第17話 ~シャワーを覗かれる茜~
先程、何故自分が倒れたかを雪花が茜に説明してやる。すると茜は何度かリングを外そうと頑張るも外すことが出来ず、諦めたのだった。
雪花はロビーに備え付けられた腰かけるが茜は立ったまま何かを探すようにきょろきょろしている。
「どうしたのよ。あんたも座れば?」
「風呂入ろうかなって」
「風呂?」
「ああ、二日も寝てたらしいし」
「そういやそんな事言ってたわね。早く入ってきなさいよ。臭うわよ」
「臭うか!」
この地下には職員が長期滞在できるようにシャワールームも完備している。
茜は歩き出すが雪花の言葉が気になったのだろう、胸元のシャツを引き上げて鼻をスンスンしている。雪花は本当に臭った訳じゃないだろうが茜やはり気になってしまう。身だしなみには気を使っているようだ。
「まじまじと自分の裸見るんじゃないわよ?」
「もう見たよ。立ち上がるものがないからイマイチぴんと来なかったけどな」
「立ち上がるもの?」
「じゃあ行ってくる。すぐ戻るから」
「うん。行ってらっしゃい」
茜は備え付けのシャワールームへ歩いて行ってしまった。
「立ち上がるもの……?」
シャワールームはもちろん男性女性に分かれている。更衣室は言わずもがなだ。
茜は悪いと思いつつも一応女子更衣室を確認してみるが今の所誰もいない。茜は安心して服を脱ぎシャワーを浴びる事にした。
「しかしこんなに美少女になるとはな」
見れば見る程、ため息が出る程の美少女。頭は小さく、背は低いものの足は長くモデル体型で頭身も高めだ。少し華奢だがきちんと食事をとれば健康的な細さになるだろう。
暖かいシャワーを浴びながら正面に飾られた曇った鏡を擦って自分の容姿を確認する茜。
「痩せてんなぁ……筋肉もないし。剣にプロテインでも貰って鍛えるか。胸は柔らかいけど……邪魔だなぁ」
胸を掴んでにぎにぎしてそんな事をポツリ。茜の小さな手から少しこぼれる程の大きさ。そしてどれだけすべすべで柔らかくともそれは自分の体についている物に過ぎない。そして元男からしたらそれは異物。邪魔でしかないのだろう。
「股間には何もなくなってるし……スースーして何だか落ち着かないんだよなぁ……どっかに落ちてないかな」
そう言って股間やら尻やらを泡立てたボディソープでしゃっしゃと洗ってお湯で流す。男であれば鼻血を出して喜びそうな光景だが茜は何も感じない。
そんな興ざめしたシャワーシーンを終えようとしているとシャワールームの入口から女性の声が。
「やばっ」
声からして二人。一緒に入ってきたようだ。
シャワーは横一列に並んでおり、間には一枚の板という簡単な仕切りで区分けされているだけ。しかも足は丸見え。背の高い女性であれば少し背伸びをすれば覗けてしまう程度の高さしかない。
「雪花に女の裸覗いたとか言われる前にどうにか逃げ出さないと」
一応後ろには不透明のカーテンで仕切られている。そしてすでにシャワーは終えており、後はシャワールームから退室するだけ。だから二人がシャワーを浴び出した後、ゆっくり退室すればいい。茜はそう思っていた。
だが入って来た二人の会話に茜は絶望する事になる。
「あ、あそこじゃない?」
「本当だ。カーテン閉まってる」
茜はびくりと背筋を伸ばしカーテンのかかった区画を探すが見つからない。一人しかいない事を確認してきたのだ。そんな区画、あるはずがない
茜はセレナが連れてきた少女。そして髪をカットされて可愛くなった。その上、煽情的な服装で廊下を闊歩し複数の職員達に見られている。噂になっていても仕方がないだろう。そしてその二人は噂になった少女を一目見ようとやって来た野次馬なのだった。
更に悪い事に、その二人組は茜のシャワー区画を挟んで両隣に陣取ったのだった。
「なんで両脇なんだよ……」
だが二人組が両脇に入った直後がチャンスだ、と茜はその区画から抜け出そうとする。だが時すでに遅しだった。仕切りの上から顔が覗いていたのだ。
「うわぁ、本当だ。めちゃめちゃ可愛い!」
「へ!?」
左側の仕切りの上から一人の顔が覗いている。
「頭ちっさいし、ほっそいねぇ!」
「うわっ」
逆の仕切りの上からも顔が覗いている。
「なっ、何で覗いて――」
「ねぇねぇ、あなたのお名前は?」
「歳はいくつなの?」
爛々と目を輝かせて尋ねる女性
「あ……茜、十六歳です」
名前は茅穂月茜という偽名を名乗り、年齢は変わらないのでそのままだ。
「ええ!? もうちょっと下だと思ってたっ」
「ほら、名前からして日和の子よ。あの国って童顔だから」
両脇からの質問と視線に責められ茜は困ってしまう。
「成程~、うわ~細くてうらやま~」
「胸はちゃんと成長してるわね。でも下は……つるつ――」
全身を舐め回すような視線に耐えられなかったのか、茜は何となくタオルで体を隠す。
女性に裸を見られるのは元が男であっても恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。
だが恥ずかしがってばかりではいられない。このままでは二人の女性の裸を元男である茜が見てしまう事になるのだ。そうなれば雪花からは変態扱いされてしまうことだろう。
「あ、あのっ」
茜は意を決して二人に話しかける。
「何々?」
「お、恋愛相談かな?」
次の瞬間、茜は背後のカーテンを開け放ち、入口へ向かって疾走していた。
「何も見ていないので!」
そう、叫びながら。
「あーん、もうちょっと見たかったのに」
「走ると危ないよ~」
茜は目を瞑り、足を滑らせて転びそうになりながらも何とかシャワールームから抜け出し、事なきを得たのだった。
茜は心地よい石鹸の匂いを漂わせながらシャワーから戻り雪花と合流する。
「全く、ひどい目にあった」
「どうしたの?」
「女が二人入って来た。しかも両隣に陣取って」
「ええ!? あんたまさか見たんじゃ!?」
「その逆だよ」
「へ?」
茜は雪花に命からがら逃げ伸びてきた戦場のように先程あった惨憺たる状況を語った。
「まるで視線で汚されたみたいな気分だ……」
「女あるあるね~。スタイルいいと見ちゃうもん」
「迷惑な……」
「あんたは見たらダメよ?」
「私は人の裸をじろじろ見るような事はしない」
ここで雪花の口が止まる。そして茜を無言で見つめた。
「……何だよ?」
「今……自分の事を私って言った?」
茜は初めて一人称を「俺」ではなく「私」と言葉にした。
セレナの罠に嵌り一人称の俺を使えなくなった茜。もしも一人称を「俺」などと発言しようものならはめられたリングによって流れる電気ショックで気を失ってしまうのだ。
「そうするしかないだろ。ビリビリが来るんだから」
「僕、でもいいじゃん」
「何かなよなよしてあまり好きじゃないんだよな。目立つし」
「でも私って使う方が元男からしたら嫌じゃないの?」
「性別が女性であればなりきるまでだ」
「元が男なのに? 恥ずかしさとかないの?」
そんな雪花の失礼な物言いに茜は溜息を一つ。
そして何もわかっていないと言うように雪花を蔑んだ目で見つめる。
「な、何よ!」
「いいか? 男の俳優でも女っぽい役を演じる時があるだろ? それで恥ずかしがって演じたら余計に恥ずかしいし周りも何だか気まずいだろ?」
「まあ、言いたい事は分かるけど」
「でも自分が女だって割り切って演じれば羞恥心なんかなくなる。逆にそんな演技も出来るのかと周りからも一目置かれる存在になる」
羞恥心は他人からの評価で恥にも自信にもなる。だから茜は女になり切る事でその羞恥心を打ち消そうという事だろう。
これは裏組織のトップエージェントの茜だからこそ出来る芸当だろう。
「何だかプロね……」
「ファウンドラ育成プログラムの演技指導の基本、恥を捨てろって教えられただろ?」
ファウンドラ育成プログラムとは裏社会のエージェント候補生にのみ課せられる試練だ。これを履修し、良い成績を収めた一握りが光やディラン、ギャリカのようなトップエージェントとして世界で暗躍するようになる。
「何それ、教えられてない」
雪花は成り行きで裏の社会へ来てしまった。ファウンドラの育成プログラムを受けもせずトップエージェントの仲間入りは少々優遇が過ぎるがセレナが決めた事だ。誰も文句は言わないだろう。
「まあ、お前は飛び入りだからな。優秀であれば育成プログラムは免除されることもあるし、短期コースもある」
「短期コースって?」
「さあ、セレナさんに何か言われなかったのか?」
「え~と、特には……ないかな」
そんな茜の言葉に雪花はお茶を濁す。
雪花はセレナに茜の護衛を装って足手まといになって欲しいと頼まれた。それは茜の為でもあるのだがそんな情けない事を本人に言える筈がない。それにセレナも茜本人に知られたくないだろう。茜が知ればきっとセレナに反発し雪花にそんな事する必要ないと嘆願するだろう。
「あっそ、まあ、恥を捨ててさっさと着替えようぜ。それ持ってきてくれた奴だろ?」
茜は雪花の横に置いてある紙袋に目をやる。
「うん。あんたがシャワー浴びてる間に持ってきてくれたの。でもなぜか二つもある」
「お前も着るんだよ」
「え? 私も?」
「ああ、お前ももうこっちの人間になったんだからな。相応の装備をしないとな」
「う、うん!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます