第15話 ~選び選ばれ~
セレナの背後には壁一面に刀が陳列されている。恐らく三十振り以上はあるだろう。
「え? 刀なんて持っていいんですか? その、一般人になる光が」
「許可があればいいですよ。銃刀所持許可証も作れます」
雪花の心配にさらりとセレナが答えを返してやる。
この世界では基本的に銃や刀等、脅威となる武器の携帯は禁止されている。
しかし命に関わる事情や職業、場面によっては所持が許可される。
「刀は何があるんです?」
そんな事はいいから早く刀をくれとばかりに、光はセレナに尋ねる。
「あんたさっきまでしょんぼりしてなかった?」
雪花が横目に見れば光は興奮するように目を爛々と輝かせている。
「セレナさんは刀マニアでさ、結構有名な刀持ってるんだよなぁ」
そして光はもうセレナの体調については目をつぶり、言及しないことにしたようだ。
セレナは立ち上がり壁に掛けられた刀の一つを手に取る。
「例えばこの薄明刀などどうでしょうか? 刀身の色が夕焼けのみたいでとても綺麗ですよ」
光も立ち上がってその刀を手に取ってみる。
「う~ん、少し重いなぁ……もっと軽いのないです?」
光は少女の姿になったせいで筋力も落ちているようだ。現にルイスを脅そうとした時、刀を振れずとんだ痴態を晒してしまった。
刀の重さは大体どれも一キロ程度。元が男の体だったので余計に重く感じるのだろう。
「これで重いとなると……」
セレナは刀のコレクションをしている程だ。重さも全て承知しているだろうがこれ以上に軽い刀がないのか、困り果てているようだ。
雪花もどんな刀があるのかと見て回ることにしたようだ。立ち上がり刀を見て回っている。
光はセレナのコレクションを持ち上げて置いてを繰り返したり、柄付近で持ち上げ、長さやバランスを測ったりしている。
するとあるところで手が止まる。
「これは」
光はとある刀を持ち上げ鞘から引き抜いた。
芸術的観点から言えば全ての刀に言える事だがどれも美しい。しかしその刀だけは頭一つ抜きんでていた。
それは他にあまり見ない青い刀身だったからだ。
空を映した水面から、すこし潜ったような深い青。鏡のような刀身に光の髪は同化し、桃色の瞳がより一層際立って浮かび上がる。
更にその瞳を釘付けにするのは刃の模様だ。まるで桜の花弁を模したように乱刃が刻まれている。連なるように刻まれた模様がその美しさに拍車をかけていた。
桜の花弁の模様と光の桃色の瞳が合わさって本物の桜が花弁に見えた。その時、セレナが口を開く。
「それは……青桜刀です」
「青桜刀? へぇ、確かに」
とは刀の名に桜がついている事だろう。感嘆のため息とともに吐き出す光。
更に光は刀を更に高く掲げて部屋の光源から刀の質を伺う。
「乱刃の模様が桜の花弁の形をしていて刀身が青い事からその名前がついたようですが……」
セレナは先程から歯切れが悪い。
もしや青桜刀は他の刀と比べて貴重なもので光にあげたくないのかもしれない。
「ですが?」
「その……重くはないのですか?」
「え? はい。めちゃめちゃ軽いですよ?」
「本当に?」
セレナの心配をよそに、光は刀を上下に揺さぶる様はまるでマーチングバンドの先頭を歩くドラムメジャーのよう。
「ほら」
無理をして軽さを演出している様子でもない。
光は気に入ったようで素振りして手になじむかを確かめている。
「手になじむ感じもします」
「そう……ですか」
セレナはいつもはきはきと喋るのだが今だけはなぜか歯切れが悪い。
その表情に驚きと戸惑いが垣間見えた。しかしその二つはすぐに消え去り、逆にどこか懐かしむように目を細くして光を見つめた。
「この刀……何か訳有ですか?」
光も鬼ではない。何か訳有であれば他の刀を選ぶこともやぶさかではないのだ。
セレナはゆっくり目を閉じ、そして開いた時にはいつもの凛とした表情に戻っていた。
「これは私の尊敬する方の形見として授かった刀です」
「あ、そうだったんですね」
光は悪いことをしたとばかりに刀を鞘に納めセレナに手渡した。
「お返しします」
セレナはその刀を目を細め、やはり懐かしむように見つめる。直後、どういうわけか他の刀を眺めていた雪花にその柄の部分を差し出した。
「え? 私?」
「雪花さん、刀を抜いてみてください」
「は、はあ」
雪花は訳が分からず、恐る恐る柄を握って刀を引き抜くとその芸術的な青い刀身が姿を見せる。しかし次の瞬間何を思ったのか雪花はその刀を足元の畳めがけて打ち下ろした。
「うわっ、雪花お前何やってんの?」
危うくセレナの足に当たりそうな雪花の剣閃に光はたじろぐもセレナは全く動じない。その様子を見て光がまさか、と口をついて出た言葉が。
「妖刀!?」
光は答えを求めるようにセレナに目を向けるが噴き出すように笑い始めたのでどうやら違うようだ。
「残念。不正解です」
「なんだぁ、びっくりした。あははは」
「うふふふ」
そんな朗らかな会話の中、雪花は未だに畳に突き刺さった刀を握っている。
「いやいやいや、笑ってる場合じゃないって!」
「何してんだよ雪花。早く引き抜けよ。あと畳弁償しろよ?」
眉間に皺を寄せてお尻を突き出し、畳に突き刺さった刀を必死に抜こうと頑張る雪花。
「冗談じゃない! マジで冗談じゃないから! 手伝って! 速く引き抜いて!!」
「光さん。引き抜いてあげて下さい」
「はあ?」
なぜ雪花がそんな事になっているのか、何故セレナが抜かないのか、光は分からないことだらけだ。
引き上げようとする雪花をどかして光が片手で刀を握る。
「ほい」
光が少し力を入れて刀を引くといとも簡単に抜くことができたのだ。
「なんだ、簡単に抜けるじゃん」
「え!? 何で!?」
雪花はなぜそんなに軽く抜けるのか驚き、光は軽く引き抜けた事に驚いた。そこで光は気が付いた。雪花が自分を担いだことを。
「ははぁ~、やるなぁ雪花、お前演技の才能あるかもなぁ」
「いやいやいや、そんなわけないでしょ! あんたまさか怪力の持ち主?」
「え? そうなの?」
雪花はすぐそこにあった机に光を呼んで腕相撲を要求する。先程の事で勝てると思ったであろう光は袖を腕までまくって意気揚々と挑んだ。
しかし哀れ、光は軽く押しきられ、その反動で思いっきりゴロゴロと転がって壁に激突しまたしても痴態を曝したのだった。
雪花は両手を天に突きだしてガッツポーズ。茜は壁で打ったであろう背中をさすっている。
「勝った!」
「いたた……なんだよ、やっぱただの演技じゃん」
「いや、演技じゃないんだけど」
そんな二人をくすくす見て笑っていたセレナが口を開く
「実はこの刀は不思議な性質がありまして、特定の人以外が鞘から刀を抜くと重くて扱えないのです」
「そんなまさか。雪花」
「ん」
そんな眉唾な話、と光は再度雪花に渡してみると本日二つ目の穴が畳に空いた。
「んぎぎぎ! 重いって!」
「不思議だ」
「私で実験しないでよ! そして刀持って!」
二人のやり取りを微笑みながら見守るセレナ。そして口を開く。
「その刀が良いのであればそれをあなたに預けます」
「え? でも、大切な形見なんじゃ?」
光は心配そうにセレナを見上げるがとうの本人は満面の笑みだ。
「大切なものだからこそです」
セレナは床に刺さった刀を抜いて鞘にしまう。そしてその刀を大切そうに両手で持ち、光に差し出した。
「ですので必ず返してくださいね」
光はその刀を掴もうとして留まった。
「あ、なんかこれ映画で見たことあるぞ?」
「いわゆる死亡フラグって奴ね」
「死ぬのかな……雪花」
「何で私が死ぬのよ。早く受け取りなさいよ」
「ですので必ず生きて返してくださいね」
「フラグ感強めで言い直さなくていいですよ、ていうか死ぬの俺ですか……でもこれは流石に」
光はまだ戸惑っているようだ。
これはセレナの尊敬する人が持っていた刀であり形見でもある。セレナも大切にしている様子。光にとって刀は軽いがセレナの想いが詰まり過ぎている。なので携帯するには少し重い。
だがセレナは刀を差し出したまま動かない。
「メッセージを素直に受け止めましょう」
「メッセージ?」
セレナは努めて優しい口調で、ゆっくりと子供に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
「刀が軽い、それがあなたへのメッセージではないでしょうか?」
「俺への?」
「刀があなたを選んだ。あなたもその刀を選んだ。つまりはそういう巡り合わせ……運命だという事なのでしょう」
「運命……」
そう言ってセレナは光の手を取って刀に載せた。それを握り、半ば強引だが光の小さな手に刀が収まった。
光はそれをしばらく無言で見つめている。
自分にだけ軽い刀。
それに似た物語があったなと、光は思い出す。
勇者にしか抜けないとされていた剣があり、どんな貴族や豪傑、力自慢でも抜くことができなかった。しかしとある平民の平凡な少年が剣を抜いて勇者となり、悪を撃ち滅ぼす。
そんなありきたりな物語。空想上でしかないような物語の主人公に皆一度は憧れるものだ。
そして運命という巡り合わせというセレナの言葉に光は少し興奮を覚え頬を蒸気させる。
光はセレナの大切な形見であり、選び選ばれたその刀をしっかりと握りしめた。
「いつ誰が」
不意にセレナが口を開く。光が刀から視線を上げると、とても優しそうに微笑むセレナがいた。
「どこでどのように製造したのかは全くの不明です」
ゆったりとした口調、そして瞼の裏の望郷を覗き見るように目を瞑りながら語りだす。
「ですがこの刀はどんな力をもってしても折れない硬度を誇り、弾丸を受けても刃こぼれしない強靭性、更には大きな岩さえ一刀のもとに両断する切れ味を持つ」
セレナは静かに瞼を開き、刀に手を添える。
「そう……聞き及んでいます」
尊敬する人から刀と共にその口上も受け取ったのだろう。目にはどこか懐かしむ柔らかさと寂しさが入り混じっていた。光は一つ笑って口を開く。
「何ですかその子供が考えつくような最強の肩書は」
「私には扱えなかったので真偽は分かりません。ですがそんな肩書に負けぬよう日々精進を」
セレナは最後にそう言って光に微笑みかけた。
「肩書に負けるどころか、俺に言わせれば鬼に金棒ですよ」
いくら名刀でも担い手がなまくらではただの鉄の塊と化す。だが光は裏組織の凄腕エージェントだ。その刀の使い手として不足はないだろう。
「でも分かりました。謹んで頂戴します」
光は刀を両手で前に突き出し、セレナに向かって礼をする。まるで何かの表彰状を受け取るかのように。
かしこまった光の態度が可笑しかったのか、セレナはクスクスと笑った。
「では後ほど収納石を付けて携帯できるようにしておきます」
「ありがとうございます」
収納石とは光やバドルが使用していた小さな宝石だ。それを刀に埋め込むと刀をその宝石に収納し持ち歩きやすくしてくれる。便利な石だ。
「それで今後のお金とかは?」
「通常、戦争孤児なので補助金が出身国である日和の国から出る筈です。個人口座に振り込まれる筈ですがとりあえず一万ウルド程口座開設時に振り込んでおきました」
「一万ウルド!?」
と、雪花が驚きの声。
一万ウルドといえば十六歳の女子であれば一年間普通に生活するのに困らない程度の金額。
「一万ウルドだけ!?」
「だけってあんた!?」
この世界では一人に一つ口座を作ることが義務付けされている。
戦地や人が踏み入らないジャングルの奥地でもない限り個人情報は全ての国が加盟する世界共通情報センターによって一元管理されている。
「俺の口座からは!?」
「そんなことをしたらお金の流れを怪しまれて正体がばれる可能性があります」
「そんなぁ……そうですよねぇ」
「それと、このリングを手首に装着して下さい」
「何です? 便利グッズですか?」
細い金属性のリング。
セレナから送られたものなので特に警戒もせず手首に通す。すると光の細い手首に合わせて縮まった。しげしげとそのリングを見つめるがどこにもつなぎ目が見当たらない。
「え? あれ、これどうやって外すんですか?」
自動で縮んだためどうやって調節してよいか分からず、光はセレナを不安そうに見上げるとニコリと微笑んだ。
「あなたの一人称が少しだけ耳障りなので禁止することにしました」
「へ? 俺は俺ですよ!?」
そう話した瞬間、リングが発光し、空気が震え、バチリと通電する音が響く。
音が消えるとほぼ同時、可愛らしいうめき声が発せられ光は前のめりになって倒れた。それをセレナが片手で支え、さっと畳の上に寝かしつける。
「え? 光!? どうしたの!?」
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