第5話 ~回想 任務開始~


 光の任務は古代の遺物を排除する事。

 その為、アシェリタ運送が所有・運用している飛空艇アシェットに潜入していた。

 光は作戦時間が来た為、乗船員と同じ服に変装し爆弾をあちこちに仕掛けて回っている最中だった。

 

「よっ」

 

 見た目はゲーム用コイン。しかし実際は数メートル四方を完全に吹き飛ばす事ができる時限式の爆弾だ。それを機関部の壁や天井に走りながら張り付けていく。

 潜んでいた三階貨物室からまっすぐ通路を抜け、すぐ左がオペレーション室となっている。

 中に入れば三人のオペレータが。ヘッドセットを付けて画面に映し出されるエンジンの状態や酸素濃度、飛行進路等を確認している。

 と、思いきや三人はテーブルを囲んでカードゲームに興じていた。現在全てが自動化され異常があればアラームが鳴る。機長達も暇だったがオペレーターもやることが無いのだろう。

 だがそれは上司であれば怒鳴り散らしたくもなる光景だ。そんな状況を光が黙って放っておくわけがない。


「こら! 何サボってるんだ!」


 と、光は上司を装って怒鳴り散らした。


「ひぃ」

「すいません!」

「これはそのっ」


 と、サボっていたオペレータ達は持っているカードを投げ散らかし、光の方を見ることすらせず立ち上がって背筋を伸ばす。

 いくら何でも怯え過ぎだろうと光は笑いをこらえるのに必死だ。

 しかし声が幼いことに気づいたオペレータが振り向いて声の主を確認するとまだ自分達より若い。上司ではないことに気づいて脱力する。

 

「なんてな」


 オペレータ達の気が抜けたところに安心する言葉をかけてやる。更に高等部に手をあて、おどけて見せる事で完全に警戒心を解く光。ゆっくりと彼らに近づいていく。

 

「なんだよ……脅かすなよ」

「あーあ、俺勝ってたのに……」


 そう言ってオペレータ達は脱力しながら投げ散らかしたカードを拾って座りなおす。


「まあまあ、そんなこと言わず」


 そう言って光はそれとなく近づいてオペレータの二人の首に両の手を回す。


「なんだ、お前も暇人かよ」

「混ざるか? 賭け金は十ウルドずつな」


 驚かされ中断されてもまだ続行するようだ。よほど暇なのだろう。

 光は悲しそうな表情で微笑み、さも残念そうに答える。


「それがさぁ、俺は結構忙しいんだよなぁ」

「そうなのか?」

「ああ、悪ガキ共を寝かしつけないといけなくて」

「は?」


 言っている意味が分からず、正面のオペレータが光の顔をまじまじと見つめる。


「やけに若いな?」


 それはそうだ。乗船員の多くは二十から五十代で構成されている。光はどう見ても十代だ。


「見かけない顔……お前どこの所属だ?」


 と、投げかけられた疑問の直後、首に手を回された二人のオペレータが何の予兆もなく、前のめりに倒れた。

 二人の間にいた光の両の手には針のようなものが指の腹に括り付けられている。


「え?」

「悪ガキがあと一人」


 光は薄ら笑いを浮かべながら、最後の一人となった悪ガキを見据える。


「ひぃ」


 気づいて逃げようとするがもう遅い。オペレータの首根っこを摑まえると数秒で大人しくなり床に倒れた。

 

「ふう」


 光は手の指に仕込んだ麻酔針で眠らせたのだ。

 それらを外し光は悠然と制御装置に手をかける。乗船員から奪ったヘッドセットを頭につけて。

 

「ええと……各エンジンの予備電源切替プログラムはっと、これだな」


 カタカタとキーボードを打ち込んでいく。

 目の前のディスプレイに映し出されるアシェットの図面の四隅にある電池のアイコンとエンジンのアイコン。その間を繋ぐ線上に罰印が表示され赤に点灯する。


「後はレベル三の緊急防水ハッチをクローズっと」


 光がとあるキーを押すと最下層にある四つの重力制御エンジンの入り口がロックされ誰も入ることができなくなった。

 だが当然そこにも乗船員はいる。

 四つあるうちの一つのシャッターの前。丁度そこを通りがかった乗船員が異変に気付いた。

 

「なんだ? いきなりシャッターが閉まったぞ?」


 エンジン室前にいる幾人かの乗船員が不審に思っているだろうと光は予想し少し待機していると予想通り、ヘッドセットに連絡が入る。


『こちら最下層の整備ですが、E4前でシャッターが閉まったようですが、何かしていますか? どうぞ』

「こちら制御室。定期点検です。閉まったのなら問題ないですね。数分後に解除します」


 光は何食わぬ顔でさもありなん言葉をはく。


『そうですか。了解です。でもそんな点検ありましたか?』

「抜き打ちです」

『はあ、了解です』


 定期点検なのに抜き打ちとは、そんな疑問をぶつけられる前に光は通信を終わらせる。

 光は解除されぬよう、制御装置のコントロールパネルに爆弾を仕掛けて光は制御室を後にする。


「後はサーバ室に細工して入口に爆弾」


 光は隣にある無人のサーバ室に入り電源を細工する。それが終わると入口に爆弾を仕掛けて階段を降りてと手際よくサクサクと進めていく。

 

「最後にメイン電源か」

 

 残るはメイン電源に爆弾を仕掛けるだけ。メイン電源は一階の奥にある。

 計画としては全ての爆弾を仕掛けた後、光の相棒である剣が用意した戦闘機を使って脱出する手筈だ。最下層から屋上までの吹き抜けを上下するメインエレベータがある。それで屋上に運び出し脱出するのだ。

 そして定時刻に爆破。飛空艇アシェットを地球上で一番深い場所、アリアナ海溝に落とし古代の遺物を排除する予定なのだ。

 その間、乗船員に出くわすことはなかった。

 飛行中、貨物の見張り以外の乗船員はほぼ船室にこもり、カードゲームに興じるのが定番だ。

 セキュリティルーム内もカメラなど殆ど見ていない。そう、光は高をくくっていた。

 だが次の瞬間、けたたましいアラーム音が飛空艇に鳴り響く。セキュリティ室でゲームに負けた誰かが丁度光を映し出したディスプレイでも見たのだろう。薄暗い廊下には赤いパトランプが灯り回転する。

 

『三階貨物室より侵入者! 三階貨物室より侵入者! 現在三のB通路制御室付近から前方階段へ移動中! 至急捕縛せよ!』

 

 続けて艦内放送で侵入者捕縛の命が出される。

 

「予想より早かったな」

 

 光は見つかってしまった為、変装を解く。

 すると、前方から二人、乗船員と思われる男達が角から走り出てきた。手には警棒が握られている。

 

「いたぞ!」

 

 遠目に一人の乗船員が叫び指さす。光は走る速度を加速させ二人に突っ込んでいく。

 

「止まれ!」


 警告も意に介さず光は止まらない。

 そして乗船員の一人と目が合う光。


「子供!?」


 まだ幼さが残る顔立ちに一瞬、乗船員の一人が気後れしてたじろいた。


「くるぞ!」

「あ、相手は子供一人だ!」

 

 覚悟を決めたように乗船員の一人が警棒を構えた。突っ込んでくる光に合わせて前に踏み出し警棒を振るう。

 その瞬間、更に光は警棒を振る乗船員の手首を掴んで受け止め、通り過ぎざまにもう一人の乗船員の胸に蹴りを打ち込む。

 

「ぐぇ」


 短い悲鳴と胸にめり込んだ蹴りが胸骨を何本か砕く。

 その脚力は絶大だった。蹴られた乗船員は数メートル離れた壁に打ち付けられて失神した。


「いてててて!」


 更にもう一人の乗船員の腕をねじ上げ、警棒を取り上げる。その警棒でもって乗船員の後頭部を軽く殴打し気を失わせた。

 

「誰が子供だ。もう十六だっつーの」

 

 十六歳が子供かどうかはさておき、光は警棒を投げ捨て先を急ぐ。階段を光は落ちるように駆け降りていくと、またしても艦内放送が流れた。

 

『警戒レベル五! 警戒レベル五!! 侵入者を直ちに捕縛、または排除せよ! 繰り返す! ――』

 

 警戒レベルが上がり、今度は捕縛だけではなく排除が入る。

 光は辺りを見渡すと真上に監視カメラがあった。先ほどの光の動きが見られていたのだろう。ただの侵入者ではないとの判断したのだ。

 光はカメラに向かって冗談めかして二指敬礼してやった。その直後、更に光に追い打ちをかける放送が流れる。

 

『傭兵団は直ちに一階に向かい、侵入者を排除せよ!』


 冗談めかした二指敬礼直後に傭兵団投入の放送が入る。

 

「おいおい、煽り耐性低すぎだろっ」


 一般的に輸送型の飛空艇に警備会社等の人員が投入されることはある。しかし戦争や紛争地帯の護衛を生業にしている傭兵団を投入することはあまりない。

 警備会社の装備は警棒やせいぜいが拳銃くらいのもの。

 だが傭兵となるとそうはいかない。マシンガンや手榴弾、ミサイル等、重火器の使用を厭わない。飛空艇の屋内で爆発物は使用しないだろうがそれでも危険な事には違いない。


「しかし傭兵が出てくるのか……楽しくなってきやがったな」

 

 光はニヤついて階段を駆け下り、角を曲がって廊下にでたところで急いで角に戻る。戻った理由はその先に行く手を阻む危険な存在があったからだ。

 角から顔だけ出して通路を覗き込む。

 

「うわぁ……なんだありゃ」

 

 軍服を着た屈強な男達が横一列に並んでマシンガンを構えている。まだ遠いがその後方にも十数人の武装した傭兵らしき男達が蠢いていた。

 光の位置はばれている。そこにむやみに突っ込まず陣形を整えて待ち伏せしているのだ。

 階段を降りたところには他に道は無く、階段を上って戻るか、陣形の整った傭兵集団を突破するしかない。

 

「ん?」

 

 そして階段の上からする複数の鉄板を踏み荒らす足音に光は気づく。

 挟み撃ちにするつもりだ。流石傭兵、無理に突撃せず徐々に逃げ場を無くす腹積もりだろう。

 しかしここで時間をつぶしている場合ではない。

 このままでは捕まるかハチの巣にされるかのどちらかだが、それは普通の侵入者であればの話。

 

「そんな事で」

 

 光は怪しい笑みを浮かべながら、上着のポケットから小さなガラス玉を取り出す。

 

「俺を止められると思うなよ?」

 

 中央に一つ小さなでっぱりが。それを押すや否や通路の先に待つ傭兵たちの方へ思いっきり投げ転がした。ガラス玉はコツコツとバウンドし回転しながら通路を転がっていく。

 

「来た! 侵入者だ!」

 

 するとガラス玉の上部に黒い影が浮かび上がる。

 そして待ち伏せしている傭兵達に向かって黒い影が走り出していた。

 

「撃て! 殺せ!!」

 

 一人がそう叫ぶと横並びの傭兵達は黒い影めがけて銃を乱射した。毎秒十数発という弾丸が黒い影を襲う。

 しかし、光の進撃は止まらない。

 

「弾が当たらないぞ!?」

 

 横一列に並ぶ弾丸が一切黒い影に当たらない。

 傭兵達は動揺を隠せないがすぐそこまで黒い影は来ているもう撃つしかない。焦ってあらぬ方向に銃口を振ってみるものの当たらないものは当たらない。

 

「うわあああ!」

 

 当たらない黒い影が目の前まで迫った時、一人の傭兵がやけくそのように拳を繰り出した。だがそれも当たらない。

 ついには黒い影は傭兵達をすり抜け後ろに回ってしまった。

 

「なに!?」

「馬鹿な!?」


 黒い影。それはガラス玉が作り出したホログラムだった。あたるわけがなかった。

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