くっつける
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柊一さんの家をあとにした私たちは、駅近のマックに立ち寄って夜ご飯を食べることになった。
私はダブルチーズバーガーのセットを。乃々はフィレオフィッシュバーガーのセットを注文して、二人で四人掛けのテーブルに向かい合う形で座った。
乃々とはたまにこうして、学校の帰りに二人でご飯を食べたりどこかに遊びに行ったりする。それは中学生の時からずっと変わらない恒例行事だ。
「乃々。柊一さんと会ってみてどうだった?」
ポテトをつまみながら、目の前に座る乃々を見る。すると乃々も私と目を合わせ、「うーん」と考え込んだ。
乃々はほとんどの人とは目を合わせようとしない。私も乃々と出会ったばかりの時は一向に目が合うことはなかったが、ある出来事を境に彼女から気に入られるようになった。それからというもの乃々は私にべったりだし、ばっちりと目が合うようになったのだ。
「うーん。いい人だと思う」
「えへへー、そうでしょー。なんたって私が惚れた男だからね」
「蓮香、あんまり男に興味なさそうなのにね。珍しいね」
「男に興味がないのは乃々の方でしょ」
「わたしも蓮香も恋愛経験ないから、おあいこだよ」
「うっ。だって中一の時から男は柊一さんのことしか興味ないもん」
「すごい。一途」
乃々は控えめな拍手をしてから、シェイクをずずっと飲んだ。
私もまさか一人の男に惚れ込むなんて思っても居なかったので、気が付いたら自分が一途な人間になっていたのでびっくりだ。
「で、乃々はどうかな。柊一さんと仲よく出来そう?」
今日、柊一さんの家に乃々を連れて行ったのは、二人が仲良くなればと思ってのことだった。私の大好きな人とは、親友である乃々も仲良くなって欲しいと思ったのだ。男に全く興味がない乃々なら、柊一さんを奪われる心配もないし。
「うーん」と唸りながら考え込む乃々を見て、私はダブルチーズバーガーを頬張る。チーズとハンバーグの香ばしい味が口いっぱいに広がった。
「あの人、わたしに近いものを感じるの」
「ん、近いものって?」
「うんとね、あの人のことを馬鹿にしてるとかじゃないんだけどね、なんというか……ちょっとだけ暗い感じがする。だから普通の明るい人とよりは、仲良く出来そうかな」
乃々はもう一度「馬鹿にはしてないよ」と付け加えてから、ポテトを一気に二本食べた。
「あー、分からなくはないかも。雰囲気がちょっとだけ暗いかな」
「そう。雰囲気が暗い。たまに暗い顔になるし。前からあんな感じの人なの?」
「いや、五年前は活き活きしてたよ。すごく明るくて、やる気に満ち溢れてそうだった」
「じゃあこの五年間で変わったんだね」
「そうだね。この間、五年ぶりに再会した時にね、柊一さんが自分のことを「生きる意味が分からなくなったフリーター」だって言ってたの。だからちょっとした闇は感じるよね」
私が「あはは」と笑いながら言うと、乃々はピクリと反応した。
乃々は急いで口の中の物を飲み込むと、おずおずといった様子でこちらに視線を寄こした。
「生きる意味が分からないって、それじゃあまるで――」
「そう。五年前の私と同じだね」
私も五年前の中学一年生の時には、『生きることがつまらない。生きてる理由も分からない。生まれて来なきゃよかった』と本気で思っていた。だからこそ柊一さんが本気で生きる意味が分からないと言っていることも分かる。
柊一さんの口から生きる意味が分からないと出て来た時には、五年前の私と入れ替わってしまったのかと錯覚したくらいだ。
「フリーターになる前のお仕事、大変だったのかな」
「どうだろうね。営業のお仕事って大変らしいから、もしかしたらそこで精神やられちゃったのかもね」
私は社会になんて出たことがないから分からないけれど、毎日朝から晩まで仕事をするなんて絶対に大変だ。もしも私がその環境下に置かれたら、三日ももたないと思う。
よく仕事で精神が参ってしまう人が居るとテレビなどで聞くけれど、もしかしたら柊一さんもその内の一人になってしまったのかもしれない。そう思うとなんだかいたたまれなくて、私と乃々は黙り込んでしまった。
だけども私はすぐに、強い気持ちで乃々の顔を見る。
「だからね、私、柊一さんのことを少しでも救ってあげたいんだ。五年前、毎日に嫌気が差してた私の人生を変えてくれたように、今度は私が柊一さんのことを変えてあげるの。人生はこんなに素晴らしいんだって教えてあげたい」
口に出してみてようやく、私は柊一さんを救ってあげたいのだと自分で実感することが出来た。
乃々はポテトをもぐもぐと食べてから、こてんと首を傾げた。
「蓮香が頻繁にあの人に会いに行くのは、それが理由?」
「いや、普通に好きってことが一番」
「素直だね」
「まあねー。素直が取り柄だから。んでも、好きな人には笑っていて欲しいじゃん? だから私は柊一さんを元気づけたい。私と一緒に居ることで人生が明るくなるかは分からないけど、私の人生を明るくしてもらった分は恩返ししなきゃ」
ちょっとクサいセリフだったかなと思っていると、乃々は真剣な顔をしたまま膝の上に手を置いた。その改まった姿勢に、私の背筋も不思議とピンと伸びた。
「わたしも応援する。あの人の人生を明るくするの。あと、あの人と蓮香をくっつける」
そう言って、乃々は目を細めて微笑んだ。この乃々の笑った表情は、出会った時からずっと大好きなものだ。見ていると元気が湧くし、こっちまで嬉しくなるし、なによりも可愛い。不思議な笑顔だなと、毎度思わされる。
彼女の笑顔に釣られるようにして、私も「ふふ」と微笑む。
「それじゃあまずは、柊一さんと目を合わせるところからだね」
ふざけて冗談を言う口調で言うと、乃々は苦い表情を作りながら「あい」と返事をした。
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