第14話 ~服の採寸とセレナの事~
光は服の上から紐で巻きつけられ採寸をしていた。
「ちょっと痩せてるけどいいスタイルしてるわよ、あなた」
光を褒めるエリザベスにも光は何も答えない。光は俯いて浮かない顔をして黙りこくっていた。
ついさっきまで仲良くべたべたしていたのに急に触るなと声を荒げられたのだ。光のショックは計り知れないものがあるだろう。それが光を面倒見てきた師匠であり上司でもあるのだから尚更だ。
それを見てエリザベスは辛そうに笑う。
「ねぇ、あなた」
「へ?」
見ればエリザベスは膝を追って光と自分の目線を合わせていた。
「セレナはとてもいい子よ?」
歳で言えばエリザベスはセレナよりも上だ。一回りくらい離れているかもしれない。だからか、あの子などとセレナを子供扱いするエリザベス。
唐突な子ども扱いに光は目をぱちくりと開いていくらか瞬かせ、そして思わず笑ってしまう。
「何ですか、急に」
「ふふ、笑ったわね」
エリザベスによるセレナの表現で笑う光。それを見てエリザベスはご満悦だ。
「なら、あなたもいい子に違いないわね」
「どういうことですか?」
この言葉には少し首を傾げてしまう光。自分はただ完璧超人であるセレナをいい子だと揶揄するエリザベスが面白かっただけなのにと。
「だってあんなに酷い事を言ったセレナをいい子だ、なんて言われて普通笑えないわよ?」
成程、と光は納得して頷いてしまう。
セレナの事を知らず、あんな仕打ちをされたとすれば逆に怒りの表情を浮かべてもおかしくはない。
だがクスクスと困ったように笑うのであれば、光がセレナをいい人だと認識している事に他ならない。
「あなたとセレナが深い関係にある事は分かったわ。案外セレナの隠し子だったりして?」
「あはは、まさか」
「ふふ、さっ、後はこれを渡して作るだけね」
エリザベスは端末にペンで何かを書き込んでいる。恐らく光の体の情報だろう。
「ねぇエリザベスさん」
「ん?」
「ちょっと聞きたいんだけど」
「さっきのセレナの事ね?」
それはエリザベスにとって容易く推測できる質問。
光は黙って頷いた。
「残念ながら、私も分からないわ」
だがそれは答えられない程難しい質問だったようだ。
光は分かりやすく肩を落とす。
「そう……」
「もし何かあったとしても本当の事を私達に言いそうにないけどね」
セレナはそういう人だと、光も思う。だから光も正直に頷いて同意した。
光達の上司であるセレナは弱みを見せたことが無い。
「どんな関係かは知らないけどああいう性格だから。あなたもさっきの事あまり気にしちゃ駄目よ?」
だから先程の失態も見られたくなかっただろう。弟子である光には尚更。
だから光にきつい言い方をしてしまった。光はそう結論付ける事にした。
「別に……気にしてないけど」
だから気にすることではないと言葉と態度に出すそんな光はどこか子供じみていた。
そんな光の態度にエリザベスは小さく笑う。
「あなたとセレナはどんな関係なの?」
「さあ……自分でもよくわからない」
「そう、でもあれだけセレナが感情を露わにするって事はめちゃめちゃ嫌われているか、とても好かれているかのどちらかね」
「後者である事を祈るよ」
「後者に決まってるわ」
そんな話をしているとエリザベスにセレナから連絡が入る。
二人を自分の部屋に連れてきてほしいとの事だった。
「じゃあここまっすぐ言って突き当りの部屋だからね」
「はーい」
「頑張ってね」
勝手知ったる光は病院のスリッパでぱたぱたと歩いていく。採寸していた部屋の外で待っていた雪花もそれに続く。
「ねぇ、セレナさんとあんたの関係って何なの?」
採寸していた部屋の壁はさほど薄くはないし、この場所は結構賑やかでもある。先程の話は恐らく聞こえてはいないだろう。
雪花は光を抱きしめるセレナを見て少し疑問に思ったに違いない。
「上司と部下、師匠と弟子、みたいな関係かな」
「ふーん、恋愛とかはないの?」
「は? あるわけないだろっ」
「あっそう。それにしても……」
光と雪花は多くの職員達とすれ違い、多くの視線を浴びながら通路を進む。それも当然だろう。可愛らしく仕上がった髪と整った顔立ち、そこにオーバーサイズのワイシャツとくれば目を引かないわけがない。
「視線がやばいわね……」
雪花はその視線から光を隠すように先行して歩く。
「お前胸でかいもんな」
「いやいや、あんたよ!」
「へ?」
「ていうかはだけてるから! ちゃんと胸隠して!」
「胸くらい見られたところでどうだってんだよ。これだから女は」
「あぁ? じゃあ、はい!」
雪花が光を前に押しやると歩いている職員や話をしている職員、電話をしている職員全員が光に釘付けとなった。
「うっ」
「これでもまだどうってことないって?」
「ぜ、全然たいした事ないね。自意識過剰かよ」
「じゃあはい」
雪花はワイシャツをめくって光の肩や胸をギリギリまで露わにした。その瞬間、野太い声の歓声が上がり周囲が沸き立った。きっと地下での生活が長くなり、皆溜まっているのだろう。
「馬鹿! なにすんだよ雪花!」
「よ、予想外の反応よ! 逃げるわよ!」
二人はその野太い感性の中をひた走った。
そうしてセレナの待つ部屋に入る光達。
「失礼します」
セレナが座っているデスクとその前にテーブルと向かい合わせのソファが二つ。
そして目を引くのが白い紙と木製の格子で出来た引き戸。障子があった。
セレナは立ち上がる。
「先程は失礼しました」
「いえ」
心なしか元気のない光。雪花がその様子を覗こうとしたらそっぽを向かれた。
「何で向こう見るのよ」
「何がだよ」
その様子を苦笑し、セレナは障子の戸を開けた。
「どうぞこちらへ」
中は和室だった。畳で敷き詰めれられたその部屋はとても広く、軽いキャッチボールならできてしまうくらいの空間だ。壁には掛け軸や刀が飾られ、色鮮やかな壺が一つ置かれている。その横の棚には控えめな色の草木が活けられていた。
「こんな所に和室部屋があるなんて」
雪花が驚いて辺りを見渡した。
雪花や光は日和の国出身であり和風の部屋はなじみ深い。しかし今は遠く離れた西洋の国にいる。
「セレナさんは日和の国が好きなんだよ」
「へえ~、和だねぇ」
「だからいつも持ち歩いてるらしい」
「えーちょっとよくわかんない。どうゆうこと?」
「お座りください」
雪花の疑問むなしく、用意された二枚の座布団に座らされる二人。小さな低い机を挟んで対面にセレナが座る。
「ではこれからの事を」
「はい」
セレナは手のひらサイズの薄い長方体の携帯用端末を机の上に載せた。
「光さんには別名を名乗ってもらいます。日和の国出身、海外在住の戦争孤児、という設定で元の姿に戻るまで過ごしてもらいます。父親は行方不明、母親は死亡」
「はい」
特殊な事例がない限り、別人に成りすます場合は本人の境遇に合わせる事になっている。
ぼろが出てしまった時に釈明しやすくする為だ。
光はその端末を手に取り画面をタップする。画面に光の顔が映し出され、承認の文字が表示される。
画面が切り替わり、そこには先程セレナが言った通りの偽造情報が表示されている。
「それをあなた専用のスマコンとしてお使い下さい」
スマコンとは一人に一台、所持が義務付けられている端末だ。それ一つで身分証明、公共機関の乗り降り、買い物、海外旅行等が可能となる。
「名前は……かやほづきあかね?」
「茅穂月茜、十六歳、五月五日生まれ、女性。桜之上学園に通学してもらいます」
光はその情報をじっと見つめて何か考え込んでいる。
そしてセレナに目を向けて尋ねた。
「ルイスの行方は分からないんですか?」
「完全にノーマークでしたので。ルイスの情報はこちらでも調査してみます。何かわかり次第報告します」
すぐに元に戻れると思っていた光。
しかしルイスが見つからないのでは元に戻りようがない。もし見つけられたとしても薬のデータはバックアップできていないだろう。一度作ったのだからもう一度作れるだろうがその為の研究にどれだけの時間を費やしたかは分からない。
この分だと当分戻れないなと、光は溜息だ。
「そうですか……わかりました」
「では他に質問は」
「さっきの事ですがどこか悪いんですか?」
光はさらりと聞きづらいであろう事を聞いた。さらりと尋ねればノリで答えてくれそうなそんな軽いテンションで。
だが先程エリザベスと話したようにセレナはそんな事話したくないだろう。
セレナは即答せず、一度目を閉じて一泊置いた。そして口を開く。
「いえ、大した事ではないので」
「ふーん」
やはりか、と光は目線を逸らす。
そして逸らした先はやや下方向。顔も俯けて少し唇を尖らせて。
「そんな大した事ないのに触らないでっ、なんて傷つくなぁ」
光は師匠にあたる人物にも容赦がない。罪悪感を植え付けるような言い方でセレナを責める。
とうの本人であるセレナは目を閉じ口も閉じてしまう。
「……まあ、別にいいんですけどぉ。俺はただ心配だっただけですから……何ともないならそれでいいです」
ニコリと笑って最後のとどめを刺しに来る光。その笑顔は容姿端麗な顔と相まってとても可愛らしくとげとげしい。
これにはセレナも黙ったままではいられない。と、口を開く。
「先程のお詫び、といってはなんですが私のコレクションから一振り刀をプレゼントしたいと思います」
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