殴り合い

「それで俺に相談したいことってなんだ?」


 昼の部も無事に終わり、休憩時間となった。普段ならば俺と店長しか居ない休憩時間だが、今日は相談があるということで蓮香と乃々ちゃんも店内に残っている。俺・蓮香・乃々ちゃんの順番でカウンター席に座っている状況だ。ちなみに店長は、夜の部に向けての準備を進めている。

 俺は店長に作ってもらった塩ラーメンをすすりながら、蓮香と乃々にさっきのことを尋ねた。


「この間コンビニで乃々を見た時に、彼氏みたいな男と一緒に居るって言ってたじゃないですか」


「ああ、言ったな」


「実はあの男ですね、乃々の彼氏じゃないんですよ。っていうか乃々に彼氏は居ません」


 乃々ちゃんの代わりに、蓮香が喋る。

 俺は麺をすすりながら、乃々ちゃんに彼氏が居ないと知って心のどこかで安堵していた――ってどうして女子高生の知り合いに彼氏が居なかっただけで喜んでるんだよ、俺。と心の中で自分にツッコみながら、口の中の物を飲み込んで蓮香に向き直る。


「そうだったのか。仲良さそうに見えたから彼氏かと思ったわ」


 そう言うと、蓮香の後ろに隠れるようにして座っている乃々はぶんぶんと首を横に振った。本人も否定しているようだし、本当に彼氏は居ないらしい。


「じゃあ男友達か何かなのか? 俺の記憶が正しければ男の方は学ランを着てたし、蓮香たちが着てる制服とは全然違うよな」


 蓮香と乃々ちゃんは茶色を基調としたセーラー服を着用しているが、コンビニで見た男は黒い学ランを着ていた。その二つの制服が同じ学校のものとは到底思えない。


「半分外れで半分正解ですね。まずあの男の子は、乃々の友達じゃありません。それに柊一さんが言った通り、私たちと高校は違います。あの男の子は天満工業高校に通ってる高校三年生らしいですね」


「あ、そうだったのか。天満工業高校って学ランだったんだな」


「そうです。私たち越冬高校の男の子は茶色いブレザーを着てるんで」


「ん? っていうことは、どうして男友達でもない他校の男と乃々ちゃんが一緒に居たんだ? しかも結構楽しそうな雰囲気だったし」


 男友達でも彼氏でもない他校の男子なんて、もう知り合いでもなんでもないじゃないか。それか彼氏や男友達でもないような不思議な関係なのか? と首を傾げると、蓮香は乃々ちゃんと顔を合わせた。そして二人でアイコンタクトを取り合うと、乃々ちゃんが恐る恐るといった具合に蓮香の後ろから顔を出した。


「あの男にストーカーされてるの」


 ポツリと落とされた乃々ちゃんのセリフに、俺は思わずラーメンを食べていた手を止めてしまった。


「ストーカー? まじか。やばくないか、それ」


 ストーカーをされている人に初めて会ったので、それくらいの言葉しか出て来なかった。

 こういう時、なんて言葉を掛けてあげればいいのだろう。そう思考していると、蓮香が笑いながら乃々ちゃんの頭をポンポンと叩いた。


「あはは。ちょっと今のは乃々の言葉足らずだったかな。まあ若干ストーカーはされてるかもだけど」


 言葉足らずだと言われて、乃々ちゃんはしょんぼりとしてしまった。そんな落ち込んでいる乃々ちゃんの頭を、蓮香はポンポンと撫で続ける。


「どういうことだ? もっと詳しく聞かせてくれ」


 謎の男。ストーカー……などなど、興味をそそられる要素しかないので、俺は食事を忘れて蓮香に尋ねた。

 すると蓮香も真剣な表情に変わり、こちらに体を向けて話し始める。


「実はあの男の子はですね、乃々に一目惚れしちゃったらしいんですよ。どうやら帰り道に偶然見かけたのがきかっけらしくて。ウチの越冬高校と天満工業高校は近くにあるんですけど、たまに帰宅時間が重なった時とかに偶然を装ってその男の子が話し掛けてくるらしいんですよ」


「しかも蓮香が居ないときに」と乃々ちゃんが付け足した。

 なるほどそういうことか。この間コンビニで見たのは、金髪男が偶然を装って乃々ちゃんに話し掛けているところだったのか。金髪男は楽しそうにしていたのを覚えているが、あの時は乃々ちゃんの後ろ姿しか見えてなかった。きっと乃々ちゃんは終始、苦い表情をしていたんだろうな。


「それでここからが話しの本番なんですけどね」と蓮香が前置きを置くので、俺は聞く姿勢を取った。


「で、つい昨日のことなんですけど、乃々が告白されたんですよ。その男の子に」


「お、なんて返事したんだ?」


「もちろん振ったらしいんですけど、その時の男の子がしつこすぎるから、乃々が噓ついて言っちゃったらしいんですよ」


 ああ、よく相手を振る時に使うあれか。「彼氏が居るので付き合えません」という断り文句。乃々ちゃんもなかなかやるなあと心の中で感心しながら、お冷を飲もうとすると。


「結婚する予定の相手が居るって」


 それを聞いた瞬間に、俺は口の中の水を全部蓮香に吹きかけるところだった。すんでのところで水を飲み込んだが、変なところに入ってむせてしまった。


「は、はあ? 話が飛びすぎじゃないか? いきなり結婚だなんて、まだ彼氏も居ないのに」


「そうなんですよ。ほんとこの子はパニックになると変なこと喋るんだから」


 蓮香は冗談を言う口調で言ったのだが、乃々ちゃんには大ダメージだったらしく「うぅ」と声を漏らしていた。


「でもそこまで言えば相手も諦めるだろ?」


「それがそうでもなかったんですよ。逆に相手を刺激しちゃったらしくてですね、その結婚相手を連れて来いって言われたらしいんです」


「ええ……それは面倒だな。で、それに対して乃々ちゃんはなんて返したんだ?」


「それがですね、「うん。分かった」って返しちゃったらしいんですよ。そしたら来週の金曜日にその婚約者を連れて来いって逆上までされちゃったんですって」


 まじかよ。それは大変だ。と思うとともに、なんだか嫌な予感がしてきた。わざわざその話を俺にして、これだけ時間を掛けて説明されたのは……まさか……。


「そこでお願いなんですけど、乃々の婚約者のフリをしてその男の子に会ってくれませんかね。本当は私の好きな人にこんなことをお願いするのは複雑な気持ちなんですけど……親友の乃々のためなので」


 やっぱりそう来たか。この流れで俺に婚約者役をやらせない方がおかしな話だもんな。あーあ。高校生の女の子の頼みなんて断れるワケがないし、困ったなこりゃ。


「もう日時も決まってるんだな」


「うん。来週の金曜日の放課後に、そこの川辺で待ち合わせしてるらしいです。ちなみに来週の金曜日はバイトとか入っちゃってますかね」


「その日は一日空いてるけど……もう場所まで決まってるのか」


 日時と場所が決まっているのなら、あとはもう行くだけじゃないか。しかも来週の金曜日となると、残された時間は一週間ほどしかない。


「それでどうですかね。乃々の婚約者役をしていただけないでしょうか」


 蓮香が「お願いします!」と頭を下げると、それを真似るようにして乃々ちゃんも頭を下げた。

 蓮香にはイルミネーションデートをすっぽかした借りもあるし、可愛い女の子二人の頼みなんて断れるはずもなく。


「分かったよ。俺が乃々ちゃんの婚約者役になるよ」


 仕方がなく了承して見せると、蓮香と乃々ちゃんの表情は途端に明るいものになった。「やったー」とはしゃぐ二人を見ていると、面倒事を引き受けてよかったと思える。まあ面倒事と言っても、ただ乃々ちゃんの婚約者のフリをするだけの簡単な役目だ。特に身構える必要なんてないな――と考えていると、蓮香が笑顔でこちらを向いて衝撃的なことを口にする。


「それじゃあ頑張って勝って下さいね! 不良男子との殴り合い!」


 可愛い女の子の口から出て来たとは思えない暴力的なセリフに、俺は自分の耳を疑ってしまった。

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