第二章 不良の方ですか
あい
蓮香と連絡先を交換してから、頻繁にラインでメッセージのやり取りを行うようになった。その内容に特別なものはなく、今日は学校に行っただとかバイトに行っただとかの他愛もない話しばかりだ。
俺くらいの年になるとラインをする相手も減って来るので、ほとんど蓮香としかメッセージのやり取りを行っていない。なので俺のスマホに入っているラインというアプリは、蓮香のためにあるようなものだった。
そして今日も俺は、朝起きるなりラインを開いてみた。そこには一件のメッセージが入っていた。もちろん蓮香からのメッセージだ。
『今日、放課後に柊一さんの家に遊びに行ってもいいですか?』
そのメッセージを読むなり、まだ眠たかった俺の意識は完全に覚醒した。
たしか最後に蓮香と会ったのは、イルミネーションデートをするはずだったあの雨の日。ということは、ちょうど一週間前になる。
もう一週間も蓮香と会っていないのか。なんて思ってしまうあたり、俺は蓮香に会いたいと思っているのだろうか。自分でもよく分からないが、あんな性格のいい子とだったら、例え相手が高校生でもまた会いたくなるよな。と自分に言い聞かせる。
「今日か」
今日はバイトも休みだし、ちょうど一日フリーの日だった。
現在の時刻は午前十一時。蓮香が学校から帰るのがどれくらいの時間かは分からないが、恐らくあと五時間くらいは時間の猶予があるはずだ。
そう考えるなり、俺はベッドから降りてキッチンへと向かった。引き出しを開けてみると、スナック菓子が一袋しかない。冷蔵庫を開けて飲み物を確認してみても、麦茶のペットボトルが一本入っているだけ。
「これは買い物に行かなくちゃだよな」
高校生を家に迎え入れるのだから、お菓子やジュースくらいのもてなしはしようと思った。
そうと決まれば、早速コンビニにでも行くとするか。ついでに今日のお昼ご飯も買うことにしよう。でもまずはと、手に持っていたスマホに文字を打ち込む。
『おっけー。待ってるわ』
そのメッセージを蓮香に送信して、俺は寝間着を脱ぎ捨てながら外出するための準備を進めた。
☆
ピンポーン。十六時半頃。部屋の掃除も終わり部屋でダラダラとしていると、チャイムの音が鳴り響いた。
この時間に訪問してくる人間は一人しか居ない。部屋にゴミなどが落ちていないことを確認してから、俺は玄関まで歩いて行きドアを開いた。
「よっ。宣言通り遊びに来ちゃいました」
ドアを開いた先に立っていた蓮香は額に手を当てて敬礼のポーズをしながら、笑顔を浮かべている。制服の上には、いつもの厚手のコートを着ている。学校がある時には、このコートを着ているのだろう。
「おう。ここで立ち話するのもなんだから、中に入っちゃってくれ」
高校生を中に入れているところを近所の人に見られたら大変だ。誰かに見られる前に部屋に上がってもらおうとすると、蓮香は「あ、待って」と何かを思い出したかのように口にした。
「今日は柊一さんに紹介したい人が居るんです」
「俺に紹介したい人?」
「そうそう。私の大切な親友なんだけど、いいですかね」
蓮香はこてりと首を横に倒して、そんなことを尋ねる。
どうして俺に親友を紹介したいのだろうか。色々な疑問は湧き上がるが、特に断る理由もなく。
「あ、ああ。別にいいけど」
首を縦に振っていた。
すると蓮香は「ほんと!」と嬉しそうに微笑むと、ドアの影になっている場所に向かって手招きをした。その手招きに誘われるようにして出て来た女の子を見て、俺は思わず「おお」と声を漏らしてしまった。
太陽の光を反射する銀髪ボブ。眠たそうにトロンとしている瞳。一度も外に出たことがないんじゃないかと疑いたくなるような白い肌。それらだけを見ると普通の派手髪の女の子――いや、派手髪の美少女だが、彼女の耳にはいくつものピアスが刺さっていた。耳たぶだけでなく、軟骨にも穴を空けているようだ。
派手な銀髪と無数のピアス。それと蓮香と同じ制服。その二つから彼女が何者なのか推測すると――
「なるほど。蓮香の不良友達か」
「不良じゃないから。私もこの子も」
と、蓮香に否定されてしまった。
でも蓮香も中学生の頃は髪を金髪に染めて、見るからに不良そうな風貌をしていた。だからこの子も不良仲間なのかと思ったが、どうやら違うらしい。
「ほら、乃々。早く自己紹介しないと不良だって勘違いされちゃうよ?」
銀髪美少女の両肩を、蓮香がポンポンと叩く。すると銀髪美少女は、俺の方をチラチラと見てから、視線を下げてしまった。さっきから一向にこの子と目が合わないが、彼女は自己紹介を始める。
「天月乃々(あまつきのの)です。蓮香と同じ学校に通ってて、今も同じクラスです。あと不良じゃないです。よろしく」
銀髪美少女の名前は天月乃々と言うらしい。それに本人も不良じゃないと言っているのだから、悪い人ではないのかもしれない。
「天月乃々ちゃんか。俺は犬飼柊一だ。よろしくね」
「あい」
「なんて呼んだらいいかな?」
「蓮香からは乃々って呼ばれてるから、乃々で」
「呼び捨てでいいのか」
「おまかせで」
「分かった。じゃあ乃々ちゃんで」
そう会話をしている間も、乃々ちゃんとは全く目が合わなかった。もしかして俺、さっそく嫌われてしまったのだろうか。なんて思っていると、今度は乃々ちゃんが蓮香の背中に隠れてしまった。しかし乃々ちゃんの身長は蓮香よりも少しだけ大きく、頭が見えてしまっている。
「あはは。もうお分かりかもしれないけど、乃々はすっごく人見知りするの。だからすぐに私の後ろに隠れたり柊一さんと目を合わせなかったりするけど嫌われてるワケじゃないから安心してね」
乃々ちゃんの自己紹介に、蓮香が苦笑いしながら補足した。
なるほど。さっきから目が合わなかったのは人見知りをしているからなのか。
「そっか。嫌われてるワケじゃなくて安心したよ」
「うん。悪気はないから許してあげて」
「ああ、それは大丈夫だけど」
と言いながら蓮香の後ろに隠れる乃々ちゃんの方を見ると、偶然目が合ってしまった。と思ったら、乃々ちゃんはすぐに視線を逸らした。
「ごめんなさい」
それに謝られてしまった。
俺も前の仕事とこのフリーター生活のせいで人と関わるのが億劫になったり、性格も段々と暗くなってきてしまっているが、乃々ちゃんの人見知り具合はもっと重症なのかもしれない。
でも人と目を合わせられないというところに、なんだかシンパシーを感じてしまう。
「全然謝らなくてもいいよ。俺もここ数年で人と関わるのが苦手になって来てるから、乃々ちゃんの気持ちはなんとなくだけど分かる」
俺は営業の仕事で覚えた本物の営業スマイルを浮かべて見せたのだが、乃々ちゃんはこちらをチラチラと見た挙句に、蓮香の腕をギュッと掴んで今度こそ完全に隠れてしまった。
これは重症だな。乃々ちゃんが普通に学校生活を送れているのかも心配になるレベルだ。
間に挟まれた蓮香は頬を掻きながら苦笑いを浮かべるので、俺も釣られて笑ってしまった。
「まあなんだ。とりあえず中に入るか。その方が話しもゆっくりできるだろ」
このままここで立ち話をしていても、乃々ちゃんとの心の壁が広がってしまいそうな気がした。だからとドアを大きく開くと、蓮香はぺこりと会釈をした。
「それじゃ、おじゃまします」
蓮香は乃々ちゃんに腕を掴まれながらも、玄関を潜って行く。そのあとを乃々ちゃんも追って行こうとしたところで、俺と目が合った。しかしすぐに逸らされてしまうが――
「おじゃまします」
乃々ちゃんも意外と簡単に家の中へと入って行った。人見知りはするけど、初対面の大人の男の家には入れるのか。
「なんか不思議な子だな」
はじめましての乃々ちゃんにそんな感想を抱きながら、俺は玄関のドアを閉めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます