第12話 ~光、髪を切る~
光達が所属する組織ファウンドラは表向きは多種多様な業務形態を展開している。この病院や運輸業・保険業・重工業・大規模商業施設等だ。
そしてこの病院の地下は光達のような特務エージェントの支部や新装備開発や提供、物資の貯蔵庫等を行っている。
ここはその施設に当たるのだ。
「うわぁ……地下ですよねここ? めちゃめちゃ明るいですね」
そこは地下深くに作られている。しかし意外にもかなり明るい。それはそこで働く職員達に配慮して。
ただでさえ地上からかけ離れた地下。更に薄暗いとくれば心を病む者も出てくる。その為必要以上に明るく、通路も広々としているのだ。
それ故か、行き交っている職員達の顔には陰鬱な表情は一人もおらず、生き生きとしている。
更にあちらこちらから話声や電話の鳴り響く音、軽い爆発音まで聞こえてくる。適度なBGMも流れており息が詰まるという事はなさそうだ。
「あ、セレナさん! お久しぶりです!」
「お久しぶりです。カーターさん」
「こんばんわ! セレナさん!」
「今は昼ですよ、ジェシカさん」
セレナが現れると職員達が次々に声をかけてくる。
「ああ、そうですか。ここにいると時間間隔狂っちゃって」
「おまり根を詰め過ぎないようにして下さいね」
「はい! でも後は着地地点対策が出来たらすごい事になるんですよ! それを考えると昼も眠れず。でも一週間くらいですよ?」
「ではイシハラドクターを向かわせましょう」
「げっ、あの人休め休め言うから嫌いなんですよ。この前なんてもうちょっとで完成って時に睡眠薬を後ろからプスリですよ!?」
「セレナさん、お久しぶりだね……と探しましたよジェシカさん」
「出たなイシハラ!」
「お久しぶりです、イシハラさん」
「聞いてくださいよっ、ジェシカさんもう一か月近く休んでないんですよ」
「ばらすなイシハラ!」
セレナはそれらに笑顔で応対し、更に支部ではあるものの職員の名前も全て記憶しているようだ。そこからも職員達のセレナに対する信頼度や親しみやすさが伺い知れる。
彼らはここで働くファウンドラ社の裏組織の職員達だ。ここでは約百名程が働いている。
「なんか意外ね、裏の組織っていうからもっと厳格で暗いイメージがあったのに」
裏の世界が怖いのか光の両肩をぎゅっと握りしめて背後に張り付く雪花。
「そりゃあ楽しく明るい職場がファウンドラのモットーだからな。あと肩がめちゃ痛い」
「そういうもの?」
「そういうもの。あと肩が壊れる」
意外な光の言葉に雪花は目をしばたかせる。
「あ、ディランさん。この前の爆弾ペンシルどうでした?」
「ああ、爆発範囲と威力は申し分ないがもっと画数減らしてくれないか? 書いてる間に敵が来ちまう。何だこの南無阿弥陀仏って」
「洒落が聞いてていいでしょ? それに簡単に書けたら誤爆してしまうかもしれないし、でもディランさんがいうなら……うーん、改良の余地ありか」
「ギャリカさん、今度は何人とやったんですか?」
「新記録達成よ、聞きたい?」
セレナだけでなく、ディランとギャリカも質問攻めにあっている。
「すごい人気ね」
「ファウンドラの中でもセレナさんの部隊は実力トップ、かつフレンドリーでフランクな奴が多いからな」
「他の部隊は違うの?」
「気難しかったり暗かったりするやつが多い印象だな。後は偉そうな奴が多い」
「裏組織の部隊って私も何かそういう印象だわ」
「その点俺達は強くて気さく、慕われない方が可笑しいだろ?」
「ふ~ん、それはあんたも?」
雪花は疑いの目、というよりも自画自賛している光を呆れと疑いの目で見ていると言っていい。
「なんだよその目は。当然だろ」
「剣は?」
「あいつは評判悪い」
光は短くそう吐き捨てた。
「え? そうなの?」
「あいつは愛想がないからな。寡黙だし」
「可哀そう」
「でもそこがいいっていう職員もいるけど」
そんな事を話していると一人の職員が光に気づく。
「うわっ」
その職員は光をひょいと持ち上げた。
「セレナ、この髪が長い毛玉ちゃんは誰ちゃんかしら?」
光を持ち上げた職員の名はエリザベス。光とは顔なじみでファッションコーディネータや美容師・特殊メイク等のスキルを持つ。
任務で必要な変装、イベントや様々な施設に潜入する際に必要な外装の作成・監修を行っている。
「すごくキュートな子じゃない」
長い髪を少し掻き分けただけでそう判断するエリザベス。
前髪は斜めに切り揃えられた清潔感のある黒いショートカット。色気を漂わせる紫のアイシャドーに長いつけまつげ。爪には黒いマニキュアが塗られている。
服装はシンプルなワイシャツに黒いパンツだ。そしてそのワイシャツや黒いパンツがパツパツになるほどの筋肉を誇る男である。
「少々、込み入ってます」
「そう」
ここの職員以外で訪れる人物は訳有が多い。
エリザベスはすぐに理解したようでそれ以上詮索することはない。
光は丸々とした太く逞しい腕に座らされる。
「しかしちょうどよかったです。この子……この女の子Aちゃんのヘアカットを。そして派手ではなく、しかし目を引くような服をコーディネートしてもらますか?」
光を何と呼ぶか迷った末、適当にAちゃんと命名するセレナ。
あまり知られたくないという光に配慮しての事だろう。
「ええ、いいわよ。今手が空いてるし。さ、行くわよ」
エリザベスは意気揚々と歩き出すと一人の少女が前に飛び出し、待ったをかける。
「ザベスさん! 手なんか空いて無いんすよ!? 別部隊のパーティ用のドレスとスーツ頼まれてるじゃないですか!?」
「エリザベスとお呼び! それにあの部隊隊長、偉そうで嫌いなのよ」
「仕事なので! 好き嫌いじゃダメなんすよ!」
「カミラ、あなたがやってみなさい」
「え、いいんすか?」
「ええ、あなたももう一人で出来るでしょ」
「ありがとうございます!」
「あ、でもできたら一応……っていない。まあいいわ」
カミラと呼ばれる少女はエリザベスの弟子のようだ。
「いいの? ほっといて」
「いいのよ。最後だけ見せてくれれば」
腕に座らされたまま光は連れていかれる。質問攻めにあっているセレナ達を置いて。
「あ、ちょっと置いてかないで」
「あら、あなたは?」
「雪花です。その子……Aちゃんの付き添いで」
「そう、あんたも訳有ね。お茶でも出すわ」
「いえ、その……はい」
雪花も光の後に続く。
光は美容室のようなスペースに連れてこられて良く美容室に置いてあるような回転する椅子に座らされる。
前には鏡、後ろにはエリザベスが作業工具を腰に巻いて立って鏡越しに光を見下ろしてくる。
「さて、Aちゃんはどんな髪型がお望みかしら?」
「坊主で」
エリザベスは絶句する。女の子でありながら坊主を所望する光に。
髪型はそれ一つで容姿だけでなく、その人物の印象を大きく変える要素の一つだ。更にセレナからの要望もある。一番は本人の要望に答える事なのだがそれが坊主では二つ返事で了承する事ができない。
「な、何故坊主なの?」
「楽そうだし、一度やってみたかったんだよね」
理由はそんな適当で浅はかなものだった。
髪型に人生をかけているといってもいい美容師にとって屈辱でもあり侮辱でもある。
「あなた、それは私に喧嘩――」
エリザベスは怒った。怒りを通り越して眩暈でふらついてしまう。
「はぁ……落ち着け私……」
深呼吸をし自分を落ち着かせるエリザベス。
客の要望に応えるのが美容師の仕事ではあるがエリザベスにも譲れないものがあるらしい。
「ほら、これだけ髪が長いんだもの、いろいろな髪型ができるわよ?」
「へ? 坊主でいいけど」
光も職業柄、坊主は避けていた。それは単に目立ってしまうという理由から。
一般人に溶け込むよう、また変装が楽になるように長すぎず短すぎない無難な髪型が求められる。だから男であった時は前髪は目に届くくらい、横は耳にかかるくらいであった。
だが少女の姿になった今、セレナもこの姿のまま任務にあたらせることはしないだろう。髪型は自由だ。
「ほ、ほらこの写真の中から選んでみたらどうかしら?」
そう言ってエリザベスが取り出した本には様々な髪型の写真が掲載されている。
「今風はこれとこれとほら、これなんかすごく可愛いし」
「坊主で」
エリザベスが指で指す写真の髪型はどれも可愛らしい髪型ではあるものの、光は坊主で譲らない。
徐々に怒りの感情が溜まっていくエリザベス。そこへ助け船を出すように雪花が小声で割って入る。
「ちょっと光っ」
「何だよ」
「エリザベスさんも困ってるじゃない! それにせっかく女の子になったんだからお洒落してみたら? 長い髪には巻かれろって言うでしょ!?」
顔を近づけてくる雪花の額に光は額をごつんとぶつけて小声ですごむ。
「意味わかっていってんのか? 髪じゃないし。それにな、誰が好き好んでこの体になったと思ってんだっ? 髪型くらい好きにさせろよ」
「でもせっかくなんだから女の子ライフを楽しんだらいいじゃない!」
「だからルイスにすぐ戻してもらうから別にいいんだって!」
両者睨み合い譲らない。
光の言う通り直ぐに戻るなら髪型なんて何でもいいだろう。
「でもさ、この姿で髪切っちゃったら元に戻った時も坊主になっちゃうんじゃない?」
「え? そうかな?」
「だって女になったらそんなに髪長くなったんでしょ? だから男に戻ったら坊主よ! いや、剝げるかも」
そこで雪花の言葉に光の心が揺らぐ。
男に戻ったら坊主はまずい。今後の作戦に支障が出るかもしれないからだ。それにニ度とは得なくなるのはもっと困るのだ。
「う、それは嫌だな。でもそれだと髪切らない方がいいって話になるけど?」
「そ、それは……もうどうにでもなれよ!」
「お前論理破綻してるの分かってる?」
更にそんな煮え切らない光を見かねて雪花がエリザベスへ強引に話をつけようとする。
「エリザベスさん! 今風の可愛らしい髪型で!」
「あ、勝手な事を!」
「任せなさい。どんな長さがいいかしら?」
「今風で! 今風の可愛らしい――」
「今風の坊主でっ」
「それって普通の坊主よね?」
「ちょっとあんた黙ってなさいよ!」
「自分の髪型くらい自分で決めさせろ!」
強行突破を図る雪花だが頑として譲らない光。
しばらく雪花と光、エリザベスの攻防が続いたところで救世主が現れる。
「坊主……ですか」
呆れたような、悲しいような、そして少し怒りにも似た感情を上手く混ぜ込んだ不思議な声が聞こえてくる。
その声に、光は固まってしまう。その声の主に心当たりがあったからだ。
「揉めるようでしたら間を取ってモヒカン、もしくは真ん中から左が坊主という手もありますよ?」
そんな奇抜な髪型を進めるのは光の師でもあり最も恐れる人物。
光が恐る恐る振り向いた先にいたのはセレナだった。
「いっそのこと首のあたりで切り落として差し上げましょう」
セレナの所有する武器だろう、白い刀身の刀が、光の髪の隙間を抜けて首に突き付けられていた。このままでは首ごと切り落としそうだ。
「ここでいいですか? それとももう少し上がいいですか?」
「あ、あの……」
「セ、セレナさん! ナイス!」
「ナイスよセレナ」
こんなことには慣れっこなのかエリザベスは大手を振って喜びだ。
「さあ、どんな髪型がお望みかしら?」
セレナは少女の姿になった光の一人称を最初に聞いた時、気に入らない様子で呟いていた。
セレナは髪型や服装にもこだわる乙女な部分がある。それを断ったらどうなるか光には怖いほど分かる。
「一番可愛い髪型で頼む」
首に刀を突きつけられ、気持ちいいほどはつらつとした声で光はそう言い放ったのだった。
そして後で坊主にすればいいかと光は思ったのだが。
「後で坊主にしたら首を斬ります」
「あはは、まさかぁ……はは……」
と、セレナに釘を刺されたのだった。
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