第3話 ~光の上司、セレナ~
「ボス……?」
と、光がポツリとこぼしてしまった言葉。それは光とその女性との関係を明示する者に他ならない。
だがそれは仕方のない事だった。気配の正体は光の上司だったからだ。
いつからそこにいたのか。どこから見られていたのか、どうしてそこにいるのか。
光の頭にそんな思考が巡りに巡っていた。
「ボス?」
光の上司である女性は怪訝な表情で聞き返す。それもまた当然だった。
光は以前は男であったものの今は少女の姿になってしまっている。上司だとしても目の前の少女が光だとわかるわけがないのだ。
「あなたにボスと呼ばれる由縁はないと思われますが?」
当然の返答だ。
しかしこれは失言だったかもしれない、と光は少し後悔した。
光はまだ何も状況を把握できていない。何より、自分が何故このような少女の姿になったのかも理解できていないのだ。
もしかしたら毒を飲まされて殺されそうになった。しかし薬が未完成で少女の姿になってしまったのでは、などという考え方できなくもない。
その場合、犯人はまだ分かっておらず、その正体が自分の上司かもしれないのだ。
その殺そうとした対象が消えて、代わりに殺害対象の服を着た全裸の少女が現れたら今度こそ殺されるかもしれない。などと光は思考を巡らせる。
そんな状況で正体を明かすことは悪手に他ならない。
「ふふ、どこかでお会いしましたか?」
つとめて丁寧な口調で、微笑みながら話しかけてくる彼女の名前はセレナ。
光が所属する組織における特殊部隊の隊長である。
「あなたのお名前、聞かせていただけますか?」
立つものが無くなった光を立たせるセレナ。
男の時には同じくらいの目線だった。むしろ見下ろすくらいの背丈だった筈だ。しかし今では首が痛くなる程セレナを見上げなければいけない身長差がある。
灰色で透き通る瞳は全てを見透かすように光の目の奥を見つめてくる。
光は迷った。自分が光であると言うべきか言わざるべきか。
しかしここは正直に全て話す、が正解なのだろう。
セレナは四年前、光をスカウトし、教育し、立派に育ててくれた親代わりといってもいい人物なのだ。
今更殺す事なんてあるわけがない。信頼できる。
だが聞き出せる情報があるのであれば取得する。全てを打ち明けるのはそれからでも遅くない。
「その前に……ここは?」
「ルシャワ大学附属病院です」
「ルシャワ? ルシャワ……」
光はその言葉に何か引っかかったのだが、まだ思い出すには材料が少なすぎるようだ。なにも思い出せない。
「あの、なんで俺はここに運び込まれているんでしょうか?」
と、立て続けに質問をする光。
光はまだ正体を明かさなかった。
セレナは信頼できる人物ではある。しかしまだ自分が光だと知られたく無い理由があるのだ。
「俺……ですか」
少女の姿にもかかわらず、一人称を俺とのたまう光。そんな少女にセレナは少し不満そうだ。
光も一人称を変えたほうがよかったか、と一瞬思う。
だがその程度で性別が変わったことがばれはしないだろうと、光は自分を納得させセレナの言葉を待つ。
「あなたは飛空艇アシェットで意識を失っている所を弊社の社員が見つけて保護したのです」
その説明を聞いて光の記憶が蘇ってくる。
「飛空艇アシェット……そうか」
ここに来る前、光は飛空艇アシェットで任務中だった。光は次第にどんな任務を遂行していたか少しずつ思い出してきた。
「ボス、俺は……」
またもやボスと呼ぶ光。だがこれは覚悟の現れだった。
セレナは無言で光を見つめてくる。
飛空艇アシェットにいる時点でこの姿になっているのであれば、セレナが敵だという可能性は消える。
言うしかない。
「俺は……」
こんな状況になっているのだ。上司であるセレナであれば助けになってくれる。
自分は葵光だと明かそう。意を決して告白する少年のような数舜の沈黙。
次の瞬間には光の告白が紡がれると思ったのだが意外にも、その沈黙を先に破ったのはセレナだった。
「葵光、とでも言うのでしょうか?」
「へ?」
光の頭が一瞬空転する。
固めた決意が液状化し、セレナに吸い取られてしまった感覚だった。
言葉が吸い込まれてしまったため光は口をパクパクとさせるだけ。
「その反応だと正解のようですね」
セレナはニコリと光に微笑みかける。
セレナは組織の特殊部隊隊長を務める程の人物だ。頭は切れる。
だが、男が女になるなんて非現実的な事が本当にあると思っているのだろうか。
「な、なんで分かったんですか!? 性別も体格も違うのに」
光の当然の疑問にセレナが目をぱちくりとさせて驚いた。そのセレナの反応に光自身も驚いた。
カマかけかと、光は一瞬思ったのだがセレナが口を開いたので黙る。
「まず私をボスという人間は限られます」
「はい」
「この狭いコミュニティの中で私をそう呼ぶ人は指を数える程。そしてその中で飛空艇アシェットに乗り込んだ人物は二人で、一人は生還しています」
光と、もう一人は一緒に飛空艇アシェットに侵入していた光の相棒だ。その相棒は無事生還できたようだった。
そしてセレナは真剣に聞き入る光を見てくすりと笑う。
「あとはお婿に行けないだなんて、女の子の言葉では無いですからね」
冗談めかして言うセレナ。しかし光はまだ納得はできないようだ。
「で、でも男が女になっているって結構非現実的ですよね? 体格だって全然違うし変装しているわけでもないのに」
最もな意見を持ってセレナを怪訝そうに見つめる光。
光は一瞬、自分をこんな体にしたのはやはりセレナなのではと疑ってしまう。こんなに簡単に言い当ててしまうなんて、と。
そんなセレナは少し困ったように、目を細めて光見つめ返す。
「オーラ……ですかね?」
セレナは努めて真面目な表情でそう抜かした。
非現実的な現象には非現実的な理由で対抗といったところだろうか。
この発言には流石に光の口が自然に開いてしまう。
「オーラって……」
「あなたの周りにはいつも紫色のオーラが見えるといいますか」
「はぁ……」
両手でもやを作る動作を混ぜ込みながらセレナは説明する。
「ぼやぼや~っとですが。うふふっ」
お茶を濁す感じにはなったが、くったくなく笑うセレナを見ると嘘をついているとも思えない。
「本当は冗談半分、本気半分、いえ……ほぼ冗談のカマかけだったのです」
実際そうなのだろう。何故分かったのかと光が言った時、少し驚いた表情をしたのもカマかけだからだったのだ。
こんな非現実的な事を誰も予想できるはずがない。
「そ、そうですよね。でもその通りで……俺は葵光で……何故か女の体になってしまいました」
「そのようですね」
「おわっ」
と、セレナは立ち上がった光を軽々と持ち上げてベッドの上に戻した。
「スリッパはここにあるので、服は着て下さい」
「あ、はい」
光はまだ一糸まとわぬ毛虫だ。セレナに掛けられた服を着て、セレナは椅子をベッドの横に引き寄せて座った。
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