ストゼロ
今日も蓮香が家に遊びに来るらしい。しかし今日は乃々ちゃんが寝坊で学校を休んでいたらしく、蓮香は一人で来るようだ。
俺はいつものようにパパっと部屋の片づけをして、蓮香がやって来るのを待つ。
するといつも通りの時間に、ピンポーンとチャイムが鳴った。玄関のドアを開くと、いつものコート姿の蓮香が立っていた。
蓮香を中に通して、温かいほうじ茶を出す。このほうじ茶は蓮香と乃々ちゃんが来たとき用に買っていたものだ。以前俺の家に遊びに来た時に、蓮香と乃々ちゃんはお茶が好きなのだと聞いていたからだ。
「はーあ。今日も学校疲れたー」
コートを脱いで制服姿になった蓮香は、ローテーブルの上で溶けるようにして伸びをした。それから「ふああ」と欠伸をするもんだから、今日の学校は疲れるものだったのだろう。
「お疲れさま。今日の学校は乃々ちゃんも居なかったらしいから寂しかったろ」
「寂しかったですよー。私、乃々が居ないと基本一人になっちゃうから喋り相手が居なくて寂しかったです」
「え、意外と友達居ないんだな」
「そんなド直球に言われたらさすがの私でも傷つきますよ⁉」
さっきの疲れはどこへ消えたのか、ダラダラしていた体をがばっとあげて涙目を浮かべる蓮香に、俺は笑いながら「ごめんごめん」と返した。
でもこんなに可愛くて明るいのに、乃々ちゃんが居ないと一人になっちゃうのか。学校に行けば沢山の友達に囲まれるような人だと思っていたので、蓮香に対する印象が変わった。
「でもクラスメイトたちとは普通に話しますよ? 昼休みとかに一緒にご飯を食べるような間柄ではないだけです」
「あー、昼休みはいつも乃々ちゃんと過ごすからか」
「そういうことです。乃々が居ない日に限って大して仲良くもない友達に「混ぜてー」って行くのも、なんか悔しいじゃないですか」
「なんとなく分かるわ、その気持ち。そこまで仲良くない人のグループに混ぜてもらうくらいなら、一人で飯食った方がいいよな」
「そうですそうです! 柊一さんなら分かってくれると思ってました」
嬉しそうに微笑みながら、蓮香はマグカップを手に取ってほうじ茶を飲んだ。
俺も学生の時は仲のいい友達が休みの時には一人で居たし、蓮香にシンパシーのようなものを感じる。もっとも、俺は群れる女の子よりは一人を選ぶ女の子の方が好きなので、どちらにせよ蓮香には好印象を抱くこととなった。
「でもやっぱり一人は寂しいので、乃々には学校に来て欲しいですね」
「乃々ちゃん、朝が苦手なんだっけ」
「そうなんですよ。中学生の時から朝に弱すぎて、酷い時は夕方まで寝てる時があるんです」
「ははは。それは重症だな」
「重症ですよ。今日もようやく連絡がついたのが、午後の一時くらいでしたし。それだけ朝から連絡がつかないと車に轢かれたり悪い人に連れ去られたりしちゃったんじゃないかって心配になります。ほらあの子、常にぼーっとしてるじゃないですか」
「まあ眠そうではあるな」
互いにスマホなどは持たずに、飲み物だけを片手になんでもないような雑談をする。この蓮香と過ごす伸び伸びとした時間を、俺はいたく気に入っていた。
そのままダラダラと会話を進めていると、突然蓮香のお腹が「ぎゅるるる」と可愛い音を鳴らした。
「なんだ、お腹減ったのか」
俺が問いかけると、蓮香はお腹を抑えて顔を赤くしながらもこくりと頷いた。
「お昼にお弁当を食べたきりだったんで、ちょっとだけお腹空きました」
「じゃあ何か食べるか? 冷蔵庫の中に色々なお菓子とか入ってるだろうから、好きなの取って来るといいよ」
「はい。そうします」
余程お腹が空いてたのか、蓮香は素直に頷くと冷蔵庫に向かっていた。
もう何度も家に来ているからなのか、蓮香と乃々ちゃんは俺の冷蔵庫を躊躇なく開ける。しかも乃々ちゃんに至っては俺の冷蔵庫に好きな飲み物やお菓子を置いて行くので、収納スペースが圧迫されて困っているのだ。しかしもう俺も慣れてしまって、ウチの冷蔵庫は俺と蓮香と乃々ちゃんの共有物だと思って割り切っている。
そして今日も蓮香は慣れた様子で冷蔵庫を開けて、中の物をじっくりと吟味している。かと思えば、蓮香が冷蔵庫のドアの影からひょっこりと顔を出した。
「柊一さん、これってお酒ですよね」
こちらに見えるようにと、蓮香は手に持った缶チューハイを高く掲げて見せた。彼女が手に持っている缶チューハイは、ストロングゼロというちょっとだけアルコール度数が高めのお酒だ。
「十八歳は飲めないぞ」
「私は飲みませんよ。ただ柊一さんの冷蔵庫にお酒が入ってるの珍しいなーって思っただけです」
「あー、そういうことか。今日の夜は久しぶりにお酒飲もうと思ったんだよ」
お昼ご飯を食べながら観ていた情報番組でお酒の特集をやっていて飲みたくなり、コンビニでストロングゼロのロング缶を二本買って来た。今日は半年ぶりくらいにお酒を飲む予定だったのだ。
「柊一さんってお酒強いんですか?」
「いや、弱い方ではあると思う」
実際、ストロングゼロのロング缶を一本飲んだだけでも充分に酔える。昔からお酒は弱い方だったが、だからと言って嫌いというワケではない。
蓮香は「ふーん」と言いながら、手に持っていた缶チューハイを冷蔵庫に戻した。そしてふと、蓮香は何かを思いついたような顔をしながら手をポンと叩いた。
「柊一さん、私がお酒のおつまみ作りますよ」
突然そんなことを言い出すもんだから、俺の頭の中にはクエスチョンマークが浮かんだ。
「いやいいよ。酒飲んで酔った勢いで寝たいから、俺が酒を飲むのは夜になるぞ?」
「それでも作りたいです。親にはちゃんと遅くなるって連絡するので」
鼻息を荒げながら、蓮香は両手を合わせて強くお願いしてくる。
どうしてそんなにお酒のおつまみを作りたいのかはさっぱり分からないが、そこまで言うのなら止める理由もない。むしろお酒を飲むのが久々すぎておつまみを買ってくるのを忘れていたので、作ってもらえるのならちょうどいい。
「じゃあ、よろしく頼もうかな」
俺が素直にそう言うと、蓮香は「任せときなさい」と嬉しそうな顔をしながらガッツポーズをした。
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