裏の世界へ
第11話 ~ナインコードと裏の世界へ~
セレナに連れられて光達は病院のエレベータに乗る。そしてセレナは階数のボタンを押す時、妙な押し方をした。
セレナは全ての階のボタンを手早く押し、呼び出しボタンを親指で長押しする。
『認証しました』
とアナウンスが流れ、エレベータが下降し始める。
何気ないその動きに反応したのは雪花だった。
「え!? なんですかそれ!?」
「特定の押し方と登録された生体認証でこのエレベータは裏施設への入り口になるんだよ」
光が雪花の方を見ずに面倒くさそうに教えてやる。
「私知らないんだけど!?」
光達にとっては当たり前の認証方法だったが雪花はファウンドラ社の表で活躍する人員である為知らないのだ。
これは光達のようなファウンドラ社の裏で暗躍するエージェント専用の入り口なのだ。
「お前がやってることって作戦コードの頭三桁が百から八百番台の、戦地の医療や慈善事業だろ? それとは対極に位置することを俺達はやってる。だから一般に公表できない事が多い。作戦コードは九百番台のいわゆるナインコードってやつ」
雪花がやっているのは戦地で怪我をした人を治療する医療行為。だが光達が行っているのは戦地に赴いて武力を行使する暴力行為が多い。今回のアシェットもその一例だ。
更に光達が受ける依頼には作戦内容や紐づく情報を整理するために作戦コードがある。表に出せるものはさっき光が言った三桁と六桁の番号で識別される。光達が請け負っている作戦コードは九百番台。
その為、世間に秘匿される情報は多くなり、セキュリティは必然的に高くなるのだ。
だから表向きは病院で一般人の拠り所となり、その裏では光達のエージェントを支援する施設となっている。
「一般に公表できないって、飛空艇爆破とか?」
「そう」
雪花の言葉に即座に答える光。
「俺はルイディーナ政府の反勢力への武器の密輸犯罪組織壊滅と要人の暗殺だったな」
と、ディランが呟くように言う。
「え? 昨日、ニュースになっていた過去最大規模の武器密輸団体壊滅とそれに繋がっていたルイディーナ政府の幹部が銃乱射に巻き込まれたっていう事件じゃないですか!?」
「それそれ」
雪花は普段あまりニュース等は見ない。しかしその雪花が知っているということは相当大きなニュースだったのだろう。
タイムリーな記事だけに、雪花は本当にそんな事をディランがやったのか分からず、本人に疑いの目を向ける。
「あ、あれって酒に酔った人が銃乱射してルイディーナ政府幹部が死んだんじゃないんですか?」
「そういやそう報道するって言ってたな。インタビュー受けるから口裏合わせしたっけなぁ」
「あ、ディランさんに似た人がインタビュー受けてたような……えええ!?」
「その幹部が反政府勢力と繋がってたんだよ」
「そんな……陰謀論みたいなことって……」
「あたしはシズネっていう犯罪組織壊滅とその雇い主のベイクリット社裏組織の壊滅。そのベイクリット社に不都合な政策をして捕らわれたお姫様の救出。誘拐を単なる家出にする工作」
「ええええ!? そ、それも知ってる! でも私が知ってるのはお騒がせ家出姫無事帰還とかだったような?」
「よく見てるわね。因みにベイクリット社の記事は過去最大の火薬庫爆発事故! 半径一キロ壊滅! ね」
「え、えええ!? あれって化学薬品の管理を忘れてて劣化して爆発したっていうただの事故ですよね!?」
「雪花、うるさい。あまりはしゃぐなよな」
ディランに続いて次々に出てくる固有名詞と国家級の秘密事項。
光に静かにしろと言われた雪花は目を点にして聞き入るしかない。
ディランとギャリカも始めは雪花の反応を見て楽しんでいたのだが、次第に雪花そっちのけで重要人物の性格が違っただの、事実と報道との違いが面白いだのとただの雑談になっていった。まるでゲームでどんな攻略をしたかを報告し合う学生のようにただただ楽しそうに語り合っていた。
「そうそう、お姫様ってやっぱりわがままだったわ、ん?」
呆然とする雪花をみてギャリカは一つ咳ばらいをし、補足するように「お姫様より王子様が良かったんだけどね」と付け加える。
雪花は何も言えずただ頷くのみ。
「お前、今までの救出対象に手ぇ出してねぇだろうな?」
「出してないわよ。出させたことはあるけど。これってセーフよね?」
ディランが問うとギャリカはウィンクしながら自慢げにそんなことをほざく。そんなギャリカを尻目に光がけだるそうに口を開く。
「セレナさん。ギャリカがまた男襲ったみたいです。解雇して下さーい」
「考えておきます」
「手は出してないわよ! 出させたの! でも中にじゃないわよ? 外よ外?」
「誰も聞いてないっての」
光も呆れたようにそんな言葉を吐いて捨てた。
ギャリカと光の顔を目だけで見比べている。それがジョークなのかジョークではないのか、真偽を探っているのだろう。
「皆さん」
セレナが口を開く。
「何はともあれ任務ご苦労様でした。今はゆっくりなさって下さい」
その口からは労いの言葉。
そこで雪花の頭に一つの疑問が浮かんだ。
「あの」
「どうされました? 雪花さん」
「こ、こんな事、一般人の私に言っても良いんでしょうか?」
これらは一般人である雪花には少々刺激が強い事象だ。
幼馴染の光でさえも普段の任務の内容も一切雪花に話していなかった。先程の飛空艇墜落にしてもそうだ。
当の雪花も今日まで光が自分と同じ慈善事業を行っているとばかり思っていた。雪花とは違い紛争の前線の少し危ない場所で。
だが平和を理念に動いているのだから慈善事業と言えば慈善事業なのだろう。雪花の慈善事業と異なる所は、それはどちらかが利益を得てどちらかが不利益を被る活動だという事だ。
「はっ」
セレナは思わず口を開き、それを手で覆う。まるでしまった、と言わんばかりの動作。
そんな様子を見て雪花は青ざめ、セレナと同じくゆっくり口を手で押さえた。それを認識させてしまった事で自分が危険に曝されるのではないかという恐怖で。
「そう言えば……雪花さんはこちら側の人間ではありませんでしたね」
ちらりとディランの方を見る。
「言っちゃまずかったか……」
そう言うディランは懐に手を忍ばせ、出てきたのは一丁の拳銃。
「雪花、短い付き合いだったわね」
ギャリカも残念そうにそう言って手にナイフを出現させる。
セレナ、ディラン、ギャリカが雪花に向き直る。鋭い視線を向けて。
「申し訳ありません雪花さん。私の不徳の致すところです」
今から起きるであろう惨劇によって飛び散る何かを避ける為か、セレナは一歩下がる。
「ひと思いに頭か、いや、心臓か」
ディランは雪花の頭、次に心臓に銃口を向けて指す。
「前がいい? それとも後ろからがいい?」
ギャリカのいう事は訳が分からない。
「え、あの……」
雪花は光の肩を掴んで盾にし、後ろに隠れる。しかし雪花の体の方が大きく隠れきれていない。
「仕方ありませんね。雪花さんにはここで」
追いつめられた雪花は光の首に手をまわす。
「こ、この子が殺されたくなかったら……わ、わ、わ、私を開放しろおお! いや、して下さい! お願いします!」
光は降参といったように手を挙げて助けを請う。
「タスケテー」
やる気のない救助要請に雪花はますます困惑する。
「私の部隊に加わっていただきます」
「え? 私死なないの?」
「セレナさんがここにお前を連れてきた時点でもう部隊加入は確定したんだよ」
「そういうもの?」
「そういうもの」
雪花は辺りを見回すとディランは興味が無くなったとばかりに欠伸。ギャリカは意地悪く笑っている。
先程の脅しはセレナ達の連携プレイによる悪戯だったらしい。
ほっと一安心した雪花は大きな胸をなでおろす。
「私が……」
雪花は裏で暗躍する組織に恐怖と嫌悪はあるものの一種の憧れがあった。
「組織のエージェント……」
それは誰しもが抱く隠された真実を覗き見たいという好奇心から。
雪花は口元が緩んでしまう。大方テレビなどでよく見る全身黒ずくめのタイツを着用して忍び込む女スパイでも思い描いているのだろう。その怪しい笑みを、光に怪訝そうな表情で見られていたのだった。
そうこうしているうちにとエレベータが到着し扉が開く。
「ようこそ裏の世界へ。雪花さん」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます