第94話 ~役目でしょ?~


 茜は桜之上市の警察署に連れてこられていた。


「お、森島、こんな昼間っから女の子とデートか?」


 そして警察署に入るや否や、森島に軽口をたたいてくる警官が。

 まだ朝。その時間帯の女子高生連行が珍しかったのだろう。


「はぁ……なわけないだろ」

「あはは……え?」


 と、制服を着た美少女に手錠を付けるという異常な光景に話しかけてきた警官は目を見開いた。


「君、何したの? こんな朝っぱらから」

「私はただ獄道組に殴り込みたかっただけなのに、この森島って警官が止めてきた。酷くない?」


 獄道組という言葉に、その警官だけでなく周囲で忙しく動く警官の動きが止まり、視線も茜に集まってくる。

 そして茜に注目が集まった事で美少女であるその容姿に見覚えがある警官が二人。


「あ、君は……」

「あの時のっ」


 茜がその声の方向を見やればアルドマン孤児院で適当な対応をした警官がいた。

 茜の容姿もそうだが、獄道組に手を出したという事で脳に刻まれているのだろう。


「ああ、あの時のなっさけない警官二人組」

 

 茜の歯に衣着せぬ言葉。

 あまりの失礼な物言いに流石の警官二人もムッとする。


「も、森島さん……この子がまた何をやらかしましたか?」

「え? またって……今回は獄道組と名乗る二人に……えーと、体当たりして」

「ドンケツアタックかましてやった」

「は? どん?」


 茜は獄道組の二人に可愛らしい小さなお尻で突っ込んでいた。それを森島が言いにくそうにしていた為、茜自ら二人に話す。

 その茜の表情はとても得意げだ。


「良く分からないけどまた獄道組に手を出したの? 君」

「まあね」

「じゃあアルドマン孤児院でひと悶着あったってまさかこの子が?」

「いつの間にか有名人になってしまったかー」


 茜は頭をポリポリ掻いて照れ臭そうにそう言った。

 アルドマン孤児院での騒動は共有されているらしい。


「まさか……女子高生で青髪で小柄、華奢で美人とは聞いていたけど……」

「そこは気づけよ……」


 何故か茜が森島に突っ込みを入れる。

 するとその背後から人の気配が。


「へぇ、豪気なお嬢ちゃんじゃないか。森島」


 茜達の背後からまた森島の知り合いらしき人物から声がかかる。


「え? 長島さん!?」


 茜が振り返ると短髪で黒髪の男が立っていた。

 だが警官の服装ではない。筋肉でパツパツになったシャツにジーパンとラフな格好。肩には短期の旅行でも行くのか、小さなバッグを背負っている


「よ、森島っ、久しぶりだな」

「ど、どうしてここに!?」


 長島は驚く森島に二カッと笑って手を上げて挨拶する。

 森島が驚くのも無理はない。

 この男の名は長島英明。森島の先輩で四年前、獄道組に強行突入した元機動隊の総隊長だからだ。

 

「お、長島! お前も着てたのか!?」


 更にその後ろから長島の身長と幅を優に超える大男。Tシャツを着てはいるが今にもハチ切れそうな体躯だ。


「大島! ひっさしぶりだなぁ!」

「え? 大島さんまで!?」

「森島も元気そうだな」

 

 こちらも元機動隊員の隊長、大島明夫。機動隊一番隊の隊長だ。


「皆、変わりないようで何よりだ」

「ちょ? 中島さんまで!?」


 今度はひょろっとした長身の男。

 機動隊二番隊隊長の中島巻尾。長髪の黒髪でスーツを着ている。

 

「な、何で先輩方がここに!?」


 森島は訳が分からなかった。

 何故当時の機動隊の幹部たちが一堂に集まっているのか。


「何でって、お前が俺達を呼んだんだろ? 久しぶりに皆で飲みましょうって」

「え? 俺はそんな事――」


 覚えのない森島に長島は首を傾げる。

 そんなうろたえる森島の首に大島が豪快に腕を掛ける。


「まあまあ! そんな細けぇ事いいじゃねぇか!」

「そうだな、久々に皆集まったんだ。だがあいつがいないな」


 中島は周囲を見渡して誰かを探す素振り。

 長島もそれに気づいて森島に問う。


「ああ、三番隊には声かけなかったのか? 森島」

「だから、俺は何も――」

「僕はここにいるっすよ」


 と、そこに一人称を「僕」と称する女性の声が割り込んでくる。

 いつの間に侵入したのか、一般人を受け付けるカウンターの裏から頬杖をついて警官のふりをする女性。


「小島さん!? まさか当時の機動隊の隊長方が全員!?」

「森島さん、おひさっすね~」


 三番隊隊長、小島京子。茜と同じくらいの背丈で癖のある短めの茶髪。キャップとワイシャツが少年のような雰囲気を醸し出している。更に褐色の肌が健康そうな印象だ。

 そして茜はもちろん、セレナから受け取った四年前の関係者のリストから、彼らの詳細を把握している。


「という事で森島さん」


 そこでうろたえるだけの森島に茜が口を開く。


「どこか静かな所で語らいませんか?」

「語らう? 何を?」

「獄道組、掃討作戦について」


 茜は妖艶にニヤついて森島を見据えたのだった。

 

◇会議室


 警察は獄道組と繋がっている。獄道組を掃討するなんていう茜の発言を関係者に聞かれては大変だ。

 だから茜と機動隊の長島達、そして桜之上市の警官の森島、更に先程声を掛けてきた三人の警官達は第一会議室に集まることとなった。

 

「それで? 俺達をここに連れてきたのは、つまり」

「私です」


 元機動隊総隊長の長島の問いに茜が答える。

 

「え? 先輩方は俺に会いに来たとか言ってませんでした?」


 と、森島は当然の疑問。

 そこに元機動隊総隊長の長島が森島に説明してやった。

 長島が言うには森島から久しぶりに桜之上市で集まって飲もうという趣旨のメッセージが送られてきたとの事だった。森島が美少女を連行してきたタイミングで警察署に入って来いと。


「だから俺はそんなの送った覚えは」

「無いだろうなぁ」

「え? それはどういう――」


 長島は質問ばかりの森島をじっと見つめ返す。


「頭を働かせろ森島。一緒に飲みましょうって言ってるのにお前が働いてるこんな朝っぱらから、しかも警察署になんか集まるわけないだろ?」

「た、確かに」


 ここで森島は考える。

 何故、元機動隊のメンバーが一堂に会するか。そしてこのタイミングで茜という獄道組に並々ならぬ敵意を示す美少女が現れたか。


「つまり先輩方がここに集まったのは偶然ではなく、俺に会いに来るというのは建前で、先輩方の目的は別だと」


 元機動隊員達は黙って森島を見つめるだけ。


「という事は……先輩方もその少女同様、獄道組を潰す為にここに来たと?」


 長島は頷いて、他の隊長達は不敵な笑みを浮かべる。


「まあ詳細を聞いてからだけどな」


 と、長島は現在の出来事の中心にいるであろう茜に目を向ける。


「では、詳細をお話しします」


 茜は丁寧な口調でそう言って詳細を話した。

 獄道組の事、アルドマン孤児院の事、通っている学校でいじめが起こっている事等。

 

「成程、つまり獄道組と市長のメンツをつぶして、その娘からも睨まれているから皆で一緒に獄道組を潰しませんかと?」

「はい」


 長島が茜の説明を要約し、まとめる。

 茜の言う、協力者とはつまり四年前、獄道組に強行突入した機動隊員の幹部達だった。

 獄道組という大きな組織に対抗するには大きな組織を動かす人材が必要だ。だからその適任となる幹部達を集めたのだ。

 茜の話を聞いている間、元機動隊員達は何やら目を輝かせてワクワクしているような様子。そして森島達、桜之上市警察の警官達は複雑な表情。元機動隊員達の反応はまずまずと言った所だろう。

 

「だから助けてくれませんかね? 役目でしょ?」


 市民を助けるのは警察の役目。

 茜がそう言うと長島は腕を組んで口を開く。

 

「君を助けたいのは山々だ……しかし、このままでは無理だな」


 と、長島は一言。


「ああ、俺達だけじゃどうしようもねぇな」


 と、大島。

 俺達というのは元機動隊員の事だろう。昔機動隊員が強行突入して失敗に終わったのだ。元機動隊員幹部とは言え四人では無理なのだろう。


「許可も下りないだろうしな」

「冷静に考えて、僕達にそんな権限はないっすね」


 中島と小島が後に続く。

 警察の人員を動かそうにも獄道組に掌握されているのだ。動かせるわけがない。

 勇猛と無謀は違う。

 勢いだけで潰せるほど獄道組は甘くない。だがそれは茜が獄道組に狙われている事を見て見ぬふりをするに等しい。

 そしてそこに正義はない。


「現行犯で強行できるんでしょ? 昔みたいに。正義の執行に許可なんていらないのでは?」

「方法論としてはそうだが……まさか君が囮にでもなるつもりかっ?」

「その通りです」


 そこで長島は茜の目をじっと見つめる。その真意を確かめる為に。

 過去、機動隊員達は現職の警察官を囮にして獄道組に誘拐させて無理やり突入した。今回も同じやり方で囮役を茜が引き受けるという事だろう。

 許可やら権限という点で言えばそれはクリアできる問題なのだ。。


「危険すぎる!」


 そして真っ先に反対したのは先程まで黙りこくっていた森島だった。


「そんな危険な事に一般人を巻き込めるわけがない!」


 森島の意見ももっともだ。

 茜は現在一般人を装っており、か弱い少女でもある。警官がそんな少女を囮に使ったとなれば大問題だろう。


「森島さん。巻き込めないとは言いますが、もうこの騒動の渦中に私はいます。心配するのであればどうやったら獄道組を潰せるのか考えてくれませんか?」


 茜は普通の女子高生では放さないような硬い話し方をする。それは一般の女子高生という印象を払拭する為。

 そして茜の言うこともまた事実。

 もうすでに茜は渦中にあり、その中心と言っていい。森島が反対しようとしまいと茜に迫る危険はすぐそこまで来ているのだ。


「ほ、保護すべきです! こんな事に一般人を巻き込んでは駄目だ!」


 森島は茜に行っても無駄だと、長島に必死に訴える。

 一般人である茜を囮にして獄道組に突入するなど非人道的行為だと。


「ずっと保護してくれるのですか?」

「なにっ?」


 ここで茜が森島に反抗するように一言。


「私はどこかに身を潜めていないといけないのですか?」

「そ、それは……」


 保護するという事はつまりそう言う事だ。

 獄道組の手が及ばない所にずっと隠れていなければいけない。


「私は一切悪い事は何もしていないのに? 善良な一般市民である筈なのに?」


 この茜の一言に、森島だけでなく、その後ろにいる警官達も目を伏せてしまう。

 獄道組を野放しにし、正義の執行部隊である警察に助けを求める善良な市民を助ける事が出来ない。そんな茜を直視できなかったのだろう。


「これは……仕方のない事なんだ! それにこんな事になってしまったのは……君が蜂の巣を突っつくような事をしたからでっ」


 森島は言う。茜の事を見もせずに茜のせいにして。

 そんな情けない森島に茜はイラっとしたのか、今まで淡々と無表情で話してきた表情に怒りを込める。


「……あなた達が蜂の駆除をしないからでは? あなた達の役目でしょ?」

「それはっ……」

「できないんですか? なら私に死ねというんですか? 善良な市民である私に」


 以前クリスやバドルに言ったように矢継ぎ早に茜は森島を攻め立てる。

 実際に茜は死なないだろうが森島に発破をかける意味では効果的だろう。


「まあまあ、お嬢さん落ち着いて。強行して突入できたとしても獄道組には用心棒がいる」


 追い込まれる森島を思ってか、長島がフォローする。

 今度は突入出来たとしてその先の話。例え上手く事が運んだとしてもその先の考えが何もなしでは四年前の二の舞となる。


「そうだな。そいつに俺達は壊滅させられた」

「周りからは税金の無駄遣いと揶揄されるし、死者は出る、隊を壊滅させられた警察のメンツは丸つぶれ」

「火消に大慌てだったっすね」


 返り討ちに会った後は酷い有様だったと漏らす元機動隊員達。

 それぞれの顔は昔を懐かしむように、一様に笑っている。その笑みにはどこか影が落ちていた。

 だが茜はそんな事どうでもよかった。茜はそんな些細な沈黙をさっさと破る。


「それで? 臆病風に吹かれて尻尾を巻いて逃げますか? それとも強行して獄道組を潰しますか?」

「君……無茶を言うもんじゃない! 君だけでなく、先輩方の身も危険に晒す事になるんだぞ!?」


 本人達の事情なんてお構いなしに茜は強引に話を進める。

 戦力が無いのだ。強行しても返り討ちにあうだけ。下手をすればこちら側に死人がでる。

 そんなこと誰もやるはずがない。だがそう思ったのは森島だけだったようだ。


「俺はやるぞ」

「へ?」


 長島は短くそう言った。


「当然! やるぜ俺ぁよぉ!」

「俺もだ」

「リベンジマッチっすね!」


 元機動隊総隊長の長島を皮切りに隊長である三人もそれに迎合する。

 森島は信じられないと目を丸くするばかりだ。


「先輩方!? 正気ですか!? こんな年端もいかない少女を囮なんかに使って!」

「腕には少し自信があります。ヤクザの一人や二人なら追い払った経験もあります」


 と勇敢な言葉を吐く茜。

 それは孤児院にて茜は実際にヤクザを追い払った実績から。森島達もそれは把握している筈だ。

 飄々と言い放つ茜に眉間に皺を寄せる森島。


「そ、そもそも……長島先輩! またあの時と同じように死なせるつもりですか!?」


 突入を持ち掛けた茜に言っても無駄だと説得の相手を長島に変更する森島。


「あいつは……囮役の木島は死んだんですよ!?」


 と、森島は何やら思いつめたように言い放つ。

 森島の言う木島という名前は茜も把握している。四年前の突入時、唯一の死亡者だ。

 木島文香、女性。四年前の機動隊員の一人で囮役を買って出た人物だ。


「木島が囮役になる事をあんたが決めた! あんたのせいで木島は死んだんだぞ!?」


 森島の言うように囮役は一番危険な役なのだ。

 敵陣の真っただ中に一人投げ出される。そこから突入作戦が決行されるのだが、拉致されている現場まで機動隊が到着するまでにはちょっとした時間差が生じる。

 機動隊が到達する前に木島は殺されてしまったのだ。


「……殺させない。今度は絶対にっ」


 と、長島は言う。

 だが今回の囮役は茜。見た目はかなりか弱い少女。長島の言う事に何の根拠もないのだ。

 

「ふざけんなっ……」


 そんな適当な長島に森島は詰め寄って胸倉を掴む。


「ふざけんじゃねぇぞ! 何処にそんな根拠がある!? あんたは誰を犠牲にしてでもあの時の借りを返したいだけだろ!」


 森島は長島を睨みつけ、長島はただ森島を見つめ返すだけ。怒りも恐怖もない、無感情な目で。

 

「おい森島!」

「落ち着け!」

「森島さん!」


 口々に言う元隊長達だがそれを長島が手で制す。

 まだ森島が言いたい事があると。


「あの無茶な突撃が失敗して……先輩達がいなくなってから、いっそう獄道組が我が物顔でのさばっているんだぞ!」


 強行突破が失敗したとすれば今後は慎重にならざるを得ず、警察は獄道組に手を出しにくくなっただろう。

 更に上層部からは勝手な事をするなと圧力がかかったことは言うまでもない。

 そして獄道組を積極的に検挙しない警察が周囲になんと思われているか。


「俺達……桜之上警察が周りになんて言われているか知っているか!? 獄道組の腰ぎんちゃくって言われてんだぞ!? 全部あんた達のせいだ! もう、こんな無茶止めて下さいよっ」


 森島の目には涙がうっすらと滲んでいる。

 現在、桜之上の治安を守っているのは森島達で長島達元機動隊員ではない。

 長島もその苦労は理解できるだろう。だがその辛さや歯がゆさは本人しか分からないのだ。


「力がないくせに……」


 森島はそう呟いて長島の胸倉を掴んだ腕を放した。

 森島の最もな言い分に長島をはじめ元機動隊員は誰も声を出せないでいた。しかしこの中で唯一、過去の事に関係のない人物、茜が口を開く。


「よーく、洗脳されたようですね森島さん」


 茜は笑みを浮かべながら、そんな言葉を吐くのだった。

 

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