フェリーハイジャック

第20話 ~フェリーターミナルへ~


 タクシーは病院を出るとすぐに石畳の道路に出る。

 右手には海を臨み、左手には赤い屋根の石作り家々が連なる灰色の道路を快適に飛ばしていく。

 等間隔に並ぶ道路のオブジェは夜になれば街を彩る街灯となるだろう。

 そんなタクシーの中で茜が口を開く。


「そういえばさ、剣が私を助けてくれたんだって?」

「ああ、そうだ、がっ?」


 剣は何気なしに頭をもたげると茜の顔面が目の前にあった。剣の持たれているシートの上に顎を載せて。

 必要以上に顔が近い。剣は驚き、顔を赤らめた。既に茜の剣に告白させる作戦は始まっているのだ。


「ふふっ、ありがとう、助けてくれて」


 茜は剣の驚く顔が面白かったのか、感謝の笑みに堪えた笑みを足して助けてくれたお礼を言う。

 茜は美少女だ。その笑みは妖艶で男を虜にするそれ。だからか、剣は頬を赤く染めていく。

 茜はルイスに実験体として連れてこられた、という事になっている。

 茜は何も知らずルイスにいいように実験体にされていた哀れな少女、と剣にはセレナから説明があっただろう。その前は父に連れられて放浪生活。だが途中ではぐれてしまい行方不明。


「別に、大した事じゃない」


 恥ずかしさが限界に達したのか、剣はそう言ってそっぽを向いてしまう。だがそっぽを向いた直後、剣が言葉を続けた。


「……み」

「ん?」


 だがそれは聞き取り辛く、茜は口をついて聞き返してしまう。


「髪切ったんだな……誰か分からなかった」


 茜は自分の髪をつまんでまじまじと見つめる。髪型一つで印象は変わるもの。以前は床まで付くほどのロングヘアだったのだから当然だろう。

 そこで茜はニンマリと笑う。これは微笑みではなく意地の悪い笑みだ。


「可愛い?」


 今度は剣の顔を覗き込むように茜は体をシートから更に乗り出して問う。そして更に身を乗り出し、そっぽを向いた剣を逃がすまいと移動し見上げる。

 作戦のためとは言え、これではまるで壁から這い出すトカゲのようだ。

 

「え? あ、ま、まあ、か、可愛い……方なんじゃね?」

「ありがと、剣」


 その茜の大胆な行動に剣は外の景色に顔を向ける事で避難した。

 茜が体を前に乗り出した事で、小さなお尻は雪花の目の前。呆れた雪花はその小さなお尻をペチリと軽く叩き、茜を席に戻らせる。

 帰って来た茜は片唇を釣り上げて雪花に目配せした。予想以上にちょろそうだという意地の悪い笑みを浮かべて。雪花はあきれてため息しかでない。

 その時、剣が口を開く。


「俺もお前に一つ聞きたいんだが」

「え? 何々?」


 寡黙な剣が自ら聞きたいこととは何だと、茜は興味津々にまた顔を近づける。

 

「実験室で光と会ったか?」


 と、剣の聞きたい事は光の事。

 光は飛空艇内で消息を絶った。長年相棒をつとめている光が突然消えたのだ。当然の疑問だろう。

 剣は実験室で気を失った茜と出会った。光はその前に実験室で居合わせ、裸の茜にワイシャツを着せてやった事になっている。

 光と意識のある茜の説明は剣はまだ受けてない。そもそも今さっき起きたところなのだからセレナも説明のしようがないのだ。そこは茜に丸投げなのだろう。


「会ったよ」

「そうなのか?」

「うん。少し話した」

「何か言ってなかったか? これからどこか行くとか」

「大事な用があるとかなんとか」

「それで?」

「さあ、私も実験がきつくて、気を失ってしまって」

「そうか……」


 茜は話した内容は明言せずお茶を濁す。

 嘘をつく時、起こった出来事は抽象的に話すのが基本だ。

 それは今後の為に拡張性を持たせる為。話した内容は光が知り得て茜が知らない情報を口走った時に話すだけ。確定事項は少なくしておくのがファウンドラ社の育成プログラムの基本だ。


「ちなみに実験って何してたんだ?」

「その……口ではとても言えない……エッチなこと」

「なっ」


 剣が振り向くと不敵な笑みを浮かべた茜の顔がすぐ目の前に。


「詳しく聞きたい?」

「いや……いいよ別に、言いたくないだろ? そんな事」


 剣は言って追及を止めた。

 未確定事項を追求されたら出来るだけお茶を濁すように発言する事。これもファウンドラ育成プログラムの基本となる。

 そしてエッチな事と聞いたら普通の男であればどんな事か聞きたがるだろう。だが剣は女慣れしていない。

 そして剣は優しい事を茜は知っている。茜が酷い仕打ちを受けたと勘違いした剣は敢えて詳細を聞かないという選択肢をとったのだった。それは茜の思う壺だとも知らずに。

 口を閉ざす剣の後ろで意地悪くニヤニヤしている茜は雪花に襟首をつかまれ引き戻さられる。

 

「適当な事言わないのっ」

「からかいがいがあるな」

 

 雪花はため息交じりに茜の頬を軽くつまんでやるのだった。

 

「それで剣、これからどうするの?」

「日和の国に帰る。海路で」

「海路? 何で? 海路だと三日くらいかかるよ?」


 雪花の疑問も最もだった。

 茜達が現在いる国は赤道直下に近い島国のフェイスト国。そこから茜達の故郷である日和の国へは空路であれば半日もあれば着いてしまうのだから。

 だが海路だと島々を迂回しながら進まなければならない為、結構な時間がかかってしまう。


「さあな、セレナさんに言われたんだ」


 そんな事を答える剣の声には何故だか不満の色が滲んでいた。

 茜と雪花は顔を見合わせる。


「なんでだろ」

「さあな。セレナさんの考える事は奥が深いから私には分からん」

「奥?」


 雪花は茜に尋ねるがそんなそっけない返事だけ帰ってきたのだった。


 一行はフェリーターミナルに到着する。

 港には多くの乗用車とトラック、そして大勢の客が乗船準備を行っていた。

 待合室には人々がごった返しており、ベンチが足りない為かスーツケースの上に座ったり地べたに座るものまでいる。

 

「あれ、剣どこ行くの?」

「お前ら、先に乗船してろ。俺は後から合流する」

「え? なんで? 一緒に行こうよ」

「なんでも。じゃあな」


 剣は一人、停泊しているフェリーの方へ走って消えて行った。


「なんなのあいつ。折角、久しぶりに三人集まったのに」

「集まってないけどな」

「あ」


 この場に光はいない。だが中身が光の茜がいる。

 これは失言か、と雪花は考えるがよく考えたらそうでもない。剣にとってはそうではないかもしれないが雪花にとっては久しぶりの三人旅。

 さっさと行ってしまう剣に雪花は眉間に皺を寄せて不満を露わにしたのだった。


「あいつはあいつでやる事があるんだろ」


 そこで茜が何やら意味深な言葉。


「え? やる事って?」

「さあな、それより私達もさっさと行くぞ」

「え、ちょっと待ってよ」


 さっさと歩く茜に雪花も続く。

 フェリーには乗用車や運搬用のトラックがどんどん入り込んでいく。

 やがて人の乗船も許可されたようで、それを横目に茜達は階段を上りフェリー入口の改札にスマコンをかざして内部に入る。事前に乗船券を購入しておけばかざすだけで入れてしまうのだ。

 茜はスマコンでセレナが購入してくれた乗船券を確認する。記載された部屋番号を確認し、該当の部屋の前につくと四角い認証盤があった。そこにスマコンをかざすとロックが解除された。

 

「うわ~、ひろっ」


 茜は二つ置かれたベッドの片方に飛び込んだ。


「うひょ~。冷たくて暖かくて気持ちいいな」


 室内はエアコンも完備されており、飛び込んだ先の布団は夏の気温で火照った体を心地よく冷やしてくれるだろう。そして体温が移った暖かい布団がクーラーの冷たい風から守ってくれる。

 茜は目を細めて今にも寝てしまいそうだ。


「ねえ、ベッド二つって剣は?」

「さあ」


 手荷物を置いて雪花が尋ねるが茜は興味がないのかそんな一言を残して目を瞑る。


「それに私達二人でこの部屋使うの?」

「そうだろ」

「ええ……何かやだぁ」

「何だよ」

「男と女が同じ部屋って……今は女だけどさあ」


 年頃の男と女が限られた空間で二人きり。男が女を襲うという安易な構図が雪花を不安にさせるのだ。

 だが茜は中身は男だが今は女。しかも体は雪花よりも一回り小さく、力も劣る。更に茜は見目麗しい。すると、か弱き乙女と女が限られた空間に二人きり、という構図となる。

 茜は体だけ起こし口に手を当てる。更に体をしならせ頬を赤らめながらこう言った。

 

「変な事するなよ?」

「あんたよ!」

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