仲良しな二人
蓮香と乃々ちゃんの前にオレンジジュースを置いてから、俺は彼女たちとローテーブルを挟むようにして座る。ローテーブルの上には三人分のコップの他にも、スナック菓子が置いてある。これらは今日コンビニで買って来たものだ。
「ごめんなさい。どうしても乃々のことを柊一さんに紹介したくて連れて来ちゃいました」
もう三度も部屋に上がって慣れたのか、蓮香は楽に座っている。そんな彼女には、まだ緊張している様子の乃々ちゃんがべったりとくっついている。乃々ちゃんは蓮香の腕を握ったまま離さないもんだから、見ていてお互いに動きづらそうだ。
「いや、全然いいけど。それよりも二人とも仲いいんだな。女の子同士でもそこまでべったりくっつくのは珍しいと思うぞ」
「あはは。よく言われます。乃々ったら中学生の時からいつもこうなんですよ。でも二人きりの時はあんまりベタベタしてこないんだけどね」
「あー、同じ場所に蓮香以外の人が居たらこうなっちゃうんだな」
「そうです。こうなっちゃいます」
蓮香は「ねー」と言いながら乃々ちゃんの頭を優しく撫でる。乃々ちゃんは気持ちよさそうに目を細めると、猫みたくゴロゴロと喉を鳴らした。これは相当蓮香に懐いているようだ。
「ってか蓮香と乃々ちゃんは中学生の時からの付き合いなんだな」
「そうなの。私が金髪だった時から仲いいんです」
「あの時の蓮香を知ってるのか。それでよく乃々ちゃんみたいな大人しそうな子が仲良くなってくれたな」
「問題児仲間ってやつですかね。中一の時は私も乃々も不登校気味だったから」
「え、乃々ちゃんも不登校だったのか?」
それじゃあやっぱり不良仲間だったのだろうか。なんて思ったけれど。
「そうなんですよ。でも乃々とは不登校してた理由は違うんです。私はご存知の通りの理由だけど、乃々は荒れてるワケじゃなかったから」
「あ、乃々ちゃんは不良じゃなかったのか」
「そうですそうです。あと、私が不良だったみたいな言い方やめてください」
いつまでこの子は自分が不良だったことを認めない気なのか。中学一年生の蓮香の姿は、誰がどう見ても不良だ。
しかし「不良だっただろ」と言うと押し問答になってしまいそうな気がしたので、俺は蓮香を無視して乃々の方を見る。
「聞いていいのか分からないけど、乃々ちゃんはどういう理由で不登校してたんだ?」
そう尋ねてみると、乃々ちゃんは視線を下に向けたまま蓮香とさらに密着した。このままでは合体してしまいそうな勢いで密着するので心配になるが、蓮香は慣れているのかあっけらかんとした顔のままだ。それに蓮香が「自分で言える?」と乃々の顔を覗き込んで尋ねるもんだから、人見知りの激しい幼稚園生の娘とその母親の関係にしか見えなくなってくる。
蓮香と乃々ちゃんは視線を合わせて会話が出来るようだ。しかし俺は乃々ちゃんと全く目が合う気配がない。これじゃあ話してくれそうもないなと思った瞬間に、乃々ちゃんの視線が一瞬だけこちらを向いた。
「起きれなかっただけ、です」
だがそれだけをポツリと言うと、乃々ちゃんは再び俺から視線を逸らした。そのまま乃々ちゃんとは、視線が全く合わなくなる。
でも極度の人見知りをする乃々ちゃんと初めて意思疎通が出来たような気がして、なんだか嬉しくなっている自分が居た。
「そ、そうか。起きれなかったのか。朝が弱いんだな」
「うん。朝は苦手」
「今も朝が苦手なのか?」
「うん。今もたまに遅刻する」
乃々ちゃんとは一向に視線が合う気配は無いが、会話はしてくれるようだ。
きっかけさえあれば乃々ちゃんも俺に慣れてくれると思うのだが、そのきっかけが作れそうにない。
「乃々はたまにじゃなくて、一週間に四日は遅刻してくるから『たまに』じゃないよ」
蓮香が訂正すると、乃々ちゃんは「うぅ」と痛いところを突かれた顔をした。
高校生の授業がある日というと、大体が月曜から金曜までの五日間だ。その五日間の内に四日も遅刻するなんて、もう一週間のほとんどを占めているじゃないか。そんなに遅刻ばかりしていたら留年してしまわないか心配だ。
「まあ朝起きれなくて不登校してたなら、遊び呆けてたワケではないんだし不良じゃないってことでいいのかな」
俺がそう言うと、乃々は下を向いたままコクリと頷いた。
蓮香は「よく言えました」と乃々ちゃんの頭を撫でると、続いてこちらを向いた。蓮香とはバッチリと目が合う。
「ってことで、この子が私の親友の乃々です。ちゃんと覚えて下さいね」
蓮香はニコリと笑いながら、今度は乃々の肩をポンポンと叩いた。
こんなに可愛い顔をしていて、その上に銀髪と無数のピアスを付けている子は忘れる方が難しそうだ。だから俺は「忘れられないよ」と言うと、乃々が一瞬だけこちらを一瞥した。
☆
「お菓子と飲み物ご馳走さまでした。また遊びに来ますね」
玄関から出ると、蓮香は笑顔でそんなことを口にした。
あれからお菓子をつまみながら他愛もない会話をしていると、空はすっかり暗くなっていた。二人ともここから家まで少しだけ距離があるようなので、ここら辺でお開きにすることになった。
「ああ、二人とも気を付けて帰ってな」
玄関先に立つ蓮香と乃々に向かって笑顔を作る。
相変わらず乃々ちゃんは蓮香にぴったりとくっついているが、外は体の芯から冷える寒さなのでそれくらい密着しているのがちょうどよさそうだ。
「あとイルミネーションデートの埋め合わせもお願いします」
「あ、ああ。分かった。ラインで日程を決めようか」
「はい! 絶対ですよ。忘れないで下さいね。何より私が忘れないんで」
蓮香は意地悪な顔で言うもんだから、俺は苦笑いをするしかなかった。
蓮香は優しいようで、意外と根に持つタイプなのかもしれない。もっとも、以前のイルミネーションデートの一件は俺に非があることに違いはないが。
「わたしもまた来ていいですか」
イルミネーションデートをするはずだった日のことを思い出していると、乃々ちゃんがポツリと口にした。
あまり自分からコミュニケーションを取らない乃々ちゃんが「また来てもいいか」なんて聞いてくれるもんだから、俺は思わず嬉しさが込み上げてきた。
今日一日を通して『また来たい』と思ってくれたのだろうから、少なからず乃々ちゃんも楽しいと思ってくれたのだろう。
「ああ、もちろんいいぞ。また絶対に来てくれ」
俺が食い気味にそう言うと、乃々ちゃんは少しだけ頬を緩めて「ありがと」と口にした。乃々ちゃんも蓮香と同様に、笑顔がとても似合っている。
「それじゃあ今度も乃々と一緒に来ますね」
「了解。バイトがない日ならいつでも来てくれ。いつも暇してるから」
「あはは。そういうことなら遠慮なく連絡しますね」
蓮香はいつもの屈託のない笑顔を浮かべると、一歩だけ後ろに下がった。それに伴って、密着していた乃々ちゃんも一歩下がる。
俺と二人の間に距離が出来る。それだけで、なぜだか寂しさを感じてしまった。
「じゃ、私たちはこれで。ばいばい、柊一さん」
「ばいばい」
笑顔の蓮香とその後ろに隠れる乃々に手を振ると、二人は密着したまま帰って行った。
誰も居なくなった玄関先を見ながら、最後まで乃々ちゃんとはあまり視線が合わなかったなと振り返る。だから今度会った時には気に入って貰えるように努力しようと心に決めて、俺は玄関のドアを閉めた。
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