメンバーに数えているらしい。

 これだけお膳立てされて森島が動かないわけがないと長島は踏んでいるのだ。


「……分かりません」


 だが森島はそんな弱々しい返答。

 そんな煮え切らない態度の森島に性格の荒い大島が口を開く。


「おい森島! てめぇ覚悟をきめ――」

「ですが!」

「ろ?」

「ですが、当時の隊の残りは十人程度。更にっ」


 森島は自身でも気づかない程に呼吸が荒くなっている事に気が付かず変な所で息継ぎをする。


「はぁ……更に、獄道組をよく思っていない警官は大勢います」


 そしてそう言い放った。

 森島の目は真っ直ぐに長島を見つめ返している。

 そこにはもう疑念も恨みもない。正義に輝く警察官の真剣な眼差しだった。それは長島の心を熱く焦がしている事だろう。


「良く言った!」


 森島の変化に皆一様に笑顔だ。


「決まりですね」


 と、茜が微笑みながらそう一言。

 これが茜がセレナに言った「簡単にいきそうだ」と宣言した理由だった。

 警察は獄道組の思うまま。だがアルドマン孤児院で見た警官二人は不満がある様子だった。

 桜之上市の警察は完全に腐っているわけではない。であれば協力を取り付ける事は簡単だと。

 長島は頷き先を続ける。


「それで装備は?」

「当時の機動隊の武器はほとんど残っていません。ですがプロテクターや盾等は倉庫に格納されています」


 上島が手を回したのだろう。

 反乱しないよう武器は排除するように。


「森島さん。これはなるべく上に気づかれないようにお願いします」

「ああ、分かってる」


 この作戦は短期決戦だ。

 だから上に知られる前に決行し獄道組を壊滅させなければ警察上層部から圧力がかかってしまう。最悪、作戦が潰される可能性がある。

 

「でも外にいた警官が喋ったら?」


 長島が心配するが森島は口元に笑みを浮かべて言う。


「大丈夫です。俺以外、監視役はいませんし、皆獄道組を潰したがっています。この作戦を漏らす人なんていませんよ」


 長島は安心したように頷いて同じく笑みを浮かべる。

 だが森島は一つ浮かない顔。


「ただ心配なのはさっきも言ったように上層部、恐らく政治家が絡んでの報復が怖いですが」

「大丈夫ですよ」


 そこに茜が口を挟む。


「セブンアイズを利用します」

「セブンアイズ!?」


 と茜の一言に森島は驚いてしまう。

 日和の国を改革して出て行ったセブンアイズの影響力は凄まじい。この件に絡んでいる政治家はセブンアイズに粛清されるのを恐れて逃げ出してしまうだろう。

 

「でも滅多な事ではもう日和の国に手を出さないと宣言してたんじゃ?」


 森島はセブンアイズと日和の国の関係を熟知しているようだ。

 だがそんな森島の疑問も茜の一言「もう協力は取り付けてあります」で解消されたようだ。

 

「君は何て奴だ……」


 茜の手腕に皆一様に驚き、そして笑ったのだった。


「それと、もう一つ森島さんに重要な頼みがあります」


 ここまでお膳立てをする茜の頼みを無下に断ることなんてしないだろうと、森島は「何でも言ってくれと」対応する。

 だがそれは何とも肩透かしな願いだった。


「私の公務執行妨害と銃刀法違反を取り消して下さい」


 茜は額を机につけてバレーのレシーブをするように、手錠のかかった両手を突き出したのだった。

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