ブレージアー決戦

 ポロは賊軍をいつ、どのように動かすか、諮った。彼の天幕には、テムとルドルフが顔を揃えていた。そもそもの発端は、どういう風の吹き回しか、ブレージアーのコンラート王から特使がやってきたのである。特使が言うには、ポロ王に領地を割譲し、王の自称を赦すという。しかも、割譲される領地というのがすべて、ハーフの番号で呼ばれる街を含んでいる。もはや無人の街だが、その大きさは吸血鬼の村落をしのぐ。あまりの急展開である。ポロは困惑した。

「これはいったいどういうことだ?」とポロがルドルフとテムに聞いた。

 ルドルフはかかと笑って、椅子に身を預けて「悩むことはない。使者の言うとおり。そのままだよ」といった。

「俺をだまそうとしているのではないのか」ポロは訝しげだった。

「いいや。たぶん、大真面目に言ってるんだな。つまり、コンラートの阿呆は、今回の一件で完全に気が萎えちまったってことだ」

「では、この提案は受け入れるべきか」

 ルドルフはうなずいた。ぎょろりと動いた目玉に悪辣な光がある。

「受けるだけ受けて、我らは即刻、軍を動かし、ブレージアー城下を包囲するべきだろう」

「なぜだ。ここに駐屯して、数日。ルドルフ、お前の考えでは、ついに戦機が来たということか」

「これ以上、戦機を延ばすことは、むしろ、危険だ。糧食は、いまは諸方の村落の略奪に頼っているが、それがいつまでも続くとは限らないし、吸血鬼の奴らが義憤を燃やして一枚岩になられても困る」

「ポロ。ここは、ルドルフの意見に賛成だ」テムはそういって、後押しした。ルドルフの提案はもっともである。しかし、もう一つ、テムには懸念があった。

(なるべく、速戦即決。……ホウロウが現れるまえに)とテムは考えていた。

 ふたりに言われて、ポロは沈思した。

「よし。わかった。それでいこう」ポロはふたりの意見を容れた。即座に特使は吉報を持って、ブレージアー城へ帰っていった。

 特使を見届けると、ポロ王は布令を発した。

 ――時、至る、復讐の狼煙をあげよ。

 ハーフの全軍に集結するように命が下された。諸方で略奪をしている者は呼び戻され、ソベニ谷から送られてきた青い旗印が何百本と掲げられた。ルドルフは引き入れた吸血鬼の重犯罪者たちを先鋒として、まとめ、その風紀を整え、自分の名のもとに戦争に勝ったときの官爵を約束した。

 ルドルフは地図を広げ、ブレージアーの地勢と、城下の構造を事細かに説明した。

「ブレージアー城下は三層構造になっている。南方には下層民が住み、真ん中には商人や大工が住んでいて工房と市場がある。そして、北側には貴族と王族が住んでいる。城壁は四角く、今言った城下町を囲んでいる」

「どこから攻めるべきだ」ポロが聞くとルドルフは地図上に指を這わせて、さらに続ける。

「北側を攻めるのは難しい。左右に山がある。かといって、西と東を挟んでも、深い濠があって、これも攻めがたい」

「ならば、どうする」

「南方より攻めあがる。南方の城壁は古くて低い。そもそも、コンラートは下層民を守る気がないのだ。簡単に打ち破れよう。が、ここからが問題だ。北側に上がり、ブレージアー城を攻めようにも、北方には赤門という堅牢な門があり、城壁の守りが堅い。さらに、門楼には火砲がいくつも並んでいる。考えなしに突っ込めば、全軍、焼き殺される。そこで、マンフレートに門と火砲を破壊させる。大事なのはなるべく火砲を使われるまえに、南門を突破し、城下町に入り込むことだ。火砲は弩と違って、町を破壊してしまう。まさか、コンラートもそこまで馬鹿じゃあるまい」

「よくわからん。軍のことは貴様に任せる。勝手にしろ」

「ポロ王よ。それはいかんぞ。軍の統帥は君だろう」ルドルフは、ポロの出不精を諫めた。彼は真摯にポロに王としての成長を望んだ。が、ポロは「あんたもわかるはずだ。この戦いはたかだか数人の路上の喧嘩で決まる」といってまともに取り合わない。彼の眼玉に虚空のような闇が見えて、ルドルフは背筋に冷たいものを感じた。

その瞳は(お前は<王家の血>を開く気があるか?)と値踏みしてくるようであった。

 むろん、不測の事態が起これば、彼としてもその奥の手を使うことはやぶさかではない。が、城下の守りは脆弱だし、なにしろ、ブレージアーの宮中は策動に揺れている。ルドルフだけでなく、ポロも<王家の血>を使用することなく、ブレージアーを落城させることはそこまで難しいことではない。むしろ、なにをポロはそんなに息巻いているのかルドルフは疑問だった。

 すると、ポロはルドルフを睥睨して「敵は……この地上で最強のおとこだ」といった。

「いったいだれだ。それは? ギルバートか?」

「俺の兄貴だ」

 ポロはそういって、自分の天幕に帰っていった。ルドルフは珍しく不安を感じた。くせ者のおもてから微笑が消えた。

 とはいえ、ルドルフの不安を置き去りに、叛乱の軍はすでに動き出している。武器を整え、兵卒は復讐を遂げるべく精神を研いでいる。その殺意の瘴気が陣営を覆っていた。

 ――ポロは最後の準備にかかった。<リュウガン>という麻薬はもうわずかな数しか残っていない。天幕の端に膝をだいて、虚空を見ているタンに近づいて「タン、やれるか」ポロはタンの肩を抱いた。

「や、やれまずう」

 ポロはめまいがした。彼女のろれつが回っていない言葉が心を殴った。

(俺はまだ、こころがある)とポロは自覚した。良識は痛覚のように、悲劇の槍に刺されて痛んだ。

「ごほうびが、ほしいの」

「ああ、わかってる。これだな」ポロは巾着をタンに見せた。それは彼女の命数に比例するように、だんだん軽くなってきた。

 タンはかぶりをふった。ポロが眉根をよせて、その瞳をのぞくと、彼女はポロに抱きついた。

「さびしい、さびしいの。だっで、もうじぬから」

「死ぬのはこわいか」

「こわいぃ」

 ポロは膝を折って、彼女の頭をなでた。――ポロは自分に悪を課した。道徳観念を捨て、復讐の鬼になった。彼は胸奥で(おれは、無だ。なにも感じない)と念じていた。けれど、その心は全然、無ではなかった。奔流のような感情が渦となって、心を削り取っている。その心は疲労していた。熱血漢だったはずの男は、いまや、ただ生きているだけで疲れた。悪党には向き不向きがあるらしい。

 気づけば、ポロは<リュウガン>を口に含んでいた。咀嚼するたびに、重い荷物を下ろしていくような感覚があって気が楽になった。

「こわい、こわい」とタンに服を引っ張られて、ポロは膝を折って、彼女の前で憫笑した。

「そう怖がるなよ。よしよし、お前は愛い奴だ」

――ブレージアーに吉報を携えて、特使がもどった。ハーフの賊軍に官爵と領地をちらつかせて、和平を結ぶというのは、コンラート王の独自の考えであり独断の行動だった。兄ルドルフに恐れをなした結果、この暗君の知能からはじき出されたのは、笑ってしまうほどの消極的愚策である。

コンラートは特使の報告に膝を打ってよろこんだ。

「ようし」

 彼は喜色満面で評議の場をひらいた。ハーフの賊軍と和平を結んだというと、集まった諸将は戸惑った。皆、すでに戦を期して、帯剣している。

「つまり……ポロ王に所領を与えると?」

「そうだ。だが、与える所領はハーフの番号町のみ」

「はあ」

 コンラートは得意げだった。諸将は不満に思った。なにしろ、ハーフの賊軍は王墓を荒らした。祖先の墓を穢されて、その復讐をしないことを恥と感じた。(ありえねえだろ)とその良識を疑う顔が長机に十重二十重に並んでいる。

 諸将の一人、ラルフは岩みたいに動かず、腕を組んで瞑目していた。評議の場は凍り付いて、諫言も意見も提案も無い。評議にはイグナーツもいたが、彼は(これは、ルドルフの嘘八百だな)と勘づきつつも、そう諫言できずにいた。

 マンフレートとの一件から、コンラートと臣下との間には、微妙な亀裂が入っていた。

(お前らは私を守る気はないんだろ)とコンラートは疑うし、(こんな暗君、守っても仕方がない)と臣下は思っている。まったくもって、一枚岩ではない。それでも、ここに戦端が切られようとしていながら、この貴族と王のおもてには危機感は薄い。

 愉楽と永劫の暇を与えられた者たちは、(まさか、俺が死ぬわけはない)と高をくくっているのだった。

「ご報告っ!」と伝令が評議の場に入ってきた。

「なんだ」

「ハーフの賊軍の王が城門のまえに現れました」

 諸将に戦慄が走った。が、コンラートは阿呆のように冷静だった。

「そうかそうか。おい、だれか、印綬を持ってこい。それで? ポロ王は、近侍は何人連れてきた?」

 コンラートはポロが印綬を貰いに、わざわざ城門まで出向いてきたものと思っているのである。が、伝令兵の顔色を見るに、状況は芳しくないのは明らかだった。まだ、そこには温度差がある。

「あの……近侍ですか?」

「そう、護衛は何人だ」

 伝令は唾を呑み込んだ。言いがたいことがあるように口が淀んだ。

「ポロ王は……ハーフの賊軍を引き連れ、城門に陣を展開し、しきりに開門を要求しております。場外には青い旗印がならんで、四方の街道はすでに抑えられました」

 コンラートは目を丸くした。諸将は色を失って、席を立った。

 評議の場の大窓から外を望むと、なにか、急変があったような喧噪が城下の南方に見える。

「こ、これは」

「なんてことだ」

 コンラートは凍り付いて動けなくなった。(戦争が始まったのか)とイグナーツは慄然とした。暗雲がブレージアーの城下に立ち込めた。騒ぎを聞きつけて、城門のまえに集まった民衆は、不安げな表情で口々に話し合う。門楼の哨兵は焦りに焦って、眼下に広がるハーフの賊軍の陣容に震えあがった。とくに、先鋒に一千の入れ墨をした吸血鬼の犯罪者集団を配置したことは、威力を見せつけるのに十分な効果を発揮した。

 ――ついに、湿気のない冬前の晴れやかな空のもとにブレージアーの吸血鬼とハーフとの戦争が宣告された。死の龍に幻惑された者たちが導いた、魔界における第一の擾乱であった。その規模は魔界の辺境の小さな戦乱にすぎない。けれど、のちに<死の龍>との宿命が約された者たちが群星のごとく参集した神話的戦場でもあった。

 ポロは単身、城門のまえに立った。矢が届く距離である。馬にも乗らず、長い旗印を肩にかけて、すべてを睥睨する異端児のように、楼台から見下ろす哨兵を見返した。

「汝ら、匹夫のごとく外道。我、天命を受けて、貴様らを地上より滅する。出でよ、<王家の血>を持つ者ども。俺が殴り殺してくれる。だれかいないかっ!」

 と一喝、空気を揺らした。彼の声の本気は尋常ではなかった。オーガの声色は城門の向こうの市井の耳にも届いた。鼓膜が破るほどの轟音である。さすがに何と言ったか正確には分からなかったが、ごおごおと怒っている気色なのは声音から感じて、民衆はにげだした。<ギルバート侵攻>の恐怖が市井のこころに蘇った。ギルバートにも、強い者を「かかってこい」と呼んでまわる癖がある。

 ポロは鼻を鳴らして、陣に引き返した。しばらく、陣を展開して、動きを静観した。が、だれかが吶喊してくるわけでもなく、いたずらに時が過ぎる。

「来ねえな。ルドルフの言ったとおりだ」

「城下の茶色い門が破壊されたら開戦とルドルフは言っていたが? いつまで待たせる気だ、あいつ」

 テムはそういった。ふたりは陣の真ん中にいた。後ろには、ハーフの賊軍の本隊が控えていて、前には吸血鬼の犯罪者たちが命を待っている。守備兵がぽつぽつと楼台に顔を出し始め、ブレージアーも防御の構えを呈した。

 ――ルドルフは直臣となったマンフレートとたった二人だけで、北門を望める山岳地帯に座して、その趨勢を眺めていた。南方の門の前に参集した賊軍の威力に「はっはっは。いまごろ、コンラートの奴は肝を潰しているに違いない」と嗤った。

「ルドルフ様、ほんとうに、ハーフの賊軍の手助けをするおつもりで」マンフレートは確認するように聞いた。根っからの吸血鬼の老人であるマンフレートには、ルドルフがポロの下風に甘んじている状況が奇妙に思えて仕方ないらしい。

「本気だ。汝も、いつまでも旧時代の考え方ではいかんぞ。そういう者からはじき出されるのが、乱麻の習いよ」

「なるほど。ですが、私としては、貴方が王である方が納得がいきます」

 マンフレートはそう言った。ルドルフは腹の底で(なら、なぜ、あのとき、我れを助けなかったのか。このジジイめ)と思って、歯ぎしりした。こんな実のない甘言ばかりの連中と宮中で悠々自適に生活していたら、性根が腐るのも道理であると密かに憤慨した。

「もう、一地方の玉座など、価値のある時代ではない」

「と、いうと?」

「いまにわかる。だが、まずは復讐を果たしてからだ」

「で、わたしは何をすれば」

「そなたは門を破壊しろ」

「ルドルフ様は?」

「コンラートの首を取ってくる。ポロ王と其方が気を引いて、宮中の守りが薄くなってから、我れは動く」

「御意」とマンフレートは一礼して去ろうとしたが、ふと、立ち止まると(おや)と怖気に似た直感があった。

 マンフレートは踵をかえして「ルドルフ様、城門を破ったあと、ブレージアー城下の無辜の民はどうなるのですか」といった。ルドルフは(厄介なことに気づきやがって。バカなら最後まで気づかずいればいいのに)と思った。

「民は捕虜だ。なにも、虐殺するわけではない。マンフレートよ、此度のことは我が種族の過ちだ。その咎は甘んじて受け入れるしかないのだ」

「しかしながら」とマンフレートは食い下がった。ルドルフは薄闇のような眼玉を動かして老将軍のしわだらけの顔を睨んだ。

「忘れるな。一刻、遅れるごとに、貴様の親族の命が危険にさらされ、祖先の墓が暴かれるぞ。老先生、それでも、よいのか」

 ルドルフのことばでマンフレートはハッとして、有無も言わさず、山岳の斜面をブレージアーの方へ下って行った。その焦燥のうつる背中を眺めてルドルフは「わはは。バカめ。もう遅い。コンラートのことを甘く見過ぎだ。えてして、臆病者は奸賊より恐ろしいのだ」と独り、嘲笑して愉しんだ。

 マンフレートは<王家の血>を開いた結果、鬢髪に白いものがより目立つようになった。彼の変身は<翼>の形質が濃い。<翼>はフォルカーの<炎>やレオンの<鉄>に比して、代償は大きくないが、それでも寿命を著しく縮める。

 彼は疲弊した体をおして、ブレージアーの北面に闖入した。通りには家財を運び、すでに逃げようとする者のすがたも見受けられるが、街道の要衝を抑えられた今、逃亡することは難しい。豪奢な家財も蓄えた金も、いまの危急の事態には重荷に過ぎない。空虚なものを見るような瞳で人々を一瞥して、老将軍マンフレートは、自邸を一目覗いた。

 庭の池に血が浮いていた。廊下に死体を引きずったような血液のあとが続いている。

 瞑目して、この世の辛苦を呑みこんだ。(これもすべて、あの暗君のせいだ)と結論した。

 血筋を断たれ、祖廟は荒らされた。目の前にハーフの賊軍という敵がいるのに、コンラートは老臣の懲罰、しかも、一族連帯の罰を優先した。苛斂誅求である。コンラートは臆病だが、その瞳には臆病ゆえの鋭い光がある。

 マンフレートは腹を決めた。主君に背き、さらに同族にも背くと。彼は迅速に赤門の望楼に向かった。火砲が首を並べて、獲物を待っている。

ここで、赤門の門楼に並んだ火砲に兵卒を並べて、防御の構えを取っていたのはイグナーツだった。通常、この赤門からハーフの賊軍が展開している平原まで火砲は届くが、今日は風向きがわるい。イグナーツは天候を呪ったが、よく考えると(あの御方はこれすら見越していそうなものだ)とルドルフの深謀をただ恐れた。

 すると。足元に天変地異が起きたような地響きがしたと思うと、内開きの門が外側に向かって開いて破壊された。おが屑が混じった粉塵がまって、イグナーツが「なにごとかっ!」と欄干に手をかけて、真下を見るとちょうど、老将軍マンフレートが門の下を扉を壊し無理やり押し通っていた。その背がものすごい速さで小さくなっていくのを見て、彼は茫然自失した。

「まずいっ! まずいぞっ!」

 イグナーツは嘆いた。

(扉を壊されれば、たちまち、この城下は火の海だ)。老人は復讐の鬼と化していた。末期にいたり、精神の均衡をおかしくしてしまった。ブレージアー城下は三層構造である。マンフレートは北の赤門を破壊し、真ん中の茶色門に進んでいた。三つの門を破壊されれば、ハーフの賊軍は何の障害もなくなだれ込む。

 その暴走を止められる者はいなかった。

ルドルフは山岳の石塊に座って、そのようすを見ていた。

「そら、いけ。老骨」とルドルフは笑った。マンフレートの進撃が茶色門を超えたあたりから、城下の北側の練兵場からぞろぞろと士卒が飛び出していくのを見て、彼は「さあ、我れも動くかな」とゆっくりと山岳の岩肌を下って行った。

 

 ――時を同じくして、ブレージアー城は喧騒に包まれていた。評議の場に群臣を集めて朱色の鎧に大層な鉢金をかぶって青銅の玉座に座っていた。伝令兵が走ってきて、群臣の前で膝をついた。

「ご報告、敵総数二万余り。軍馬はなく、糧食は乏しい模様」

「よし。なら籠城よ」コンラートは満座の群臣を見回した。<王家の血>をもつ重臣らはしきりに頷いている。いたずらに自分の命を縮める業を使わず済むならそれがいいと思っている奸臣の頷きの中で訝しげなのがラルフだった。

(籠城は当然……当然だが、それが分からないほど敵方は阿呆なのか?)

なにかある気がした。たいてい、こう言う場合、籠城する敵を制するには内通者が必要なのである。城門を内側から開いてくれる内応が無ければ、防禦を突破するのは難しい。

 ラルフはため息した。いまとなっては内応する可能性がある者は内部にいくらでもいる。さすがに功臣マンフレートに対する一族連帯の罰は苛斂誅求だった。ラルフは止めたが、コンラートの怒りは凄まじく諫言を受け容れられなかった。結局、マンフレートは一族郎党皆殺しの憂き目にあった。賞罰を明確にするといってもやりすぎである。重臣たちも口にこそしないが、不満に思ったに間違いない。

 そして、問題はもう一つ――。

「陛下、籠城と申されたが、最終防衛線は黒門ですか?」

  城下の三層のうち最も外側にある貧民街といまポロが陣を展開している曠野を結ぶのが黒門である。

「いいや。こんなときになんで浮浪者など守れようか」コンラートはそういった。つまり、黒門は突破されても仕方がなく、当然、貧民街も敵にくれてやると言うことである。重臣たちもそれに対する反論はないらしい。

「なら、茶色門を兵で固めます」ラルフは背を向けて鎧を揺らしながら評議の場を辞去しようとした。

 ふいにその背を捕まえるように「黒門手前まで敵が迫ったら火砲はもう撃ってしまえ」とコンラートがいった。

「陛下、茶色門の楼台からはハーフの軍勢まで火砲を飛ばすのは無理です」

「なぜ」

「風向きです。この冬前の季節の風向きでは火砲の砲弾はハーフの軍勢まで届かない」

「なら、どうして、いままで黒門の楼台に砲台を移しておかなかった」

 コンラートが責めるように言うのでラルフは小さくため息を交え「陛下、私は何度も季節によって火砲の位置を前の門楼まで移動させるべきだと上申いたしました。お忘れですか」

「……う、ううむ」

 コンラートは身に覚えがないらしくばつが悪そうに唸った。そのまま、礼もなくラルフは評議の場を辞去した。その無礼を咎める声もなかった。


 ――ラルフが見えなくなると、議論は氷結した。寒々としたものを各々、感じたらしい。コンラートと重臣たちは地形図を広げた青銅の卓を前にして、集める頭脳に乏しく皆んな、<王家の血>を使う貧乏くじを引きたくないがために出てくるのは消極論ばかりである。

 彼らは、いまになって、自分達が戦争を知らないと言うことをありありと思い出して覚るものがあった。

 その時、ラルフと入れ替わるように伝令が矢継ぎ早にやってきて「ご報告っ! マンフレート殿が赤門を破壊して茶色門にまっすぐ向かっておりますっ!」

 コンラートは凍りついた。

「それはまことかっ!」と叱るような口調で質した。

「まことです」

「いつの話だ」

「つい先程です。下手をすれば、マンフレート殿は茶色門を突破している頃かと」

 赤門を破壊された、と知ったときの重臣たちの瞠目は尋常ではなかった。何より、満座の重臣たちは身震いが止まらない。それぞれ視線は右往左往して、他人を頼みとする臆病が滲み出ていた。コンラートは自分の失策を知った。

 ――老将軍マンフレートを怒らせてしまったのである。

 何度も部下に諌言されたことも思い出して、自分の愚を悟った。が、口から出るのは反省の弁ではなく、不機嫌に臣下を獅子吼する声だけである。

「だれかっ! 国に殉じるものはあるかっ! マンフレートを打ち取ったものに永劫の栄華と高い位を約束するぞ。名乗り出るまでもない、あの老骨を追えっ!」

 黙然と評議の場は動かない。命に服して、<王家の血>を使うものはいない。重臣たちは各々、目顔のうちに<王家の血>を使うという重責を譲り合っていた。

 そのようなことをしている間に刻一刻、マンフレートは門楼を破壊して歩いていると思うと、コンラートは焦った。

 声を励まして「貴様ら、命を捨てる覚悟もないのか」といった言葉が宙を舞うように評議の場を静かにさせた。しいん、という沈黙が寂しげに王と臣下の関係の薄さを表していた。




 

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