第16話 ~セレナのお願い~
寝かしつけられた光は目を覚まさない。どうやら気を失っているようだ。
「雪花さん、これから光君の事は茜とお呼びください」
目の前で光が気を失い倒れているのにセレナは意に介さない。
だがよく考えてみれば光が倒れる直前の言動と、それを真っ先に察知し支えた迷いのない行動はその原因がセレナにある事を示している。
「光に……いえ、茜が倒れましたけどもしかしてセレナさんが?」
「はい、一人称を俺にすると気絶する程度の電気が流れるようになっています」
「えええ!?」
雪花の思った通り、やはりセレナの仕業だった。
「このリングにそんな無駄な機能が!?」
「無駄でしょうか?」
「え、いや、その……」
セレナの表情は真剣そのものだった。
雪花はそれでも無駄、という言葉が消えてなくならない。
「無駄でしょうか?」
更にもう一度、セレナから全く同じ言葉が発せられる。二度も投げかけられる同じ言葉は雪花にとって相当な圧に違なった様子。
「とても素晴らしい機能だと思います」
そんなセレナの圧に、雪花は屈し同調する。雪花は長いものにはまかれる主義なのだ。
「このような可愛らしい女の子が俺だなんて……せっかく女の子になったのですから私といって欲しいじゃないですか」
セレナは悦に浸るように目を細め雪花に同意を求める。
セレナはいたって真面目だ。真面目だからこそ厄介なのだ。
「違いますか?」
セレナは真っ直ぐに雪花を見据えて言い放つ。
「はあ、まあ、気持ちは分かりますが……」
雪花としてもそれは感じていた違和感だった。折角の可愛さが男のような一人称で台無しになっているのだ。それも個性、それも多様性だと言われればそれまでなのだが、それはまだ少数派だろう。
セレナは畳の上に用意されている座布団に正座し居住まいを正す。
「雪花さん」
「は、はい、なんでしょう?」
そしてつられるように雪花も対面に用意された座布団に正座した。
「あなたは本日、晴れてこちら側の人間になりました。なのであなたに任務を与えます」
「に、任務っ?」
それは寝耳に水だった。
今日雪花は光や剣、ディランやギャリカと同じ部隊に所属した。だが彼らと同じように飛空艇撃墜や犯罪組織の壊滅を命じられると少し困ってしまう。雪花は今の今までただの一般人だったのだから。
だがセレナから任せられた任務はたわいのない事だった。
「茅穂月茜さんの護衛です。よろしくお願いしますね」
「……へ? それが任務ですか?」
雪花は難しい任務を思い描いていただけに拍子抜けだった。
「はい、依頼料は前払いで百万ウルド振り込んでいます」
「百万!?」
更に高額の依頼料。この世界の平均年収を優に二十倍は超える金額だ。
「経費もろもろですが。足りない場合、追加可能です」
「で、でも光……茜に護衛って必要ですかね?」
雪花が疑問を抱くのも無理はない。
雪花が知る光は一般人が束になっても敵わない力の持ち主だ。それが少女の姿になったとしてもそれは変わらないだろう。
「雪花さんの言いたい事は分かります。この子はとても強いです。ですから傍にいるだけで結構です」
「はあ……」
「ただ少し、支えになってあげて欲しい」
そんな事を言われても具体的に何をすればいいのか分からない雪花。
眉根に皺を寄せて唸ってみるが何をしたらいいのか全く想像がつかない雪花。そんな雪花にセレナは言葉を続ける。
「あと光さん、もとい茜さんは少し……危うい所があります」
「危うい?」
「あの子はどこか、生への執着が薄いのです」
雪花が足を踏み入れる業界は常に死が傍で蠢いている。 裏組織のトップエージェントであったとしても少し足を踏み外せば簡単に死んでしまう世界。
そこで生への執着が薄ければ助かる場面でも諦め死んでしまう。これはこの業界では致命的な欠点と言っていいだろう。
「それって……お母さんの事が関係してます?」
光は四年前、天空都市の襲撃時に母を亡くしている。しかも手にかけたのは光自身。
「自分が実の母を殺してしまった事に対する自責の念を未だに抱いている。その事件から今まで一度も学校に赴くことができなかった事も、それが原因しょう」
切迫した事情があったのは事実だが実の母を自分の手で殺してしまった経緯がある。
雪花と剣はたまに日和の国に帰り学校に通っているが光は一度も通っていない。
「光君を引き取った当初は酷いものでした。ふさぎ込み、暗く、無鉄砲で傷つくことを恐れない。だからいつも重症を負っていました。今はこの仕事の意義を見つけてか、明るくなってくれましたが」
横に寝かした光の前髪を優しくかき分けながらセレナは言う。
「どうしようもなくなったり、追いつめられる状況になると自分の命を軽く考えるといいますか」
自己犠牲という言葉がある。それは正義の為であれば自分の犠牲を厭わない事。
ファウンドラは正義を掲げた組織である。その為、正義の名の元に行われる任務を光は自己犠牲の基に行ってしまう。それをセレナは危惧しているのだろう。
だとすれば、その任務はお門違いなのではないかと雪花は思ってしまう。
「それだと私がいないほうがいいんじゃ……足手まといになるかと」
「あなたを助ける為、自分の命を犠牲にする可能性はあります」
セレナは雪花の言葉を肯定する。
ならば尚更これは悪手ではないか、と雪花が口を開こうとしたところをセレナの言葉がそれを制す。
「だからこそです。あなたを助け、更に自身も助かる道をこの子には模索して欲しいのです」
「え」
「あなたを助けて終わりではなく、自身も助からなければ雪花さんだけでなく周りも不幸になる、と。雪花さんにはその道しるべをお願いしたいのです。それがひいてはこの子を助ける事につながる……私はそう思うのです」
「そ、そんな! 無理ですよ!」
支えをして欲しいという軽い依頼から一転、光の生への支えという重い依頼に変わる。
やはり荷が重い。無理だからこの任務は無しにしてもらおう。だがそんな雪花の思惑もセレナに肯定されることとなる。
「無理でもいいのです」
「え?」
「無理でも構いません」
「い、いいんですか?」
「はい、特別な言葉もいらないのです。ただ、あなたの思った言葉をこの子に聞かせてあげて欲しい」
更にセレナは驚く行動にでる。
「お願いします」
「セレナさん!?」
セレナは前に両手を突いて静かに頭を下げる。土下座とまではいかないまでも深く頭を下げるセレナ。
いつもすました表情で何事にも動じず、大人の見本のようなセレナが頭を下げる。
そんなセレナに雪花は何も言い返せずに固まってしまう。
「わ、わかりました! 分かりましたから顔を上げてくださいっ」
セレナは顔を上げるといつものすまし顔だが、少し曇っているように見える。
「ありがとうございます。雪花さん」
と、その言葉が出た時には既にセレナの表情は微笑んでいた。
「はい……でもそれなら剣に頼んだらよかったのでは」
「あの子は寡黙なので」
「あいつ、どれだけ寡黙なのよっ」
「それに剣君が危機的状況に陥る状況が思いつかないので」
「え? それで私を!?」
雪花を窮地に立たせ光にはともに助かる方法を模索させたいのだろう。その役は雪花が適任であり、剣にとっては役不足だ。
窮地に立つ役割を任務として与える所業は鬼畜と言ってもよいだろう。だがそれを与えた当の本人は「うふふ」と優しく微笑むだけ。
「うふふっ、じゃなくてですね……はぁ、もう分かりましたよ。何とか足手まといになってみます。それで百万ウルドならお釣りがきそうですから」
ため息をついて雪花はセレナを見つめる。そしていったん床で気を失っている光を見て再度、セレナを見つめた。
その視線の動きに違和感を感じたのかセレナが首を傾げる。
「何でしょう?」
「セレナさんって……基本的に光に甘いですよね。お母さんみたいですよ」
雪花は少し笑い、思ったことを素直に言っただけなのだがセレナの反応が少し大きい。
セレナは目を丸く見開いたのだ。
「え? あ、そうですよね! まだセレナさん若いのにそんな――」
「この子とは……色々とご縁がありまして」
「縁?」
セレナは話すかどうか迷い開いた口を閉じた。そして少し気恥しそうな表情をして雪花を見据える。
「それはまた、今度お話ししましょう。あとお母さんというのは止めて下さい。まだこの年代の子供がいる歳ではありませんので」
「わ、分かりました! ごめんなさい!」
雪花は先程のセレナよりも深く頭を下げて誤った。それを見てセレナはクスクスと笑うだけ。
「そうそう、剣君にも茜さんの護衛を依頼しています。不服そうでしたが」
「不服?」
「はい、何で俺が女の子の護衛なんかって、もっと他の任務がしたいと」
ファウンドラは世界平和を掲げ、光と剣のコンビに飛空艇撃墜のような大きな任務を与えている。
それが女の子の護衛となるとどうしても見劣りしてしまうのだろう。
「まあ、それはそうか……」
剣の言い分も分からなくないと雪花は思案する。
しかしそんな剣も不服ながら依頼を受けることになったようだ。今の雪花のように。
「どんな策略で剣を説得したんですか?」
不服であれば説得しなければならない。
だとすれば先程のように頭を下げたのだろうか、と雪花は軽い気持ちで聞いてみた。しかし返ってきた答えは剣に同情を禁じ得ない言葉。
「策略だなんて……私はただ、光君がいないあなたに何ができるのですかと言っただけなのですが」
「ひえぇ……」
雪花とはまた違う次元の残酷な言葉に雪花は声が出ない。
剣には非情なまでに辛い一言だっただろう。
「剣君は実技はいいものの、頭の方があまり宜しくないので。光君の補佐的な役割にしていました」
「成程、つまり筋肉バカということですね」
「端的に言えば」
「了解しました」
「では茜さんとロビーでお待ちください。色々手続きを行ってきますので」
雪花は茜と与えられた荷物を抱えてロビーに運んだ。そこは職員達が行き交う通路の角に設置された小さな空間だった。
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