第三章 まだ怖いから

女子高生に貢ぐ男

 顔の腫れが引くまでの間、蓮香と乃々ちゃんが頻繁に家まで様子を見に来てくれた。その甲斐もあってなのか、四日程で顔の腫れは引いてくれた。顔が腫れている間はバイト先でもずっとマスクを着けていたので、久々に素顔で仕事をするとなるとちょっとした恥ずかしさがあった。

 そんなことがあったが、怪我を持ち越さずに月が変わった。今日から二月が始まるのだ。

 そして一月が終わったということは、今日は待ちに待った給料日。だけどもフリーターの身分のため、自由に使えるお金は少ない。でもまあ、家賃や光熱費の他に食費と漫画喫茶代。それと未だに続けているボクシングジム代さえあれば、なんの問題もない。

 コンビニのATMにて振り込まれた今月の給料を確認すると十六万円程だった。俺の今の暮らしには十分すぎる給料だ。


「店長、今月もありがとうございます」


 誰にも聞こえないくらいの独り言を吐いて、振り込まれた全額をATMから引き落とす。

 十六枚の一万円札と数枚の千円札を封筒に入れてから、ふとあることを思い出した。


「そういや今日は蓮香と乃々ちゃんが遊びに来るんだったよな」


 最近は蓮香だけでなく、乃々ちゃんもよく家に遊びに来るようになった。金髪男にタコ殴りにされて以降、乃々ちゃんは俺にも懐いてくれるようになったのだ。一方の蓮香は相変わらずで、いつも笑顔を振りまいている。

 そんな二人は今日も家に来るらしい。そして今日は偶然にも給料日。蓮香と乃々ちゃんのおかげで何もなかった俺の毎日が段々と楽しいものになっていくのを最近になって感じていたところだったので、何か恩返しをしなくてはと思っていたところだった。


「あいつらのおかげで最近めっちゃ楽しいからな。なんか買って行ってやるか」


 俺は封筒の中から一万円札以外の札を取り出す。数えてみると、六千円が入っていた。

 六千円なら、一人三千円くらいの物を買ってあげられるな。俺はそう考えるや否や、六千円を封筒ではなく自分の財布にしまった。

 二人の喜ぶ顔を想像しながら、俺はプレゼント探しの旅に出た。



 ピンポーン。家のチャイムが鳴り響き、玄関のドアを開くとコート姿の蓮香と制服姿の乃々ちゃんが立っていた。

 二人は慣れた様子で部屋の中に入ると、いつもの定位置であるローテーブルの近くに座った。そんな二人に温かいココアを出してから、俺も彼女たちとローテーブルを挟んで向かい合わせの位置に座る。ここが俺の定位置だ。


「いやー、柊一さんの家は温かいね。ここに来るまで乃々と凍えながら歩いて来たから助かるよ」


 蓮香は「あはは」と笑いながら、着ていたコートを脱いで制服姿になる。これで蓮香も乃々ちゃんも制服姿だ。ここ最近ですっかり見慣れてしまった茶色のセーラー服は、彼女たちが高校生である証だ。


「ほんと寒かった。いつになったら温かくなるんだろうね」


 乃々ちゃんはそう言いながら、ローテーブルの上に顎を乗せた。このまま眠ってしまうのではと思うくらい、目を閉じてリラックスしている。


「まだ二月に入ったばかりだもんな。今月中はずっと冷えてるんじゃないか?」


「えー、嫌だなあ。何とかしてくださいよ柊一さん」


「そうだそうだ。柊一、なんとかして」


 蓮香と乃々ちゃんが無理難題を押し付けて来る。こんな適当な会話も最近は増えて来て、なんだかくすぐったい気持ちになる。


「さすがに無理だろ。三月か四月まで我慢しろ」


 突き放す言い方をする俺に、蓮香と乃々ちゃんがわーわーと文句を垂れる。

 一日の学校の疲れを感じさせない二人を前に、俺は大事なことを思い出した。


「そうだ。今日は二人にあげたいものがあるんだった」


 思い立ったように立ち上がった俺を見て、蓮香と乃々ちゃんは顔を上げてポカンとした。


「あげたいものですか?」


「なにそれ」


 不思議そうな顔をする蓮香と乃々ちゃんに、「ちょっと待ってろ」とだけ言ってベッドに置いていた茶色の紙袋を手に取る。その茶色の紙袋をローテーブルの上に置くと、二人は興味津々な目でそれを見た。

 俺もまた定位置に座り直し、若干の緊張から「ごほん」と咳払いをしてから口を開く。


「実は今日、給料日だったんだよ。だからお前たちにプレゼントを買って来た。日頃から世話になってるからな」


 なんとなく、「お前たちのおかげで毎日が楽しくなった」とは恥ずかしくて言えなかった。しかし蓮香と乃々ちゃんは『プレゼント』というワードに、途端に目を輝かせた。


「え、欲しい! 柊一さんからのプレゼントならなんでも欲しい!」


「わたしも柊一からのプレゼント欲しい」


 今度はプレゼントでわーわーとはしゃぐ二人を前に、俺は紙袋から買って来たものを取り出して見せた。


「高校生の女の子が何で喜ぶのか全く分からなかったから、完全に俺の趣味で選んだんだけど……どうだ……?」


 言い訳のようなセリフを述べてから、俺は買って来た物を二人に手渡した。二人はそれを受け取ると、興味津々な顔でそれを見た。


「これってもしかしてペンダント?」


「ああ、ペンダントだ」


 俺が二人に買って来たのは、ハート型のチャームが付いたペンダントだった。蓮香には赤色で、乃々ちゃんには黒色のハートを選んだ。

 二十代後半の男が高校生にハートのペンダントをあげるなんて気持ち悪いかもと思ったのだが、訪れた雑貨屋で三千円台で買える良さそうなものはこれしかなかったのだ。

 まじまじとペンダントを観察する二人を前に、やっぱりハートのペンダントはキモかっただろうか……と後悔しそうになっていると。


「嬉しい! 柊一さんありがとう! 絶対にこのペンダントは大事にするから!」


「可愛いペンダント。すごく嬉しい」


 やや興奮気味に喜んでくれる二人を前に、俺はほっと胸を撫で下ろした。

 よかった。「このおっさんキモい」と思われなくて本当によかった。


「このペンダント、柊一さんだと思って大事にするね。明日学校にも持ってこーっと」


「学校にペンダントつけて行ってもいいのか?」


「うーん、校則ではダメですかね」


「じゃあダメだろ。もしも見つかったら没収されちゃうんじゃないか?」


「うわ、それは大変だ。しょうがないから出掛ける時だけにしますか」


 目に見えて残念そうな顔をする蓮香の肩を、乃々ちゃんがちょんちょんとつつく。


「蓮香。今つけたい」


 その乃々ちゃんの提案に、蓮香は顔色をぱーっと明るくさせた。


「そうだね! 今つけようか」


 どうやらここでペンダントをつけていくことが決まったらしい。

 蓮香と乃々ちゃんはかわりばんこに背を向けて、お互いにペンダントを付け合う。その光景がとても微笑ましく思えて、俺は思わずにやけてしまいそうになった。


「はい、できたよ」


 最後に蓮香が乃々ちゃんにペンダントをつけてもらって、二人とも首からハートをぶら下げた状態になる。二人はお互いに笑顔を向け合ってから、こちらに体を向けた。


「柊一さん、ペンダントつけてみたんだけどどうかな。似合ってます?」


 蓮香が幸せそうな笑顔で、そんなことを尋ねた。

 二人の鎖骨の真ん中辺りには、ハートのペンダントが光っている。蓮香は女の子らしい赤色のハートが、乃々ちゃんは大人しくも個性のある黒色のハートが似合っている。二人がペンダントをつけている様子を見て、なけなしの給料からプレゼントを買ってあげてよかったと思った。


「ああ、二人ともよく似合ってるぞ」


 正直な感想を言ってやると、蓮香と乃々ちゃんは嬉しそうにハイタッチを交わした。

 ペンダントを買って貰ってきゃっきゃと盛り上がる蓮香と乃々ちゃんを見て、二人はまだまだ子供だなと改めて思ったのだった。

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