第6話 ~回想 光 VS 傭兵団団長バドル(前編)~


「そこで三人の傭兵をのして銃を見ると製造番号が書いてありませんでした。恐らく違法製造されたものだと」

「あなたから送られた写真を鑑定した結果やはり四七年製造のBG-47でした」


 正式名称「BG5947」。

 それはバムーギラン社の開発したアサルトライフルだ。簡易な機構の為、整備しやすく故障が少ない。精度は下がるがコストが低く、量産もしやすい為、民間の傭兵部隊で多く使用されている。

 

「やっぱり」

「先日、ライセンス無しの武器製造工場をいくつか抑えました。製造の癖が似ていたのでもしかしたらエンディ社関連かもしれません」


 エンディ社とは全世界の凶悪犯罪に絡んでいるといわれている犯罪組織だがファウンドラ社でさえその実態を全て掴めていない。巨大企業の子会社として活動していたり、国お抱えの大企業であった事も珍しくない。彼ら名を変え場所を変え、企業や国を操り武器の密輸や製造等を手掛け犯罪組織に売り渡しているのだ。


「出資者は何人か抑えたのですが元締めは分かりませんでした」

「ファウンドラの情報網でそんなことあります?」

「規模が大きく経路が複雑です。彼らは秘密裏に動くことが多いので」

「じゃあなぜエンディ社と?」

「エンディ社と連絡を取っていたであろう出資者がことごとく殺されていましたので。これまでもエンディ社関連の案件で、つながりのある人物はもれなく殺されています。手口と消去法でエンディ社だと予想しています」


 武器製造の出資者ではなく出資を募った元締めが死ねば今後の捜査は身辺調査のみになってしまう。それでは限界がある。だがそれほどの組織が証拠を残すとは考えにくい。更に間に別の組織を挟んでいる場合も多い。全てを追いきれるものではないのだ。

 光はそんなものか、とうんうん頷いて少しの間沈黙した。


「それでは報告の続きを」

「あ、はい」

 

 

◇傭兵三人を倒した後。


「あそこにいたぞ!」

 

 三人を倒した直後だった。他の兵士達が光に気づき向かってくる。

 そこで光一つ不敵な笑みを浮かべ、手に握っていた安物のライターの着火スイッチを押した。

 するとガラス玉が爆発し、中から大量の白い煙が排出されあたりを包み込む。

 

「なっ!? 煙幕だ!」

「奴はどこだ!?」

「気をつけろ!」

「くそっ、どこに」

 

 煙で何も見えない中、傭兵達は身構える。

 そこへ光はその場からにげる事はせず、逆に突っ込んでいく。

 

「がはっ」

「ぐあっ」

 

 傭兵達のうめき声が煙幕の中から聞こえてくる。

 視界の悪い中、で殺到する傭兵達。その一人か二人を殴ってやれば混乱し同士討ちを始めるのだ。

 

「野郎! 何処だ! 出てこい!」

 

 そう叫んで一人の傭兵が銃を構える。

 

「まてまて! 俺だ! 撃つな!」

 

 銃を向けた先から焦るような声で返ってくる。

 煙の中での乱戦となればさすがに銃を撃つことはできない。それを光は逆手に取っているのだ。

 

「誰だ! 名前をいえ!」

「俺だよ!」

 

 そう叫ぶ傭兵をあざ笑うように目の前に光は現れた、

 

「おわっ」

 

 驚いた傭兵の顎に軽く掌底を入れてその傭兵を気絶させ、腕に抱え込む。

 

「ここだ! ここにいるぞ!」


 光はそう叫ぶ、

 もちろん傭兵達はそこへ群がってくる。光はその傭兵の群れに向かって気絶させた傭兵を放り込んでやった。


「よし! 捕まえたぞ! おとなしくしろ!」

「こいつだ!」

「観念しろ!」


 ワニの群れに餌を投げ込んだがごとく、その餌に次々と傭兵が群がっていく。


「傭兵同士で宜しくどうぞっと」

 

 光はその場から離れようと踵を返すと前からも傭兵達がなだれ込んできた。


「なっ」

「突撃ー!」

「うぉおおおお!」

「ちょ、俺はちがっ」


 そんな怒号が一通り収まり、更に煙幕が薄くなって消える。そこにはぼろぼろになった傭兵達が折り重なるように倒れていた。

 あるものは頭から血を流し、あるものは顔面をぼこぼこに殴られている。髪は乱れ、服も所々破れていた。


「あれ、侵入者は?」


 折り重なるように倒れ込んでいた傭兵達が一人一人離れていく。最後に残ったのは侵入者ではなく軍服を着た傭兵だった。

 

「いないぞ!?」

「どこいった!?」


 そんな間の抜けた兵士達の後ろに大きな影が。

 

「大馬鹿者が!」

 

 そして突如、雷のような怒声が鳴り響く。

 傭兵達は皆一様に飛び上がり背筋を伸ばす。


「貴様等ぁ! 侵入者を取り逃がしたな!?」


 そこに現れたのは一人の大男。

 それは雷親父を形容するに相応しい灰色の鋭い眼光とへの字に曲がった口元。触れれば刺さりそうな、短く借り上げられた白髪交じりの金髪。


「バドル大佐っ……申し訳ありません! 取り逃がしました!」


 バドル大佐と呼ばれる男に皆一様に背筋を伸ばして敬礼している。

 しかし皆ぼろぼろで、まだ何人か倒れている。だがそこに侵入者の姿はない。この惨状にバドルの表情がより一層険しくなる。


「ならさっさと追え馬鹿ども!! 捕まえられなかったら貴様ら全員、ワシが一から鍛えなおしてやる!」

「はっ」


 傭兵達は一秒の敬礼後、倒れている仲間を抱き起し、早々に去っていった。

 

「全く、たるんどる……ん?」


 見るとまだ一人、兵士が倒れたままだった。


「貴様ぁ……何をしている!」


 それは重なり合って一番下にいた傭兵だった。

 白い歯を剝き出しにして灰色の目をぎょろりと下へ向ける。


「さっさと立てぇい!」


 あれだけの体躯の軍人がお大勢上に重なっていたのだ。すぐに動ける体ではないだろう。

 しかしバドルは非情だ。急かされた傭兵は震えながら両の手をついて立ち上がろうとする。

 周りにはもう仲間の姿はない。誰も助けはない。


「す、すみません……あいつら容赦なくて。手を貸してくれませんかね」

「何!? 貴様、ワシを誰だと思っている! たるんでいるぞ!」

「あ、これはこれは……では自分はこれで」


 やっとの事で立ち上がったその傭兵はよろよろと立ち去っていく。


「まて、貴様」

「え? 何でしょう」

「敬礼はどうした!?」


 はっとしてその傭兵は震える手で敬礼をする。


「怪しい奴め、名前を言ってみろ!」

「怪しいだなんて……どこが怪しいんですか?」

「あまり見ない顔、敬礼もないっ、さっさと名前を言え!」

「そんなバカな、昨日も顔を合わせたじゃないですか」

「そうか? それにしては若すぎるようだが。あと名前を言えと言っている!」


 その傭兵は一息ついて口を開く。


「バドル・ハスキー、五十五歳」


 ため息をつくようにして出たその名前は目の前に立っているバドルのフルネームだった。更に年齢付きで。


「……何の真似だ。それはワシの名前だろ」


 バドルのフルネームを口にしながらふらふらとバドルに近づく傭兵。

 

「十年前、金の見返りに軍の作戦を外部に漏らし、部隊を壊滅させ逃亡。その際、部下と一般人、計十九人殺害」

「ほう」


 バドルは短く切りそろえられた顎髭を音を鳴らして撫でた。

 先程の部下の挙動からしてバドルは恐怖の対象のようだ。そんな部下がフルネームと経歴、殺害人数まで細かに話す訳がない。


「後に傭兵団を立ち上げ、人身売買に麻薬・武器等の密輸護衛に身を落として生計を立てるクソ野郎集団」


 立ち上がった傭兵の視線がバドルを捉える。その視線は先程まで下に敷かれてプルプルと震える弱々しい傭兵の者ではない。更に片唇を釣り上げて笑う。


「貴様……」


 バドルの眉間に皺が寄せられる。

 自分の情報をペラペラと喋るこの傭兵は部下ではない事は明白だ。

 続けてバドルは首に巻かれたネックレスの先端に触れる。そこには赤色に光る宝石があった。


「よく調べたものだな、侵入者」


 それをちぎって外すと次の瞬間、宝石が身の丈以上の槍となって姿を現した。

 これは収納石といわれる発明品。数センチ程の小さな石の中に様々なものを詰め込むことができる異空間収納なのだ。


「随分古めかしい武器をお持ちで」


 バドルの手に持たれているのは槍。銃が武器の象徴とされている現代ではその役割を終えたであろう得物。

 先端に鋭く光るのは曲線が美しい両刃の大きな矛。それを支える柄の部分は黒く輝く鋼でできており、鈍い光を放っている。

 

「ふん、銃など子供の玩具にすぎぬわ」


 バドルは槍の矛先を傭兵に向ける。

 それに光は笑って応えてやる。

 

「子供の教育、行き届いてないんじゃないか? そんなんだから製造番号もない銃を乱射してくるんだよ。あと」


 その傭兵は袖のボタンを握るとボロボロになった軍服が消え、黒いスーツの男が姿を現した。


「次々上にのしかかってくるし……教育水準の見直しを要求する!」


 光だった。

 着用しているスーツに所々に穴やほころびのあるのはさっきの乱闘に巻き込まれたからだろう。あまりの雑な乱闘に不満を隠しきれず監督者であるバドルに怒鳴り散らす。


「何とも……面妖な」


 バドルは光ではなくその服装が変わったことに驚いていた。

 これは光のスーツに仕込まれた光学擬態迷彩。

 煙幕を張った時にもう一度擬態しておいたのだ。警報が鳴った時に一度擬態を解いたのはこの時の為。あるものが無くなった時、人は一様に驚き、混乱するものだ。


「その技術、詳しく聞かせてもらおうか。茶は出してやる」


 光もポケットからエメラルド色の収納石を取り出し手に刀を出現させる。

 

「せっかくのティータイムにお前の顔なんか見たくないね」


 美術品を思わせるような艶やかな直刃だが、その刀身は黒く暗闇では目立たない。

 光はその切っ先をバドルに向ける。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る