第13話 ~超絶美少女誕生~
「できたわよ」
そんなエリザベスの一言で傍で雑誌を読んでいた雪花が光に歩み寄り、鏡越しに見る。
光は結局、少し癖のある髪質を利用してふんわり感のある髪型となった。坊主ではなく肩まで届くか届かないかくらいの長さ。
更に長い髪をカットした事で隠れていた光の素顔を白日の下に晒した。
「は~こんな顔してたんだ。確かにちょっと可愛い……」
雪花は横からひょっこり顔を出し光の顔を覗き込みため息交じりに感嘆の意を示す。その光の顔は不満げだ。
確かに女になった光の顔は一般的に言って上位の部類に入る美しさだった。あどけなさが少し残るが目は大きく、均整の取れた顔立ち。そしてどこか視線を掴んで離さない妖艶さを持ち合わせている。
「うわっ」
「いってぇ」
背後でそんな声と何かが床に落ちる音。
見れば忙しく歩き回るファウンドラの複数の職員が正面衝突してしまったようだ。それは光の可憐な容姿に視線を奪われて。
光が振り向くと職員は急いで立ち上がり、光にニコリと笑って手を振り、そして落としてしまった荷物を急いで拾って逃げるように去っていった。
「そんなに?」
光はそんな光景を見てもう一度鏡を見てみる。
顔立ちがいい事は分かっていた。ルイスに女にされた時、鏡で光が一目見て可愛いと思ったのだから。だがそれは素材の話で今までは長い髪で覆い隠されていた。いくら素材がよかろうとそれを取り巻く物がやぼったいと平凡と化す。
そんなところにエリザベスのカットの技術力が加わればどうなるか。カット技術と素の容姿の良さが相まってこれ以上ない美少女に仕上がってしまうのだ。流石美容師と言われるだけの事はある。エリザベスもカットし甲斐があるというものだろう。
そして何より、元が男だからだろうか、愛らしい顔に凛とした強さが表情に滲みでている。
「確かに、美少女ではある……か」
「いや、ていうかめちゃめちゃ可愛いじゃん!」
「ああ、めちゃめちゃか――」
「こんなに可愛いの見たことない! アイドル……いや天使じゃん! 反則じゃん!」
「うるさいっ」
はしゃぐ雪花に光が一喝する。しかし光もまんざらではなさそうだ。鏡を見て唸ってしまう。
「可愛いな……」
男と女で可愛いの定義はまるで違うもの。だが女の雪花から見ても男の光から見てもそれはとても可愛らしいものだったようだ。ぼーっと鏡の自分に見とれてしまう程に。
「気に入ってもらえたようでよかったわ」
「はっ、これは俺だった」
ホットするエリザベスをよそに、光はすぐ我に返りため息をつく。
そこへ職員達に囲まれ、話し込んでいたセレナがその騒ぎを聞きつけてやってくる。
「あら……なんて」
セレナの声に光が振り返る。
セレナは目を見開いて既に顔を緩ませていた。そして両手を広げて足早に光に駆け寄ってくる。
「なんて可愛らしい女の子なんでしょうかっ。娘にしたいくらいです!」
セレナはとろとろに溶けそうな程にデレデレになって光を抱きしめた。
セレナの頬が光の頬を変形させ、申し訳程度の胸も押し当てられ光を縛るように放さない。普段の厳格な振る舞いのセレナを骨抜きにするほど光の少女姿は美しかったらしい。
「あ、あの恥ずかしいんですけど」
周囲を見れば置いてきぼりを食らった職員達も光の変貌した容姿に表情を緩ませている。通りすがりの職員達も足を止めて見入るほどに。
セレナと光のそんな光景は女同士の距離感だ。だがこんな姿をしていても光は中身は男。
光にとってセレナは師匠ではあるが異性。強く抱きつかれ気恥ずかしさもあるのだろう。傍には幼馴染の雪花もいるのだ。
「いいじゃないですか。私、昔から娘が欲しかったんです」
と現在二十七歳の独身女性が口をついて出るような適当な言葉を抜かす。
光には母がいない。数年前、天空都市アマデウス襲撃の際に他界した。
母を失っている光は昔、よくセレナに抱きしめられ、慰められることがあった。それは母を失った光を癒す為か同情か。その度に光は母親の事を思い出して辛くなり、セレナから逃げ出してしまう。
だがたまに逃がしてくれない時がある。その時に一番の有効打になる言葉があるのだ。
「じゃあ、母親になって下さいよ」
と光は呟いた。
別に光は本当にそう思っているわけではない。これは一種の殺し文句だ。それを言うとセレナはまだそんな年齢の子を持つ歳ではないとすぐに放れていく。
だが今回は抱きしめた腕に更に力が込められる。あまりにも光が可愛すぎたからか、セレナは少し興奮し過ぎている。
そんなセレナに光はつい昔を思い出してしまった。自分を抱きしめてくれた今は亡き、母親の事を。
「そうですね、では私の子供になりますか?」
「子供……ですか?」
いつもは引き下がるセレナが今回は引き下がらず、更にそんな問いをする。その為光は少し驚き、しかし母の事を思ってうつむいてしまう。
でも光は考えてしまう。セレナがもし母になったらどうなるのか、と。
厳しさと優しさを併せ持った女性。本当に母であればそれはそれで悪くはない。昔のように一緒に楽しく暮らせれば。
光の望郷で染められたそんな想いが言葉で漏れそうになった瞬間だった。突如光を抱きしめるセレナの腕から力が抜けていく。
「セレナ!?」
傍で見ていたエリザベスが声を上げる。
「え?」
光の位置からではセレナは見えないが鏡越しにも見えなくなっている。
既に体に巻き付けられた腕は解かれて体の自由は効く。光が振り返るとそこには信じられない光景が広がっていた。
「セレナさん!?」
自他共に認める完璧超人であろうセレナが床に倒れていたのだ。
セレナは時折、冗談を織り交ぜて遊んでくる。ついさっき雪花に命の危機をちらつかせた茶番にしてもそうだ。
だが苦悶の表情で苦しみ、体をくの字に曲げて先程切った光の髪が散乱する床に倒れ込んでいる。これが冗談であれば笑えないブラックジョークに他ならない。
光はセレナを起こそうと専用の椅子から飛び降りて手を伸ばした。
「しっかりして下さい! 大丈夫で――」
「触らないで下さいっ」
「え?」
セレナの怒声で光の腕は弾かれるように引っ込められる。
光の伸ばした手は他の誰でもないセレナによって静止させられた。怒るような、苦しそうなその声で。
「大丈夫ですから……一人で起き上がれます」
「あ……はい……」
セレナは苦しそうに体を起こし息も絶え絶えに言う。
雪花は訳も分からず光とセレナの表情を交互に見ておどおどしてるだけ。
だがなかなか立ち上がれないセレナ。見かねてエリザベスが駆け寄って抱き起す。
「セレナ!? どうしたのよ!?」
それを見て雪花も駆け寄ってセレナを起こしてやる。職員達も駆け寄ろって心配そうにセレナを見つめている。
「一体どうしたんですか!?」
「どこか怪我してるんですか?」
「セレナさんが……?」
光の助けは断固拒否したものの、二人の助けは拒否しないセレナ。光はその光景を心配そうに、そして少し複雑そうな表情で見つめている。まるで親に怒られてしゅんとしている子供のように。
「ありがとうございます。でも何でもないのです。本当に」
「何でもない訳ないでしょう!?」
エリザベスは息も絶え絶えのセレナの背中をさすってやる。
セレナは息を整えよろよろと立ち上がり、深呼吸する。
「……ではこの子の下着や服を、持ち物は警護対象用を……加えて装備コード003を」
そして何事もなかったかのようにてきぱきと指示を出す。
装備コードとはその時々の作戦によって武装する装備のセットである。その作戦の重要度や難易度、形式によって異なる。
装備コード003は一般人に溶け込む用の最低限の装備。しかしいざとなればいつでも任務に当たれる柔軟な装備コードである。
「あんたはそういうやつよ……わかったわ。じゃあAちゃんこっち着て採寸するから」
「……」
「ほらあなた達も仕事に戻りなさい」
散っていく職員達。そんな中、エリザベスの言葉が聞こえていないかのように光はただ立ち尽くし、セレナを見つめている。しかしセレナは一切光の方を見ない。
そんなセレナの様子を見てエリザベスは何かを察したのか、光の手を取って優しく引っ張ってやる。
「さ、行くわよ」
連れていかれる光はセレナの方を横目で見るがやはり視線は合わせてくれなかった。
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