第96話 ~悪魔と女神~


◇現在・獄道組本部




「機動隊のカチコミだとぉ!?」


 顔を血で真っ赤に染める部下の機動隊突入報告。

 更に獄道組に機動隊が突入しているのか遠くから男達の怒声が聞こえてくる。

 それは目の前にいる美少女、茜の仕業であることは火を見るよりも明らかだ。

 既に茜は手に万力グローブを装着し、戦闘の準備を終えていた。

 

「こ、この……」


 獄道組組長の玄は茜を目をひん剥いて睨みつけ、銃口を向けてくる。


「この尻の青い小便たれの小娘がああああ!」


 玄はトリガーに指を掛ける。

 それを合図に茜は青桜刀を蹴り上げ、引き抜いた。


「死ねえええ!」


 銃声が四発。

 だが金属音も四回。


「んなにぃ!?」


 茜は至近距離から放たれる玄の弾丸を青桜刀で全て弾いて見せた。

 トップエージェントであれば放たれた弾丸を弾くことなど造作もない事なのだ。


「ふっふっふ、今宵の青桜刀は血に飢えているぞっ」


 と、茜は悪役まがいの台詞を吐いてふざけ、玄に向かって一歩踏み出した

 

「くっ、お前ら! この娘をぶち殺したれええ!」


 黒いスーツの男達が怒声を上げ一斉に茜めがけて飛び掛かって来る。

 手にはナイフや刀、バットが握られており、茜を殺すつもりだ。

 殺すつもりなのであれば茜も容赦はしない。


「ふん! かかってこい! チンピラ共!」


 茜は自らスーツの男達の群れに飛び込んでいく。

 多対一で最もやってはいけないのが囲まれる事だ。

 スーツの男達は道を作る為、縦に並んでいた。であれば先頭の敵を次の敵がやって来るまでに倒せば問題ない。

 そんな脳みそまで筋肉化してしまった思考回路で茜は飛び込んでいく。


「クソガキがあああ!」


 まずは先頭の男が刀を握り、茜に向かって振り抜いてくる。

 だから茜はわざとその刀に合わせ青桜刀を振り抜いた。

 青桜刀は引き抜くと重量がかなり重くなるが茜には軽く感じられるという特性がある。


「な」


 更にセレナが言うには、どんな力を加えても折れない硬度と銃弾を受けても刃こぼれ一つしない強度を誇るとされている。

 然るべく、振り抜いた青桜刀は男の刀を真っ二つに砕いていた。

 更に男の腕から胸、肩にかけて青い閃光が一直線に描かれて行く。


「ぐあぁあ!?」


 青い閃光が消えると同時、男は叫び声をあげ倒れてしまった。

 辺りには斬った時に飛び出た少量の血が畳に鮮やかな花を咲かせている。更にその傍らには茜に切り落とされた男の腕が転がっている。


「な、なんだと!?」


 二番目の男はそこで勢いが削がれ茜の真正面で止まってしまった。

 だが茜の進撃は止まらない。


「戦場では怖気づいた奴から死んでいくんだぞっ」


 茜は振り抜いた青桜刀をそのまま体ごと回転させて身を低くし、二番目の男に斬りかかる。

 茜が描く青い閃光は男の右脚を横断した。


「ぎゃあああ!? 俺の足がああああ!」


 宙を舞う鮮血と男の悲鳴。

 右足が膝の下からすっぱり斬られて落とされ、男は転んで倒れ泣き喚く。

 これも多対一の戦い方だ。

 戦闘のプロではない、ヤクザの下っ端、不良上りの者達は体の一部を欠損すれば戦意を失ってしまう。

 更に言えばその酷い有様を見た周囲の敵の士気をかなり下げる事が出来るのだ。


「どうした、次っ」


 茜が薄ら笑いを浮かべて、そう挑発するもスーツの男達の足は止まってしまった。あまつさえ悲鳴を上げて逃走していくものまで出る始末。

 

「あ、あいつあんなに強かったの!?」


 ジュリナも驚き、そんな茜に暴力を振るおうとしたことを考えるだけでぞっとしてしまうだろう。


「くっ、何だあの女……」


 意気消沈するスーツの男達。

 そして威風堂々、青桜刀を手に次に襲い来る男を薄ら笑いを浮かべて待つ茜。

 

「お、俺の腕がああああ」

「俺の足がああああ!」

 

 お通夜状態の大広間で、そんな喚き声と鳴き声だけが鳴り響く。


「死ぬううううう!」

「誰かああああ!」

「う、うるさいなぁ……」


 それを煩わしく思ったのか、茜が切り落とした腕と脚を持って二人の元へ持って行ってやる。


「私が斬ったんだ。綺麗に斬れているからくっつけておけば治る」

「へ?」

「な、治るんですかい!?」

「断面に綺麗にくっ付けておけば。ヒーリングが出来るレゾナンスがいればもっと早く治る。知らんけど」


 茜も鬼ではない。そして死人を出したいわけでもない。

 ただ、過ちを犯してほしくないだけなのだ。


「誰かー、レゾナンスでヒーリング使える人~」


 そして優しさを見せる事で更に戦意をそぐことが出来るのだ。

 義理と人情を尊ぶヤクザには効果てき面なのだ。


「あ、姐さん……ありがとうございますっ」

「この御恩は一生忘れやせん!」

「ふふん、敵なのに優しいだろ?」


 こうしてまた強さと優しさと美しさで茜は男達を篭絡していくのであった。

 そんな光景にスーツの男達はざわめき始める。


「おい、あの女ヤベェぞ」

「ああ……自分で斬っといて優しいだろ、とか……恩着せがましいにも程がある」

「しかも平然と切り落とされた腕と脚を持ってやがった……豚足とは訳が違うんだぞっ!?」

「でも……美しい」


 スーツの男達の目には茜が女神に見えたか、はたまた悪魔に見えたか。美しい容姿で男の腕や脚を切り落とすさまは悪魔であり、慈悲を掛ける様は女神と言った所か。

 鮮血にまみれた背景に佇む、悪魔的で女神のような美しさを持つ茜は何処か神秘さをも醸し出している。

 

「お、おい、あの娘、こっち睨んでないか」

「お前の悪口が聞こえたんだろっ」

「あ、立ったぞ! そして笑顔になった!」

「え、笑顔が逆に怖え……」

「でも……美しい」


 男達は口々に茜の動向を囁き合う。

 現に茜は笑顔になって立ち上がり、男達に歩み寄って来た。そして腕を広げ口を開く。


「さあ、皆さん。あなた達に慈悲を掛けましょう。ここで死ぬか、どこか斬り落とされるか、選びなさい」


 茜は優しく微笑み、子供にでも言い聞かせるように囁いた。

 手を広げ少し仰向き加減で目を瞑りながら。天からの声を言い聞かせる女神のように。

 茜は男達の言葉通り女神の真似事でもしているのだろう。そして口からは悪魔のような言葉を吐く。

 こんな状況でもふざけているようだ。


「どちらにせよ斬られるんじゃねぇか!」

「何が慈悲だ! 舐めやがって!」

「そうだ! もっと譲歩しやがれ!」


 と口々に不平不満を垂れる男達。

 死と体の一部を欠損の二択では降伏の代償が高すぎるのだろう。


「では床に手を突き、頭を垂れ、額を床に擦りつけなさい」

「そ、それって土下座って事じゃねぇか!」

「そんな屈辱的な事やるわけねぇだろ!」

「ならばこの刀の錆となりなさーい」

「くっ」


 暴君のような発言をする茜に皆たじたじだ。

 スーツの男達は顔を見合わせてどうするか目で話し合っているようだ。

 そんな事をしていると遂に、機動隊の一人がこの大広間に駆け込んできた。


「茜さん! 無事か!?」


 一番初めに突入してきたのは長島。

 

「長島さん! 茜さんは!?」


 続いて入ってきたのは森島だった。

 二人共プロテクターで身を固めている。

 四年前の悲劇を繰り返さない為に急いでやって来たのだろう。

 そして二人が見た光景は何ともおぞましい光景だった。

 

「いやぁ、もうちょっとでやられる所だったよ」


 そう言って笑う茜の表情は余裕そのもの。脚を組んで椅子に座っていた。

 茜の下には土下座して茜専用の椅子に成り下がっているスーツの男。

 その背後には茜に向かって放射状に並び、土下座するスーツの男達の姿があった。


「全く……どっちがやられる所だったんだ?」

「……さ、さすが茜さん、やりますね」

 

 それには長島も森島も呆れ顔だった。


「とりあえず、雑魚は制圧しておきましたので本丸はお願いします」

「ああ、任せろ」


 本丸は獄道組の組長、玄だ。

 茜を通り過ぎ、二人は玄の元へ走った。

 玄は制圧される部下達を目の当たりにして少々の呆れ顔で腕を組んでいる。

 その横には二人を睨みつけてくるジュリナと壁にもたれかかって平然としている若頭の獄道魁人。


「そこまでだ獄道組!」

「獄道組組長、獄道玄! 少女誘拐の現行犯で逮捕する!」


 長島と森島の手には盾と警棒が握られている。

 そして作戦通り、誘拐という犯罪から余罪を追及していくのだ。


「おめえさんは確か四年前、突入してきた機動隊の総隊長の……確か長島だったか」


 玄は長島の事を覚えていたようだ。


「俺もお前の醜悪な顔はずっと忘れてなかったぞ」

「ふんっ、んで、おめえさんは森島だったな。てめえ……どういう了見だ! 裏切りやがったのか!?」


 長島から森島に目を移した玄はそう一喝する。

 警察内部で繋がっている人物は森島。上島警視の傀儡となり下がった森島が何故今、警棒を握りしめて突入してきたのか分からなかっただろう。


「俺は警察だ! お前達の側に立ったことなど一度もない!」


 森島は逆に玄を一喝して凄んだ。

 裏切者とされていた森島だが別に獄道組に味方していたわけではない。桜之上市の警官を危険にさらさない為。森島の言う通り裏切ったもくそもないのだ。四年間反乱が起きないように努めていただけなのだから。

 

「森島さん、イキイキしてるなぁ」

 

 茜が笑みを浮かべて呑気にそんな事を呟いてると、更に大勢の機動隊員達が大広間に突入してきた。

 

「全員動くなぁああ……あ?」


 機動隊達は土下座している大勢の獄道組の部下を見て一瞬気後れする。

 だがすぐに持ち直し、土下座している獄道組の部下達に次々に手錠をかけて逮捕していった。そして最後に、茜にうやうやしく一礼して茜の椅子をも奪い去っていったのだった。


「あーあ、全員持っていきやがった」


 白いスーツを着て未だ壁に背を付けて腕を組む魁人は笑いながら言う。

 こんな事態になりながらもあまり動揺していないようだった。それは玄も同じ。

 ジュリナは少々焦っているようで玄の後ろに隠れている。


「なんでぇ、牙は抜いたと聞いたんだがなぁ」


 木島文香の死を利用して森島を完全に傀儡化したと思っていたのだろう。

 そして玄はその原因を探す。そして目を止めたのが茜だった。

 

「まさかあの女に篭絡されたかっ」


 この獄道組の事務所にたった一人で侵入してきた。

 弾丸を軽々と弾き、部下達を斬り伏せ戦意を失わせた。そして美少女。

 その茜が只者である筈がないと。


「俺達は四年前の借りを返しに来た。大人しくお縄につけ、獄道玄!」


 長島が玄に向かって啖呵をきり、玄を確保しようと手を伸ばす。

 

「痴れ者がっ」


 だが玄は動かない。

 代わりに横にいた魁人が笑顔のまま長島の腕を鷲掴みにした。


「おいおい、俺がいるのにいきなり頭はとれねぇだろ?」


 サングラス越しでも分かるような強い殺気が長島を襲う。

 

「お前も逮捕する! 獄道魁人!」


 だが長島も負けず劣らずの殺気で魁人を睨み返す。

 四年間募らせた悔しさはそんな殺気ではものともしないとばかりに。


「おいバリー! 出てこい!」


 その時、玄が叫ぶ。

 すると後ろの壁が轟音を上げて吹き飛んだ。


「な、なんだ!?」


 森島は盾を前に出して警戒する。

 長島は動かず、そこから出てくるであろう人物を注視した。


「仕事デスカボス?」


 そこから姿を現したのは黒い肌の男。鍛え抜かぬかれた体によってはちきれそうなタンクトップを着て。


「仕事だ。ここに来た機動隊員を全員、殴り殺せ」

「了解ボス」


 バリーと呼ばれる黒人は白い歯を惜しげもなく見せびらかし、ニィっと大きな唇を釣り上げて笑う。

 そして真っ白な目をぎょろぎょろとさせて標的を発見した。


「オヤァ、昔見タ顔ガ一人ト、傀儡ガ一人?」


 長島と森島だろう。

 

「それは親父がもうやった、さっさと殺せ」

「オゥケィ、魁人。オ!? アソコニ激カワ少女発見デスヨ!」


 茜を見つけてぴょんぴょん跳ねるバリー。

 そして片言なのは恐らく、まだ簡易言語を話している島国出身だからだろう。剣の母、オルカと同じだ。

 魁人は溜息をつきながら、全部終わったら好きにしていいからさっさとやれ、と吐き捨てる。


「フゥー! サスガ若頭デスネ! ジャアサッサト片付ケマスネー」

「ちょっと! あの女はあーしがボコボコにすんだよ!」

「オウー、ライバル同士ノオ約束デスカ? ソレハ残念デスネー」


 そんなバリーの言葉に、茜はオルカを思い出したのか、フフッと吹き出してしまった。

 

「お前にも手伝わせてやるから早くやれよ」

「約束デスネ、オ嬢、デハ」


 バリーは玄の前に立ちふさがり、いきなり長島を拳で殴りつけた。


「ぐっ」


 長島は手に持った盾でガードする。だがその盾で防いだバリーの拳は凄まじく、凄い勢いで吹き飛んでいった。


「なっ、長島さん!?」


 森島は四年前、実際に踏み込んではいなかった。

 若かったため予備隊として外で待機していたのだ。だからそのバリーの凄まじい力を実際に見たのは初めてだった。

 バリーは間違いなくレゾナンス。

 四年前、機動隊員が獄道組に敗北した理由がバリーと呼ばれるこの用心棒だった。たった一人で機動隊員を壊滅させた。

 だが、ただのレゾナンスが機動隊を全滅できるわけがない。当然ながら機動隊員にもレゾナンスはいる。

 そんな機動隊を壊滅させた理由。それは現在、森島の目の前で長島を吹き飛ばしたバリーの腕がその理由を物語っている。


「その腕は……」


 森島が驚くのも無理はない。

 バリーの腕は、およそ人間の腕からはかけ離れた異形のものだったのだから。

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