面白い人生

 十五時になり、一旦店を閉じたのちに休憩時間となった。このタイミングで、俺と店長は少し遅めの昼食を取る。もちろん、店長の手作りラーメンが無料で食べられるのだ。これから十七時までの二時間が休憩時間となるが、なんとその間も給料が出る。休憩中でも夜に向けての準備を手伝ったりもするが、それでも一時間半は働かずに給料が貰える。それらの点も含めて、俺は店長の元で働けて本当によかったと思っている。

 ラーメンを食べ終わり食器も片付け終えたので、カウンター席に座って休憩を取っていた時のこと。


「今日もお疲れさま。また夜もよろしくね」


 エプロンを脱いでシャツ姿になった店長が、夜に向けての開店準備を終えてやって来た。店長はそのまま自然な動きで、俺の隣の椅子に腰掛ける。それだけで彼女の大きな胸がバインと揺れた。

 仕事中は無駄話を一切しない店長だが、休憩中はこうして気さくに話し掛けてくれる。


「お疲れさまです。今日もお客さん途切れませんでしたね」


「おかげさまでな。この調子だと夜もかなりのお客さんが入りそうだから、覚悟しておいてくれ」


「わ、分かりました」


 俺が返事をすると、店長は目を細めて頷いた。

 店長がそう言うのだから、夜も沢山のお客さんが来店するのだろう。今のうちにみっちりと休憩しておかなければ。


「でも疲れたらちゃんと言うんだぞ? 数十分くらいならアタシ一人でもなんとかなると思うから」


「あ、はい。その時はよろしくお願いします」


 店長は俺と歳が一つしか違わないのに、こんなにも頼もしい。なんてったって店長は、ラーメンに関してはプロだ。幼いころからラーメンが好きだったらしく、高校、大学の七年間をラーメン屋でバイトし、その後すぐに自分のお店を開いたのだ。三年間社会人をやって、二年間フリーターをしているだけの俺とは人生経験に天と地の差がある。


「まあ今の内に休んでおきな。なんだか疲れてるようだから」


「え、俺がですか?」


「犬飼くん以外に誰が居るんだ」


 店長は男勝りでサバサバとしている性格をしているので、男の俺としてはとても話しやすい。

 それに店長はたまにこんな感じで、俺の体調を気遣ってくれる。バイトを始めた当初から今まで、優しい人だという印象に変わりはない。


「そんなに疲れてるつもりはないんですけどね」


 なんて言って見せると、店長は呆れたように笑いながらテーブルの上に頬杖をついた。


「いや、その顔は疲れてるね。昨日はバイト休みだったけど、なにかあった?」


 その見え透いたような口調と視線に、ギクリとせずにはいられなかった。

 昨日と言えば、蓮香が家にやって来た日だ。普段はバイト先と漫画喫茶と家を行き来するだけの俺の生活の中に、ほぼ初対面の女子高生の存在が現れたのだ。結婚しよう、友達になろうと言われて色々と考えることもあったし、気付かぬ間にストレスになっていたのだろうか。


「店長、実は昨日おかしなことがありまして」


「おかしなこと? アタシに喋れるようなことか?」


「はい。むしろ店長に聞いて欲しいというか」


 だって俺には親しい友達もいないし、悩みを相談できる存在は店長くらいしかいない。


「そうか。そういうことなら聞かせてくれ」


 店長は頬杖をやめると、こちらに体を向けて話を聞く姿勢を作った。そのせいでこちらに大きな胸が向いたので視線が下がりそうになるが、なんとか彼女の顔を見て話す。


「実はですね――」


 お互いに体を向け合う形になり、俺は店長に昨日あったことを話した。家に帰ったらドアの前に高校生の女の子が座っていたこと。五年前にその子から結婚をしようと言われていたこと。そしてその子と友達になったこと。全てを話し終えると、店長は難しそうな顔をして腕を組んだ。


「女子高生と友達か」


 神妙な面持ちのまま、店長がポツリと呟いた。

 この歳で女子高生と友達になるなんて、引かれてしまっただろうか。ロリコンなんて思われたりしていないだろうか。やっぱり店長には話さない方がよかったか……なんて考えていると。


「ははは。相変わらず面白い人生を歩んでいるんだな」


 なんて笑顔で言われたもんだから、俺は軽く肩透かしにあった気分になった。

 やはり店長の器は大きい。そう思わずにはいられなかった。


「て、店長……笑いごとじゃないっすよ。本当に俺のことが好きなのかも分からないし、なんか話がよく出来てて怪しくないですか?」


「なにも怪しくないだろ。聞いている感じ出会い方も不自然ではないし、五年前からずっと片想いされてるってだけで特に怪しい話しはないと思うがな」


「そ、そうですかね……。それに女子高生と友達になっても、どうやって接していけばいいのか分かりません」


「そんなの、普通の女友達と接するようにだな――」


「女性の友達なんて居ないっすよ……」


 俺ががっくしと肩を落とすと、店長は初めて「しまった」という顔をした。しかし店長はすぐに、ぎこちない笑顔を作る。


「そ、そう言えばそんなこと前にも言ってたな。そういうことなら、犬飼くんなりに優しくしてやればいいんだよ」


「俺なりに優しくですか」


「ああ。アタシも女子高生との距離感なんてよく分からないが、犬飼くんは好意を持たれている側だから特に不安になることはないと思うぞ」


「そ、そうですか」


 店長がそう言うのだから、不安になることはないのかもしれない。俺の考えすぎだったか、なんて思っていると、店長がテーブルに頬杖をついてニヤリと笑った。


「そのまま本当に結婚しちゃったりしたら面白いな」


 本当に面白そうに笑う店長を見て、俺は勘弁してくださいよと苦笑いを返すしかなかった。

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