第4話 ~裏組織の同僚に蹴りと痴態を~


「あの、俺がここに運び込まれてどれくらいたったんですか?」

「二日程、ですね」

「二日も……」


 意外に時間が経ってしまっている。

 ファウンドラ社のトップエージェントともあろうものが二日も気を失うなんて、と光は少しショックを受ける。

 更にそのショックがお腹にも響いたようで、中にいた虫が不平を漏らす。


「あ……」


 光はお腹を押さえて恥ずかしそうに照れ笑い。

 それもそうだろう。二日間何も食べていないのだから。


「うふふ、何か用意させましょう。リクエストはありますか? 光君」


 その時、病室のスライド式ドアが開く。


「あぁ? こいつが光?」

「光? 何処にいるの?」


 黒髪の大男が一人、続いて金髪の女性が入ってくる。

 初めに入って来た大男に光の名を聞かれてしまったようだ。

 

「光がここにいるんですか?」


 続いて白髪の少女が入って来る。

 老人の象徴であろう白髪だが、その顔立ちはまだ幼さが残る。肌も透き通るように白い少女。

 皆、光と知り合いのようだ。


「あらま、何? この毛むくじゃらの生物」


 ベッドの上にいる長い髪で覆われた光が金髪の女性の目に留まる。

 無理もない。傍から見れば今の光は青い毛でおおわれた未知の生物なのだ。

 

「また何かの変装なの?」


 白髪の少女が光に歩み寄り、ベッドの上の光を見つめる。


「これが……光?」


 白髪の少女は顔を近づけるも青色の髪のカーテンで覆われ、顔が良く見えない。

 更に光は自分だとバレたくないのか青いカーテンを閉じ、その少女と目を合わさない。

 だが白髪の少女は手でそのカーテンをかき分け、おもむろに手を突っ込み、光の頬をつねる。

 

「い!? いふぁいいふぁい」

「あ、あれ? 本物? ホログラムでもマスクでもない?」

 

 なんてことをするんだと、光は白髪の少女の手を払いのけた。

 払いのけられた手をさする白髪の少女は海白雪花。

 元は黒髪だったのだが、昔あった出来事によってショックを受け、白髪になってしまった。光の幼馴染だ。

 光は四年前の天空都市襲撃後、一度も実家に帰っていない。だから一緒に実家に帰ろうと誘いに来たのだった。


「何してんだ雪花」


 いきなり青い毛で覆われた未知の生物の頬を勢いよくつねる雪花を見て黒髪の大男が尋ねる。


「だって前に変装で騙されてびっくりさせられたんですよ! でも」


 怪訝な目で雪花は光を見る。

 更に両手で光の肩を掴んでみたり、ワイシャツの中を覗いてみたりする。そして胸を揉んだ所でまた手を払いのけられたのだった。


「体格違うし胸もあるし……あんた本当に光?」


 光は正体を明かすのを躊躇って黙りこくるだけ。セレナも光が黙りこくるので様子を見ているのだろう。黙ったままだ。

 彼等はセレナと同じく、光の知り合いである。

 セレナには正体を明かしたのだから言ってもいいと思われるが光はまだ少し警戒していた。それはある事柄について懸念しているからである。


「ふふん、いい方法があるわ」


 そういって近づいてきた金髪の女性はギャリカ。

 癖のある金髪と肩から胸を露わにする露出の多い服。更にスリットの深い、タイトな黒スカートを着用している。

 光と同じ部隊に所属する同僚で相当な実力の持ち主なのだが、少し性への感情に無頓着なのが玉に瑕だ。

 ギャリカが光の両足首を両手で鷲掴みにする。


「うわっ、何してっ」


 そしてギャリカは赤ちゃんの性別を確かめるように、光の両足を思いっきり開いたのだ。


「あ、安心して女の子よ」


 ギャリカは光の股に何もない事を確認しそんな一言。

 光は下着を何も着用していなかった。そんな股をこれでもかと開かれれば丸見えだ。

 光はギャリカのこういう品の無さが嫌いだった。


「ちょっと! 何やってんだ! 放せっ!」


 だがその対象は元男とはいえ外見はお年頃の少女なのだ。

 もう少しやりようがなかったのかと、ディランは一応そっぽ向いた。

 そして元が男でも恥ずかしいものは恥ずかしいようだ。若干頬を赤く染めて股を閉じる光。

 更に光が暴れるのでギャリカはパッと手を放してすぐに開放してやる。

 大男はいつもの事と、特に動じず目を瞑って溜息だ。


「毛も生えてねぇ、ただのガキじゃねぇか」


 そしてこの部屋で現在、唯一の男の名はディラン。

 同じく、光と同じ部隊に所属している。

 オールバックのような髪型で鋭い眼光。肩幅も広く、がっちりとした体形だ。光が飛空艇アシェットに潜入した時と同様の黒いスーツにワイシャツといった出で立ち。

 顎には若干の髭を蓄え、この中では最年長者だ。

 ギャリカと同じく実力は申し分ないのだが、デリカシーのない発言をよくするので光といつも喧嘩している。


「セレナ、こいつ誰だ?」

「光でしょ、同名の」

 

 問うディランにギャリカが答える。

 そんなものかとディランは光に顔を寄せてじっと見つめる。

 そして何故か片唇を釣り上げてニヤリと笑う。

 

「何だ、俺はてっきり光が、ついに女になっちまったのかと思ったぜ。紫色のオーラも見えるし」

「あ~それね。見える見える」


 どうやらセレナ同様、ディランとギャリカにも紫色のオーラが見えるらしい。しかし雪花には見えないのか首を傾げるだけ。


「……ぷっ」

「……ふふっ」


 そこでディランとギャリカは堪えきれないといった具合に吹き出し、声をあげて笑いだした。


「あははは、それなら傑作だったのによぉ!」

「ぷふっ、あははは、やあねぇ、もしそうだったら蹴り飛ばされてるわよ」

 

 光がセレナになかなか正体を明かせないでいた原因がこれだった。

 光は自分の名前が女みたいだと気にしていたのだ。そして日頃、顔を合わせる機会が多く同僚であるディランに光ちゃんなどと言ってからかわれていた。

 そんな事で笑われる不快感から、光がディランを睨みつける。


「あはっはっは……あ? なんだこいつ、俺を睨んでないか」

「そりゃあまあ、男に股間見られたら……見られても? ……興奮する? うーん、どうだろ雪花」


 ギャリカは自分が見られてもさほどといった感じで少し考えて雪花を見る。

 

「え、ええ!? 私!?」

 

 大抵の女性は睨むだろうと、ギャリカは思う。だが確信が持てない。

 ギャリカは性への感情が無頓着な為、分からなかった。だから普通の女子である雪花に確認したのだった。


「雪花はノーパンで股間見られても別にな感じ?」

「に、睨むに決まってるじゃないですか!」


 雪花は白い頬を上気させて叫ぶ。


「だってさ。ディラン謝っときなよ」

「お前が大っぴらに広げたんだろうがよ……まあ、見ちまったもんは見ちまったから謝っておくか。おい、お嬢ちゃん。ええと光だったな。光ちゃんよぉ……ぷふっ、悪かったな」


 ディランが「光ちゃん」の所で半笑いになりながら光の頭に手をぽんっと置いた。

 すると電光石火の如く、ディランの顎に光の足がめり込んだ。

 ディランの頭は光の蹴りによって弾かれるように天を仰ぐ。


「俺を光ちゃん、なんて呼んでただで済むわけないだろ! バーカ!」


 更に光の右手は中指のみ立てられてディランを挑発している。

 光の足技はとても強い、それは飛空艇アシェットの中で屈強な男を倒したことで証明されている。

 男の姿であればディランは気を失って後ろに倒れてしまっているだろう。しかし今は少女の姿で筋力も落ちている。


「ぐっ」


 ディランは頭を跳ね上げられたものの踏みとどまった。更にディランを蹴り上げた光の白く細い足首をいつの間にか掴んでいる。

ディランも光と肩を並べるトップエージェント。ひ弱な少女の体から繰り出される蹴りで倒れはしない。

 ディランは掴んだ足首を天に掲げて逆さづりにして怒鳴った。


「いてぇなぁこの野郎! やっぱ光じゃねぇか!」

「ちょっやめっ、見える! 放せ!」

「え? でもほら、股間にないよ? ちん――」

「何やってるんですかディランさん! 丸見えになっちゃってますよ!」


 雪花が止めるものの、宙刷りにされた光はオーバーサイズのワイシャツがめくれて顔から下が全てさらけ出されてしまった。

 光は服を抑えつつも掴まれていないもう片方の足でディランに蹴りを入れようとするが片手で軽くあしらわれる。


「手癖の悪い脚だぜ全く!」

「脚なのに手癖が悪いって! ぷふっ、幽霊に蹴られたーくらい意味不明だぞー! あはは」

「あ、笑いのツボが光だわ」


 光はそんな事を言って自分で笑ってしまっている。

 それを光である証拠とギャリカが断定するあたり光は笑い上戸なのかもしれない。


「おーおー立派に胸もちゃんと二つ生えてるじゃねぇか! おらぁああ!」

「ひえええ、助けてー」

「ちょ、ギャリカさん! 何とかして下さい!」


 ディランは光の胸を確認した所で光をぶんぶん振り回す。

 振り回される光をギャリカはじっと見つめて何かを呟く。


「いい形、色もいい……大きさも申し分ないわ!」

「あの、何の話を……それに色ってなんの」

「そんなの決まってるじゃない。ちく――」

「やっぱいいです! ディランさん! 振り回さないであげて! セレナさん止めてください!」


 この場の全員にバレたところで、セレナは溜息をつく。

 

「感動の再開はそれくらいにして、何があったのか説明してもらってもいいですか?」


 セレナの言葉にディランによる光ぶん回しの刑が止まった。


「感動じゃねぇっての……ああ、顎いてぇ」

「感動してませんが、わかりました。何となく思い出してきたので全てお話しします」


 光は逆さ刷りにされたまま、服の下から顔だけを覗かせてそういった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る