第19話 ~ハニートラップ大作戦開始、剣との再会~


 一行は一路エレベータで地上へ向かう。

 途中、ディランとギャリカがニヤニヤしながら茜に顔を近づけてくる。

 その理由は光も分かっているのだろう、うざったそうに目を瞑り顔を背ける。

 

「その服、似合ってるじゃねぇか、茜ちゃん」

「めっちゃ可愛いじゃない。これなら男十股は行けるわ」


 ディランは茶化し、ギャリカは本気で茜の容姿を値踏みし同時に付き合える男の数で称えた。


「はいはい、どうせ元に戻るんだしどうでもいいよ」


 つまらない反応だと、ディランは溜息を利用して遠ざかる。

 だが元に戻るには薬が必要な筈だ。


「セレナ、ルイスの居場所掴んでんのか?」


 ディランはセレナに尋ねるが「皆目見当が付きません」との事。

 元に戻る唯一の方法はルイスを見つける事。だがルイスの所在が不明のようだ。


「なら、もしかしたら一生そのままかもな」


 と、意地悪く笑うディランを横目でにらむ茜。


「もしルイスを見つけたら薬貰ってお前に飲ませてやる」


 と、茜はディランに向かってそんな呪いの一言を放つ。


「ははっ……おい、冗談だろ?」


 ディランは強がって流そうとするが不安になったのか、冷や汗をかいている。

 同僚である茜の力量はディランも良く知っている。その茜が本気でそんな事をすれば防ぐ余地がない。


「そもそも元に戻る薬もデータも消し飛んだんでしょ?」

「うっ………」

 

 とギャリカに聞かれ何も言い返せない茜。そうなればすぐ男に戻る事は不可能だろう。


「しかしハニトラに使えそうな見た目だな、それ。怪しいおっさんに声掛けられてもホイホイついて行くんじゃねぇぞ?」


 茜は誰がどう見ても美少女。だから声を掛けてくる男は多くいるだろう。いわば歩くハニートラップといったところだ。

 忠告の皮を被った貶し文句を吐くディラン。いい加減茜もうんざりしてきた頃だろう。だから茜はディランを下から睨みつけた。


「目の前に丁度、怪しいおっさんがいるなぁ。股間についてるボールを蹴り上げてツーゴール決めろって事だよな? もちろんゴールネット貫通の強力なシュートをさぁ!」


 茜は右の靴の裏を床でスリスリして蹴り上げる構え。


「ひでぇ表現するなぁ、お前も元は男だろ、慈悲を持てよ?」


 ディランは思わず内股になる。


「まあまあ、でもこの見た目ならどんな男とでもやれそうね」

「何がでもだよ、私は男だっつうのっ」


 ディランとギャリカが茜となった光の姿をほめちぎっているが茜は不満そうだ。


「そういや、本当に剣に正体隠したままでいいのか?」

「確かに。あいつ怒るよ?」


 セレナの部隊で知らないのは幼馴染である剣だけとなった。しかも長くコンビを組んでいる相棒。

 一人だけのけ者にされれば剣がどう思うか結果は見えている。


「その前に笑われる! 絶対!」

「笑わないだろ」

「あの剣よ? 笑わないわよ」


 剣は寡黙で評判だ。

 その為、周囲からは表情の変化もあまりない無口で不愛想な人物と位置付けられている。

 だが幼馴染で一緒にいた期間も長い茜にとってはそうでもないのだろう。


「あいつは笑う! 長年コンビ組んでる私が言うんだから間違いない! それにお前らは笑っただろ!」


 茜はディランとギャリカを睨みつける。

 そこで二人はある事に気づく。茜の一人称がさっきから私と称している事に。

 

「あんたさっきから私って……あっ」

 

 そして手首のリングを見てからかいモードから一転、同情の表情に変わる。


「不憫な奴……ははは」

「かわいそう……ふふっ」

「やっぱ笑ってる……だが私もただ手をこまねいているだけじゃない!」


 そして雪花は首をかしげた。

 茜は剣に秘密にするだけでは飽き足らず、何か仕掛けるつもりだ。

 

「どうすんのよ」

「私のこの容姿を見てみろ。どう見ても可愛いだろ?」


 男の光、女の雪花やエリザベス、セレナから見てもその可愛らしさは折り紙付きだ。これにはディランとギャリカも頷いた。


「そして剣は女経験がない。そんな男が護衛と称して美少女である私とずーと一緒にいるとどうなる?」

「やーねぇ、そんなのパコりたくなるに決まってるじゃない」


 またしてもギャリカは手をいやらしい形にしてぺろりと舌を出す。

 だがギャリカの一言は誰の耳にも入っていないらしく、ディランは黙考している。

 

「……ねぇ聞いてる? パコりたくなるっていったよ私」


 そしてディランがはっとする。何故なら思い描いた茜の思惑は人として最低で最悪のシナリオだったからだ。


「まさかっ、お前それは人として最低だぞ!? いや、お前らしいと言えばお前らしいが……」


 茜は女になってしまった失態を剣に笑われたくない。

 であれば剣にそれ以上の失態を犯させればいいのだ。

 そこで雪花も気が付いて顔を上げる。そして信じられないと茜に視線を向けた。


「剣に告白させるつもり!?」

「そう!」


 そういった男女関係には敏感なのか、ディランの後に雪花が茜の思惑を言い当てた。


「告白させた所で私が光だと打ち明ける! 普通であれば剣は私が女になったことを笑い飛ばすだろう。お前らみたいにな」


 正体がバレた際、笑わなかった者はセレナしかいない。


「そこで言ってやるのさ、元が男である私に告白したお前はどうなんだ? 見た目がいいだけで告白した軽薄なお前に笑う資格はあるのか? ってね!」


 男の恋心を弄ぶ最低な作戦を堂々と打ち明けて茜は高笑いする。

 茜は剣に告白させる事で自分が笑われる事を相殺しようというのだ。

 確かに茜は可愛らしい見た目で女性に耐性がない男であればころっと惚れて告白してしまいそうではある。だがそれは笑われた腹いせとしてはちょっとやり過ぎだと、皆茜を蔑すんだ目で見つめた。


「男心をもて遊んでんじゃねぇよ」

「パコらせないと勝ちとはいえないんじゃ?」

「アンタ最低! 剣、トラウマになっちゃうわよ!?」

「はっはっは、なんとでも言うがいい。これが私の作戦だ。剣には絶対言うなよ?」


 だが茜は動じない。

 完璧な作戦だと、新たな膨らみを手に入れた胸を張って誇らしげに高笑いする。

 皆一様に呆れ、たまらずディランがこの部隊の隊長であるセレナに問いただす。


「どうすんだセレナ? あいつ阿保な事言ってんぞ? 剣が可哀そうじゃねぇか?」

「散々笑ったお前が可哀そうとか言うな!」


 すぐさま茜の突っ込みが入るがセレナは少し黙考し口を開く。


「そうですね。色恋沙汰を利用して自身のコンプレックスを解消しようだなんて、人としてクズ同然で薄汚い最低な作戦だとは思います」


 相変わらず顔に似合わずの毒舌だ。セレナは表情を少しも変えず淡々と言い放つ。


「だってよ、涙拭けよ」

「泣いてない……でも泣きそう」


 そんな茜の表情はけろっとしている。自分の相棒だからか、何とも思っていないようだ。


「しかしこれ以上、茜さんの正体を知られたくありません。なので仕方ありませんね」

「まじかよ」

「それに」


 そこでセレナは口を笑みの形に変えて優しく言い放つ。


「茜さんが剣君を誘惑する。それはそれで面白そうではありませんか」

「……お前はそういうやつだよ」

「流石セレ姉、ノリがいいわ」


 剣の運命が決まり、男であるディランが悲しそうに言って、女であるギャリカは楽しそうに笑った。

 セレナは茜が誘惑し剣に告白させる作戦を一種の娯楽感覚で楽しんでいるようだ。

 そうこうしている間にエレベータが地上まで到達した。

 病院を出ると一台の無人タクシーがロータリーに到着していた。

 

「では茜さん、雪花さん、よい学園生活を」

「はい、それでは」


 茜はそういって軽く会釈、雪花は「頑張ります!」と意気込んでいる。恐らく茜の足手まといとなって手助けする事を言っているのだろうが茜はそれを知らない。だから茜は意気込む雪花を見て首を傾げている。


「んじゃまたね」

「しっかり剣を誘惑しろ? へますんじゃねぇぞ?」


 ディランとギャリカもここでお別れのようだ。三人とも忙しい中ここまで見送りに来てくれたのだろう。


「私を誰だと思ってんだよ」


 最後の最後までディランは茜に憎まれ口を叩くのだった。


「あ、それと茜さん。刀を収納石に入れて首から吊り下げれるようにしておきました」


 セレナはポケットから金色のチェーンにエメラルド色の宝石が付けられたネックレスを取り出した。そのエメラルド色の宝石が収納石となる。

 

「共鳴センサー付きなので体に触れていれば手にそのまま出現させることができるようにしています」

「ありがとうございます」


 茜は手を伸ばしてそのネックレスを受け取ろうとするがその手は空を切る。


「あれ」


 セレナはのネックレスを持つ手は茜の手を通り過ぎる。そして茜を抱きしめるように後ろに手を回すセレナ。

 セレナはネックレスを茜の首に装着しようとしているようだ。

 茜は元男。セレナは上司とは言え異性、更に茜は子供ではない。そんな事をされると少し気恥ずかしいものがある。

 

「あ、あの自分で……」

 

 茜は一瞬戸惑い、自分でできると手を上げようとするがセレナがやる事に待ったをかけても無駄だと思い直す。

 目の前にセレナのささやかな胸が迫る。少し恥ずかしいので横を見れば憎たらしくニヤニヤしてるディランの顔。


「何だよ」

「なーに恥ずかしがってんだよ」


 茜はディランの足を蹴ろうとしたが避けられた。

 そこでセレナによるネックレスの装着が終わったようだ。


「これでいいですね」

「あ、ありがとうございます」


 見れば茜の胸元にはエメラルド色の宝石が輝いていた。


「大事にして下さいね」

「もちろんです、では」


 後部座席のドアが開いているので茜と雪花が入って座る。

 だが既に先客がいた。タクシーの前方部の座席に金髪の青年が座っている。茜がルームミラー越しに確認すると眉間に皺を寄せた青い目の青年が。

 それは茜のコンビを組んでいる相棒、剣だった。

 

「おーっす、剣」


 ここの状況では剣と茜は初対面。にもかかわらず茜は馴れ馴れしく、敬称無しで剣に声を掛ける。まるでずっと前から友達であるかのように。


「……お前とは初めてだと思うが」


 剣は茜をルームミラーで視認し、不機嫌そうに対応する。

 剣が不機嫌な理由はセレナに茜の護衛を押し付けられたから。


「セレナさんに写真見せてもらったから。これから宜しく」


 何の焦りも気後れもなくそう言い張る茜。

 茜は小さく細い手を差し出す。すると剣は顔こそ向けなかったが、ごつごつとした大きな手がそれを掴んだ。


「大野剣だ」

「茅穂月茜」


 その時、剣の不機嫌な表情にちょっとだけ赤い色が足されていた。やはり茜が言っていたように女馴れしていないのだろう。握手をしただけでこれだ。

 それを茜は見逃さず片唇を釣り上げる。


「茜って呼んでね」


 首を傾げて可愛らしく微笑む茜の笑顔は男を虜にするそれだ。茜本人もそれは分かってやっている。

 剣はルームミラー越しにそんな茜を確認すると茜もミラー越しに剣を見ていた。視線が合うと剣は直ぐに目を逸らしてしまう。


「わ、分かった。俺も剣でいい……ってもう呼ばれてるが」

「あはは、よろしく」

「よろしく……あ、あか」

「茜でいいよ?」

「……茜」


 茜はクスクス笑いながらシートにもたれかかる。


「ちょっと茜、あんなのどこで覚えたのよっ」


 ひそひそと小声で話しかけてくる雪花。

 剣と二人一組で任務をこなすことが多かった光。

 任務で女装したりする場合もある。その場合、剣はガタイが良すぎる為光が女装する事になるのだ。その為、男心を掴む心得もある程度勉強しているのだ。


「ファウンドラ育成プログラム、ハニートラップの基本で習わなかったのか? 基礎中の基礎だぞ?」

「だから習ってないって言ってるでしょ!? てかあんた女みたいな名前嫌がるくせにそういう事は恥ずかしくないの?」

「なり切れば別に」

「プロね……」


 任務の為とはいえ、変装するたびに剣には笑われていた。その仕返しとばかりに茜の演技にも熱が入るのだろう。

 剣は顔を手で仰いでいる。効果は抜群のようだ。


「フェリーターミナルへ向かってくれ」


 剣がそう言うと『了解しました』と機械の音声が受け答えし、走り出す。完全無人タクシーだ。

 セレナ達が手を振って見送り、それに雪花と茜が手を振り返すのだった。

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