第18話 ~着替えと抗争~


 茜は手早くその場で生着替えしようとボタンを外し始める。しかしこんな人目の付く場所で美少女が生着替えを始めたらどうなるか。火を見るよりも明らかだ。

 行き交う職員の男達が足を止めて視線を向けてくる。

 茜の噂は既に広まっている。シャワールームに乱入してきた女性職員の事からもそれは自明の理。

 茜は多くの視線にさらされ、流石に手を止めた。


「そうだったか……男だったらこんな事ないのに。面倒くさいなぁ……」


 男であればロビーで堂々着替える事ができる。せいぜい覗かれたとしても筋肉マニアか女性職員くらいで特に気にすることではない。

 すると通行人の一人がおもむろに口を開く。


「少女Aよ! 我々は一向に気にしない! 安心して続けてくれたまへ!」


 少女Aはセレナとエリザベスの会話を誰かが盗み聞きしたのだろう。

 その職員の男は威風堂々そう抜かした。


「へっ? そう? じゃあ――」


 その威風堂々ぶりに流されたのか、ボタンを外す茜の白く細い指が再び動き出す。

 だがそれを雪花の手が止めた。


「じゃあ、じゃないのよ。いい加減あんたも学びなさいよ」


 雪花の言う事も最もだ。茜は男と女の扱いの違いを体に染み込ませる必要があるだろう。

 その時、威風堂々言い放った男が通信機を手に取る。


「くっ、あの白髪の女が邪魔だ」

「え!? 私!?」

「やれるか!? 研究開発班!」


 するとその男と雪花を挟んだすぐ後ろから声がする。


「目視した、ストロー擬態の麻酔針の吹き矢で少女Bを狙撃する」

「ええ!?」


 目視するも何もその男は雪花の背後で茜の生着替えを覗こうと集まって来た野次馬の一人だ。手には無線機がある為、手前の男と通信しているのだろう。

 更にその横の男も通信機を手に取り口を開く。


「こちら解析班。少女Aの名前は茅穂月茜ちゃんだ。とても可愛いことが特徴だ。更に少女Bの名前は海白雪花、十六歳だ。因みにGカップだ」


 完全に遊んでいる。そして流石は解析班といったところだろう。雪花の氏名と年齢、バストサイズを的確に言い当てる。


「ちょっと! どこを解析してるんですか! 止めて下さい!」

「遊んでるだけだって、気にしない気にしない」


 茜は言って怒る雪花を面倒くさそうになだめる。

 ここにいる職員達は光達のような実働部隊ではない。実働部隊が有利に立ち回れるように研究、開発、解析したりする事が専門だ。表の世界に現れる事はほとんどない裏方である。

 だが華々しく活躍する実働部隊への強い憧れがあるのもまた事実。だからこんな子供じみたエージェントごっこを悪ふざけで行う事があるのだ。だが使用している道具は実際に採用されている品の為たちが悪い。


「よし少女Gをやれ!」

「そのGは何処からきた!?」

「お安い御用だ!」


 雪花の突っ込み虚しく、賽は投げられた。

 研究開発班がストロー状の筒に息を吹き込んだ。麻酔針は放たれ、真っ直ぐに雪花の方へ飛んでいく。

 その時、茜が欠伸をしながらぶかぶかのワイシャツの袖を振って軽く麻酔針に当てる。するとその麻酔針の進路が逸れ、雪花を飛び越えた。そして威風堂々変態発言を最初に言い放った男の眉間に突き刺さったのだった。


「あー、外したか。やっぱセレナさん達のようにはいかないなぁ」


 麻酔針の男は笑う。麻酔針が突き刺さった男は目を見開いたまま、直立不動のまま床に倒れてしまった。

 そこへ別の職員が現れる。


「あんた達何してんの?」

「全く男って本当ろくでもないわ」


 それは女性の職員達だった。襲われている雪花達を助けに来てくれたようだ。


「何がろくでもないだ! 俺達は日々崇高な努力をして――」

「だから何? 大体あんたいっつも私の肩を揉んでくるけどセクハラだから!」

「い、異議あり! それと本件とは何も関係が――」

「そもそもあんた日頃から気に入らなかったのよ!」

「なんだと! やるか!?」

「オーケイ、いい度胸じゃない! 皆! 日頃のセクハラパワハラの恨みを今ここで晴らすわよ!」

「おー!」

「野郎共! 毅然と冤罪に立ち向かい茜ちゃんの生着替えをこの手に掴みとるのだ!」

「おー!」


 日頃の鬱憤が溜まっていたのだろう。茜達のいるロビーは乱闘騒ぎになってしまった。


「雪花、更衣室で着替えるか」

「え? 放っておいていいの?」

「美人とは罪よのう」

「もう、何言ってんのよ」


 二人は女性専用の更衣室で着替える事となった。一応雪花は茜に見られないよう少し離れたところで着替える。


「着替え終わったか?」

「うん」


 二人とも型は多少違うがフリルの付いた可愛らしいワイシャツ。それにチェックのミニスカ、黒のニーハイソックスというアイドルのような出で立ちとなった。

 スリッパの茜には個別に赤いスニーカーが用意されている。


「まさか……私がフリルを着る日がこようとはな……」

「え? 可愛いじゃん。それにしても裏組織の人達が用意してくれた割に普通よね。全身黒タイツとか着こむのかと思ってた」


 それは夜に侵入するときの服装だろうと茜は突っ込みたくなるのを我慢し溜息をつく。


「お前はなんにもわかってないなぁ」

「なにがよ」

「今お前が着ているのは装備コード003。いろんな機能があるんだよ。まあ後で説明してやるよ」

「そう……それよりも」

「ん?」


 雪花はおもむろに茜のスカートをめくりあげた。


「うわっ、お前何やってんだ!」

「あ、ちゃんと女物のパンツ履いてる」

「当たり前だろ! これしかなかったんだから!」


 ただでさえ短いスカート。その下に女性ものだからと何も履かない程、茜の羞恥心は壊れていない。


「ブラも……」


 茜の背中をさすってブラ紐をチェックする雪花。


「している……」


 雪花は茜が男であった時の事を思い出す。そしてその男の姿で女物の下着を着用している所を想像した。


「何だよ……」

「変態ね。あんた男が女物の下着とかスカートとか着て恥ずかしくないの? 今は女だけど」

「女のお前が言うな……それにさっきも言ったけど割り切ればいいんだよ。仕方なく女装して潜入する事もあったし」


 女のような名前を気にしている為だろう。茜の顔が苦々しく歪んでいく。


「あんたがねぇ……流石プロだねぇ」

「でもその時はロングスカートだったけど、今回は短すぎだな」

「膝上のミニスカね」


 茜が履かされたのは膝の皿が完全に見える程の短いスカート。更にニーハイソックスが隠れるか隠れないかといった短さだ。


「こっちの方が恥ずかしいと思うんだよなぁ。お前、よくこんなの履いてられるよな。痴女かよ」

「痴女なわけないでしょ。普通よ」

「普通か……女すげぇな」


 着替えてロビーに戻ると先程の抗争は終わったようで男の職員達が床に倒れている。女性職員の勝利に終わったようだ。

 通路の角に戻ると丁度セレナがディランとギャリカを引き連れてやってきた。倒れている職員達を一瞥したものの誰も気にも留めず茜達の元へやって来る。


「お待たせしました」

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